第61話 懐石料理

「それではサクセス様。キンツバについては、食後に手配をしておきます。お気に召したようでしたら、ここを出る前にもいくつか購入しておきますので、気軽にお申し付けください。」


「あぁ、助かる。それよりも、来たようだな。」



 そんな話をしていると、扉をコンコンとノックされる。


 俺がそれに「どうぞ。」と声を掛けると、扉を開けた仲居さんはお辞儀をした後に食事を運んできた。


 しかし、入ってきた仲居さんは一人ではない。


 なんと四人もの仲居さんが頭を下げて入ってくると、囲炉裏の前に黒く光ったテーブルを人数分並べ始める。


 どうやら、食事はこの個人テーブルに並べるらしい。


 三人分というと小さく感じるが、一人分とすると十分すぎるほど大きなテーブル。


 セイメイが言うには、漆と呼ばれる高級な物を塗られたものらしく、それも相まってか、次々とそこに置かれる食事の豪華さを一層際立たせていた。



 全てを並べ終えた仲居は、代表で一人がそのメニューについて説明する。



「本日の懐石料理は、


 食前酒  はちみつ濃厚梅酒

 前菜   山の幸6点盛り

 光付   うにといくらの小鉢

 造り   刺身8種の船盛り

 煮つけ  キンメダイの味噌煮

 揚げ物  アンコウと鶏肉の比べ揚

 蒸し物  イセエビと松茸の土瓶蒸し

 陶板焼き 松笠牛の陶板焼き

 焼き物  イセエビの黄金姿焼き

 留碗   松茸のお吸い物

 ご飯   あきたひかりの土鍋炊き

 香の物  

 デザート フルーツの盛り合わせ~季節のアイスクリームを添えて


以上の13品となっております。」



 その呪文のような長いお品書きの朗読は、聞いていても俺の頭にさっぱり入ってこなかった。

 

 だがわかる……目の前に並べられた数々のメニューが如何に贅を尽くされたものであるかを。



 それらは正直、視覚的にも嗅覚的にもやばすぎる。


 種類が豊富であるため、その物量にも目がいってしまいそうになるが、そんな事よりも一品一品から放たれている美味いぞオーラが眩しすぎた。


 すると丁度そこにイモコが戻ってくると驚きの声をあげる。



「おぉ! これは豪華でござるな。以前某が食べた物よりも凄いでござる。」


「当然でございます。サクセス様にお召し上がりいただくのですから、最高級の物を用意してもらいました。では、サクセス様。食事が冷める前にいただきましょう。」



 セイメイの言葉を聞き、これは彼が頼んでくれた物だとわかった。


 他の部屋がどうなっているかも気になるが、それよりも今は目の前の豪華な食事。


 セイメイと作ってくれた宿の者に感謝しつつ、俺は食事に手を付ける事にする。



「やばい。どれから食べればいいかわからないわ。」



 早速食べようと箸を持つが、どれも美味しそうなため、どこから手を付ければいいかわからない俺。


 そんな俺を見て、セイメイは目の前にあるお酒の入ったコップをとって俺に渡す。



「では、まずはこの食前酒を一口いかがでしょうか?」



 そういってお酒を勧められた俺は、それをちびりと舐めるように口に含んでみた。


 そしてその瞬間、俺の口の中が幸せで爆発する。



「あ、あまい! つうかうますぎる。なんだこれ!?」


「先ほど仲居が説明した通り、はちみつ濃厚梅酒でございます。とろけるようなねっとりとした舌ざわりに、はちみつに漬け込んだ濃厚な梅の甘みが絶妙な一品でございます。」



 どうやらセイメイはこれを飲んだ事があるようで、俺が感じた事をそのまま説明した。



「いやぁ、これはお酒が進み過ぎて怖いな。うまいけど、残りは最後に取っておこう。」



 そう言って俺は、後ろ髪を引かれる思いでコップをテーブルに戻す。



 正直何杯でも飲み干したいと思える程美味かったが、自分の酒癖は自分がよくわかっていた。お腹が完全に満たされてからにしないと、食べる前にダウンしてしまう。そんなもったいないことは絶対にしない。


 それから俺は、時間をかけてデザート以外の全ての料理をゆっくりと平らげていったのだが、どれも新鮮かつ絶妙な味付けであり、正直ご飯を何杯もおかわりしてしまった。


 中でも俺が気に入ったのはやはり、【松笠牛の陶板焼き】


 元々貧乏だった俺は、小さい頃から特別な日にしかお肉を口にすることは無かった。


 それが冒険者となり、旅をしていく上で様々なお肉料理を口にしてきたが、その中でもこれは断トツで一番と言っていい。


 俺にとって肉料理というのは全て特別に感じるのだが、これは次元が違う。


 表面から薫る香ばしい肉の香。

 ナイフを入れた瞬間に溢れ出す肉汁。

 口に入れた瞬間、溶けて消えていくような魔法の触感。


 こんなにおいしい肉は食べたことがない。

 なんなら、一生この肉を食べていたい。


 そう思える程、俺は感動した。



 とはいえ、すべての料理を食べ切った俺は完全にお腹がパンパンになっており、流石に今は肉のおかわりはいらない。


 仲居さんは途中、気に入った物があれば追加でお持ちすると言ってくれたが、それは遠慮した。


 これだけ素晴らしい食事を残すとあっては、農家の息子の名が廃るってもんだ。


 食材食事は粗末にしてはならない。


 という事で、そのお腹一杯の状態で最後のデザートに手をつけるのだが……普通に食べれた。


 イチゴとメロンを筆頭に様々なフルーツが添えられ、その横にはシャーベットと呼ばれるさっぱりしたアイスが添えられている。


 フルーツ自体も全て一口サイズにされて食べやすく、その酸味と甘みが俺の胃袋にスペースを開けてくれた。



 とまぁ、こんな感じで全て食べ終えた俺だが……



「もうまじで食えない。本当にここ、最高すぎる。セイメイ、イモコ、マジ感謝。」


「それは良かったでございます。明日の夜も気に入った物があれば、もう一度作ってもらいますが、いかがしますか?」


「そうだね。またあのお肉は食べたいかな。それ以外は任せるよ。セイメイに任せておけば間違いないからな。」


「お褒め預かり光栄でございます。それでは朝食も含めて、少し女将と相談してまいります。サクセス様はお先にお風呂に入られてはいかがですか?」



 俺がセイメイにそう言って感謝すると風呂を勧められた。


 だが、今の俺は歩くのがつらいほどお腹がパンパンであり、もう少しだけ休んでから入りたい。



「あぁ、少し食休みしたら行ってくるかな。イモコはどうする?」



 俺がそう話を振ると、イモコはギクッと肩を揺らした。



「そ、某も……。」


「あぁ、大丈夫だって。二日あるなら今日はそういうのなしだから。今日は下見さ。」



 多分イモコは覗きに付き合わされると思ったのであろう。俺がそう説明した瞬間、安堵していた。



「それでは是非、師匠のお背中を流させていただきたく思うでござるよ。」



 イモコがそう言った瞬間、突然振り返ったセイメイが凄い勢いで近づいてくる。



「サクセス様!! サクセス様の背中は私に流させてください。直ぐに話を付けて戻ってきます故!」



 その勢いに押されて、後ずさる俺。



「お、おう。つうか、別にそういう気を使わなくていいからさ、二人とも。気楽にいようよ。」



 俺がそう言って落ち着かせようとするも、セイメイの勢いは止まらなかった。



「いえ! それは譲れません。是非、私に流させてください。」


「わかったわかった。じゃあしばらくここでゴロゴロして休んでるから、セイメイが戻るまでは風呂にはいかないよ。」


「ありがとうございます。それでは行ってまいります。くれぐれもイモコ殿は抜け駆けしよう等とは思わないように願います。」


「大丈夫でござるよ。残念ではあるが、本日はセイメイに譲るでござる。」



 その言葉に安心したセイメイは、ようやく部屋を後にする。


 しかし、俺の背中を流して何が面白いのだろうか?


 まぁシロマの背中流していいって言われたら、喜んで前も後ろも洗っちゃうけどね。



 そんな妄想をするも息子は静かだった。


 やはり食欲が満たされると、他の欲はおさまるのかもしれない。


 そんな感じで豪華絢爛な夕食を終えた俺は、セイメイが戻るまでしばらく横になって仮眠するのであった。


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