第3話 リーチュン②

(リーチュン視点)



 遠くから誰かの叫び声が聞こえたリーチュンは、



「サクセスに会いたい」



という気持ちから一転して



「助けなきゃ!」



という思考に切り替わると、声が聞こえた方に向かって一目散に駆け抜けていった。



「身体軽すぎぃぃ!」



 目的の場所は、リーチュンが思う程近くは無かったようであるが、闘気を全身に纏った際の速度は規格外の速さであり、あっという間に目的の場所がその目に映る。



「見えた……けど、ヤッバ!」



 リーチュンの目に映ったのは、巨大な熊のような魔物が腕を振り上げ、今にも地面に蹲る(うずくまる)者にトドメを刺そうとしている状況だった。


 いくらリーチュンの速度が異常に速いといっても、魔物がその腕を振り落とす方が間違いなく速いだろう。



 だがリーチュンは諦めない。



 異世界に行ってまで修行し、天空職になったのは何のためか。



 それは



 サクセスの隣を歩いて進むのに、自分が足手纏いになりたくないという思い



そしてそれと同時に、



 誰かを守れる力が欲しい



と渇望したからだ。



 すると突如リーチュンの足が蒼く光る。



  【龍脚】



 リーチュンは頭で考えるより、体が勝手に反応していた。


 本能的に発動したそのスキル。


 それは闘神マークより授かった装備



 【オーラブーツ】



のスキルであり、この世界に戻ったばかりのリーチュンが使ったのは、当然初めてだ。



 しかし、その効果は絶大。



「龍脚っちゅうんわ、短い距離を一瞬で移動できるスキルや。ここぞという時に使うとええ、クールタイムあるさかい、乱発できへん。」



 そんなような説明がマークからあったが、リーチュンは別に覚えていた訳ではない。本当に本能が暴走したともいえる行動だったのだ。



 だがそれにより、一瞬でグリズリーに接近したリーチュンは、その勢いのまま闘気を集中させた拳をグリズリーの腹に叩き込む!



【オーラブロー】



 グリズリーの腹部に叩き込まれた拳から、その体内に闘気が一気になだれ込むと、一瞬にしてグリズリーの体は大きく膨れ上がり、まるで風船が破裂するかのように弾け飛んだ。



 その強さ……鬼神の如く。


 いや、闘神といった方が正しいだろうか。



 いずれにしても、何とか間に合った事にホッと胸を撫で下ろすリーチュンは、助けた冒険者の方に振り向いた。


 すると既に顔を上げていた冒険者と目が合うと、リーチュンは天空職になっての初戦闘に気持ちが昂っていたのか、その場のノリでヒーローポーズをとる。



「アタイ参上!」



「あ、あなたは……」



 ジローは直前まで己が間違いなく死ぬと思っていた為、今なお生存している事にも、目の前に突然現れた女性にも理解が及ばず、困惑を隠せない。


 そんな中で唯一出た言葉に対して、リーチュンは快活に答えた。



「アタイはリーチュン! 危なかったわね! でももう安心よ。アタイが来たからには全部ぶっ倒してあげるから!」



 この時初めてジローは、自分が……いや自分達パーティが、この目の前にいる美しい女性に助けられたという事だけが理解できる。


 相手が名乗ったのだから当然自分も名乗るべきであり、感謝の言葉と共に自己紹介をしようとしたところ、リーチュンの後ろからものすごい速さで接近してくるワーライガーが目に映った。



「あ、ありがとうございます。私の名前はジローと言いまし……!?  危ない!!」



 突然の事だけに、ジローは「危ない」としか伝える事はできなかったが、後ろから不意打ちで攻撃を受けるであろう当の本人であるリーチュンは、その言葉を聞いても全く動じていなかった。


 なぜならば、既に


  龍気


を通じて自分に接近してくる存在に気付いていたからである。


 リーチュンが


 天空職【聖龍闘士】


に転職した際に得た力は、大きく二つあった。


 一つは、元々不完全ながらも使えていた


【闘気】


 これは自分の体の中にあるオーラ(生命力)を引き出すものであり、内気ともいう。


 そして二つ目は、


【龍気】


 これは闘気とは逆で外気と呼ばれるものであり、周りにある草、虫、土、動物等の生命力を自分に集める事で、それを様々な方法で使う事ができるもの。


 龍気を修得したことで、付近の生命力を知覚できるようになり、同時にその生命力の源が魔に属するものか、そうでないものかまでも感じ取る事ができる。

 

 要するにリーチュンがこの場に来た瞬間には、彼女は付近にもう一つ巨大な魔の生命力がある事を察知していたのだ。そしてそれが自分に向かってきている事にも……



ーージローは、これより信じられないものを目にする。



 ジローの目に映ったのは、今まさに大きな口を開けたワーライガーがその凶暴な牙を光らせ、目の前の女性に噛みつこうとするところ。


 その口は巨大であり、女性の体など簡単に半分は喰いちぎってしまうであろう。


 そして自分が警告を発したところで、未だ自分の方を向いている女性では逃げるどころか防御すらも間に合わないし、自分もまた、この距離では何かできるはずもなかった。


 自分達を助けてくれた女性が目の前で殺される……そんな確定的な未来を想像したジローは、思わず目を閉じそうになる……がしかし、ジローが目を閉じるよりも早くそれは起きた。



「っシャラァ!!」



 突然目の前の女性は後ろを見る事なく、回し蹴りを放ったのである!



ーー巨大なワーライガーの首が宙に飛び舞う……。



 だがリーチュンの攻撃はそれだけに終わらず、なんと残ったワーライガーの胴体目掛けて蹴り上げると、大地が鋭利な山の様に隆起してその体を貫き、爆散させた。



 何が起きたのかさっぱり理解できないジロー。



 それも当然である。



 彼はベテランの冒険者であり、自分よりも強い冒険者は数多く見てきたが、この女性の強さは異常過ぎた。


 以前、戦場で遠くから見る事ができた勇者と同等……いや、それ以上かもしれない。


 あまりに衝撃的な出来事に目を閉じるどころか、あんぐりと開いた口が閉まらなかった。



 実際、リーチュンが今回の戦闘でやった事はそんなに多くはない。


 龍気によって、魔物の位置を正確に感じ取っていたリーチュンは、絶好のタイミングでカウンターの蹴りを放つ。


 その際、スキル【オーラバトラー】によって、足に纏う闘気を鋭利な刃に変えて回し蹴りを放ったため、防御力を無視したその攻撃は、あたかも豆腐でも斬るかのように何の抵抗もなくワーライガーの首を斬り飛ばした。


 だがしかし、それでもまだワーライガーに生命が残っている事を覚知していたため、その生命力の源である胴体に向かって、今度は龍気を使用して蹴り上げたのである。


 いきなりの実践にも関わらず、リーチュンにはまるで今までずっと使い続けてきたような感覚があり、結果、何の説明もなくそれを放つ事ができた。



ーー大地にみなぎる生命力を下から上に引き抜くように足を蹴り上げる。



 次の瞬間、なんと大地がその足に引っ張られるかのように隆起すると、強烈な勢いでワーライガーの胴体を貫き、その体を爆散させた。


 その破壊力はリーチュンが思うよりも凄まじいものであった故、自分でその現象を引き起こしておきながら、小さく「凄っ!」と驚いていたりする。



 今回リーチュンが倒したモンスターは、冒険者レベルでいうところ、上級職レベル50以上の四人パーティでなんとか討伐できるレベルだった……にも関わらず、リーチュンはまるでスライムと変わらないほど簡単に倒す事ができた……それもグリズリーと戦った時はまだレベル1……


 今この二体の経験値を吸収したリーチュンのレベルは7になっているが、それでもこの強さは異常と言えるだろう。


 レベル1でも装備を含めたステータスは十分に強い。


 だがそれ以上に、リーチュンの持つスキルがチート過ぎた。


 あの過酷な異世界での出来事(本人にとっては過酷というより楽しかった思い出)は決して無駄ではなく、信じられない程大きな恩恵をもたらしたのであった。


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