第62話 露天風呂

 それからしばらく俺は、外の風景を見たり、布団でごろごろしていると部屋の扉が開いた。



「お待たせしましたサクセス様。」


「おっ、早かったじゃん。じゃあみんなで温泉行こうか。」



 丁度お腹の張りがおさまったところでセイメイが戻ってきたので、早速俺達は男三人で露天風呂へと向かう。


 

「ぬお!? なんじゃこりゃ!!」


 

 俺は入って早々、目の前に広がる情景に目をパチクリさせた。


 そこに広がるは、大きな岩に囲まれた白濁湯の露天風呂。しかし、俺が驚いたのは風呂ではなく、その周りの岩に散らばるように設置された無数のランタンである。



 月明りに照らされた薄闇に灯る、無数の暖かな光。

 それはまるで黄泉の国へ導く光のように幻想的だった。



「いつ見てもここは素晴らしいでござるなぁ。朝風呂も良いでござるが、某はこの点々と照らすランタンが好きでござるよ。」



 俺の後ろから入ってきたイモコも、この情景に目を奪われている。



「それではサクセス様。早速お背中をお流しします。」



 そして最後に入ってきたセイメイは……何故か大きめのバスタオルを体に巻いてそう告げた。



「え? あぁ、確かにまずは体を洗わないとな。つかさ、セイメイは何で体にタオル巻いてるの?」



 当然の疑問だ。俺とイモコも腰にタオルは巻いているが、流石に上半身までは隠していない。

 というよりも、男でそれは違和感が半端ないぜ。



「私の粗末な体を露わにすれば、サクセス様のお目を汚す為でございます。私の事は気にせず、そちらにお座り下さい。」



 粗末って……別に期待していないんだが。

 俺はそんな事では誤魔化されないぞ。



 裸の付き合いに布等不要!



 俺はセイメイの言う通りにする振りをしながら進みつつ、その途中で突然振り返ると、セイメイのバスタオルを掴んでガバっとはぎ取った。



「きゃっ!!」



 すると、セイメイは女性のような反応を示しながら、両手をクロスさせてその体を隠してしゃがみ込む。



 なぜかその仕草と声に、男と知りつつも背徳感を感じてしまった……。


 だが流石にこれにはイモコも苦言を漏らす。



「師匠。無理矢理は良くないでござる。セイメイとて、人に見られたくないものもあるでござるよ。」



 そう諫められた俺は、流石にやり過ぎたと反省した。



「ご、ごめん。セイメイ。冗談のつもりだったんだけど、悪かった!」



 俺はそう言って謝罪するが、セイメイは静かにバスタオルをとって体を隠すと笑顔を向ける。



「問題ございません。私の方こそ、このような場でタオルを巻いてしまい申し訳ございませんでした。しかしながら、ある理由から私は肌を人に見せる事が怖くなったのでございます。」



「ある理由? 実は女とかじゃないよね?」



 さっきの反応は完全に女のもの。

 とはいえ、それについてはセイメイは何度も否定している。

 だがアレを見たわけではないので、実際にはわからないが……。



「はい、私は男でございます。紛らわしい事をしてしまい申し訳ございません。」



 セイメイはそう言いながらも、ある理由とやらについては話さなかった。


 少しだけ気にはなるが、本人が話さないならば無理に聞くのはやめておこう。



「いや、あれは俺が悪いんで。と、とりあえず背中流してくれるならお願いするよ。早く風呂に入りたいし。」


「かしこまりました。では、そちらの椅子にお座り下さい。」



 俺は今度こそ言われるがまま、洗い場に置かれた椅子に座り、その身をセイメイに任せた。



 ※  ※  ※



「お……おぉ……おぉぉぉ!? 気持ちイィィ!」


「どこか痒いところはございませんか?」


「えっと、右下がちょっと……。おっ! そこそこ! イイ! いいよ!!」



 セイメイの絶妙な垢すりに、思わず卑猥な感じで言葉が漏れる俺。


 やはり背中というのは自分では届きにくいため、人にやってもらえるとめちゃくちゃ気持ちがいい。


 

「前はいかがしますか?」



 続けてそう質問するセイメイに、つい勢いで



「前はデリケートなので、優しくこすってね。」



って言いそうになったがやめた。



 流石に男にそれをやられるのは気持ちが悪い。



「前は自分でやるからいいっぺよ。」


「そうでございますか。残念です。それでは頭の方を洗わせていただきます。」



 言葉の通り、本当に残念そうな声を上げながらも、今度は頭を洗い始めるセイメイ。


 セイメイの指は女性のように細くしなやかで、なんとなくだが指付きが少しいやらしい。

 そんな指捌きで頭皮をマッサージされるもんだから、息子が反応して大きくなってきたしまった。



(おい! 沈まれ息子よ! あれは男だぞ、勘違いするな!)



 そう言い聞かせながらも、あまりの心地よさに目を細めてリラックスする俺。



「終わりました。それではお先にお風呂に入って体を温めてください。」


「サンキュー。気持ちよかったよ。じゃ、じゃあ……行ってくる。」



 セイメイは最後に俺の頭をお湯で流すと、俺は少し前かがみ気味に立ち上がる。



「どうかされましたか?」


「い、いや、なんでもねぇっぺよ。」



 俺はそれだけ言うと、露天風呂に向かってダイブした。



「くはーー! 最高!!」



 外の寒さと相まって、この温もりは完全に犯罪だ。

 この温もりによって、体の隅々に酸素と栄養が行き渡っていく感じがする。


 そして、そこから見える夜の塩野湖の風景。


 すべてが完璧だった。


 あまりに気持ちが良すぎて、俺はそのままゆっくりと風呂に浸かっていたのだが、そこである大事な事を思い出す。



「そういえばセイメイ。女風呂と男風呂って隣接しているのかな? あの竹でできた壁の向こうが女風呂だったりする?」


「申し訳ございません。それは把握しておりませんでした。よろしければこの後、宿の者に確認を……。」



 俺の質問に早速動き出そうとするセイメイ。



「いやいやいや! いいから。大丈夫、ちょっと気になっただけだし。」



 流石にそんな事を聞いていたなんてバレたら、覗く前にバレてしまうわ。



「そうでございますか? 私にできる事がありましたら、何なりとご命令下さい。」



 そういってセイメイは頭を下げる。


 ちなみに風呂の中ではバスタオルは取っているのだが、お風呂自体が乳白色で濁っているため、セイメイが男かどうかを確かめることはできなかった。


 とまぁ、そんなセイメイなんだが、流石に覗きについて正直にお手伝いをお願いするわけにはいかないだろう。


 もし仮に正直に告げれば、多分高確率でセイメイは色んな手段を用いて協力するはずだ。


 だからこそ、逆にセイメイにお願いするわけにはいかない。



 という事で、ここは濁すとしよう。



「いつもすまないな、セイメイ。もし何かあればその時は頼むわ。」


「わかりました。では、そろそろ上がりましょうか?」


「あ~、俺は一度湯から上がって体を冷ましたらもう一回入るんで、先に上がっててくれないか?」


「それでは私も付き合います。」



 くっ……やはりそう来るか。



「いや、大丈夫だって。一人になりたいんだ。もしよければ、湯上りに冷たい物を用意してくれると助かるなぁ。」



 若干棒読みになる俺。


 別に同じ男のセイメイにバレたところで構わないのだが、ここは一人になりたい。



「そうでございますか。それではそのように準備をさせていただきます。ですが、あまり長く湯に入りますと、湯あたりしますのでお気をつけ下さい。」


「わかった。じゃあ頼むよ。」



 俺がそういうと、セイメイはイモコを連れて先に露天風呂から上がった。



「さてと……じゃあ秘密の穴を探すとするか。」


 

 二人がいなくなったのを見計らい、早速俺は浴場をくまなく探し始める。


 すると、早くも壁沿いの床にい箇所だけ色の違うタイルを発見した。



「これ……なんか怪しいな。」



 とりあえず俺はそのタイルを触ったり、押したりしてみるも、特に変化は見られない。



「うーん。違ったかな? やっぱり秘密の覗き穴なんてないんじゃ……。」



 そう呟いた瞬間、壁の向こう側から声が聞こえてきた。



「シロマちゃん、お肌綺麗だねぇ。」


「ロゼッタちゃんこそ、その胸……羨ましいです。」



 なんと壁の向こう側に、ターゲットが現れてしまった。


 今日は下見のつもりだったが……その心が揺れる。


 とりあえず俺は気配を消しながら、壁に耳を張り付けて二人の会話を聞き始めるのだった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る