第32話 友達

 残された部屋では、ロゼがなぜかぽ~っとシロマの顔を見ている。



「どうかされましたか? ロゼさん。」


「いえ……。素敵だなっと思いまして。」


「えっ? まさか、サクセスさんを!?」



 シロマは突然のロゼの言葉に慌てだす。



ーーしかし



「いえ、ち、違います。えっと誤解させてすみません。私が素敵だと思ったのは二人の間にあった……なんていうか、信頼関係というか……雰囲気とかいうか……。」



 その言葉を聞いたシロマは、ホッと胸を撫で下ろした。これ以上ライバルができるのだけは避けたい。



「そうでしたか……驚いてすみません。」


「そんな! こちらこそ申し訳ありませんでした。それより、二人はとても信頼し合っているのですね。恋人でしょうか?」


「えっと、はい。私はそのつもりです。ですが……」



 そこまで言ってシロマは言葉を詰まらせると、それを見たロゼは首を傾げる。



「すみません。いきなり初対面で失礼な事を尋ねてしまって。」


「あ、えっと、違うんです。なんて説明すればいいのかわからなくて、言葉にできなかっただけですから。」


「二人の関係の事ですか?」


「まぁ……二人というかですね、なんていうか……。実はサクセスさんの恋人は私だけではなくてですね……。」



 話しづらそうに説明するシロマを見て、ロゼは勘違いをして怒りだしてしまった。



「まさか……あなたのような素敵な恋人がいるにも関わらず、他にも女性を!? 女の敵です!」


「ち、違うんです! サクセスさんは女の敵では……ありませんよね?」



 なぜか断言できないシロマ。


 女の敵が何かわからないが、普段から見ているサクセスのエッチな視線が頭を過ってしまった。


 だからといって嫌いになることはないのだが、一瞬だけ考え込んでしまう。



 もしもこの言葉を俺が聞いていたら、多分ずっこけていただろう……。



 しかしそれよりも、ロゼはシロマの言葉を聞いて勘違いに拍車がかかってしまった。



「いいえ! それは女の敵ですよシロマさん!」


「えっと、もぅ~! 違います。勘違いです。実は私達には他に二人の女性の仲間がいまして……。」


「二人もですか!?」


「はい。えっとそれで、その二人もサクセスさんが好きで、サクセスさんもまた、その二人を大切にしていまして……。」



 説明しながらも困惑するシロマ。


 聡明な彼女であっても、自分に関わることはうまく整理がついていないようだ。



「つまり、サクセスさんという方は他に二人の好きな女性がいて、その二人とも両想いであると?」


「えっと……まぁ、そういう事になります……ね。」



 そこでしばらくロゼは何かを考えるように黙り始める。



 そして突然、何かを思い出したようにテンション高めで再び話しだした。



「やっぱり納得いきません。シロマさん! 他にいい人がいるはずです。そんな女たらしはやめた方がいいですよ。あ、そうだ、カリー様なんてどうですか? イケメンですし。」



 その言葉を聞いたシロマは、一瞬だけ俯くと、全身から怒りのオーラが沸き上がる。



「……ません! サクセスさん以外の人は考えられません! それにサクセスさんは女たらし……かもしれませんが、とても誠実な人です! 何も知らないのに酷い事を言わないで下さい!!」



 突然、激高するシロマ。



 さっきまでは奥ゆかしい程、物静かな感じであったが今は違う。


 般若の形相でロゼを睨みつけていた。


 シロマとしても、こうやって面と向かって激怒する事はほとんどない。


 しかし、大切な人を馬鹿にされた事で我慢ができなかったのである。



 その気迫に気おされたロゼは一歩後ろに下がってしまった。



「ご、ごめんなさい! 私……。」


「今の言葉、私は絶対に許しません! それに、サクセスさんを好きな人が二人いるとは言いましたが、私にとってもその二人はかけがえのない大切な人……いえ、大切な仲間なんです! 馬鹿にしないで下さい!」


「あ、あ、あ……。そんなつもりでは……。いえ、本当にごめんなさい。何も知らないのに酷い事を言ってしまいました。どうか、お許し下さい。」



 ロゼはシロマの本気の怒りを前に、自分がとんでもない事を言ってしまった事に気付く。


 もしも、自分が大切に思っている人が同じように言われたらどう思うか?


 それに気づかない程、ロゼは浮かれてしまっていたのだ。



 同年代で同性の友達がいなかったロゼ。



 こんな風に友達と恋バナをする事が夢だった。


 しかしまだ友達ですらないにも関わらず、踏み入った事を言ってしまった自分を恥じ入る。


 ましてや、目の前の人は自分の苦しみから解放してくれた恩人だ。


 あまりの愚かさに、ロゼは顔をあげる事ができない。

 


 しかしそれを見たシロマは軽く息を吐くと、落ち着きを取り戻してロゼの肩に手を掛けた。



「顔を上げて下さい。私の方こそ熱くなってすみませんでした。謝っていただけたのなら、もう気にはしません。」


「いえ、私は何という酷い事を……。 ごめんなさい! ごめんなさい!」



 シロマからそう言われても、ロゼはひたすら謝り続けた。


 自分が言ってしまった言葉は、そんな簡単に許されるものではない。



 だが続くシロマの本音に、思わず顔をあげてしまった。



「もういいですよ。確かに他の人が聞けば歪に見えるかもしれません。私だって、まさか自分がこんな風に誰かを想い、そしてこういう関係になるとは夢にも思いませんでしたから。」



 ふとロゼはシロマの顔に目をむけると、そこにはとても優しく、慈しみを感じられる笑顔があった。


 しかし、その目には強い意志が宿っているのが垣間見える。



「シロマさん……。」



「ですが、これだけはハッキリ言えます。私は今のこんな自分が好きです。そしてサクセスさんを大切に思う気持ちは決して変わる事はありません。私は……あの人を愛していますから。」



 誰かの事を胸を張って愛していると言葉にするシロマ。


 それがロゼには、とても輝いて見えた。


 それと同時に、そういった経験が全くない自分が少しだけ寂しくも思える。



「凄いですね……そうやって胸を張って誰かを愛していると言えるなんて……。羨ましいです。」


「ロゼさんの前にもきっと現れますよ。自分の命よりも大切だと思える誰かが。」


「そんな人が現れたら……素敵ですね。あの……もしよろしければ、いえ……なんでもありません。」



 一瞬だけカリーの姿が脳裏に過った。


 それは祖父から聞いていた、カリーの昔の話を思い出したからかもしれない。


 だが、それよりもこんな風に誰かとこういった話をしている事に喜びを感じている。


 故に、つい勢いで友達になって欲しいと口にしそうになるが、なんとか押しとどめる事ができた。


 今さっきあれだけ失礼な事を言ってしまったのに、どの口がそんな事を言えようか。



 しかし、その表情を見たシロマは思いもよらない事を口にする。



「いいですよ。」


「えっ?」



 ロゼは一瞬何を言われたのかわからなかった。


 いいとは、一体何の事だろうか?


 まさか、自分が口にしなかった答えのわけがない。


 未だロゼはその言葉に困惑をしていると、今度はハッキリとした言葉で告げられる。



「だから、友達になりましょうって事です。」



 思わず、目が引き裂けるのではないかという位見開いて驚くロゼ。


 まだ何も言っていないはずなのに、なぜ自分の心がわかってしまったのだろうか?



「なんでわかったんですか? 私、そんなに顔に出ていましたか?」



 そう言いながらも、ロゼは顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする。

 


「なんとなくです。でも感じました。では私からもお願いします。お友達になっていただけないでしょうか?」



 今度は目をキラキラと輝かせるロゼ。

 こんなにうれしい事は初めてかもしれない。

 

 あまりに嬉しすぎたロゼは、前のめりになりながらシロマの両手をその手で覆った。



「も、もちろんです! 喜んで! 嬉しい! 初めてお友達ができました。」


「でも、私は一般的につまらない女ですよ?」


「そんなことはありません! シロマさんは……いえ、シロマちゃんは素敵です!」



 シロマは、自分の事をつまらない女と自己評価している。


 リーチュンのように明るく活発でもなければ、イーゼのように自分に正直になれない。

 

 いつだって人より一歩後ろに下がってしまう。

 

 そんな自分が嫌いだった。


 小さい頃は、同年代の子供達が遊んでいるのを見て羨ましく思うも、声を掛ける勇気もなく、ただ目の前にある本を読み続けていた。



 しかし今では信じられない程、自分に正直になっている。



 リーチュンと出会い、イーゼやサクセス、そして色んな仲間と旅をしている内にどんどん変わっていった。


 みんなの良いところを沢山見て、多くの優しさに触れ、そして今の自分がある。

 

 昔からは考えられない様な自分であるが、昔と違って今の自分が好きだ。


 リーチュンと会えて、明るくなれた。

 イーゼを見て、負けないように素直になろうと思った。

 サクセスといて、自分の胸にあるはじめての気持ちを知った。



 だからこそ、そんな自分を誇りに思う。



 だがそれとは別に、シロマもまた、友達という関係にある人が殆どいないため、友達がどんなものかはよくわからない。


 故に、あまり期待はされたくないと思って言ってみたのだが……目の前で目をキラキラ輝かして自分を見ているロゼを見たら、これ以上は何も言えなかった。



「えっと……そう言う事では……。まぁいいです。とりあえずサクセスさん達が戻る前にもう一度体を調べさせてください。それが終わったら、また恋バナしましょう、ロゼちゃん。」


「はい! あっ! でもまた失礼な事を言ってしまったら……。」


「その時はまた怒ります。ですが、それも友達なら普通の事です。」


「え? そ、そういうものなのかしら?」


「そういうものです……多分ですが。」



 シロマがそう言うと、二人は目が合ってしまい思わず笑ってしまう。



 こうしてここに、またシロマにとって新たな大切な人ができるのであった。

 

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