第31話 シルクの決意

 一方メリッサ城では……




「父上、葬儀の準備が整いました。」



 現在シルクは玉座の前で膝を折って報告する。

 そしてその玉座に座るは、つい最近まで病に伏していた王、そうシルクの父だ。


 あの日……ローズが亡くなったその日に、父親の体調は突然快方に向かう。

 それはズークが王に対してかけていた呪いが、ダークマドウの死によって解除されたからであった。

 そして父が回復した今、国政は元の通り父が執り行う事となる。



 そんなシルクもまた、城に戻った当初は、ローズを失った悲しみに暮れ、暫くは私室に篭っていたのだが、いつまでもそうしているわけにはいかない。


 王子というその立場である自分は、自分の為に死んだ者との約束を果たさなければならない。

 それが自分が負う責任であり、義務だ。

 その責任感からシルクは何とか自分を持ち直す。



 その後、シルクは自ら葬儀の準備を進めていき今に至るのであるが、シルクの報告を受けた王は口を開いた。



「そうか……。ローズが亡くなったのは本当に残念じゃ。しかし、それと同時に生きていてくれたのがお前の方で良かったと余は安心しておる。」


「父上……御言葉ですが、ローズは私より優秀であり父上を慕っておりました。そのローズが亡くなった事をよかったなどと……。」


「わかっておる。しかし、お前は私の跡継ぎであり、ローズは違う。隣国に嫁がせる予定じゃったが、それも今は叶わぬ。残念じゃ。」



 その言葉にシルクは深い憤りを感じた。


 まるでローズを物として見ているような物言い。

 シルクには、それがあの時のダークマドウと被って見えた。


 しかし、それ以上は口にしない。

 例え父親であっても、相手はこの国の王だ。

 自分が何か言える立場でない事はわかっている。


 故に、口の中から血が出る程歯を食いしばって耐えてみせたのだが、次に続いた父の言葉までは耐えられなかった。



「そう言えばそうじゃ、お前たちがやっていたオママゴト……いや貴族制度の廃止についてじゃが、あれは本日撤廃する事を発表するつもりじゃ。牢獄に入れていた貴族も元に戻す予定じゃよ。」



 !?



 その言葉に驚きを隠せないシルク。



 自分とローズがやってきたことを「おままごと」と表現し、あまつさえ、それを元に戻すというのだ。

 これには流石にシルクも耐えかねてしまった。



「父上!! なぜそのような事を! お考え直し下さい! それではローズが……いやこの国がまた……。」


「何を言っておる!! そもそもお前たちがそんなくだらない事をした結果、このような事態が起きたのではないか! その責については、余も病に伏していたという事もあるから目を瞑っておるのじゃぞ! 恥を知れ!」



 シルクの言葉に激怒する王。



 これ以上は何を言っても無駄だとわかった。

 そして、自分とローズが必死にやってきたことさえ、全て無駄だったと……。

 再びシルクは思い知る、自分が如何に無力な存在であるかを……。



「まぁよい。とにかく、これは決定事項じゃ。そろそろ葬儀が始まるじゃろうて、お前も準備をするがよい。」


「……失礼します。」



 そしてシルクは王の間から退出すると、茫然自失といった表情で呟く。



「俺は……俺は何て無力なんだ……。教えてくれローズ……。俺は、俺はどうしたらいい……。」



 その言葉に答えてくれる者は……もうこの世のどこにもいなかった。


 

 シルクはそのまま私室に戻ると、机に飾ってあるローズと二人で映った写真を眺める。写真には、ローズがクロと呼ばれた猫を抱き、その横に立っている自分が映っていた。



「今頃、お前は天上で何を見ている? 情けない兄の姿を見て笑っているだろうか? それとも怒っているか? いや、お前は人をあざ笑ったり、怒ったりはしないだろうな……。なぁ、ローズ。教えてくれ。俺はこの先どうすればいい? お前と見たこの国の未来を……俺は見ることができないかもしれない……。」


 

 シルクは自身の将来に絶望していた。



 ローズと語り合い、そして最高の国にするため必死に足掻いていたのだが、それも全て泡沫の夢。


 父親の体調が戻った今、自分に与えられた権限など無いに等しい。

 少なくとも今後は国政に口を出す事などできないだろう。

 こんな時ローズが傍に居てくれたら……と思う自分が女々しすぎて嫌になる。



 そんな事に思いを耽って(ふけって)いると、突然、扉がノックされた。



「誰だ?」


「はっ! ゼンでございます。」



 扉の外にいるのはゼンのようだ。


 ゼンはあの時深い傷を負っていたにもかかわらず、既に現場に復帰し、城の警護を指揮していた。

 まだ体調が完全ではないにもかかわらず、ゼンは勢力的に動き始めている。

 今回失った部下は多く、休んでいる暇がないのだ。

 そんなゼンを思うと、申し訳なさから顔を見るのも辛い。



「ゼンか。待たせてすまない。間もなく支度が終わる。もう少しだけ……待ってくれないか?」


「はっ! しかしながら、私は王子を呼びに来たわけではございません。王子に渡すべき物を見つけた故、それを渡すために来ました。」



 どうやら、ゼンは葬儀の迎えに来たわけではないらしい。



「渡すべき物? まぁいい、入ってくれ。」


「はっ!」



 ゼンは許可を得た事でシルクの私室に入ると、その目を大きく見開く。


 目の前に映るその部屋は、まるで今まで入ってきた部屋とは全く様子が違った。

 元々シルクの私室は執務室も兼ねていたことから、豪華と呼ぶよりも質素ながら全てが整頓されていた部屋であったが、今は違う。


 乱雑に脱ぎ捨てられた衣類。

 床に散らばった壊れたツボや書類の数々。

 まるで泥棒に荒らされたような酷い状況。


 普段ならば、メイドがそういったものを片付けるのだが、あの日以来シルクは私室に誰も入れなかった。

 その部屋の様子を見れば、シルクが今までどれだけ心を痛めていたのかがわかる。



「それで渡したい物ってのは何だ?」



 一瞬立ち止まって言葉を失ったゼンだが、シルクの言葉でハッと思い出したが、それと同時に悩んだ。


 今、この状態でこれを渡していいものだろうか? だがしかし、渡さない訳にもいかないだろう。


 数瞬の迷いを経て、ゼンはシルクにそれを渡す事に決めた。



「……はっ! 申し訳ございませぬ。実は姫の部屋を整理していたメイドが王子宛の手紙を見つけたようなのです。それで至急お持ちしたのですが……。」



 その言葉にシルクは驚きを隠せない。


 なぜ手紙がある?

 ローズはもういない。

 どういうことだ?



「手紙だと? それは本当にローズの書いた物なのか? いや、それよりも見せてくれ。見ればわかる。」



 また誰かの罠かと疑いそうになったが、本当にローズが書いたものであれば自分が間違えるはずもない。

 そう判断したシルクは、ゼンに手紙を渡すように伝えた。



「はっ! これでございます。」



 ゼンが渡したのは、封印のされた一通の手紙。


 その封印はローズが魔法でかけていたものであり、対象の相手しか開くことのできない仕様。

 それはローズが緊急の連絡をするときに使う物であり、それだけでも、それがローズが書いた物であることがわかる。


 シルクはそれが間違いなくローズが書いた物だとわかると、すぐにその封印を解き、中に入っていた手紙を手に取って読み始めた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


※ 拝啓、お兄様へ


 まず初めに、いきなり城からいなくなってごめんなさい。

 でもこうやって、黙って城を抜け出すなんて久しぶりです。

 カリーがいた頃はよくお兄様を困らせていましたね。


 心配していますか、お兄様? でも大丈夫です。

 きっと今頃私は、新しい事の連続に楽しく過ごしていると思います。

 だって今、私は夢を叶えている際中なんですもの。


 そこでお兄様に問題です。

 私は今誰といるでしょうか?

 そしてどこにいるでしょうか?


 ・・・・・・・・・・・・・


 ブブー、時間切れです。

 といっても私もわからないんですけどね。

 多分だけど、私はカリーや勇者様達と一緒に遠い国にいると思います。

 そこで私は、カリーと一緒に困っている人々を助けていますわ。


 私は現在、王族という身分も名前を捨てました。

 今は、ただの魔法使いの女に過ぎません。

 そうですねぇ、名前は……後で考えますわ。

 話し言葉は、幼い頃にお兄様と見た演劇の町娘と同じ言葉遣いにしようかしら。


 って、いきなりこんな話をされて、今頃お兄様は困惑されているでしょうね。

 でも、ずっと前から決めていたことなのです。

 私はこの3年間、カリーの目指す未来を少しでも助ける為に、この国を良くしようと動いていました。

 でも、もう限界……限界なんです!

 私は……私はカリーに会いたい! あの人の傍にいたい!

 カリーの傍で彼の夢を叶えたいのです!


 だから、ごめんなさい。

 私……旅にでます……って、お兄様がこれを読んでいるという事はもう出ていますね。


 カリーは、弱者が守られる世界にするのが夢だと言ってました。

 そして私の夢は、カリーがその夢を叶える事。

 だから、カリーの傍で私も夢を叶えたい。


 自分勝手な妹で本当にごめんなさい。

 でも、これだけはどうしても譲れないのです。

 

 あれ? お兄様、もしかして嫉妬していますか?

 それとも寂しくて泣いていますか?

 

 大丈夫です。

 だって、お兄様は私が誰よりも尊敬する最高のお兄様ですから。

 きっと、私がいなくてもこの国をよくしてくれるはずです。

 お兄様が優秀な事は、妹の私が誰よりもわかっていますからね。


 それでは、お兄様、お体に気を付けて、いつまでも元気でいて下さい。

 これからもちょくちょく手紙は出すつもりですので、何か困った事があれば言ってくださいね。

 その時はいつでも駆け付けますから、笑顔で迎えてください。

 といっても、その時の私は王族ではなく、ただの人妻かもしれませんが。


 もう、今の笑うところですよ! お兄様。

 それでは、お兄様も私の夢が叶う事を応援していてください。


 お兄様の事を大好きなローズより



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 シルクはその手紙を読み進めていく内に、涙が止まらなくなった。

 そこに書かれていたのは、もう存在しないローズの未来。ローズが求めていた未来そのものだった。


 妹の気持ちは当然気付いていたし、いつかそんな事になるだろうとは思っていた。

 どうやらこれは、今回の事が起きる前にローズが書いていたものらしい。


 しかし、その未来は決して訪れることはない。その未来を守ってやれなかったのは自分だ。


 それが胸を苦しく締め付ける。


 そして、ローズは言った。

 兄さまならば、きっとこの国を良くしてくれると。

 ローズは心の底から信じていた。

 こんな、無力で情けない兄を……。



 なんとも言葉に言い表せない感情が、その胸に溢れ出てくる。

 すると、ふと最後にローズが言った言葉を思い出した。



「私のもう一つの夢はね、カリーが夢を叶える事なの! だから、あなたは生きて! あなたが生きていれば、私は死なない。私はカリーの夢と一緒に生き続けるわ!」



 ローズはカリーの夢と一緒に生き続けている。

 体はなくとも、ローズは生きている!

 あいつの……夢に……。

 なら……私がするべき事は……。



 シルクは手紙を大事に封筒に入れると、それを胸にしまった。



「王子……。」


「何も言うなゼン。わかっている。大丈夫だ、私にはやることがある。私の為に散っていった仲間達、そしてその家族の為に、私財を全て投じてでも手厚く対応するつもりだ。」



 ゼンとしては、涙を流すシルクの心を案じただけであるのだが、シルクはそれに気づかずに自分への言葉……いや決意を口に出していたのである。


 だが、ゼンは何も言わない。

 理由はどうあれ、シルクの目はあの日以前の目に戻っていたからだ。


 シルクは決意した。

 自分が今後為すべき事の為に全てを捨てる事を。


 ローズの夢は自分が叶える。

 ローズが叶えられなかった夢こそが、自分が叶えるべき夢……そしてそれこそが、自分の生きる意味だ。


 だがその前に王子としてやらなければならないこともある。自分の……いや王子として最後にやり遂げなければならないこと。



 それが全て終われば……



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