第139話 大切な話

 関所内に設けられた一軒の宿場。


 現在俺達はその宿場の大広間に集まって座っている。


 この関所は普通の関所と違って、関所内にいくつかの施設が設けられていた。


 なぜならば、ここは町から離れた場所にあるため、多くの者が住み込みで勤務しなければならないからである。


 その為、常駐する者達が暮らせるようにと、それなりに色々な施設が建てられていた。


 ここもその一つだ。


 この宿場は普通の宿に比べると小さいものであるが、それでもここにいる全員が休めるだけの部屋がある。


 大きな町に戻る事もできなくはないが、既に夜は更けているし、何よりも全員が疲労困憊だったため、今日はここで休む事とした。


 安心して休めると思うと、気が抜けたのかドッと疲れが押し寄せてくる。


 さっきはみんなの話を聞こうと思ったけど、みんなの無事も確認できたし、やっぱり話は明日にしないかと言ってみたが、ダメらしい。


 なんでもセイメイとカリーから、どうしても直ぐに伝えなければいけない話があるそうだ。


 ウロボロスが消えた今、そんなに焦って話すような事はないと思うのだが、セイメイがかなり強い調子でお願いしてきたので断れなかった。



 という事で、今に至るというわけである。



「んで話したい事ってのはなんだ?」



 ぶっちゃけかなり眠気が襲ってきている俺は、さっさと話を済ませるべく、単刀直入に尋ねた。



「はい……実は……」



 さっきまでとは違い、セイメイはなにやら浮かない顔をしている。


 そんなに話しにくい事なのだろうか?


 ウロボロスも倒した事だし……ってまさか、俺にこの国にいて欲しいとかじゃないだろうな?


 流石にそれは無理だぞ。



「待ってくれセイメイ。俺から話す。」



 すると、セイメイの言葉をカリーが遮る。


 そのカリーの顔も真剣そのものであり、さっきまでとは様子が違う。


 でもカリーが話すって事は、俺にこの国に残って欲しいという事ではなさそうだ。



「わかりました。では……カリー殿にお任せします。」


「悪いな、セイメイ。これは俺が伝えるべきことなんだ……あのな、サクセス……」


「あっ!!」


 カリーが話し始めた事で重要な事を思い出す。

 眠くなりすぎて、聞くの忘れていたわ。



「ん? どうした?」


「いや、カリーがなんで生きているのか聞いてなかったなって。」


「あぁ、そうだったな。じゃあ先にその話をするか。」



 そう言ってカリーは、あの時の事を俺に話し始める。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「まじか!? 凄いじゃん、ロゼ! ラブパワーかよ!」



 一通りの話を聞いて、俺は驚きながらロゼの方を向く。


 すると、ロゼは顔を真っ赤にさせて恥ずかしそうに顔を横に背ける。


 そう、何を隠そう、カリーが生き残れたのはロゼのお蔭だったのだ。


 カリーの命を救ったのは、ロゼの妖術である。


 その術とは……



 「乙女の祈り」



 この術について、ロゼが説明してくれなかったので、セイメイが代わりに教えてくれた。


 これは純潔の乙女が人生で一度のみ使える秘術。


 心から愛する者が必ず帰ってこれるようにするおまじないとの事。

 

 もっと詳しく説明すると、愛する者が死ぬような攻撃を受けた場合、一度だけ妖がそれを代わりに受け、そして攻撃を受けた者は術者のところへ強制転移させられるというものである。


 そしてロゼが顔を真っ赤にしていた理由は、この術の発動条件だ。


ーーそれは……


 

  純潔の乙女によるファーストキス



 いつの間にか二人はチューしていたらしい。

 まったくもってけしからん!

 と言いたいところだが、それでカリーが助かったのだから目を瞑るか。



「しかしカリーさんや。女に興味ないとか言っていて、このこのぉ~。むっつりめ。」


「ば、ばか。そんなんじゃねぇって……。」



 俺がそう言ってカリーをからかうと、カリーもロゼと同じように顔を真っ赤にし始めた。なんだかそれを見ると面白くて、少しだけ眠気が飛んだ気がする。


 するとそんなカリーを見て、ロゼがホッペを膨らませた。



「そんなんって何よ!」


「あ、いや、ロゼ、違うんだ。ちょっと待て、今はもっと大事な話が……」



 いつの間にかカリーがロゼの尻に敷かれている。

 二人の関係はいつのまに進展していたんだ?


 まぁでも……こういう雰囲気って好きだなぁ。



「そんな事言ってるとシルクに怒られるぞ、カリー。」



 俺は二人の夫婦漫才にチャチャを入れた。


 すると、カリーが真顔になって振り返る。


「あのな、サクセス。真面目に聞いてくれ。今お前が言ったシルクの事なんだ。」


「ん? そういえばまだ顔えお見せないのな。皮肥にでももどってるのか?」


 

 俺がそう質問すると、数瞬の間、カリーが黙り込む。



ーーそして 



「……シルクは死んだ」


「……は?」


「だから、シルクは死んだって言ってる。」


「おい、カリー。いくらからかわれたからって、それは笑えねぇぞ?」


「……すまない。」



 俺の言葉にカリーは一言そう謝るだけだった。


 しかし、俺以外……いやシロマだけは驚いているようだが、それ以外の面子は納得しているかのように黙っている。



 どういうことだよ?

 シルクは別任務じゃ? 



 俺はカリーの肩を両手でゆすぶった。



「おい、冗談だよな? カリー? なぁ? 嘘だよな? そんな事あるわけ……。」


「事実でござるよ。師匠。」



 すると今度はイモコが口を開いた。

 その言葉に俺はつい声を荒げてしまう。



「ふざけんなよ! 別任務って言ってたじゃないかよ! みんなして俺を騙してたのか!?」


「すまない……サクセス。悪いのは全部俺だ。」


「すまねぇじゃねぇよ!!」



 俺は怒りに任せて拳を振り上げた。


 だがカリーを殴る直前に、足にこすりつけられる柔らかい感触を感じてその手が止まる。



「ゲロ(ダメだよ、サクセス。カリーも泣いてる。)」



 ゲロゲロにそう言われてカリーを見ると、カリーの目からは涙がこぼれていた。



「カリー……お前……。」


「頼むサクセス。俺を殴ってくれ。俺はお前を騙したんだ。親友の死すら偽ってな……だから頼む。」


 こんなカリーを見るのは初めてだった。


 未だに体中に熱い怒りが込みあがっているが、その姿を見て、俺の腕は下がってしまう。


 無理だった。殴れるはずもない……こんなカリーを。


 俺は全身から力が抜けて、へなへなと膝から崩れ落ちていく。



「……どうして……どうしてだよ! なんで言ってくれなかったんだよ! なんでだよ! カリィィィ!」



 ただそう叫ぶしかできなかった。



「……サクセス様。それはあなたが優しすぎる為でございます。いえ、あなたも、カリー殿もです。私とロゼ殿は一度死に、シルク殿の命で生き返らせて頂きました。故に、この命はシルク殿のものでもあります。」



 !?



「セイメイとロゼが……死んだ?」


「そうよ! カリーは悪くないわ! サクセスさんこそ、あの場にいなかったのにカリーだけを責めないで下さい!」


「やめろ、ロゼ! サクセスは悪くねぇ! 全部俺のせいだ!」



  なんだ……一体なんの話をしているんだ?

  セイメイとロゼが死んだ?

  シルクの命で生き返った?



「サクセスさん。一度落ち着いて深呼吸してください。大丈夫です。私が傍にいますから。」



 シロマはそう言って俺の背中をゆっくりとさする。


 言われるまで気付かなかったが、いつの間にか俺の息は浅く激しくなっていたようだ。


 俺はシロマに言われたように大きく息を吸いこむと、ゆっくりそれを吐き出した。



「ありがとう、シロマ。少しだけ落ち着いた……けど、もう寝るわ。」



 俺はそう言って立ち上がると、ふらついた足取りでその部屋を出て行く。


 そして近くの部屋に入ると、布団が敷かれており、そこにバタンと倒れ込んだ。



「ゲロ(僕も一緒)」



 俺が布団の上に横になると、ゲロゲロは俺の腕の間で丸くなる。


 そのモフモフを撫でながら、俺はゆっくりと目を閉じた。



「シルク……お前もかよ……。」


「ゲロぉ(サクセス辛い。僕も辛い)」


「そうだな。辛いな。ごめんな、ゲロゲロ。」


「ゲロロン(大丈夫。僕が元気になってサクセスに分けてあげる。)」


「ははっ……ゲロゲロは本当に優しいな。」


「ゲロ(サクセス程じゃないよ。僕はいつもサクセスに助けられてる)」


「俺の方が助けられているさ。お前がいなかったら……そうか。そうだよな。俺達はみんなずっと助け合って生きてきたんだな。」


「ゲロ?(どうしたの?)」


「いや、なんでもない。ゲロゲロのお蔭で気付いただけさ。当たり前と思っていた当たり前で無い事にさ。明日、カリーに謝るよ。だって、あいつが嘘をついたのは俺のせいだから。俺があいつに辛い嘘をつかせちまったから。」


「ゲロロン(じゃあ僕も一緒に謝るね!)」


「ありがとう。今日はもう寝るよ。おやすみゲロゲロ。そしてシルク……みんなを守ってくれてありがとうな。」


「ゲロ(おやすみ。頑張ったね、サクセス)」



 ゲロゲロのその言葉を最後に俺は目を瞑った。


 するとゲロゲロの温もりが気持ちよくて、俺はそのまま深い眠りにつく



……湿りゆく枕の上で。

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