第106話 八天魔王ゲルマニウム 前編

※ カリー視点



 突如、妲己の変わり果てた姿を見たカリーは言葉を失う。


 いや、言葉というよりも体が硬直して動かないという方が正しいだろうか。



 妲己は謎の黒い液体により、その分断された上半身と下半身が結合した。


 そしてその後、その黒い液体は妲己の身体を覆い隠し、中にある体がそれを吸収し終えると、さっきとは全く違う者が現れる。



 その姿は、さっきまでの絶世の美女とはまるで正反対な容貌。



 死人のように青白い肌

 気持ち悪い厚化粧。

 そして体全体を覆う黒いローブ……


 

 顔こそ違うが、その風体はかつてローズが死んだ原因であったダークマドウに似ていた。


 顔だけみればダークマドウとは別人と思えるのだが、その全身から発せられる邪悪なオーラは、かつて戦った憎きダークマドウと同じ……。


 あれから数年の時を経て、あの時の記憶は少しづつであるがカリーの中で薄れていた。


 にもかかわらず、この肌にピリピリと感じるものはあの時と全く変わらない。



 怒り……悲しみ……絶望……



 様々な感情がカリーの体を硬直させた。



「カリー殿!! カリー殿!!」



 茫然と固まるカリーを見て、イモコが必死に呼びかける。



「はっ! すまねぇ。大丈夫だ。仕掛けるぞ!」



 イモコの呼びかけに我に返ったカリーは、直ぐに動き出した。


 目の前の敵が何者なのかはわからないが、敵は今復活したばかりで油断している。


 仕掛けるなら今しかない。


 そう考えたカリーは、イモコと連携して妲己……いや、妲己だった者に向かって接近した。



「コココココ……殺してやる!! 殺してやるわよぉぉぉぉ!!」



 その瞬間、そいつは手を接近するカリー達に向かって振りかざす。



ーーすると、漆黒の風がカリーとイモコに襲い掛かかってきた。



「ぐはぁっ!!」

「ぬぐ……!」



 イモコは刀を前にして、その体を斬り刻まれながらも耐え忍ぶも、その前を走っていたカリーは直撃したことで吹き飛んだ。



「大丈夫でござるか! カリー殿!」


「あぁ……なんとかな。だけど、こいつはやべぇな。正直勝てる気がしねぇ。」



 いつもとは違い、弱音を口にするカリー。

 やはり過去の呪縛からなのか、嫌な記憶が更にカリーを不安にさせてしまっていた。



「あらぁん、失敗したわぁん。あなたは私のペット。その顔を傷つけてしまうなんて、もったいない事をしたわねぇん。」



 カリーの頬から流れる血を見て、残念そうに口を開く妲己だった者。

 追撃を受けなかった事を素直に喜ぶカリーは、敵が未だに自分に興味があると知り軽口を叩く。



「はっ! 随分可愛い姿になったじゃねぇか。言葉遣いも別人だぞ。」


「んふぅ。あの姿は敬愛する大魔王マーゾ様より与えられたものよぉん。気に入っていたのに……気に入っていたのにぃぃぃぃ! それをそれをそれをそれをそれをぉぉぉぉ!!」



 しかし喜びも束の間、そいつは突然ドス黒い怒りを全身に纏わせて解き放った。


 話しながら怒りを思い出したのか、その言葉には強烈な殺気がこもっており、放たれた黒いオーラを感じるだけでカリーは恐怖する。


 しかしそれでもカリーは逃げない。


 まだシルク達がここから脱出できていないのを知っていたからだ。


 勝てるとは思わない、しかし、それでもシルク達が逃げるまでは何とか生き残って見せる。


 そう決意したカリーは、戦うよりも時間稼ぎを優先した。


 イモコに攻撃を仕掛けないようにアイコンタクトを送ると、カリーはそいつに話しかける。



「なぁ、まだ俺の事を気に入ってくれているなら教えてくれないか? あんた何者なんだよ? 大魔王様って言ってたけど、こっちの大陸の者じゃねぇのか?」


「んふぅ。アタシの殺気を感じてなお話しかけるとはいい度胸しているわねぇん。いいわぁ、その度胸に免じて教えてあげるわよぉん。」



 カリーの言葉を受け、そいつは纏っていた黒いオーラを静める。



「嬉しいねぇ。できるなら、あんたがこの世界以外にもいたことがあるかも教えてくれるとありがたいぜ。」


「んふぅ? 他の世界? そんな事はまだないわよぉん。でも、そ・の・ま・え・に。アタシの本当の名前を教えてあげるわん。アタシは……大魔王軍八天魔王が一人、魔王ゲルマニウムよぉん。気軽にゲルマちゃんって呼んでくれていいわよぉん。」


「ふむ、魔王でござったか……。」



 ゲルマの言葉を聞きイモコがそう漏らすと、ゲルマは鋭い目つきで睨みつけた。



「あんただぁれよ? 虫の言葉は聞いてないわよぉん。死ぬ? 先に死ぬ? ねぇ……死んじゃいなよぉぉ!」



 突然発狂したゲルマはその手をイモコに向けると、イモコの肩に風穴が開いた。


 迸る血潮……その痛みにイモコは顔を一瞬歪める。



「ぐっ!」



 イモコがダメージを負ったのを見て、咄嗟にイモコに近寄ろうとしたカリーだったが、イモコの目を見て止めた。 その目からは「気にしないで話を続けて欲しい」という意思を感じ取ったからだ。



 イモコのダメージが気になるが、それでもカリーはそれを受け入れる。



「イモっ……ゲルマちゃん! 俺との話の途中でそれは野暮じゃねぇかい? もっと聞かせてくれよ!」



 カリーは、やはり目の前にいる魔王には勝てる気がしない。


 それであれば、この話の流れを切るのは得策ではなかった。


 そしてイモコには事前に高級な回復アイテムを渡しているので、肩に穴が開いたくらいならまだ平気だろう。


 出血による能力低下は否めないが、それでも傷を塞げば死ぬことは無いし、実際イモコはゲルマに悟られないように回復アイテムを取り出していた。


 カリーはイモコの場所からしか見えない死角を使って、ハンドジェスチャーを送る。



【ゆっくり後退しろ】

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