第65話 お散歩

その頃、忍亭では……。



「ふぁぁ~。おはよう、シロマ。」


「おはようございます、サクセスさん。この旅館は本当素晴らしいですね。」



 部屋を出て一階のラウンジに来ていた俺は、そこで偶然鉢合わせたシロマと挨拶をかわす。



「あぁ、飯は美味いし、風呂は最高だし言う事ないわ。あれ? ロゼッタちゃんは?」



 そこで俺は気づいた。いつも一緒にシロマと行動をしているロゼッタがいないことに。



「ロゼッタちゃんは、カリーさんを呼びに外に出ています。」


「ん? カリーを呼びに? カリーは今なんかしているの?」


「釣りだとシルクさんが言っていました。それで何時に戻るか聞いてきて欲しいと言われたんです。」


「へぇー。カリーらしいっちゃらしいな。でも何でロゼッタちゃんに……いや、そもそもいつシルクにあったの?」


「三十分くらい前ですかね? 丁度ロゼッタちゃんと朝風呂から出たところで会ったんです。」



(朝風呂!? しまった! どきどきタイムを逃したか。)



 よく見ると、シロマの髪は少しだけしっとりと濡れている。


 だが、今更気づいたところで後の祭りだ。


 すると、俺の表情を読み取ったのか、シロマが悪戯な笑みを浮かべる。



「残念でしたね、サクセスさん。」


「なっ! なんばいいよっと!? ざ、残念でなんかないっちゃよ!」


 内心を見透かされてしまった俺は、焦ってなまりが出てしまう。


 それを聞けば、否定したところで殆ど意味をなさない。


 だが、シロマはそれ以上特に追求してこなかった。


 こういう気の遣われ方は逆にダメージが大きい。



「……ふふ。そうですか。では何でもありません。それで今日は何か予定があったりしますか?」


「えっと、セイメイが近くに綺麗な滝があるから俺に見せたいって言ってたな。シロマも行くだろ?」



 俺がそう聞くと、シロマは少しだけ考えた後うなづく。



「そうですね。では御一緒させてもらいます。」


「じゃあカリーたちが戻ったら出かけるか。」


「いえ、二人のことは気にしなくて平気だと思います。当分帰ってこないと思いますし。」



 どこか含みのある言い方をするシロマ。だが、昨日風呂場でシロマ達の会話を盗み聞きしていた俺は何となく察する。



「そっか、じゃあシルクに伝えてくるわ。準備ができたらラウンジに来てくれ。」


「はい。楽しみです。」



 そう言ってシロマは部屋へと戻っていった。



(カリーの奴も隅には置けないな。まぁ、俺は俺で楽しむとするか。)



 そして俺はシルクに予定を伝えた後、部屋に戻って準備をするのだった。



※ ※



「全員揃ったようです、サクセス様。準備はよろしいでしょうか?」



 カリーとロゼッタを除く全員が集まったところで、セイメイが俺に出発の確認をする。



「あぁ、女将からもらった弁当もあるし、問題ない。じゃあ行こうか。」

 


 女将は、俺達が滝を見に出かけると聞くと、重箱に詰められた弁当を持たせてくれた。

 かなりの重みを感じるそれは、中身を見なくても豪華な食事が詰まっていることがわかる。

 こういった細かな気遣いは、本当に流石だ。


 そしてセイメイを先頭に俺たちは旅館から出発する。


 竹林を抜け、塩野湖とは逆方向に進んでいくと、背の高い樹木が無数に聳え立つ森が見えてきた。その中に足を踏み入れると、空を隠すように深緑の葉が広がっていて、少しだけ肌寒くも感じる。


「シロマ、寒くないか?」


「はい、ですが先ほどまで暑かったくらいですので、逆に涼しくて気持ちがいいです。」



 女性は冷えに弱いと聞いたことがあったので、少し心配してシロマに尋ねてみたが問題ないようだ。むしろ寒いのは俺の方だったりする。



「サクセスさんは平気ですか?」


「あぁ、丁度いいくらいかな。」



 本当はちょっと寒いと感じているが、心配をかけたくないので強がる俺。だけど、実際森の中を歩いていくことで体が温まってきたので、途中からはその涼しさが心地良くなってきた。


 しばらくそのまま歩き進んでいくと、やがて耳をつんざくような瀑声が聞こえてくる。そしてその音の源まで辿り着くと、大きな滝壺に水が流れ落ちるのが見えてきた。


「到着しましたね。こちらに見えるのが龍の滝と呼ばれる名所でございます。高所より激しく落ちる山水が、まるで荒ぶる龍のようであると名付けられた滝となります。」


「確かにこれは圧巻だな。やっぱ自然って凄いな。」



 セイメイの説明を聞きながら、俺は目の前の光景に感想を口にする。しかし、あまり語彙力のない俺にはその素晴らしさをうまく表現する言葉を持たなかった。



「左様でござるな。自然の力は偉大でござる。」


「はい。見ているだけで感動できるのは素晴らしいです。それにこの辺りの空気は先ほどよりも気持ち良く感じます。」


 俺のしょうもない感想にイモコが乗ってくれると、シロマもそれに続く。


 確かにシロマが言う通り、ここの空気は心を癒してくれていた。大きく吸い込めば、少し湿り気のある澄んだ空気が肺を満たし、リラックスした気持ちになる。



「いい場所に連れてきてくれたな、セイメイ。ありがとう。いい気分転換になったよ。」


「お喜び頂けて恐悦至極に存じます。しかしながら、名所はここだけではございません。この先にある白絹の滝もまた、こちらと異なった趣のある場所であり、是非お目にしていただきたくございます。」


「へぇ~、そいつは楽しみだな。しかし本当にセイメイは博識だな。」


「それほどでもございません。普段厳しい戦闘に身を置いているサクセス様に比べたら、私など大したものではございません。」



 そういって謙遜するセイメイであるが、少しだけ頬が赤くなっているように見える。どうやら褒められて照れているようだ。やっぱりこいつはどこかイーゼに似ている。



 しばらくその景色を前に休憩すると、俺たちは再び森の中を進んでいった。



「しかし魔物が全く見当たらないでがんすな。鳥や猪などはいるでがすが。」


 シルクが言うように、これまで俺たちは魔物と一切遭遇していない。チョウノに訪れる前に通った森では、結構魔獣とも遭遇していたのだから不思議に思うのも当然だ。



「ここはハンゾウが作った観光地でござるから、もしかしたらこまめに討伐しているのかもしれないでござる。」



 シルクの疑問にイモコが答えると、それをセイメイが否定する。



「いえ、多分そうではございません。この地はかつて神オオヤマクイが守護していた場所であり、今もまだその神様はこの地のどこかで眠っていると言い伝えられております。故に神の力によって、この山は守られているのでしょう。」


「そうでござったか。これは恥ずかしいでござるな。」


「失礼しましたイモコ殿。しかしながらハンゾウ殿は、それを知っている上でこの付近一帯を買い占めたのでしょうから、あながちイモコ殿の言うことも間違いではありません。」


「なるほどね。本当にハンゾウって奴は目敏いというか、なんというか。」



 セイメイの話を聞いて、改めてハンゾウの凄さを思い知る。やはり情報というのは生きる上で大きな力になるんだな。


 そんなことを話しながら進んでいると、今度はさっきと違って優しい水音が聞こえてきた。



「おぉ! これはこれで絶景だな。」



 俺の目の前に映るは、横一面に垂れ下がる絹のような滝。その近くには、その景色を見ながら休憩ができるように東屋やバーベキューセットが設置されている。



「こちらでお昼にしましょう。サクセス様、お弁当も良いのですが一応肉や魚なども持ってきておりますので、バーベキューも可能です。」



 そういってセイメイは担いでいた箱を東屋に置くと、中から食材を取り出す。



「流石だな。いいねぇ、バーベキュー。お弁当も楽しみだけど、大自然の中で肉を焼いて食べるのもいいな。」



 俺はセイメイの提案に両手を上げて喜ぶと、全員で昼食の準備に入った。


 そして絶景を見ながら昼食を終えた俺たちは、目的も達したことから宿に戻ることにする。



「今日は楽しかったよ、セイメイ。ありがとうな。」


「とんでもございません。私はサクセス様が喜んでいただけることが何よりも嬉しく思います。」



(マジでこいついい奴すぎない? まぁそこまで自分に尽くす理由はわからないが。)



 そんなことを考えながらも、俺たちのハイキングは終わった。


 そして旅館に到着すると、そこに丁度カリーとロゼッタも帰ってきた。



「お? サクセス。どこいってたんだ?」


「ちょっと山まで滝を見にな。すげぇ絶景だったぞ。カリーとロゼッタは今までずっと釣りをしていたのか?」



 俺がそう聞くと、満面の笑みを浮かべたロゼッタが答える。



「はい! 初めて釣りというものをしましたが、すごく楽しかったです。カリーさんの教え方が上手くて私も釣ることができました。」



 どうやら二人も随分楽しい時間を過ごしていたようだ。よく考えれば二人だけでずっと一緒に過ごすとか、もはやデートみたいなものじゃないか。なんとなくそれが羨ましい。



「へぇー。楽しかったならよかった。」


「それよりもサクセス。今日の夕食は楽しみにしていいぞ。幻の魚が釣れたからな。」


「マジ? 凄いじゃん!」


「そうなんですよ! カリーさんが釣ったんですけど、こんなにも大きくて! 私も楽しみです!」



 興奮したロゼッタは、手を大きく広げながら嬉しそうに伝える。幻の魚が何かはわからないが、とりあえず馬鹿でかい魚というのは伝わった。大きければ美味いという訳ではないだろうけど、幻の……と言われると確かに気になるな。



「よし、じゃあ今夜はみんな一緒に夕食を食べようか。セイメイ、大丈夫か?」


「問題ございません。それでは、早速女将に伝えに行って参ります。」



 セイメイは即答すると、宿の中に入っていく。


 そして俺たちもまたそれに続くと、一度自分達の部屋に戻るのだった。





 





 

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