第38話 不審者
あれから俺達はサイトウの情報を集めたり、旅に必要な食糧やアイテムの購入といった旅の支度を終え、今日に至る。
そして今、誰もが寝静まった闇夜に皮肥城中庭に集まっているのだが
……なぜか馬車の前には不審者が立っていた。
「揃ったようでがすな。それでは行くっち!」
ちょっと待て!
「アンタ誰!? まさかとは思うけど、ソレイユさん?」
俺は予想外の姿に面食らいつつも、声でその男が誰かを判断した。
とはいえ、その恰好はあまりに俺の知っているソレイユとは違う。
ふんどし姿に天狗の仮面……そして上半身は裸。
その体は筋骨隆々であり、どう見ても今まで見てきた爺さんとはまるで別人だ。
「がっはっは、俺っちはソレイユではなく、シルクでがす。よろしく頼むっち、サクセス。」
そんな俺を見て、陽気に笑うその男。
どうやらソレイユさんで間違いないらしいが、これからはシルクと名乗るらしい。
これが素なのか?
はたまた二重人格なのか?
あまりの衝撃に俺は言葉を失った。
だが、カリーは違うらしい。
「おぉ! ようやくらしくなってきたじゃねぇかシルク。またよろしくな。相棒。」
「俺っちからも頼むでがす。またこうしてカリーと旅に出れると思うと、血が沸き立つでがんすよ。」
二人は楽しそうに腕をガシっと絡ませる。
なんかよくわからないけど、違和感ないらしい。
まぁ俺的には、周りに城主だとバレなければそれでいいのだが
……それよりもあっちだ。
なぜそうなった?
教えてくれ、シロマ……。
「おじい様の変装も中々ね、シロマちゃん。」
「そうですね。でもロゼッタさんも完璧ですよ。」
そう言いながらシロマの隣で話すのは……
シルクハット帽子を被ったタキシード姿の不審者だった。
なぜ不審者かって?
いや、どうみてもおかしいでしょ。
恰好はまだいい……だけどさ……
なんだよその顔は!?
困惑する俺の前に、シロマ達が近づいてくる。
「どうですサクセスさん? ロゼちゃんだってわからないようにしたのですが……。」
「うん。確かに同一人物には見えないけどさ……その眼鏡は何?」
そう。
ロゼ……いやロゼッタと名乗る者の顔には眼鏡がかけられている。
しかし、それはただの眼鏡ではない。
丸眼鏡に鼻と口ひげが付いた、明らかにおかしな眼鏡だった。
俺が眼鏡について指摘すると、シロマは何故かパァっと笑顔になる。
「あっ! これですか? これはですね、町に売ってたパーティ眼鏡とかいうアイテムです。いいですよね! 私も気に入って買っちゃいました。」
そう言いながら、楽しそうに話すシロマ。
どうやらその変な眼鏡を自分の分も買ったらしい。
シロマの感性がわからない!!
すると、ロゼッタが少し照れながら俺に確認する。
「に、似合ってないでしょうか?」
「似合ってるかどうかは別にして……まぁいいんじゃない。それならバレる事はないと思うよ。」
流石の俺も、その姿を見て似合ってるとは言えない。
つか、似合ってると言われて嬉しいのだろうか……。
本来「似合ってないでしょうか?」という美少女からの憂いを帯びたセリフは、ギャップ萌えに心を踊らされる言葉なはずだよな?
……だというのに
まったくもって萌えないよ!
むしろ萌え要素皆無じゃん!
そうツッコミたいのを必死に抑える俺。
だってあんなに楽しそうにしているシロマの前で言えないよ。
そんなタイミングで、今度はカリーとシルクが来た。
「おぉ! ロゼちゃん、いいじゃねぇか。似合ってるよ。その恰好。」
「流石俺っちの孫でがす。やるでがんすなぁ。」
二人は揃って、ロゼッタの恰好を褒める。
流石イケメンは違うな。
あの姿を見て似合ってると言えるのが凄い。
「ありがとうございます。おじい様……いえ、シルクさんも素敵です。それとカリーさん、私の事はロゼッタとお呼びください。」
「オッケー。その恰好なら俺も……いや何でもない。よろしく頼むな、ロゼッタ。」
「はい!」
なんかよくわかんないけど、ちょっとだけいい雰囲気というか、ロゼッタの頬が紅いような。
カリーに褒められたのがかなり嬉しいみたいだな。
なにはともあれ、これで全員揃った訳だし出発するか。
「それで、馬車の割り当てはどうする?」
俺がみんなにそう聞くと、馬車の積み荷を運んでいたセイメイが近づいてきた。
「それにつきましては、当面の割り当ては考えてあります。」
セイメイには既に考えがあるらしい。
ちなみに割り当てはこうだった。
前の馬車には、俺、カリー、イモコ、ゲロゲロ。
後ろの馬車は、セイメイ、シロマ、シルク、ロゼッタ。
この配置は妥当と言える。
周囲の警戒に優れた、カリーとゲロゲロ。
道中の土地勘があるイモコ。
そして戦闘力が高い俺。
そのパーティが前を走るなら、ロゼッタ達も安全だろう。
それにセイメイとシロマがシルクと一緒ならば、ここまでに判明した事なんかの話し合いもしやすいだろうし、俺はそこで決まった事に従えばいいだけ。
正に完璧だな。
「よし、じゃあ早速出発しよう。シルクさん、隠し通路を案内してもらってもいいですか?」
「わかったでがす。しかし、これからは俺っちにさん付けはいらないでがす。敬語もなしで、普通に接してほしいでがすよ。」
「オッケー。わかったよ、シルク。」
俺の返事を聞いたシルクは、中庭のローズガーデンまで歩いていくと、そこに置かれた大きな岩を持ち上げる。
「どっこいしょーー!!」
すると岩の下に、馬車が一台分通れるほどの大きな穴が現れた。
「ささ、早く入るでがんす。穴の中は緩やかな傾斜になっているから馬も歩けるでがす。」
俺は穴の中を確認すると、確かに傾斜になっていて普通に歩くことができそうだ。
「本当だ。確かにこれなら問題ないな。」
とはいえ、流石に真っ暗では馬も歩けないだろうから、俺が先に入ってレミオールを使って洞窟内を照らした。
シルクも全員が入ったのを見て、岩を下ろしながら自分も中に入る。
そこからは一応安全を期して、馬車には乗らずに全員で歩いて進んだ。
馬はイモコとセイメイが引っ張っているので問題ない。
「それにしても凄いな、シルク。腰は平気なのか?」
さっきの姿を思い出して、俺はシルクに話した。
強いとは聞いていたが、あれだけ大きな岩を持ち上げたんだ、戦闘にも期待できるかもしれない。
それでも年齢を考えれば、あまり無理をさせるわけにもいかないだろうが。
「問題ないでがす。」
シルクは力拳を俺に見せつける。
確かに良い体してんな。
「ところで、この道はどこに繋がってるんだ? もう結構歩いている気がするけど。」
隠し通路に入って、かれこれ一時間は歩き続けている。
それにもかかわらず、まだまだ先は深そうだ。
「そうでがんすなぁ。まだ三分の一も進んでないでがす。それと隠し通路を出た先は、丁度山の麓になっているでがんすよ。」
マジか。
そんなに深いのかよ、この穴は。
それに山脈の麓と聞いても、それがどこら辺を言っているのかわからないな。
すると、話を聞いていたセイメイが、俺の疑問を説明してくれる。
「サクセス様。安心してください。既に場所については確認済みです。皮肥の西側に秩父山というのがあるのですが、その山の入り口付近といったところでございます。」
俺の表情を見て、察してくれたのだろう。
こういうところは、本当にイーゼに似ているな。
「なるほどね。ちなみにそこから邪魔大国まではどのくらいかかるんだ?」
「早ければ一ヵ月程かと。しかし、途中でいくつかの街に立ち寄りますし、イザナミの祠にも行く予定ですので、一ヵ月半を予定しております。」
一ヵ月半かぁ……かなり遠いなぁ。
まぁ馬の足で行くのだし、仕方ないのはわかるけど、ちょっと予想よりも長すぎる。
ビビアンの事もあるし、あまり悠長にはしていられない。
「わかった。ちなみにイザナミの洞窟まではどのくらいなんだ?」
「予定では、三日後には到着するつもりでございます。秩父山を抜けた先に、次の山との間に森があるのですが、そこにあると文献には記載されております。」
「なるほど。とりあえず予定とかについては、セイメイに任せるよ。あ、そう言えばイモコ。例の件はどうなった?」
そこで俺はハッタリハンゾウの事を思い出した。
あれからイモコが色々奔走していたのは知っているが、その報告はまだ受けていない。
「問題ないでござる。既に草の者との接触は済んでいて、次に向かう街【チョウノ】にて落ち合う予定でござる。」
チョウノ……ね。
そう言えば、今更ながらなんだが……。
あれはどうなったんだろう?
そう、男のロマン
色街だ。
今まではそれどころではなかったが、これから向かう先にあるのを俺は信じている。
「わかった。新しい情報が入ったら直ぐに教えてくれ。」
「御意。」
「それと……いや、何でもない。後でイモコには話がある。」
「分かったでござる。」
イモコは俺の真剣な表情を見て、重々しく返事した。
もしかしたら試練の事についてかと勘違いしているかもしれないが、違うよ?
俺が知りたいのは色街についてだ。
童貞の呪いはあるが、本番までいかなければきっとある程度は平気なはず。
ならば、ヤルしかないっしょ!!
俺は期待を胸に歩き続ける。
こうして皮肥を出た俺達は、それぞれの想いを胸に、次の目的地であるイザナミの祠に向かうのであった。
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