第47話 修羅 vs 鬼神

 小次郎は今、何年……いや何百年振りかの武者震いを経験している。


 全身が泡立つような、正に生と死の狭間に立たされたようなこの感覚。


 まさか再び味わう事ができるとは思っていなかった。



 かつて小次郎は、数多の侍と斬り合い続けると、やがて自分の前に立つ者は誰もいなくなった。


 そしてやっとたどり着いたこの地において、無限ともいえる時間の中で常に強者を待ち続け、そしてそれらを悉く蹴散らし続けてきた。



 そんな中、小次郎が感じていたのは虚無感である。



 もはや、自分と対等に戦える者は現れない。



 そう思っていた……先ほどまでは。



 だが今は違う。なぜなら、遂に現れたからだ。


 今目の前にいるのは、正に自分と同じ修羅の男。



 この男ならば、本当の意味で自分の本気が出せる。



 そう思えばこそ、小次郎は嬉しくてしかたなかった。



 だからこそ、言葉はいらない。


 怪我を治してからにしろ。

 少し休んでからにしろ。


 そんな言葉は目の前の男に対して失礼。



 だから、言葉はもういらぬ。

 ただ、向かいあって斬り合うだけ……。



 そう考えた小次郎は、イモコの言葉を受け、無言のまま開始線につく。


 だが開始の合図の前に、突然小次郎は刀を抜くと、目に見えぬ速さで自分が着ている服の裾を斬った。


 そしてその切れ端を無言で手渡すと、その意味を理解したイモコは切れ端を左頭部に巻き付ける。



「かたじけないでござる。」



 イモコがそう口にすると、小次郎はニカっと笑ったかと思えば、獰猛な目つきでイモコを射抜いた。



 小次郎の全身から発せられる激しい殺気。



 しかし、今のイモコはそれをまともに受けても怯むことはなく、むしろ同じ様に笑みを漏らすと、冷たく静かな殺気を放ち返す。


 まだ戦いは始まっていないにも関わらず、道場中央では殺気と殺気がぶつかり合っていた。



 イモコも小次郎もお互いの肌が……いや全身がひりつくのを感じる。



 そんな中、遂にスサノオの声によりその戦端が開かれた。



「最終戦! はじめぇぇぇぇ!!」



 その声と同時に、先に動いたのはイモコ。


 開始早々、得意の抜刀による居合斬りを放った。


 これまでの戦いで培った、その洗練された居合斬りは、既に過去の居合斬りを遥かに凌駕している。


 抜刀の速度、タイミング、威力


 どれをとっても、過去最高レベルの技だった。


 しかし、それを小次郎はいともたやすく捌く。


 左手に持っている小さな刀……小太刀によって。



 その瞬間、甲高い金属音が辺りの音全てを持ち去ったかのように鳴り響く。


 だがこれは、これから始まる激しい音の嵐の始まりに過ぎない。



 居合を弾かれたイモコに向かって、今度は小次郎が持つ右手の刀が襲い来ると、それを体を翻して反動をつけて弾き返すイモコ。


 それは、お互いがまるで示し合わせたかのような動き。


 はたかれ見れば、二人の動きは剣舞と言われても不思議ではない程、息が合っている。


 だが、そこにあるのは剣舞の華やかさではなく、もっと熱く激しい何かだった。



 その後も二人は、息つく間もなく、お互いがお互いを全力で斬り合う。



 イモコが斬れば、小次郎が弾く。

 小次郎が斬れば、イモコが弾く。



 そんな二人の斬り合いは、永遠に続くかの如く、開始からずっと続いている。



 お互い、一歩も譲らない目にも止まらぬ攻防。



 その中で絶えず金属音だけが鳴り響く。



 このまま決着がつかないのではとも思われた状態であったが、遂に時が動いた。



ーーイモコのピンチによって……



 小次郎からもらった服の切れ端。



 それによって左頭部の血を止めていたのだが、あまりの激しい攻防故、血が再び顔につたり始めてしまったのだ。


 すると左側の目に大量の血液が零れ落ち、イモコの視界を狭める。


 しかし、今この瞬間にそれを拭う暇など小次郎は与えないし、そんなものをイモコも期待してはいない。


 左目にどれだけ血が入り込もうと、イモコがその目を閉じる事はなく、赤く染まった目で小次郎の動きをとらえ続けてきた。


 だがそれでも、やはり左側の視界がぼやける事は避けられない。


 そしてそのチャンスを小次郎が見逃すはずもなく、イモコの左側に回って攻撃を続ける。



 死角から強襲する激しい斬撃。



 一発二発を防ぐことはできようとも、今度は防戦一方となり、そしてそれは次第に崩されていく。



 そして遂にイモコの左腕に小次郎の斬撃が掠った。



 気付けばイモコの下の床は、左側だけ血の池が出来上がっている。


 更に左手の感覚が狂い出したイモコでは、これ以上小次郎の攻撃を防ぐ事はできない。


 ましてや、左側の視界が不完全なままでは猶更だ。



 故に、此処でもまたイモコは目を閉じる。



 これまでの戦いの中で、幾度と自分を救い続けた方法……それすなわち、心眼である。



 感覚を研ぎ澄ますイモコ。


 それと同時に、何故か今度は小次郎も目を閉じる。


 お互い次の一刀が最後の決着になる事を悟ったのだ。



 すると、嵐のような金属音が鳴りやみ、再びその場を静寂が支配する。



 両者共に剣を鞘に納めると、目を閉じながら、ジワリジワリとすり足で歩み寄る……



――そして



 ほぼ同じタイミングで抜刀した!


 居合斬り 対 居合斬り


 その速さと威力でこの勝負は決着がつく。


 そして、ほんのゼロコンマ1秒程、小次郎の方が抜刀は速かった。



 その一瞬の差が勝負を決める……かに見えたが、後から出したイモコの刀は、小次郎の刀を叩き折る。



 その結果に小次郎は初めてその表情に驚きを表した。


 しかし、種を明かせば簡単である。


 イモコが小次郎よりほんの一瞬遅れて抜刀したのは偶然ではなく必然だったから。



 小次郎はその一刀をもって、イモコを斬り伏せるつもりで居合斬りを放った。


 しかし、イモコは違う。


 イモコが狙ったのは、抜刀される小次郎の刀。


 それはつまり、居合斬りに対してカウンターの居合斬りを狙ったのである。


 これはイモコにとってイチかバチかの賭け。


 しかし考えるよりも先に、体がそう動いた。



 そして刀を折った次の瞬間には、続く連撃で袈裟斬りを上段から放つ。



 だがそれを、左手の小太刀一本で防ぐ小次郎。



 しかし上からの攻撃を下から受ける……それも片手と両手の差があれば、当然いつまでも受け続けることはできるはずもない。



 そして、その修羅の刃はやがて届く。



 小次郎の肩から下に……。



 ここにきて、初めて鈍い音が場内に響いた。



ーーそして……



「負けたぜ……。」



 その言葉と同時に小次郎の体から血しぶきが飛び散ると、スサノオの声が上がった。



「勝者! イモコ!」



 その言葉の後、遂に全ての侍を倒したイモコは……



――その場に真正面へ倒れ込んでしまった。



 最後の一撃を放った瞬間、既にイモコに意識はない。


 にもかかわらず、無意識になってなお、執念がその刀を押し込んだのである。

 


 その姿は、正に修羅と呼ぶにふさわしいものだった……。

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