第28話 最高の男

「よしっと! これならシロマも喜ぶだろ!」


 俺は今、ピンク色の可愛い袋を抱きしめながら帰り道を歩いている。


 ハロワを出たあと俺は、宿屋への帰り道に商店街を通ったのだが、そこであるものを見つけた。


 それを見た瞬間、俺の直感が「これだ!」と叫んだことから、その商品を即購入する。


 ちなみに何を買ったかというと、書物庫で初めて見たブックカバーだ。

 といっても、俺が買ったのは書物庫の本につけられていた透明なカバーではなく、イラストや柄付きのもの。


 そして当然これにも、汚れ防止と劣化防止の術が掛けられていた。


 普通の女の子にプレゼントするならば微妙な物かもしれないが、シロマなら必ず喜んでくれるはず。


 それに今回俺が買ったカバーは、綺麗な花柄や水玉模様などおしゃれな物が多い。

 これで喜ばないはずがないだろう。


 俺はこれを渡した時のシロマの反応を想像して頬を緩ます。

 一体どんな反応を見せてくれるか、今から楽しみだ。


 そんな事を考えながらも宿に辿り着くと、さっそく風呂に入って体を清めた後、軽い夕食をゲロゲロと食べる。

 それでもシロマ達が戻ってくるにはまだまだ時間がかかりそうだったので、しばらく部屋で寝る事にした。


 まぁ寝ると言っても、セイメイ達が戻ってきたら明日以降の予定を話し合うだろうし、それまでの仮眠のつもり……だったのだが。



「ぐぅぅぅ~。すぴぃ~。」



 どうやら俺は完全に落ちてしまったらしい。

 次に目が覚めた時には、既に朝日が昇っていた。



「ふぁ~……あ、やっべ。寝ちまった! 今何時だ?」



 俺は起きると同時に壁に掛かっている時計を見ると、既に朝の6時。

 まだ朝食には早い時間であるが、ちょっと小腹がすいている。

 その為、何か軽く食べられるような物がないか食堂に行こうとドアを開けると、ドアの横にはイモコが立っていた。



「し、師匠! 昨日は……」


「あぁ……もういいよ。」



 イモコが何かを言おうとしたが、俺は冷たくそれだけ言うと立ち去ろうとする。


 もしかしたらイモコは昨日の事を謝罪するため、俺の部屋の前でずっと立っていたのかもしれない。

 それで反省している、という事を表しているのだとしたら大したものだが、そんな事はもうどうでもいい。

 そう思えるくらい、まだ俺の中でイモコへの怒りは大きかった。


 少し薄情かもしれないが、正直まだイモコとまともに話す気にはなれない。

 シロマのお蔭で少しは溜飲が下がったとはいえ、やはり禍根が完全に消える事はなかった。

 大人げないというなら笑ってくれればいい、だって俺は18禁にすら入れない子供のようだからな……。


 そんな風に考えて無視するものの、イモコはそれでも必死に俺の後ろをついて歩いてきた。



 正直、うざい。



 しかも、付いてくるだけで何も言ってこないのもなんだか腹が立った。

 

 遂には俺から怒りを込めて声をかけてしまう。



「何なんだよ? いい加減にしろ! 俺がそんなに面白かったか? 笑いたければ笑えよ。なぁ、イモコ。幻滅したんだろ? 弟子をやめるならどうぞそうしてくれ。」



 まだまだ大人になりきれない俺は、ついそんな事を口走ってしまった。

 しかしイモコは笑わない。

 むしろ、真剣な面持ちで俺を見つめている。



「師匠。某は師匠を傷つけた事に対してどんな罰でも受ける所存でござる。そして師匠を笑ったりするような事は一切ござらぬし、弟子でいさせてもらいたいでござる。」


「はんっ! 肝心な時に裏切るくせによくもそんな事が言えるな。」


「裏切ったつもりはござらぬが……そう思われても仕方ないでござる。それについて深く謝罪したく待っていたでござるよ。」



 イモコは申し訳なさそうに顔を下げて言うも、俺の腹の虫はおさまらない。

 というか、むしろ我慢していたものが爆発しそうだ。



「裏切ってない? あれのどこが裏切ってないってんだよ? あ? もしかしたら、あの時は本に夢中で気付かなかったとでもいいたいのか? 誰がそんな嘘信じるかよ。」


「もちろん気付いていたでござる。しかし某もまさか師匠が18歳未満だと思わず……」


「あぁ? 嘘ついた俺が悪いってか? そうだな、その通りだな! 俺が全部悪いよ。お前は悪くない。じゃあこれで話は終わりだ。」



 俺はそれだけ言うと、今度こそイモコを無視しようとしたが、肩を掴まれて引き留められた。



「ま、待ってほしいでござる! 違うでござるよ!」


「何が違うってんだよ! 放せよ!」



 俺はイモコの手を無理矢理払うと、思いのほか力が入ってしまったのか、イモコは吹き飛んで壁に体をぶつけた。

 一瞬だけ悪いと思ったが、それも自業自得だと思うとそのままイモコを置いて進み始める。



「待ってほしいでござる。これを……これを見て欲しいでござるよ!!」


「あぁ? まだ何か……!? そ、それは……」



 イモコが倒れながらも俺に見せてきた物


 それは……あの時俺が読んでいた本だった。



「どうしてそれがここに……。」



 俺がそれを見て固まって呟くと、イモコは説明し始める。



「あそこに置かれていた本は、1冊だけは借りる事ができたのでござる。しかし、もしもあの時、某と師匠が知り合いだと知られたら、外への持ち出しは禁じられていたでござるよ。」


「ばかな……じゃあ、あの時お前は……。」


「そうでござる。あの時師匠の反応を見て師匠が18歳ではないとわかり、助太刀に入ろうかとも思ったのでござるが、あの書物庫はとても厳正な事で知られている場所。某が何を言おうとも結果は変わらないと思ったでござる。」


「まさか、それで……。」


「そうでござる。師匠はどうしてもあの芸術を見たいと某に言ったでござる。ならば、師匠から勘違いされてでも、何としてもあれを師匠に見せる事こそが弟子としてやるべき事。故に、血の涙を堪えて他人の振りをしていたのでござるよ。信じてもらえないかもしれないでござるが、もとより師匠に嫌われるのは覚悟の事。」



 イモコは倒れた姿勢から、土下座の姿勢に変えながらも必死で俺に説明する。

 その姿を見れば、イモコが嘘をついているとは思えない。

 それを見て、俺は胸を痛めた。


「イモコ……お前……。」


「ですが! これだけは言わせてほしいでござる。某を信頼できなかったとしても、それでも弟子でいさせてほしいと!」



 顔を上げたイモコは、血走った目を向けて俺に叫んだ。

 よく見ると、イモコの目の下にはうっすらと隈ができている。

 さっきまで顔を見るのも嫌でちゃんと見てなかったが、どうやら本当に寝ずに俺が起きるのを待っていたようだ。


 そこまでの忠義を見せられて、誰が信じないだろうか。

 

 というよりかは、イモコを信じてやれなかった自分に対して罪悪感を感じる。


 俺はイモコの傍に歩み寄ると、イモコを強く抱きしめた。



「悪かったイモコ! 本当にすまなかった! もとはと言えば、俺が嘘をついたのが原因だし、そもそも俺はあそこに入る資格はないんだ。それなのに自分勝手に考えて、イモコに八つ当たりして……俺は最低だ。」


「それは仕方ない事でござる。あの時はああする事が最善と考えたでござるが、師匠の立場から見れば誰だって裏切られたと思うでござるよ。師匠は悪くないでござる。」



 イモコのその言葉に、俺の目頭は熱くなる。



 こいつはなんて良い奴なんだ。

 こんな素晴らしい人間を疑うなんて、俺はなんて心の狭い小さな人間だろうか。

 もはやこいつは聖人の域に達している。

 それに比べて……俺なんて……



 聖人どころか、この国では成人でもなければ、ただの性人でしかないのに……。



「師匠……それよりも、これを早くしまってくだされ。そして皆が起きる前に芸術を堪能するでござるよ!」



 イモコはそう言って、俺に例の本を渡す。



「イモコ……お前は一生の友だ! 弟子も師匠も関係ない。俺は二度とお前を疑わないぞ! ありがとう、イモコ!」



 俺は涙を流しながら、イモコの手から本を渡されようとするが……


 そこで何者かにサッと本を奪い取られた。


 あまりに一瞬の事だったので、何が起こったのかすぐにわからなかったが、その事実に気付いて顔を上げて叫ぶ。



「だ、誰だ! 俺とイモコの友情を邪魔するや……つは……?」



 俺はしゃがみながら怒りに顔をあげると……。



「へぇ~。これが芸術ですか……サクセスさん。」


「シ、シロマ!?」



 そこには、冷たい視線を俺に向けるシロマがいた……。


 

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