第32話 王子としての最後の仕事

 現在王都では、ローズを含む多くの戦死者の魂を弔う為、盛大な葬儀が執り行われていた。


 今回の事件で特に多くの死者を出したのは貧民街の住人であり、その多くが悲しみにくれ、亡くなった者達が天国に行く事を願っている。


 だが、そんな彼らはその葬儀には参列できない。


 今回の葬儀はあくまでローズの為のものであり、貧民街で亡くなった者を弔うものではなかった。

 それでもシルクの強い嘆願により、亡くなったロイヤルガードの葬儀も合わせて行う事にはなったのだが……あくまでそれはおまけのようなもの。

 ロイヤルガードですらその扱いなのだから、亡くなった一般の兵士や冒険者、そして貧民街に住む住人がそこで弔われる事などありえるはずもない。


 結果、葬儀の参列者は死者が出なかった富裕層に住む者や貴族達で占めており、貧民街どころか商業区に住む者すら葬儀に参加することはできなかった。


 そういった理由から、貧民街で亡くなった者達は、午前中にギルド主導で商業区画の大広場で簡略的な葬儀を行うこととなる。


 ギルド職員達は、街の中央の広場で遺体を燃やすと、残った骨を遺族が引き取り、燃えた骨を各自持ち帰る……そんな簡素な葬式であるが、残された遺族にとってはせめてもの救いとなった事は言うまでもないだろう。



 今回の事件により、働き手が亡くなってしまった家族や寝る場所が無くなった家族も多い。


 深い悲しみと共に様々な不安を胸にする貧民街の住人達であったが、今日だけはその全てを忘れ、亡くなった者達の冥福を祈った。


 そして、自分達の葬儀が全て終わった後、誰に言われるでもなく、貧民街の住人や商業区画に住む住人達は、揃ってローズの葬儀場に足を運ぶ。


 当然入れないという事を誰もがわかってはいたが、それでも誰にでも優しく、差別なく接してくれたローズの冥福を祈りたかったのだ。そんな思いが貧民街や商業区の者達をここに集めさせ、ローズの葬儀場の周囲は多くの住人でごった返していた。



 それだけローズという存在は、身分分け隔てなく全ての者に広く愛されていたということである。


 そんな中、葬儀場の中にいるシルクの心境は複雑だった。


 最愛の妹、そして職務を全うしたロイヤルガード達との別れに悲しみにくれたい気持ちも強かったのだが、ここの雰囲気があまりに想像と違い過ぎて、悲しみよりも怒りの方が強くなってしまったのであるる


 ここに悲しみはない……


 それがシルクの率直な感想だった。


 ここに参列している殆どが、戦死者達の死を悼む様子はなく、ただ儀礼的にその場に参列しただけにしか見えない。

 それどころかこの後の会食についての話や、全く関係のない事を談笑している者達さえいる。


 ここには戦死者の家族もいるというのに……あまりにこれは酷すぎた。


 泣いて悲しむ遺族の見える距離で談笑する貴族達。


 そいつらの命が今日まであるのは、一体誰のお蔭であると思っているのか?

 その様子を目にした遺族の気持ちを考えた事はあるのか?


 そんな怒りと疑問が浮かび続けるシルクは、もはや葬儀に集中できない状況だった。



(私に力があればこんな風にはさせなかった……。遺族……いや、本当に死を悲しんでくれる国民全てを参列させるべきなんだ。こんな葬儀になってしまってすまない、ローズ。)



 シルクは知っていた。



 この会場の外に、参列を希望した多くの人が集まっていることを。

 そしてその者達こそ、本来この葬儀に参加する資格があることを。


 しかし、その者らを入れないように命令したのが王である為、シルクにはどうする事もできなかった。



 父はこの葬儀が始まる前にいくつかの事をシルクに伝えている。


 一つ目は、この葬儀に併せて今後の国の在り方について説明する事。

 二つ目は、捕らえている貴族を本日をもって解放し、以前の役職に戻す事。

 三つ目は、亡くなったロイヤルガード達の家族に弔慰金(ちょういきん)等は渡さない事。


 一つ目と二つ目は事前に聞いていたため既に諦めていたが、最後の三つ目だけは納得できるものではなかった。


ーーしかし


 国の要人の為に死ぬ事は騎士の本懐であり、それに対して特別な対価を支払う必要はない。


 と言って一蹴すると、更には


 葬儀も行うつもりはない


 とあまりに無慈悲な事を話す次第。


 弔慰金はともかく、国の為に戦って亡くなった者を弔わない等あってはならない。


 故に、シルクはその後も粘り強く父を説得し、何とかローズの葬儀と一緒に弔う事を約束してもらったのだが……こんな葬儀になるとわかっていたならば、むしろ一緒に葬儀をしない方が良かったと後悔する。



(こんな葬儀にしてしまった事に対して遺族に申し訳ない。)



 しかし、それとは別にシルクは、既に遺族たちへは事前に一人一人面会し感謝と謝罪を告げていた。その際に、シルクの私財の半分を遺族たちに包んでおり、個人的な弔慰金を渡している。その金額は本来国からでる弔慰金の100倍以上の金額であり、残された家族が生活に困ることはないだろう。


 だが遺族たちはその金額よりも、王子自らが各家庭に訪れ、頭を下げて謝罪と感謝の意を述べた事に深く感謝していた。大切な家族を失い悲しみに暮れていた者も、このような素晴らしい王子を守る為に戦った事を誇りに思いさえする。


 少なくともシルクの行動は、遺族たちの心を救っていた。


 そして残る私財の半分はというと、これはギルドマスターに渡している。


 理由は簡単だ、今回の騒動を収める為に奮闘した冒険者、そして亡くなった冒険者に渡す褒賞。更には貧民街の住民の生活を保護するために使う資金だった。


 その金額が想像以上に多い事にギルドマスターは驚くが、個人の懐に入れる様なことはないだろう。


 復興等に使ったお金については、後にゼンが全て確認すると伝えたからだ。

 信頼できるギルドマスターとローズから聞いている為、疑いたくはないが、大金を目にすれば欲に眩んでしまうこともある。


 故にそうならないように保険はかけておいた。



 これらが当時の責任者たる自分の役目であり、王子としての最後の仕事。



 葬儀はこんな形になってしまったが、シルクはまだやるべきことが残っている。


 いや、話すべき相手がいるという方が正しいか。


 勇者フェイルとカリーに……。


 今回の葬儀を行うに際して、シルクはフェイル達に参列を願い出る手紙を出しており、席も用意してあった。


 しかしいつまで経っても、フェイルはおろか、カリーすらも姿を見せない。

 カリーが家に引きこもっているという噂は聞いてはいたが、それでも葬儀だけは参加するものだと思っていた。


 フェイルにはお願いしたい事がある。

 カリーには伝えなければならないことがある。


 それが終わらない内には前に進めない。


 そしてシルクは、葬儀が終わった後、会食には出席せずに貧民街に足を向けるのであった。

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