第20話 邂逅と絶望


 突如現れた、ローズにうり二つのその少女。

 金色に輝くブロンドの髪に、儚さと情熱を彩ったルベライト色の双瞳(そうぼう)。

 その一つ一つが、今は亡きカリーの想い人と重なる。


 年齢は18歳といったところだろうか?

 正確にはわかりかねるが、最後にカリーが見たローズの年齢と差ほど違いはないだろう。



 その姿を目にした瞬間、カリーの全身に雷が落ちたような衝撃が走った。



 そしてカリーは気づいていない。

 自身の目から止めどなく零れ落ちる涙に。



 一方そこに現れた少女もまた、突然目の前で涙を流して固まるカリーを見て困惑する。


 しかし優しきその少女は、カリーにそっと近づくと、絹のハンカチを懐から取り出してその涙を拭った。



「どうされましたでしょうか? どこかお体が悪いのですか?」



 心から心配するようなその声。

 その透き通った声もまた、ローズと寸分違わぬ声色だった。


 しかし、その言葉は久しぶりに再会した最愛に掛ける言葉ではない。

 例えるならば、ローズが貧民街を通りかかった時、転んだ子供に声を掛けるのと同じであった。


 だが今のカリーに、それに気づく余裕などない。



「ロ……ローズなのか? 本当にローズなのか!?」



 混乱したカリーは、その少女の両肩を力強く掴むと叫んだ。



「いっ、痛いです! やめてください!!」



 思わず力を込めてしまった為、その指は少女の柔らかな肉に食い込む。

 そうなれば、少女がその痛みから叫ぶのは必然であり、現に少女は叫んだ。



「カリー! 落ち着け! すまなかった、その子はローズじゃない! ローズではないのだ! 驚かせてすまない!」



 それを見て、慌てて止めに入るソレイユ。

 ソレイユはカリーを後ろから羽交い絞めにして押さえつけると、カリーの手が少女から離れた。

 だが同時に振り返ったカリーは、ソレイユを鬼のような形相で睨みつける。



「……落ち着け? 落ち着けだと!? どういうことだよ! なんなんだよ、これは! ローズじゃないなら誰なんだ!!」



 然しもの(さしもの)カリーもこれには混乱を極め、そのままソレイユに掴みかかった。

 今度は少女が慌てて止めに入ろうとしたが、それより先にソレイユが言葉を放つ。



「ロゼよ、すまないが一度下がってくれ。ワシは大丈夫じゃ。これはワシが悪いのじゃ。」


「そ、そういう訳には……。」


「良いから行くのじゃ。これは命令であるぞ。」


「は、はい。しかし何かあれば大声で叫んでください。人を呼んでおきます。」


「いらぬ! いいから早く出るのじゃ!」



 その気迫に押され、ロゼと呼ばれた少女は広間を出て行った。



 そんなやり取りがあったにも関わらず、カリーはソレイユを掴んだまま立ち尽くしている。

 ソレイユを掴んだ手も既に力は入っておらず、そのままソレイユを離して呟いた。



「ロゼ……だと?」


「そうじゃ。あの子はワシの孫じゃ。本当にすまなかったカリー。お前の想いの深さはわかっていたはずじゃったのに……。謝って済む事ではないのはわかる。だが、謝らせてくれ。すまない、カリー!」



 ソレイユは頭を下げると深く謝罪する。



 今回の事は、ソレイユに悪気があったわけではない。

 ただ単純に、ローズに似た自分の孫を見せて驚かせたかっただけだ。



 しかし今思えば、何も説明せずにロゼと会わせた事が如何に残酷な事であったかに気付く。



 ソレイユはカリーと違い、この世界に流れ着いてから40年の歳月を経ていた。

 だがカリーは、まだ別れた頃からさほど時は経っていない。

 それに加えて、ソレイユはロゼが赤ん坊の頃からその成長を見届けてきた。

 その過程の中で、ロゼがローズとうり二つの姿で成長していった事に驚きはしたが、カリーとは状況が違い過ぎる。



 カリーにとって、ローズはカリーの心臓といっても過言ではない。

 それを自分は、愚かにも後ろから鋭利な刃物で突き刺してしまったのだ。

 悪気は無いにしても、これは許される行為ではないと理解する。

 あまりに浅はか、あまりに短慮……己の愚行にソレイユは申し訳なさで一杯になった。



 一方カリーはその場で膝から落ちると、魂が抜けたかのように天井を仰ぎ見ている。


 茫然自失とは、正にこの事だろう。



 ローズへの想い……ローズの死……

 それは幾数年の時が流れようとも、無くなる事も消える事もない。


 忘れるはずがない。

 ローズは自分の胸と夢の中で生き続けている。

 そしてそう思うと同時に、生きてローズに会う事が出来ない現実も受け止めてる。


 そうしてカリーは生きてきた……歩み続けてきた……

 


 それなのに……もう叶わぬ事を受け入れたのに……その願いが突然目の前で叶ってしまった。

 いや正確には、叶ったというのには語弊がある。 

 カリーが目にしたのはロゼという名の別人であり、ローズではない。


 だがそんな事、カリーにわかるはずもなかった。

 なぜならば、それは突然前触れもなく起きたのだから。

 その胸中は想像を絶するだろう。



 歓喜、驚愕、困惑、様々な思いが、カリーの胸に雪崩の如く押し寄せてきた。

 そして最悪な事に、その混乱収まらぬ中、今度はローズではないと言われる。



 再び襲い掛かる絶望。



 それはあの日……ローズを失った時に感じた絶望と同じだった。

 そこにあるのは、どうしようもないほどの【無】

 まさか二度同じ思いをするとは夢にも思わなかっただろう。



 そうなってしまった今、カリーにソレイユの言葉は届かない。

 そしてあの時と同じ様に、カリーはその場で倒れてしまうのであった。




注※ ソレイユの語尾が変わったのは、誤字ではありません。

 

 

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