第27話 ムラムラとモヤモヤ

 あれから俺は、結局春画コーナーには近づくことができず、やる事もなく暇になってしまった。

 そのため、適当にこの世界の歴史の本等を取って読んでいたのだが……


 超つまんねぇ!!

 というか、さっきの事が頭から離れないせいで全く集中できん!


 

 あんな風に追い返されたものの、どうしても諦めきれない自分がいる。

 目の前に楽園があるのを知っているのに入る事ができないなんて……正に生殺しだ。


 とはいえ、ぶっちゃけ入る事だけなら不可能ではない。

 なぜならば、俺の新魔法ミラージュを使えばいいからだ。

 そうすれば、監視に見つかることなく目的の本を読むことはできるだろう。


 しかしそうしないのには理由があった。


 この魔法には欠点がある。


 それは自分が気付かない内に魔法の効果が解けてしまうというもの。


 この魔法の効果時間はどうやら一定ではないらしく、気付かない内にどんどん透けて見えてしまうのだ。

 流石に短時間で切れるという事はないが、それでも安定した時間を確保できないのは危険性が高すぎる。

 何回か試して使ってみたが、自分で解除しない場合、少しづつ周りから見えてくるらしい。

 それでもこまめに重ね掛けすればもしかしたら大丈夫かもしれないが……正直自信がない。


 多分俺は、読み始めたらエロ本に夢中になり、ミラージュの効果を忘れる可能性が高いだろう。

 もしそうなって万が一にでも監視に見つかったら、今度こそ俺は出入り禁止だ。


 正直出入り禁止は痛いが、それでもあそこに入る価値はある。

 だが問題なのは、出入り禁止になった場合、俺の所業が仲間にバレることだ。

 そんな事になれば……今まで俺が培ってきた信頼が一瞬で崩壊してしまう。


 特にシロマにバレる訳にはいかない。



 だからできない……

 でも読みたい……



 そんな事が、もう何回も頭の中でぐるぐるしているのだから、当然他の本を読む気にもならないのも当然である。

 それに俺がこんなにモヤモヤしているのは、あれもあるからだ。



 そう、イモコの裏切りだ。



 あいつは……あいつは散々俺の為にと言っておきながら、いざとなったら俺を見捨てやがった。

 これは許される事ではないだろう。

 仲間なら……いや俺の弟子だと豪語するならば、体を張ってでも師匠を助けてもいいんじゃないか?


 そりゃ、俺もあいつに嘘をついたさ。

 年齢を偽ったのは俺の失態だし、その誹り(そしり)は甘んじて受けよう。

 もしも本当の事を言ったら、イモコは何か他の方法を考えてくれたかもしれない。

 だけど……それはタラレバの話であって、今大事なのはそこじゃない。


 俺がピンチになったにもかかわらず、あいつは俺を無視した。

 これは流石にショックだぜ。

 一緒に怒られてくれとは言わないが、フォローの一つくらいあってもいいじゃない。

 


 ……なのに、あいつは。



 俺はその時の事を思い出すと、無性にイライラしてきた。

 正直、もうここには居たくない。



 という事で、俺は先に宿屋に戻る事に決めた。



「シロマ、読書中悪い。俺、ちょっと気分悪くなってきたから先に宿屋に帰るわ。」


 

 俺は大量の本を前に、すさまじい速度で読書しているシロマに申し訳なさそうに声をかける。



「えっ?」



 シロマはそう驚くと、手にしていた本をバサッと下に落とし、俺の前に慌てて来た。



 どうやら気分が悪いと言ったのは失敗だったかもしれない。

 正直につまらないから帰るって言えばよかったかも。

 

 とはいえ、そう言えばシロマが申し訳なく思うかもしれないし、どの道そんな事は口にできないが。



「大丈夫ですか!? まさか前回の戦いで遅効性の毒か何かをもらったのですか?」



「いや、ちょ、だ、大丈夫だってばよ。」



 しかしシロマは俺の話を聞く事なく、慌てて俺に魔法をかけて体を調べ始めた。


 因みにこれは、シロマが新たに獲得した魔法で



 【セルサーチ】



 という魔法であり、体の中の異変等を調べることができる魔法である。


 詳しい事はわからないが、体の内部の損傷箇所を細胞レベルで調べる事ができる診断魔法との事。


 そして原因さえわかれば、それを時空魔法で切除したり、細胞を元に戻したりして治す事ができるらしい。

 僧侶が使える、通常の状態異常回復魔法とは一線を画すもので、病気等も治す事が可能と聞いている。


 つまり、今のシロマに治せない病気は……恋の病と童貞の呪いくらいか?


 うまい事を言っているようで、童貞の呪いは病気じゃないだろと突っ込まれても俺は知らない。

 だって、俺が本当に治してほしいのは、それだし!!


 とまぁそんなわけで、シロマは俺の異常を調べてくれている訳だが……当然、見つかるはずもない。

 だって、どこも悪くないし……悪いのはこの頭と言う事を聞かない下半身くらいだろう。

 だがそんな事を当然知らないシロマは、首をかしげてブツブツ独り言をつぶやいている。



「おかしいですね……まさか、私がわからない新種の毒……いえウィルスの可能性も……。いえ、それなら一応体内の損傷細胞がわかるはず……でしたら……。」


「お~い、シロマさん? 戻ってきてくれぇ~。いや、悪かった。気分が悪いってのは、別に具合が悪くてそうなった訳ではないんだ。」


 

 その言葉でようやくシロマは俺に目を向ける。



「本当ですか? 本当にどこも悪くないんですか? 正直に言ってください。」



 そのシロマの気迫に若干おされつつも、俺は答える。



「あぁ。少し旅の疲れが出たからちょっと横になりたいだけで。だから……。」



 その言葉にシロマは俺の目をジーッと見つめると、次の瞬間に軽くふうぅっと息を吐いて落ち着きを取り戻した。



「……そうですか。それならいいです。ですが本当に何かあるならちゃんと言って下さいね。サクセスさんに何かあれば私は……。」



 そう言いながら不安そうに俯くシロマ。

 それを見て、マジで後ろめたい気持ちで一杯になってしまった。

 こんな事で嘘をついて心配させるなんて……俺は最低だな。



 だがしかし、自己嫌悪に陥りながらも、シロマの優しさに触れたお蔭で、いつの間にかさっきまでのモヤモヤが消えていた。



 やはり人の優しさは偉大である。



「ありがとうシロマ。何かあったら直ぐに頼らせてもらう。それじゃ、俺はこのまま先に帰ってゆっくりするから、シロマも俺の事は気にせずに読書を続けて欲しい。」


「はい、わかりました。ですがやはり心配なので私も戻りましょうか?」



 どうやらシロマは心配性なようだ。

 大丈夫だとは言っても、やはり一度心配したら気になってしまうのかもしれない。

 そういえば、俺はリヴァイアサンとの戦いの後、ずっと寝たきりになっていたっけか。

 後から聞くと、その時もシロマは俺の傍からほとんど離れなかったみたいだし……。



 本当に俺はいい女性と巡り会ったな。



「大丈夫。ゲロゲロを連れて戻るから、何かあればゲロゲロがここまでくるさ。だから安心して読書を楽しんでほしい。ごめんな、心配かけて。」


「大丈夫ですよ。もう慣れっこです。わかりました、それでは何かあったら直ぐに飛んでいきますね。」



 ようやく笑顔になったシロマは、ソファで寝ているゲロゲロを抱きかかえて俺に渡してくる。

 ゲロゲロはシロマに抱き上げられても、起きる事なく気持ちよさそうに眠っていた。



「はい、ではゲロちゃんをお願いします。」


「お願いされた。あ、そうだ。シロマはちゃんと他のメンバーと一緒に帰ってきてくれよ。夜遅くなったら何があるかわからないからな。」


「わかりました。サクセスさんに心配させないようにそうしますね。」



 シロマは心配してもらった事を嬉しく思い、明るい笑顔を俺に見せる。



 だが、言えない。

 本当はさっき見たエロ本のタイトルを思い出し、夜歩き美少女が襲われる事を思い出して心配した等とは……。


 しかしまぁあれだ。

 本当にシロマのお蔭で胸の中がスッキリした。

 とりあえずまだ日も落ちたばかりだし、ここを出たらお礼にシロマにプレゼントを買って帰るか。


 そう考えた俺はハロワを出た後、宿に直行することなく、町の中のお店をいくつか見て帰ったのであった。

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