第105話 祖父の優しさ
【シルク側視点】
四聖獣召喚解除まで、タイムリミットは三分。その短い時間の中で、シルクは前線をできるだけ奥まで進めていた。
そして通路を大分進んだところで見つける……魔獣が溢れ出してきた原因を。
「なるほど……こんなところに横穴があったでがんすか。あの魔方陣を壊せばいいでがんすね。」
思いの外、四聖獣が想像以上に強く、通路上にいる魔獣のほとんどが既に倒されている。とはいえ、それでも魔獣が全滅することはない。
というのも、この場所に突然溢れ出した魔獣は、紫色に光った直径二メートル大の魔方陣から召喚され続けているからである。
ライトプリズンを張った場所より少し手前、来た時はなかったはずの横穴が通路の両サイドにできており、その奥に魔方陣はあった。
ハンゾウ……いや、妲己に操られていたハンゾウは、自分達がこの火山に来る前にこの罠を仕掛けていたのであろう。そうでなければ誰にも気づかれることなく、こんな巧妙な罠は設置できない。
とはいえ、四聖獣の大活躍とシルクの奮戦によって、何とかこの罠が見えるところまで辿り着く事ができた。
この二箇所の魔方陣さえ壊せば、ライトプリズンまで逃げる事は可能であり、そこまで行けばサクセスと合流するのも難しくはないだろう。
「残り時間30秒……いや、そんな時間もないかもしれないでがんす。」
一瞬セイメイのいる後方を振り返ったシルクは、二人の様子を見て呟いた。
遠目ではあるが、セイメイとロゼがかなり憔悴しているのがわかる。
シルクが前線を上げてから2分半が経過しているが、セイメイが四聖獣を召喚してからとなると既に三分は過ぎていた。
未だ四聖獣が消えていないことから二人の精神力はまだもってはいるが、そろそろ限界が近いだろう。
(急ぐでがんす! この魔方陣さえ壊せば、四聖獣を維持しなくていい)
シルクは焦りながらも冷静に、あるアイテムを取り出した。
【爆砕札】
これは陰陽師対策として、各国が用意している貴重なアイテム。
戦時中、陰陽師部隊はこういった大掛かりな魔方陣を設置し、様々な罠を仕掛けることがある。
それに対抗する為作られたアイテムがこれだ。
この札は魔方陣に設置することで、その名前の通り魔方陣を爆砕させるもの。
その実用性の高さは折り紙付きであり、これを所有していない国はまずない。
だがこの札を作れる者はサムスピジャポン広しと言えど非常に少なく、それ故にかなり高価な物だ。
故にもし国が魔方陣を発見しても、この札が使われることは少なく、通常魔方陣の破壊は陰陽師による破壊が基本だった。
しかしながら今回の様に魔獣を転移させたり、魔獣召喚に類するような極めて危険な魔方陣に対しては、悠長に陰陽師を待っているわけにもいかないため、見つけ次第この札を使って早期に破壊する。
そんな貴重なアイテムではあるが、シルクは皮肥城を出立する際に持っていっていた。
皮肥城にある爆砕札の数は5枚。
その内シルクは国に2枚残し、3枚は不測の事態に備えて常に携帯している。
そして今、蜻蛉切の先にその札を張り付けると、腰を落として下半身に力を溜めた。
【ホーリーラッシュ】
そのスキルを発動させると、シルクは大鉾を前に突き出しながら猛烈な勢いで魔方陣に突撃する。
魔方陣からは次々と魔獣が出てくるため、未だにその付近にいる魔獣は多く簡単には近づけない。
しかしながらこのスキルは、聖なる波動を放ちながら突撃する技であり、その波動に触れた魔獣は聖属性ダメージを負うと同時に大きくノックバックする。
だが同時に弱点も存在する技で、その聖なる波動は魔に触れる度に小さくなっていき、やがて消えてしまう。
つまり、目の前の魔獣全てを吹き飛ばす力はないという事。
故にシルクとしても一か八かの賭けであったが、時間がない今、これに賭けるしかなかった。
しかし幸運な事に、近くで魔獣を屠ってくれていた四聖獣の内、朱雀と白虎がその意図を汲み取ったかのように、シルクの両脇を併進し、魔方陣までの魔獣を減らしてくれた。
それによりシルクの大鉾は魔方陣に見事に届き、ガツンっという大きな衝突音の後、魔方陣は木っ端微塵に爆発する。
「後一つ! 頼むでがんす! 四聖獣様!」
まず一つ目の魔方陣を壊したシルクは、直ぐに反転し、次の魔方陣を見据えて言った。
すると今度は、朱雀と白虎がシルクより先に魔方陣に向かって突撃を開始し、溢れ出てくる魔獣を次々と倒し始める。
再度シルクは爆砕札を蜻蛉切に張り付けると、すかさずスキルを発動させた。
【ホーリーラッシュ】
今度はさっきよりも魔方陣の前に陣取る魔獣の数が少ない。
既に向こうの魔方陣は見えている。
四聖獣の動きは早く、そして何よりも強かった。
シルクより先に動いてくれた四聖獣のお蔭もあり、今度はホーリーラッシュによって弾き飛ばした魔獣は魔方陣の前にいる二対だけ。
そしてさっきと同じ様に二つ目の魔方陣を爆砕すると、残りの魔獣は四聖獣によって滅ぼされていた。
ーーもうこの場所に魔獣はいない。
「セイメイ、ロゼ! 召喚を解除するでがんす!」
シルクは叫ぶと同時にセイメイ達の下へ駆けていく。
そしてその声は大きく、遠くにいる二人にも届いたようだ。
一緒に行動をしていた四聖獣達が光に戻っていく。
「感謝するでがんす。四聖獣様」
シルクはそう呟くと、セイメイがフラフラとしながらも立ち上がる様子が見えてきた。その横には卑弥呼を背負ったロゼもいる。
「セイメイ! 大丈夫でがんすか!?」
「は、はい。私は大丈……夫です。それよりも急ぎましょう。」
セイメイの精神力は既に尽きており、残りは生命力で召喚を維持していた。
その負担は相当なものであり、本来なら立ち上がる事どころか、思考すらできない程のものだった。
それにもかかわらず、セイメイは今の状況を正確に把握し、急いで退却しようとしたのだ。
その根性は賞賛ものである……が、やはり直ぐに動くのは無理だろう。
「無理をしないで下さいセイメイさん! おじい様、セイメイさんを背負ってください。」
どうみても大丈夫そうではないセイメイを見て、ロゼはシルクに言った。
ロゼもセイメイと同じように精神力を巻物に注入していたのであるが、そのほとんどをセイメイが請け負っていた為、ロゼのダメージはセイメイ程ではない。
といってもロゼも大部分の精神力と体力を吸われていたのだから、本当なら立っているのもかなり辛いはず。
それでも卑弥呼を背負い立ち上がることができたのは、その心の奥底にある「みんなの役に立ちたい」という強い気持ちがその精神を支えているからだった。
シルクはそんなロゼを見て、孫の成長を嬉しく思う。
だがそれと同時に、こんな危険なところへの同道を許してしまった事を後悔する。
(情けないお爺ちゃんで済まぬ。だが、お前は絶対ワシが必ず守って見せるぞ……今度こそ)
シルクはロゼの後ろに行くと、背負っていた卑弥呼を抱きかかえ、それと同時にセイメイを背負う。
「シルク殿! 私はまだ……」
「御爺様、卑弥呼様は私が背負います!」
二人は同時に叫ぶも、シルクはそのまま前へと進んだ。
「無理をしなければならない場合と、無理をしてはいけない場合があるでがんす。いいからついてくるでがんす」
「……はい。」
その言葉を聞いたロゼは素直にそう返事すると、シルクの後ろを小走りしてついていく。
自分の強がりに気付き、優しく諭してくれる祖父の背中を見て、ロゼは感謝した。
(いつもありがとうございます。おじい様)
だが次の瞬間、突然後方……カリー達が戦っている場所の方から爆発音が聞こえる。
イヤな予感を感じたロゼは、一瞬立ち止まって振り返ろうとするが、その前にシルクが叫んだ。
「今は信じるでがんす! 俺っち達の役目はサクセスを連れてくる事でがんす!」
ロゼはハッとした表情になる。
自分のやるべき事を間違えてはいけない。
残っていても足手まといにしかならない。
だからこそ……行かなきゃ!
「……わかりました。急ぎましょう。」
ロゼはそうシルクに答えると、後方を振り返るのをやめてそのまま前へと進んだ。
(お願いカリー。どうか無事でいて!)
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