特別編 帰ってきた二人

第1話 異変

 サクセスがマーダ神殿を出発して数ヵ月が経過した頃、全世界において少しづつ変化してきたことがある。


 それは、魔物の凶悪化だ。


 古来より魔物という生物は世界中に生息しており、それらは人を見れば必ず襲い掛かってくる。大陸ごとに生息する魔物は違うものの、その行動原理は一貫としており、どこの大陸でも人と魔物の争いは絶える事がない。


 そしていくら魔物を倒そうとも、それらは決してこの世界から消える事はなく、一時的にその姿を見る機会が減ることはあっても、しばらくすれば魔物の数は増えていく。


 それはこの場所、マーダ神殿近郊においてもその状況は変わらない。


 あの日……魔王率いる大軍勢と勇者ビビアン率いる冒険者たちとの戦いで、周辺にいた多くの魔物は駆逐された事により、しばらくの間、マーダ神殿近郊において魔物の姿が確認される事は無かった。


 しかしながら月日が経つに従い、少しづつではあるが、魔物はその姿を現し始める。



ーー異変を伴って……



「いやマジで魔物いなくね? 転職する為に来たはいいけどよぉ、これじゃあ折角上級職になれてもレベル1のまんまだぜ」



 そうつまらなそうにボヤくのは、肩にちっちゃな重機乗せてんのかい!?っとツッコまれそうな程ムキムキマッチョな男で、職業はバトルマスターである。



「お前がここまで来れば魔物も出てくるはずだって言うから、わざわざ森の中まで来たんだろ。いもしない魔物を索敵し続ける俺をもう少し労ったらどうだい?」


 そう言って返事を返すのは、バトマスとは真逆に細身で身軽そうな装備に身を包んだ男。その格好や歩き方からベテランのスカウトと見てとれる男であり、彼もまた最近レンジャーという上位職に転職した冒険者の一人だった。


 そんな二人の後方には魔法使い(男)、僧侶(女)がおり、上級職が二人しかいないとはいえ、かなりバランスの取れた四人パーティである。


 彼らは町の付近には魔物がいないと聞いていたが、それでも少し遠くまで行けば少しは魔物も出るだろうと思い、わざわざこの森まで遠征してきたのだ。


 それは上位職に転職したことで、すぐにでも自分の力を試したいという興奮を抑えきれなかったバトマスの我儘からの行動であったが、パーティのリーダーであるレンジャーもそれを止めなかった。


 なぜならば彼もまた上位職への転職によって、直ぐにでも力を試したい気持ちは同じだったからである。


 とはいえ、流石にここまで魔物の気配を感じられないとその興奮も冷め始め、そろそろ諦めて戻ろうと考えたその時だった……。



「……!? 来るぞ! 八時方向!」



 遂に魔物の気配を感じ取ったレンジャーは、即座に情報を発信する。



「やっと来たか! どっからでもかかってこいや!」



 その声を聞いたバトマスは、即座にレンジャーから見て八時方向へ駆けると、巨大な盾を地面に突き刺してどっしりと構えた。これはバトマス転職時に覚えた【大防御】の構えである。


 森のような視界の悪い場所では、気配を先に感じられても奇襲を受ける可能性があるため、前衛のバトマスが囮になると同時に初撃を抑え、そこへ仲間達が集中攻撃をするというのが戦いの定石だ。


 転職後のステータス低下を加味しても、バトマスの防御力はパーティで一番高く、更に大防御というスキルは敵の攻撃を大幅に軽減する効果がある。例え現れた魔物が複数であったとしても、バトマスには余裕で初撃を受け止められる自信があった。


 当然他のメンバーもそれを信じて疑う事もないが、それでも更に戦闘を安定させるべく後方から僧侶の支援魔法が放たれる。



「ペプシム!」



 バトマスの体が薄く光ると、その防御力を高めた。そして魔法使いもまた杖を八時方向に向けて攻撃魔法を放つ準備をする。



 正にベテランパーティと言えるその動き。



 一瞬の油断が命取りであると身体に染み付いているが故に、彼らの行動は早かった。



ーーだがしかし、そこに現れた魔物を見て全員がその緊張を解いてしまう。



 何故ならば、そこに現れたのはたった一匹のニッカクラビットであったからだ。



「かぁ〜、ハズレかよ! こんだけ歩いてウサギちゃん一匹とか……無いわ。」



 苦笑いを浮かべながらレンジャーがそう口にする。


 それと同時に魔法使いも構えていた杖を下げ、戦闘を前衛のバトマスに任せる事にした。



「まぁいねぇよりはマシだぜ。とりあえず一発かまして終わりだ……ガフっ!!」



 突然激しい衝突音と共に、バトマスが盾ごと後方に吹き飛ばされた!



 それはあまりに一瞬の事で、吹き飛ばされたバトマスはおろか、他のメンバーも状況が飲み込めていなかった……レンジャーを除いて。



 レンジャーは事態の異常性、そう、目の前にいる魔物がバトマスの盾ごとそのツノで貫いて吹き飛ばした状況を目撃していたのだった。


 現実を疑いたくなるその光景。


 支援魔法により防御を強化され、更に大防御という強力なスキルを使ったバトマスの防御を、雑魚モンスターともいえるニッカクラビットが盾ごとその身を貫いたのだ。


 それも異常な程の早さで……


 だがこのレンジャーは優秀であった故、即座に決断し行動に移す。



 脱兎の如く撤退だ!



 レンジャーは、魔物の知覚を一時的に奪う効果のある毒煙玉を地面に投げつけるとバトマスの腕を掴み、その巨体を引きずりながら全力で逃走を開始した。


 その動きに気づいた他のメンバーも即座にそれに続き、そのまま森の出口まで一目散に駆け抜けていく。



 結果、逃走に成功して森の外へ出ることができた。



「はぁ……はぁ……一体何だったんだ、あれは」


「それより早く回復を!」



 腹部を貫かれたバトマスは気を失っており、既に瀕死の状態である。

 だがもしもあの場で回復を優先していたならば、間違いなくパーティは全滅していたであろう。


 そのくらい、あの魔物は凶悪な力を有していたのだ。


 レンジャーの機転により一命を取り留めたそのパーティは、その後、マーダ神殿に戻ると事の顛末を詳細に報告するのであった。



 


 先の報告からしばらくすると、他のパーティからも同じ様な状況が神殿や冒険者ギルドに相次いで報告される。


 やれ、普通のスライムがジャイアントスライム並みに強い。

 やれ、フロッグウルフ一匹にパーティが全滅させられた。

 やれ、今まで見た事ないほど巨大なゴーレムが森の奥にいる。


等々、日が経つにつれて多数の報告が届くようになるも、対象としてあがる魔物の種類は様々だった。


 冒険者ギルドはこの状況を深刻に捉え、神殿側とも相談の上、本格的な調査を開始する。


 それから一ヵ月も経たない内に、いくつかの事実が判明した。


 一つ、全ての魔物が例外なく強くなっている事。

 二つ、魔物の出現率が少しづつ高くなっている事。

 三つ、魔物から得る経験値の量がかなり増えている事。


 今のところ判明している事は、この三つである。


 魔物が突然強くなった原因や強くなった魔物がどこから湧いてきているのか、そういった根本的な事実については、残念ながら未だ何もわかっていない。



 ギルドの調査によれば、



 マーダ神殿近郊以外の町でも、一部の地域にとてつもなく強い魔物が現れた



 との報告もある為、この現象はマーダ神殿近郊だけの問題ではないと判明する。それはつまり、この危機的状況は全世界の人類にとってのものということだった。



 このまま強い魔物が増え続けたら、いずれ人類は滅ぼされてしまうだろう。



 唯一救いがあるとすれば、魔物は強くなったとはいえ、ベテランの冒険者が油断なく連携して戦えば太刀打ちできるという事。そして貰える経験値が大幅に増えている事からレベルアップがしやすくなっており、人類側の戦力も少しづつではあるが増強しているというところだろうか。


 しかし逆に言えば、ベテラン以下の冒険者はまともに戦えない状況であるため、現在臨時ではあるが、ギルド主導でベテランパーティにルーキーを組み込んでレベリングを行うという方策をとっている。


 その弊害として、貴重なベテラン冒険者が命を落とすような事態も生じてはいるが、人類全体のレベルを上げるため、必要な犠牲だと受け入れるしかない状況であった。


 

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