第33話 親友

「……さてと、ここならいいだろ? なんていったってお前の部屋だしな。んで、全部吐いてもらうぞ……ソレイユ。」



 カリーはソレイユの首根っこを掴んだまま、ロゼの部屋から真っすぐこの部屋まで進んできた。


 二人の関係については知っているが、流石に国のトップを相手にそんな事をすれば周りから何を言われるかわかったものではない。

 「無礼者!」と言われて、城の兵士にいきなり攻撃されてもおかしくない状況であったが、なんとかそういった状況にはならずに済んだ。


 理由は簡単だ。

 俺がミラージュを使ったからである。


 認識阻害の魔法は、俺の周囲にも影響する。

 故に俺は二人にかなり近い場所で歩き続けていた。


 カリーはそれもあって俺を一緒に連れていったのかと邪推しそうになったが、現在のカリーの形相からしてそれはなさそうだ。


 カリーは怒り心頭といった様子で、周りに一切目をくれていない。

 正に言葉通り、周りが見えていないといった状況。

 

 これはカリーにしては珍しい。

 どうしてそこまで怒っているのはかはわからないが、とりあえずは様子を見るしかないな。



 それよりも、城主……つまりはソレイユがおかしい。

 そんな風に無理矢理連れていかれているのに、なぜか全く抵抗を見せていない。

 それどころか目の焦点が合ってなく、心ここにあらずといった状態だ。


 一体これは何なのだろうか?

 正直、意味わかんね。

 なぜこうなった?


 俺は何が何だかわからないままカリーに続いてその部屋に入ると、カリーは掴んでいたソレイユを放す。

 床に下ろされたソレイユは、しばらくその場で下を向きながら、何かを考え込んでいるようだった。



 カリーの言葉にも反応を示さない

 そして数秒の沈黙の後、痺れを切らしたカリーは更に怒鳴りつけた。



「いいかげんにしろ! いつまでそうやって黙っているんだ。お前が大事な事を隠しているのはわかっている。怒らないから……話してくれよ。ソレイユ。」 



 カリーはしゃがみ込んでソレイユの顔を覗き込む。

 すると、ゆっくりとソレイユは顔を上げてカリーを見つめた。



「俺っちは……いや、ワシはとんでもない事をしてしまったのじゃ……。だが、それでもロゼだけは救いたいのじゃ……。」


「答えになってねぇよ。最初から詳しく話せ。なぁ、ソレイユ。言ったよな? もうお前は一人じゃない。一人じゃないんだよ!」



 カリーは必死になってソレイユに訴えかけた。

 すると、ようやくソレイユは不安そうな顔から解放される。



「そうじゃったな。わかった全て話そう。その上で、許せないと思うならば……ワシを殺してくれ。カリー。」



 ソレイユは覚悟を決めた真剣な眼差しでカリーを見つめた。

 カリーはそれに黙って首を縦に振る。



 当然カリーがソレイユを殺すとは思えないが、ソレイユの覚悟を受け入れたのだろう。



 そんな二人を前に、俺は完全に空気的な存在になりながら様子を見ている。

 正直、部外者の俺が何か口を挟めるような雰囲気でないが、一つだけやるべき事が出来た。



 これから聞く話だけは誰にも聞かれてはならない。

 


ーーであれば……



 【ライトプリズン】



「一応、万が一の為にこのエリア内の音は遮断した。安心して話してくれ。」



 俺は魔法を唱えると、それを二人に伝える。



 ライトプリズン……それは俺が新しく覚えた聖なる守備魔法。


 これは、物理攻撃や魔法攻撃を一定ダメージ防ぐ事ができる壁で周囲を覆う魔法である。

 しかし特訓で色々試していく内に、これには他にも副次的な効果がある事が判明した。


 それはこの結界の外からは、中の状況が遮断され、視覚的にも聴覚的にも外に影響を及ぼさないという事。

 一時間という制限はあるものの、非常に使い勝手のいい魔法である。



 という事で、現在空気的な存在である俺は、空気をよんでこの魔法を使ったわけだ。

 


「悪いなサクセス。助かるぜ、さっきもすまない。」



 俺が魔法を使うと、カリーが謝ってくる。

 さっきという事は、俺がミラージュを使った事に気付いていたようだ。



「俺の事は気にしないでいい。それよりも……。」


「あぁ、ソレイユ。サクセスが外部への音声を遮断してくれた。これで気兼ねなく話せるだろ? つか、話せ。」



 そこまで言われて、ソレイユは重々しく口を開く。



「……わかった。では話すぞ……事の全てを。」



 ようやくソレイユが覚悟を決めて話し始めると、俺は部屋に置いてある椅子に座り、黙ってソレイユの話に耳を傾けることにした。

 


「まず最初に話しておく事がある。下尾を襲った巨大魔獣についてじゃが……あれを召喚したのはワシじゃ。」



 ふぁっつ!?

 なんだって!?

 いきなり、爆弾ぶっこんできたな!



 俺はソレイユの話に驚愕の表情を浮かべている。

 しかし、なぜかカリーは表情一つ変えずに黙ってソレイユの話の続きを待っていた。



 カリーが何も言わないなら、とりあえず俺も黙っておこう。



「驚かぬ……か。まぁいい、続きを話す。巨大魔獣を召喚したのは、何も下尾を滅ぼす事が目的ではない。ロゼを救うにはそれしか方法が無かったからじゃ。これを見るがいい。」



 ソレイユはそう話すと、懐から拳大の黒い玉を取り出した。



 一見するとただの玉にしか見えないが、俺にはそれが何かなんとなく想像がつく。

 なぜならそれは……災禍の渦潮本体を倒した時に出た魔石に似ているからだ。

 色や形も似ているが、そんな事よりも石から溢れ出す禍々しいオーラが同じである。

 

 つまりは、まだ見てはいないが下尾を襲った巨大魔獣はこれによって召喚されたという事か?

 災禍の渦潮の核と同じなら、これは相当ヤバイ代物だぞ。


 俺がそんな風に色々と想像して額から汗を流すも、カリーはそれを見ても何も口にしない。

 それどころか、表情を全く変えずにソレイユを見つめ続けている。

 どうやら完全にソレイユの話を全部聞くまで、しゃべる気はないらしい。



 とはいえ、やはり話し手も何か反応が無ければ話づらいだろう。

 ということで、最初は我慢していたがこれからはツッコムぞ!



「その玉は何ですか? 俺が倒した災禍の渦潮の核に似ているようですが。」


「ふむ。なるほど……やはりこれはそういったものじゃったか……。」



 知らなかったのかーーい!

 つか、何もわからないで使ったのかよ、この爺さんは……。



「んで、まだ話がよく見えないけど……つまりそれを使って下尾に魔獣を召喚した……そしてそれがロゼさんを救う手段という事であっているのかな?」



「そうじゃ……そう聞いておる。」



 聞いておる?

 なんだかハッキリしないなぁ、この爺さんは。

 しかたない、ちゃんと確認するしかねぇ。

 


「んー、誰にですか? 誰に何を聞いたのですか?」


「卑弥呼様の使い……サイトウセイジ殿じゃ。そしてその言葉通り、この玉を使った事でロゼの意識は戻り、今は外を歩くこともできるようになった。つまりワシは孫の命の為に、悪魔に魂を売ったという事じゃよ。」



 うん、はっきり言おう。

 時系列的な話になってないから、何とも理解が追いつかない。

 これだけで判断するのは、無理や。

 カリーも、俺じゃなくてシロマを……あぁ、今は無理か。



 とりあえず、俺にもわかるように詳しく聞くしかないか。



 という事で、そこからは俺がわかるように質問しまくって最初から話を聞きなおした。



 その話を完結にまとめると……



 生まれつき体の弱かったロゼちゃんが、ある時を境に動けなくなって意識を失う。

 ロゼちゃんは意識こそないものの脈はあり、死んではいない。しかし、それも時間の問題だった。


 そこに丁度邪魔大国の使者として訪れていたサイトウセイジという者から、さっきの黒い玉があればロゼを救う事ができると言われた。


 藁にも縋る思いだったソレイユは、早速その玉をロゼの横に置いた。

 すると、突然ロゼの意識が戻ったとのこと。


 しかしロゼは意識こそ回復したものの、まだ体を動かせる状態ではなく苦しみ続けていた。


 そこでソレイユは、再度玉の使い方をサイトウから確認すると、サイトウは言った。



「その玉の力を開放すれば、孫の体は良くなる。……が、それによって国に災禍が訪れるだろう。」……と。



 大陸の中心国の使者がそんな物騒な物をなぜ持っていたのか、そしてなぜそんなものを説明した上で渡してきたのかまではわからないが、それでもソレイユはそれに最後の望みを託した。


 ソレイユはすぐにでも試そうとしたが、決断する事ができない。


 なぜならば、突然付近の魔獣が凶悪化したと報告があったからだ。


 当然頭の良いソレイユは、それがロゼの近くに玉を置いた事が原因だと理解する。

 玉を置いただけでその状態ならば、もしもその力を開放したらどうなってしまうのか。

 そう考えたソレイユは、中々決断する事ができずにそのまま様子を見るしかなかったのである。


 それが半年前の事。


 つまりそれは、セイメイがデータを集めてわかった結果と一致している。

 半年前からの魔獣の凶暴化は、間違いなくその玉が原因だろう。


 そして今から少し前……遂にロゼは大量に口から吐血し始め、今にも死にそうな位苦しみ始めた。

 ソレイユには、それが亡き妹ローズと被って見えてしまい、遂には玉の力を開放する。


 

ーーその結果、下尾が壊滅した。



 ソレイユは玉に向けて強く願いを込めると、玉はロゼの体から黒い靄を吸い出し始め、そして黒い煙を放ちだす。

 玉を使った時は雲一つない晴天であったにも関わらず、突然空が黒い雲に覆われて真っ黒な雨が降り出した。


 しかし、雨が黒いという奇妙な現象は起こるものの、その影響で人が倒れるといった事は起きない。

 それにみるみるロゼの顔色が良くなったのもあり、不安が杞憂になったと思い安心したのだが……。



 その翌日、隣の下尾に見た事がない巨大な魔獣が現れたと報告を受けた。



 どうやらあの雨は、化け物を召喚するために降ったものらしい。

 ソレイユはすぐに討伐隊を下尾に派遣するも、一人を残して帰ってくるものはいなかった。


 その者の報告を受け、下尾が滅ぼされた事を知る。


 その時初めて自分が行った深すぎる罪を知り、懺悔を始めたのであるが、不幸は終わっていなかった。

 なんと今度は、信じられない程大量の魔獣が皮肥国を取り囲み始めたのである。



 それを目にしたソレイユは国が亡ぶ事を悟った。

 だがそれでも最後まで抗う事を決意する。



 討伐隊を組み、何とか国を守る為に動き始め、そして自分もまた民の避難が終えたら戦場にでるつもりだった。



 しかし、ソレイユが戦場に出る前にすべての魔獣は倒される。

 そう、俺達の到着だ。

 


 まぁそこまでがソレイユの話だったのだが……俺はソレイユを責める事はできない。

 もしも自分が同じ立場なら同じ事をしていただろう。

 大切な者の為ならば、他のすべてを犠牲にするのが人だ。


 それよりも、ソレイユの弱みに付け込んだサイトウとかいう奴が許せない。

 どんなやろうか知らないが、みつけたらただじゃおかない。

 まぁそれも卑弥呼とかいうやつの命令かもしれないが……サムスピジャポンはどこかきな臭い。



 俺がそんな事を考えていると、突然黙って椅子に座っていたカリーが立ち上がった。

 そして黙ったままゆっくりソレイユに近づくと……ぶん殴る。



「カリー!!」



 突然の事に俺はカリーを止めようとした。



ーーが、しかし



「いいんじゃ。ワシは殴られて当然の事をしたんじゃ。いや、いっそこのままワシを殺してくれ。」



 殴られたソレイユはそう言うと精気のない顔をあげる。



「お前……変わったな。俺がお前を殴ったのはそんな事で怒ったわけじゃねぇ。俺はな……そんな大事な事を自分一人で抱え込もうとしていた事に怒っているんだ。さっきお前は俺に言ったよな? 後はワシに任せろと……。」



 そういえば、ロゼちゃんの部屋でそんな事を言っていたな。

 なるほど……カリーが怒っている理由がわかった。



「じゃが……お前には……カリーには二度と同じ思いを……。」


「同じじゃねぇ! 生きている。ロゼはまだ生きているだろ。あの約束を忘れたのかソレイユ? 今度こそ二人で全てを守るって誓っただろうが! 変な気をつかってんじゃねぇよ、馬鹿が!」



 ソレイユの言葉にカリーは更に激高した。

 流石にその勢いでもう一度殴ったら、ソレイユがやばい。


 そう感じた俺は二人の間に入ろうと動いたが……カリーはソレイユを殴らなかった。



 カリーは振り上げた拳を下ろすと、ソレイユを強く抱きしめる。



「もう……お前だけに背負わせねぇ! これだけは譲れねぇよ、親友。」


「カリー……ワシは……俺っちは……。」



 その強い抱擁に、ソレイユは涙を流すのだった。



 

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