第46話 vs 信長

「ふぅ~食った食った! オラ、腹いっぺぇだぞ。」



 震源との戦いが終わると、丁度そのころ、信長も食事を終えていた。


 信長はその場で屈伸等の準備体操を始める。



「うっし! いっちょやってみっか!」



 そして前宙をしながら開始線に飛んでくると、片手を上げてイモコに軽く挨拶をした。



「おっす! オラ、信長!」


「初めましてでござる。某の名はイモコ。よろしくでござる。」



 信長の挨拶に、イモコは律儀に返す。


 すると、信長は楽しそうに満面の笑みを浮かべた。



「おめぇ、強そうだなぁ。オラ、ワクワクすっぞ!」


「某はまだ未熟故、強い等とは言えぬでござるが、それでも勝たせてもらうでござる!」


「オラも負けねぇぞ! 飯もいっぺぇ食ったし……お、そうだ。ほれ、これ食べてみろ。」



 そう言うと、信長はイモコに黄色く丸い物を投げてくる。


 それをキャッチしたイモコは、不思議そうにそれを見つめた。



「これは何でござるか?」


「それはオラが作った、体力が回復する自家製栗キンだぞ。今のままでも楽しめそうだけど、それ食って元気になってからのほうが楽しめそうだかんな。」



 そう言われたイモコは、ためらう事なく渡された栗キンを口に放り込む。



――すると、



 体の傷がみるみる回復し、今まで感じていた疲れも全て吹っ飛んでいった。



「っ!?」


「どうだ? うめぇだろ? オラの栗キンは?」


「う、うまいでござる! それに、力が……力が溢れてくるでござるよ!!」



 イモコは体力と気力が回復すると、同時に体の内側から力が満ち溢れてくるのを感じる。


 これまでに培った経験値が、一気にその身に宿った感じだ。


 それを嬉しそうに見つめる信長。


 しかし、イモコがうまそうに栗キンを食べている姿を見て、信長もまたお腹が空いてきた。


 さっきたらふく食べたにもかかわらず……。



 すると信長は、突然ソワソワしながら自分の道着をまさぐり始めた。



「信長殿、本当に感謝でござる! 某、この恩に報いる為に全力で……」



 そこまでイモコが話したところで、信長が負のオーラを全開にして口を開く。



「……おめぇか? おめぇが、オラの最後の一つを食ったのか?」



 突然の豹変に動揺するイモコ。



「どうしたでござるか!? 最後のっていうと……さっきのあれ、えっと何でしたでござるか? 栗……なんとか? でござるか?」


「クリキンのことかぁぁぁ!!」 



 その叫びと共に、信長の髪の毛が逆立った。


 その状況を見守っていたスサノオは、このままでは勝手に戦闘が始まると悟り、直ぐに開始の合図を出す。



「はじめぇぇぇ!」



 突然始まった第99戦。

 

 襲い掛かる信長。


 その荒々しさは、震源に勝るとも劣らない。


 そして圧倒的な速さと力を兼ねた強烈な斬撃。


 それをイモコは、剣でギリギリ弾き続ける。


 そう、弾くことができているのだ。


 ここに来た当初のイモコであれば、今の信長の攻撃を弾く力もなければ、その剣速を追う事もできなかった。


 しかし、今は違う。


 防戦一方ではあるが、曲がりなりにも対応することができていた。



ーーだが、



「ぐはぁっ!!」



 信長の蹴りがイモコの腹部に刺さると、イモコは後方に吹き飛ぶ。


 信長は剣だけではなく、蹴りをも放ってきたのだ。


 それでもイモコは、後方に自ら飛ぶことでその威力を大きく分散させる。



「おめぇ、やっぱ強えぇな。」



 立ち上がるイモコに追撃せず、見下ろしながら話す信長。


 その立ち振る舞いは、正に強者のものだった。


 しかし、その隙をイモコは見逃さない。


 イモコは立ち上がると同時に居合斬りを放つと、油断していた信長の頬をかすめる。



(今のを避けたでござるか!?)



 完全に虚をついた一撃。


 それが躱された事に、イモコは驚きを隠せない。



「いつつつ……今のは危なかったぞ! おっし、じゃあオラも全力で行くぜ!」



 すると、信長のギアがもう一段上がる。


 しかし、どういう訳か信長は刀を使わない。


 そのまま刀を地面に投げ捨てると、全力で殴り掛かってきた。



「オラオラオラぁ!」



 イモコは信長の猛攻を刀で弾き続ける。


 だがおかしい。

 

 普通に考えれば、素手と刀。


 その二つが交われば、間違いなく素手が切り刻まれるだろう。


 それにもかかわらず、信長の拳は無傷だった。


 そうなると、刀より当然拳の方が手数が多く、次第に刀でいなせなくなってくる。


 結果、信長の拳がイモコに突き刺さるようになると……イモコの顔面はボコボコになっていった。



「あばぁぶあばばば!」



 連打による連打で、イモコの顔の形が不自然に歪んでいく。



「おらぁぁ!!」



 そして最後に強烈なストレートをくらうと、イモコは再び後方に殴り飛ばされてしまった。


 今回はさっきと違い純粋に殴り飛ばされた為、そのダメージは計り知れない。


 正に一方的に痛めつけられているイモコ。


 正直、信長とイモコでは戦闘力に開きがあり過ぎた。


 小次郎が言うように、信長は強すぎたのである。


 そしてスサノオもまた、それを残念そうな顔で見守っていた。



 それでもイモコは諦めない。



 たったの一撃すら当てる事ができず、ただひたすら守りに徹するしかできない状況でも……だ。


 イモコの頭にあるのは、どうすれば信長を倒せるか、それだけである。



 虚をついても、キチガイ染みた反射能力で躱される。

 拳を刀で斬りつけても、刀の方が折られてしまう可能性がある。



 正直、イモコに為す術はない。



 だがそれでも諦める訳にはいかなかった。



 今、自分にあるもの。

 今、自分にできる事。



 短い時間でイモコは頭を巡らせていた。



(まともな攻撃は無意味でござる……ならば!)



 イモコは立ち上がり信長と向かい合うと、刀を上段に構えた。



 それを見た信長は、楽しそうに笑うと刀を再び手に取る。


 信長もまた、次の一撃で決める為、三段打ちの構えをした。



 信長の奥義三段打ちとは、一瞬で頭部、胸部、腹部の三カ所を突き刺す技である。


 しかしこれをなぜ三段突きと言わず、三段打ちというのか……それはこの技が貫く事を目的としていないからだ。


 高速の三連撃において、一撃一撃突き刺していたら三発も放つ事は出来ない。


 故に、一発ごとに突いた瞬間に引いて、二発目、三発目の突きを放つのだ。


 これによって、見る者からすれば、これは突きではなく打ち付けと判断されている。



 一方イモコが今回とった上段斬りもまた、ただの上段斬りではない。


 カウンター上段斬りである。


 今まで信長の攻撃を防ぐ事に全力を注いできたが、今回は防御を全く考えない。


 つまりカウンターといっても、相手の攻撃を食らう前提のカウンターである。


 その為、例え信長に攻撃が当たったとしても、イモコ自身が死ぬ確率は高い。


 肉を切らせて骨を断つどころから、命を斬らせて骨を断つといったレベルである。


 それでもイモコには、勝つ為にこの方法しか思い浮かばなかった。


 故に……覚悟を決める。



 静まり返る道場。



 二人の鋭い殺気が付近に漂う。


 それを見守るスサノオと小次郎は息を止めた。


 その一瞬を見逃さない為に。



 そして遂に信長が動いた!!



 最短距離を最速で走る信長。


 一方、イモコは動かない……と見せて、実は半歩だけ進んでいる。


 その結果、距離感の修正が不可能な信長は、一瞬だけ反応を遅らせながらも三段打ちを放った。


 それと同時に、イモコも上段からその刀を振り落としている。



 だが、先に相手に刃が届いたのは……やはり信長だった。



 信長の高速突きがイモコの顔面を襲う。


 しかし、イモコは少し斜めに半歩踏み込んでいた事から、信長の剣先はイモコの顔面中央から横にそれた。


 そして距離が近づきすぎていたため、その突きは深い。


 激しく飛び散るイモコの血潮。

 

 イモコの左顔面は大きく抉れ、耳も肉の皮一枚で繋がっている状況。


 それでも致命傷ではなかった。


 むしろ、顔面を爆散させなかった事は幸運である。



 続けて振り抜かれるは、イモコの上段斬り。


 その一刀には全ての力が込められており、深く突いてしまった信長の二発目よりも先に、その左肩から下へ斬り抜かれる。



 信長から激しい血潮が飛び散ると、その動きが停まる。


 そしてイモコもまた動かない。



 再び訪れる静寂。



 その静寂を破ったのは、信長が握っていた刀が落ちる音だった。


 それと同時に、信長は前に倒れると……倒れる瞬間顔をイモコに向けて



「がんばれイモコ……お前がナンバー1だ。」



 とだけ言い残し、消えていく。



「しょ、勝者! イモコ!」



 スサノオが決着の声をあげるも、イモコにはよく聞こえていない。


 ふと、イモコは下を見ると……血だまりの中に自分の耳が見えた。


 それを見た瞬間に、アドレナリンによって麻痺していた痛みがイモコを襲う。



「ぐぅぅぅ!」



 だが決して叫びはしない。


 イモコはグッとその痛みを堪えながら、切れた顔面を服の袖で押さえつけ、止血を施す。


 しかし、そう簡単に出血は止まらなかった。


 激しく流れ続けるイモコの血液。


 顔もどんどん青くなっていくが、それでもイモコは立ち続ける。



――そして、イモコは言った。



「さぁ、やるでござるよ。小次郎殿。」

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