第132話 不安と焦燥

【サクセス視点】


 時は少しだけ遡る。

 


「カリー……、大丈夫だろうな? 無茶しなきゃいいけど……。」



 走り去っていくカリーを俺は心配しながら眺めている。

 本当は今すぐ一緒に向かいたいが、隣で気を失っているシロマを放置する事はできなかった。

 悔しいが、ここはゲロゲロとカリーに任せるしかない。



「おっ! ゲロゲロ! 凄いぞ! あのウロボロスと対等に戦えているじゃん。」



 そして今、ゲロゲロがウロボロス相手に奮闘しているのを遠くから眺めている俺。

 現在ゲロゲロはウロボロスに接近した状態で一方的に攻撃を繰り返していて、見ていて不安があまりない。

 ゲロゲロの素早さはウロボロスをかなり上回っているのか、攻撃を被弾する感じが全くなかった。

 更にその二匹の戦闘にカリーが介在している様子もないので、今のところは安心している。



ーーだが



「はっ!? なんだよ、あれ! あれは反則だろ!」



 有利に戦闘は運んでいたゲロゲロであったが、ここにきて突然ウロボロスの体から追加で20本の腕が生えた。

 そしてタイミングが悪い事に、丁度ゲロゲロはウロボロスの体の中心付近まで潜りこんでいる。

 それを覆うような形で巨大な腕はゲロゲロの退路を塞ぐように動き始めた。



「まずいまずいまずい! ここからでも攻撃は可能か? ダメだ、どっちにしても間に合わない!」



 突然のピンチに俺は焦りながらも、無意識でライトアローを放とうと弓を構える形をとる。

 しかしながらここからだと飛距離も足りないが、そもそも届いたところでどうにかできるとは思えなかった。


 するとゲロゲロの前に巨大な光の玉が浮かび上がる。


 それを見て、すぐにそれがゲロゲロの超強力スキルのライトクラッシャーだと気付くも、流石にあの距離で放てばゲロゲロも危ない。



(ゲロゲロ!)



 俺は咄嗟にテレパシーでゲロゲロに向かって叫んだ。



(大丈夫! サクセスならこうする!)


(馬鹿! やらねぇよ! 多少ダメージを受けるのを覚悟でこっちに戻ってこい!)


(無理。もう間に合わない)


(ゲロゲロぉぉぉ!!)



 次の瞬間、ゲロゲロが放ったライトクラッシャーが炸裂すると、ゲロゲロを囲んでいた腕は四方八方に吹き飛ぶと、ゲロゲロもその衝撃を受けて勢いよく地上に落下していった。



 そしてゲロゲロが地面に衝突すると、大地が大きく揺れる。



「まずい! 今追撃されたら!!」



 俺は足を踏ん張って揺れに耐えると、即座に走り出そうとしたが……



「……んん。あ、あれ? 私は……?」



 今の音と揺れでシロマの意識が戻ったようだ。



「シロマ!? 大丈夫か? どこか痛いところはないか?」


「へっ!? あ、いえ、大丈夫です。すみません、私気を失ってしまったようです。安心してください。特に体に問題はありません。」



 シロマの目が覚めてくれてよかった。

 ダメージもなかったみたいなので、俺は少しだけ安心する。

 だが、今はそれどころではない。



「悪い、そしたらシロマ。ゲロゲロの場所までゲートを繋げられるか?」


「え? ゲロちゃん? あれ? カリーさんもいない……まさか二人で?」



 起きたばかりだからなのか、シロマは困惑の表情を浮かべている。

 確かに色々言葉が足りなかった。

 だけど……時間がないんだ!



「あぁ、そうだ。そして今、ゲロゲロがやられた。直ぐに助けに行きたいんだ、いけるか?」


「ゲロちゃんが!? でも、ごめんなさい……ゲロちゃんの場所がわかりません。」



 クソ! そうだった。

 ゲロゲロが墜落した時、シロマはまだ気絶していたんだった。

 それなら自分で走った方が……いやだめだ。

 シロマを一人で残せない。



「ごめんシロマ。目が覚めて早々……」


「いえ! 私が悪いんです。謝らないで下さい! それよりも大体の場所でいいので教えて下さい。場所さえ把握できれば繋げられるはずです。」



 シロマもようやく今が緊急事態である事を理解し、即座に落下地点を尋ねてきた。

 それに対して、大体ではあるがゲロゲロが落下した方角と距離を伝える。



「ありがとうございます。では直ぐにゲートを……え? あれ? なんで?」



 シロマはいつもの様にゲートを出そうと杖を前に出して目を閉じるが、突然目を開いて驚いた表情をする。



「どうした? シロマ、悪いが急いでくれ。」


「わかってます。でも……繋がりにくいんです。もう少し待ってください。急ぎますので。」



 どうやら何かいつもと違う事が起きているらしい。

 そういえば、周囲の空気がいつもより重いような……

 って、よく見れば黒い鱗粉みたいなのが空から沢山舞っているぞ。

 まさかこれの影響か?


 暫く待つも、ゲートは上手く繋がらないらしい。

 正直自分一人でも先に行こうか悩んだが、もう少しだけ待つ事にする。

 焦っている時程、冷静に。

 カリーに何度も言われた言葉だ。


 とはいえ、やはり黙って待っている程辛い事はない。

 だが口を開けば、シロマを焦らせる事を言い出しそうなので、それをグッと堪える。

 シロマがかなり集中しているのは見ていればわかる。

 俺が余計な事を口にして、焦らせるのは逆効果だろう。


 だがいつになったら……そもそも何で……

 やはりこの黒い粉か?

 ん? だったら吹き飛ばしさえすれば……



「シロマ、一回ゲロゲロがいる方向に向かって風魔法を使ってみてくれ。もしかしたら、この黒い粉の影響かもしれない。」



 俺がそう言うと、シロマはそれに返事をする事もなく、言われた通りの魔法を放った。



 【ギバタイフーン】



 真空が竜巻となってものすごい勢いで放たれる。

 それは周囲の黒い粉を巻き込み、木々をなぎ倒し、ゲロゲロの方角に向かって進んで行った。

 


 その魔法は、前に見た時よりもかなり威力が高いように見える。


 竜巻が大分彼方まで進んだところで、シロマは再び杖を前にして目を閉じた。



ーーそして



「……サクセスさん。見えました! 繋がりました! 出します!【ゲート】」



 今度は問題なくゲートを発動する。

 やはり上手くいかなかったのはあの黒い粉のせいみたいだ。

 

 俺は急いでゲートを潜ると、少し先でゲロゲロが倒れているのを見つけ、急いで駆け付けた。


 息はある……

 怪我も……あれ? あまり見当たらないな。



「ゲロゲロ! 無事か?」



 返事がない。

 


「シロマ!」


「はい! 任せて下さい!」



 【リバースヒール】



 俺がすぐにシロマの名を呼ぶと、シロマは即座に回復魔法を唱えた。


 青き癒しの光がゲロゲロを包み込んでいく。


 俺は回復していくゲロゲロを見守ると、その口に緑の何かがついているのを発見した。



「これは? 薬草……まさかカリーが……いや、じゃあなんでカリーはいないんだ?」



 それを見て、俺はカリーがゲロゲロに回復アイテムを使った事に気付く。

 だがおかしい。

 それであればゲロゲロの傍にいるはずだ……。



 俺は何か嫌な予感を肌に感じた。



「サクセスさん! ゲロちゃんが目を覚ましました。」


「本当か? ゲロゲロ、大丈夫か? 苦しくないか?」


「ゲロ……(ごめん。大丈夫)



 ゲロゲロは目を開くと俺の顔を見て、しょんぼりといった風に頭を下げた。



「いや、よくやってくれたゲロゲロ。それよりもカリーを知らないか?」


「ゲオロォン?(ん? 知らないよ? あれ? でもなんか声は聞いた気がする)」



 どうやらゲロゲロもカリーの場所は知らないらしい。

 そこでふと俺はウロボロスが追撃をしてこない事に気付き、大地にそびえるウロボロスに視線を向けた。

 遠目からはよくわからないが、多分ダメージが深くて回復に専念しているのだろう。

 


「どうやらさっきのゲロゲロの攻撃であいつも大分ダメージを負ったみたいだな。とにかく間に合ってよかった。」



 動かないウロボロスを見て安心し視線をゲロゲロに戻した俺であるが、続けてシロマが声を上げる。



「サクセスさん! ウロボロスが動き始めました!」



 その声に再び視線をウロボロスに戻すと、その巨大な体がむくっと起き上がるのが見えた。

 どうやらウロボロスはあれだけの攻撃を受けたにも関わらず、もう回復したらしい。



 そこで俺は気づく。



 もし俺達がここに来なければ、このままゲロゲロがやられる可能性があった。

 そしてカリーはシロマが意識を戻した事を知らない。



……であれば



「まずい! あいつ、ウロボロスの注意を引きにいったんだ!」



 俺は叫んだ。


 この状況であれば、間違いなくカリーはそう動く。

 ゲロゲロに回復アイテムを使った上で、ウロボロスの追撃が来ないように注意を引きにいったのだ。

 

 それは最善かもしれないが、最悪だ。


 ゲロゲロとの戦いを見て、俺は確信している。

 今のウロボロス相手では、カリーが死んでしまうと。



 【ライトプリズン】

 【疾風】



 俺は即座にその場に結界を張る。



「シロマ! ここで待機してくれ。ゲロゲロ! シロマを頼んだ!」


「え? サクセスさん!」


「ゲロ(わかった)」



 シロマの若干困惑した声を背に、俺は急いでウロボロスの下へ駆けていった。


 ここからウロボロスまでの距離はかなり遠い。


 間に合うかわからないが、とにかく急がなければ!



 俺は全力疾走でウロボロスの下へと急いだ。


 するとまだ距離はあるが、突然ウロボロスの足辺りから氷の山が現れるのを目にする。

 俺にはそれがカリーが使った技だと直ぐにわかった。



「やはりカリーはあそこか! くそっ! 間に合ってくれ! もっと速く……もっと速くだ!」



 今の俺の速度は最大速度のはず。

 にもかかわらず、どういう訳か足に力が入りづらくなっており、思うように速度が上がらない。



「くそっ! またこの黒い粉かよ!」



 どうやら周囲にまき散らされているそれは、俺の能力を下げているようだった。

 それであれば、なおさらカリーが危ない。


 湧き上がる焦燥感を胸に必死に走った。

 すると、まだ遠くではあるがウロボロスの足の方に小さな影が見える。



(カリーだ! 生きていた!)



 それがカリーだとわかると、俺は生きている事に胸を撫で下ろす……が……



 なんと突然ウロボロスの顔が一斉にカリーの方に向いた。

 そしてその巨大な口から光が見える。



「カリぃぃぃぃぃーーー!」



 俺は必死に近づきながらカリーに向かって叫んだ。

 

 すると、まだ遠いはずなのにカリーの顔が俺の方に向くと……



ーーその顔がなぜか笑っているように見えた。



 そして次の瞬間、



 カリーがいたところに光の柱が立つと……



 カリーの姿が消えていた……。

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