第66話 妲己

 その夜、忍亭の宴会場に集まった俺達は、今朝カリーが釣ったクエールという幻の巨大魚のコースを食しているのだが……あまりの美味さに言葉を失う。


 というよりか、もう病みつき過ぎて、さっきから箸が全く止まらない。



・クエール鍋

・クエールの薄造り

・クエールの煮つけ

・クエールのから揚げ

・クエールの塩焼き



 どれも甲乙つけがたい程に美味いと言えるが、やはり特筆すべきは【クエール鍋】だろう。


 クエールの身は、食感からすると魚よりも肉に近い。しかしその身を噛めば、肉とは全く違う独特の旨味とコクがあり、もう何が何だかわからないけど美味すぎるとしか言えなかった。


 そんなクエールの身と骨でとった出汁は極上の味わいとなる。そしてその身は、鍋の中で湯がかれることで適度に締まり、噛み締める時は強い食感を感じさせ、その後にジュワッと極上の油が口の中でトロけて広がった。



(美味すぎる!!)



 今まで食べてきた魚が一体何だったのかわからなくなるほど、このクエールという魚は美味しすぎた。


 こんな美味い魚を食べたら、もう他の魚はクエない……と言いたいところだが、これはやはり別物だと思うので、普通にクエールだろう。


 

 とまぁ、そんな凄い魚が並んでいるのだから、宴会場では誰も食する以外で口を開くことは無かった。


 全員が食のバーサーカーとなり、目の前の魚を貪り食らい続ける。


 すると、あれだけあったクエール料理があっという間に目の前から消えていった。



「ふぅ~。食った食った。つうか、これ美味すぎだろ。この世にこんな美味い物があるなんて驚きだわ。」



 俺は膨れ上がったお腹を擦りながら、満足した面持ちで口を開く。



「違いないでがんす。俺っちも、長年この大陸で生きてきたでがすが、これほど美味い魚は初めてでがんす。噂では聞いていたでがんすが、これは噂以上でがす。」



 どうやらシルクもクエールを食べたのは初めてらしい。


 シルクは俺達と違って何十年もこの大陸で生きてきた。


 更に城主という王様に似た立場であるため、これまでに多くの高級食材を口にしてきたはず。


 そのシルクがあれだけ感動しているのだから、これは正に幻の魚という事なのだろう。



「だろ? 俺に感謝しろよシルク。何でも十年に一度釣れるかどうかって魚らしいからな。そう言われるだけあって、奴との戦いは俺の釣り歴史の中でもトップクラスに熱い戦いだったぜ。」



 カリーはその時の事を再び思い出したのか、興奮した様子で語り始めた。


 そしてしばらくそのカリーの武勇伝を聞いているところで、宴会場の襖が開く。



「遅くなって申し訳なかったでござる。」



 入ってきたのはイモコだった。


 実はイモコだけは、ハンゾウとの会合があった為、この宴会に参加していなかった。


 その話し合いが終わったところでこっちに来たのだが……残念ながら極上の料理は全て消えている。



 よく考えたら、イモコの分を残しておいてあげるべきだった……と言いたいところだが、それは無理な話だ。


 だってもう、あれを食べ始めたら無くなるまで止まる事は出来ない。


 イモコには申し訳ないが諦めてもらうしかないだろう。



「お疲れさん、イモコ。そ、それと……。ごめん。もう料理はみんなで食い尽くしてしまった。」



 俺は申し訳なさそうに頭を下げると、イモコは慌てた。



「し、師匠! 大丈夫でござるよ! ハンゾウとの会合では、ちゃんとクエール料理が出てきたでござる。そのお蔭で遅くなってしまったでござるが……。」



 どうやらイモコとハンゾウにもクエール料理は出されたようだ。


 そして、そのお蔭というのは何となくわかる。多分、俺達と同じように食べ始めたら止まらなくなり、話合いは食べつくしてから始まったのであろう。


 確かによく見たら、イモコのお腹はパンパンに膨らんでいる。


 普段、あまり多くの食事をとらないイモコとしては珍しい。



「そっか。ならよかった。本当にあれは最高に美味かったな。マジでカリーには感謝だよ。」


「そうだぜ、サクセス。もっと感謝しろよ。でも、あれを釣れたのは俺だけの力じゃねぇ。ロゼッタちゃんがいてくれたからだ。」



 カリーにそう褒められたロゼッタは、顔を赤くして否定する。



「そんな事はありません。私なんて何もしていませんよ。」


「いや、そんな事はねぇよ。釣り上げた後、あの魔法が無ければ魚は傷ついていた。だから言わせてくれ、ありがとう。」


「こ、こちらこそ、色々教えていただき、ありがとうございます。」



 そういってお互い頭を下げる二人。


 なんというか、まるで付き合いたてのカップルのように初々しい。



 なんでだろう。喜ぶべきなのに、どういうわけか俺は心の中で舌打ちをしている。



 そんな初々しいイチャラブオーラが羨ましいのだ。



「サクセスさん。酷い顔してますよ。」



 そんな俺の様子に気付いたシロマが声をかけてくる。どうやら、俺は酷い顔らしい。って、余計なお世話じゃ。



「そ、そんな事ないっぺ。別に羨ましいとかそんな事は考えてないっちゃ。」


「嫉妬は醜いですよ。温かい目で見守って下さい。サクセスさんには……私がいるじゃないですか。」



 最後だけ少し照れたように小声で呟くシロマ。どうやら自分で言ってて恥ずかしかったようだ。その姿がめっちゃ可愛かったので、さっきまであった嫉妬が消える。



「……シロマ。めっちゃすっきゃねん。」



 シロマの可愛さに動揺した俺は、シロマを見つめて変な言葉を吐いてしまうと、カリーが近づいてくる。



「おい、サクセス。俺達がいる事を忘れてないか? 見せつけてんじゃねぇよ。」



 その言葉にハッと我に返った。


 だが、これだけは言わせてくれ。



(お前がいうな!)



「み、見せつけてねぇよ。それより、イモコ。何か情報はあったのか?」


「あったでござる。率直に言って、現在サムスピジャポンはかなり危険な状況だとわかったでござるよ。」



 神妙な面持ちでそう告げるイモコに、セイメイが口を開く。



「……詳しく話して頂いてもよろしいですか?」


「もちろんでござるよ。少し長くなるでござるが、最後まで聞いてほしいでござる。」



 そう言って、イモコはハンゾウから入手した情報を話し始めた。



 そしてその内容を最後まで聞いた時、セイメイとシルクの顔が青ざめる。イモコが話した内容は、二人にとってそれだけヤバイ状況だったのだ。


 そしてその内容とは……


 まず初めに、サムスピジャポンの女王卑弥呼が表に出てこなくなったこと。


 その代わりに、卑弥呼の娘が大陸を取り仕切り始めたようだ。その娘は妲己と名乗る絶世の美女であり、これまで一度も表に出てきたことはない人物。


 そして妲己は、シルクにあの玉を渡したサイトウと密接に関係しているらしい。


 やはりシルクやセイメイがおかしいと思った通り、サイトウが皮肥に来てからの所業は卑弥呼からの命令ではなく、妲己によるものだった。


 だが、普通ならば卑弥呼がそんな事を許すはずもないので、やはり卑弥呼は既に殺されているか軟禁されているのだろう。そう考えていたのだが、どうやら違うらしい。


 

 卑弥呼はどこかに身を隠しているようで、現在妲己は血眼になって卑弥呼を探している。


 ここに来る途中であった検問も、卑弥呼を探していたことがわかった。そう。あの時探していた老婆とは卑弥呼の事だったのである。



 そしてもう一つ。妲己はここ最近、多くの国に使節団を派遣しているらしい。その派遣先では、やはり魔物が凶暴化しているとの話だが、今回俺達が倒したような巨大魔獣は出現してないそうだ。


 一体妲己の目的は何なのか、そして突如現れた妲己とは何者であるのか? ハンゾウも今まさにそれを調べているとのこと。


 ハンゾウとしても、今の状況は大陸の危機と感じているらしく、商人ではあるがこっちの味方でいてくれるらしい。その為、何か新しい情報が入ったら、今度はハンゾウの方からこっちに接触してくれるようだ。



 それを聞いて少しだけ安心した。



 金さえ払えば何でも話すなら、俺達の情報もまた売られる可能性がある。


 しかし、その心配はないとイモコは断言した。イモコがそこまで断言できるならば、俺はそれを疑う必要などない。ハンゾウの事はまだ信頼できないが、俺はイモコを信頼している。



「なるほどな。卑弥呼様っていうのは凄い力を持っているって聞いたから、その卑弥呼様が逃げ出すというのは相当妲己ってのがヤバイって事だな。」



 イモコの話を一通り聞いた俺は、そう口にする。



 正直、今までは卑弥呼に対して警戒していたのだが、警戒する相手は違ったらしい。その絶世の美女の妲己だ。しかし、絶世の美女と聞くと少し会ってみたいとも思う。



「妲己でがんすか。聞いた事ないでがすな。そもそも、卑弥呼様には御子はいなかったはずでがんす。」


「はい、仰る通りです。卑弥呼様に娘はおりません。となると、やはりこれらすべてはその妲己という不届き者の仕業だと推察されます。しかし、それ以上にやはり卑弥呼様の身が心配でございますね。」



 セイメイは妲己に対して怒りを露わにすると、今度は不安そうに俯いた。


 やはりセイメイにとって卑弥呼は特別らしい。どんな関係かはわからないが、セイメイの態度からそれがわかる。



「そうでござるな。しかし、如何にして卑弥呼様からその座を奪ったのか……。かなり警戒が必要でござるな。それと、一刻も早く卑弥呼様の身を確保する事が必要でござる。」


「そうだな。卑弥呼様に会えれば守る事ができるし、何よりも詳しい状況も聞ける。それにオーブについても何か知っているかもしれないしな。」


「はい。ですので、サクセス様。申し訳ないのですが、もしも卑弥呼様が見つかったら守ってもらえないでしょうか?」



 心配そうな表情で俺にお願いするセイメイ。そんなセイメイを安心させるように、俺は力強く言う。



「あぁ、全力で保護するさ。しかし妲己か……どれほどの美女……。」


「サクセスさん!」



 つい、心の声が漏れそう…いや、漏れかかると、シロマが俺を一喝した。



 そんな嫉妬するシロマも可愛いぜ。



「じょ、冗談だって。まぁとにかくやる事は決まったな。また明日から邪魔大国に向けて出発するとしよう。そこに向かう途中で卑弥呼様が見つかれば御の字だな。」



「はい。ありがとうございます。サクセス様。」



 俺の事にセイメイが綺麗に頭を下げる。



「気にすんなよ。俺達に必要な事だ。それじゃあ、とりあえず各自明日に向けて休んでくれ。」



 俺がそう言うと、みんなはそれぞれ各自の部屋に戻っていくのだった。

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