第73話  灰心喪気(かいしんそうき)

(一体何が起こった……。これは夢か? 夢なら醒めてくれ。)



 薄暗い民家の一室。


 そこで一人の男が、高齢の全裸婆さんを押し倒して組み敷いているシーン。


 一部のコアなファンならば喜ぶべきシチュエーションかもしれないが、そこにいる男はまだ女を知らない夢見がちな少年……そう、俺だ! 



 喜ぶわけないだろ! 吐きそうだわ!



 俺は一瞬で後方に飛びのくと、震える手でその婆を指差した。



「お、お、お前何者だ! ひ、姫子さんをどこにやった!!」



 未だ現実を受け入れられない俺。当然、この状況ならこのババァが姫子に化けていたとわかる。


 しかし本能がそれを否定した。というか、そうであってほしい。


 姫子が罠にかかって、乱入したこのババァにどこかにやられてしまった。


 そんなあり得ない妄想を現実だと思い込もうとする俺。


 しかし、やはり現実は残酷だった。



「何を言うておる。姫子ならここにいるじゃろう。ワシじゃワシ。ほれ、ワシの体を好きにしていいのじゃぞ?」


「するか馬鹿! 何が悲しくて俺の初めてをババァに捧げにゃならんのだよ! いいから姫子を返せ!」


「悲しいのう。ワシが後50歳若ければ……お主の初めてをもらえたのにのう。」



 そう言って、残念そうに俯く婆さん。それを聞くだけで、背筋が凍りそうになる。



「馬鹿な事を言ってないで、姫子を出せよ!」


「そう言われてものう。わかったじゃ。姫子を連れてこよう、待っておれ。」



 そう言って婆さんは障子を開けて外に出て行く。


 どうやら本当に婆さんは姫子ではなかったようだ。


 その事にホッとした俺はそのまま、その場で待つ。



(しかし、あのババァは何者だったんだ? まぁいいか。姫子さんが来たら、出て行ってもらおう)



 すると障子が少しだけ開き、その間からひょこっと姫子が顔を出した。



「姫子さん! よかった、無事だったんだね。」


「ごめんね。びっくりさせちゃったよね。今行くから待ってて。」



 そう言いながら、部屋に入ってくる姫子。しかし、俺はその姿を見て硬直した。



「……おい。何の真似だ、ババァ。そんなんで騙されると思うなよ。」



 俺は入ってきた姫子……いや、姫子の顔をしたババァに言い放つ。



「あら、どうしたの? そんなに怖い顔をして。ババァなんて酷いじゃない。乙女心が傷つくわ……」


「ふざけんな! 顔は姫子さんだけど、体はババァのまんまじゃねぇか! 騙すならもっとちゃんとやりやがれ!」



 なんと部屋に入ってきたのは、顔だけ姫子の腰が曲がっているババァだった。そんなんで騙される訳もないし、そもそも、あまりに不釣り合い過ぎて逆に不気味だわ!



 すると、姫子の顔が再びババァに戻る。



「やはり連続では無理じゃったか。仕方ないのう。さぁ、好きにせぇ!」



 そう言いながら、マッパのまま布団に仰向けで大の字になるババァ。


 思わず直視してしまい、朝飯を戻しそうになった。



「だからいらんっつうの! あぁ、もういいよ。わかったよわかった。ババァが俺を化けて騙していたんだろ。」


「人聞きの悪い事を言うでない。あれは、ワシの昔の姿じゃけぇのう。本物には変わりあるまい。」


「はいはい。わかってました。どうせこんなオチだとは思ったよ。もういい。他の店に行くから。」



 そう言って俺は立ち上がるも、その足にしがみついて離さないババァ。



「行かんといて。ウチを捨てんといて。堪忍やぁ。」


「離れろババァ。ふざけんなよ。本来なら逆に金をとってもいいんだぞ。いたいけな心を騙しやがって!」


「せやけろ、ワシはあんさんに会わないと行けなかったのじゃ。堪忍やから話を聞いて欲しいのじゃ。」



 振り払おうおするも必死に縋りつくババァ。

 

 とりあえずお願いだから服を着て欲しい。


 しかし、怒り心頭の俺は無視してババァを引きずって歩くが……このままだとマッパのババァを引きずるキチガイになる。


 とはいえ、無理矢理振り払ったらババァじゃ怪我をするに違いない。


 まだ怒りが収まらぬ俺だが、まぁこれも多分トンズラのせいだと思えば、いくらかは溜飲が下がる。



「わかったよ。じゃあ少しだけ話を聞くから離れてくれ。それと服を着ろ。」



 俺は立ち止まってそう言うと、ババァは涙を流して喜んだ。



「やはり流石は竜神様じゃ。ありがたや、ありがたや。」



 すると訳の分からない事を言って服を着るババァ。



「んで、話って何よ? 早めに終わらせてくれよ。」


「そうじゃのう。まずワシの名から話そう。」


「名前? 今更いいよ。もう俺の中ではババァで定着しているから。」


「そう言うでない。ワシの名は……卑弥呼じゃ。」



 その名前を聞いて思わず大声を出してしまう。



「はぁーーー!? ババァ、嘘をつくならもっとマシな嘘をつけよ。」


「真実じゃ。お主、セイメイと一緒にワシを探しに来ていたんじゃろ? いや、ワシに声を掛けられるために観光の振りをしていたというところかのう。」



 ババァ、もとい、卑弥呼の話に、俺は再び腰を抜かしそうになった。


 なぜならば今話した事は全て事実であり、かつ、それはハンゾウですら知らない情報。


 つまり、それがババァが卑弥呼である証明になる。


 とはいえ、全てセイメイの希望的観測の話であったはずだから、本来、卑弥呼であってもこれは知らない。



「ババァ……いや、本当にあんたが卑弥呼なのか?」


「いかにも。ワシがサムスピジャポンを統べていた卑弥呼じゃ。」


「統べていた……ね。とりあえず、聞かせてくれ。なぜ俺達が声を掛けられる為に観光していると思った?」


「ふむ。意外に落ち着いておるのう。そうじゃな、ワシの力と言ったら納得するかのう? ワシは少しだけ未来を予知する事ができるのじゃ。まぁわかるのは少しだけで、後はワシが予想しているに過ぎないがのう。」



 どうやらこのババァはマジで卑弥呼のようだ。


 こんなに早く見つかるとは思っていなかったので正直びっくりである。


 とはいえ、見つかったなら話は早い。


 さっさと卑弥呼を俺達のところで保護するだけだ。



「なるほどね。まぁ、あんたが卑弥呼だってのは信じる。だけど、俺だけが詳しい話を聞く訳にはいかないから、とりあえず一緒に来てくれ。」



 俺がそう言うも、そのババァは首を振る。



「そうしたいのは山々じゃが、ワシはこの姿で外を歩く訳には行かぬのじゃ。変装しても、曲がった腰までは隠せぬ。」


「いや、別に問題なくね……って、そういえば、ここに来るまでの間にババァを見てないな。」



 そこで俺は今更ながら気づいた。

 

 

 邪魔大国に来てから、高齢の女性に出会ってない事に。



 今まで全く気にしていなかったが、思えば不自然だ。

 

 爺さんは見るけど、婆さんは見ない。


 そんな事は本来あり得ないのだが……もしかしたら……。



「そうじゃ。妲己の奴め、この国でワシ位の年齢の女を見ると全員攫っているのじゃ。故に、外に出る訳にはいかぬのじゃよ。」


「なるほどな。それなら、最初のように化ければいいじゃん。」


「あれはかなり魔力を必要とする故、長く持たぬのじゃ。もし長くいられるなら、ワシはそなたと……。」



 そこでポッと頬を赤らめる卑弥呼。


 やめてください。願い下げです。



「ま、まぁ状況は分かった。じゃあどうすればいい?」


「そうじゃのう。明日、日が昇る前にここにもう一度来てほしいのじゃ。できれば、セイメイと二人で来てほしい。」


「セイメイと二人で? 普通に駕籠か何か借りて俺達のところへ行った方がよくないか?」


「ダメじゃ。妲己を侮ってはならぬ。ここはワシが結界を張っている故、許したものしか見えぬようになっておる。つまり、ここが一番安全なのじゃ。」



(結界ねぇ。そう言えば、最初この通りには誰もいなかったもんな。)



「はぁ……。わかった。じゃあそうするよ。とりあえずまだ時間があるから、他の店に行ってスッキリしたら帰るわ。」



 俺はそう言って部屋を出ようとするが、再度引き留められる。



「やめるのじゃ。他の娼館に行ってはならぬ。」


「はぁ? なんでそこまで命令されなきゃならねぇんだよ。別にいいだろ?」


「ダメじゃ。この街の娼館は全て妲己によって支配されておる。もし行けば必ず体にマーキングされるじゃろう。」


「マーキング? どういうことだ?」


「呪いの一種じゃ。マーキングされた者は、その後に知った情報を盗み取られるのじゃ。」



(なんだと! それだと、イモコとシルクは……。やばいじゃないか。)



「え? すると、今の俺達のアジトとか目的がバレてしまうって事か?」


「安心せよ。まだ平気じゃ。あくまでその呪いはこれから知る事についてのみじゃ。」


「いや、それでもやべぇって。だって一緒に来た二人は既に娼館に入っちまったよ。」


「ふむ。ではこれを使うがいい。トビタ区を出たら、その二人に掛けておやり。そうすれば呪いは消えるはずじゃ。」



 卑弥呼はそう言いながら、粉が入った小さな袋を渡してきた。



「よかった。ありがとう。って、これがあれば俺も行けるじゃん!」


「無理じゃ。それは二人分しかない。そしてそれを一人分作るのに1年はかかるのじゃ。大事にせぇ。それで最後じゃからの。」



 終わった……。


 完全に詰んだわ。


 脱童貞と行かなくとも、その一歩手前まで進む俺の夢が……。



「そうがっかりするでない。ワシで良ければいつでも相手するわい。」


「いるか!! そんな事するくらいなら自分で抜くわ! もういい。じゃあまた明日な。……あと、粉サンキューな」



 俺はそれだけ言い残すと、トボトボとした足取りでその家から出て行く。



「はぁ……いいなぁ、イモコとシルク。」



 そう一言零しながらも、卑弥呼の家の場所だけは忘れないようによく確認するのであった……。




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