第30話 受け入れられぬ現実
あの悲劇の日から三日後……。
この日は王女ローズを弔う為、国を挙げて盛大な葬儀が執り行われる……のだが、そこにカリーが姿を見せることはない。
あの日カリーは目が覚めた後、ローズが亡くなった事をフェイル達から聞くのだが、カリーはそれを信じようとはしなかった。
当然あの場にはカリーもおり、目の前であの悲劇が起きていたのだから知らない訳がない。
しかしそれでもなお、その事実をカリーの心は否定し続ける。
あんな現実があっていいはずがない!
あれは夢だ! 絶対に夢だ!
カリーはそう思い込む事で、何とか心が生を繋ぎ止めた。
だがその様子を見たフェイルは、こればかりは自分で乗り越えるしかないと知っているため、無常にも厳しい言葉を告げる。
「これが現実だ。受け止めるしかない。」
当然フェイルもそんな残酷な事を口にするのは憚られた(はばかられた)のだが、前に進む為には受け入れるしかない。
その結果、カリーの心が壊れたとしても誰が文句を言えようか。
そして実際にカリーの心は壊れてしまった。
それからカリーは3日間自分の部屋を出る事なく、ただただ自分の不甲斐なさを呪い、そして生きる意味を失う。
それを近くで見ているフェイル達もまた、胸が張り裂ける程苦しい気持ちになるが、しばらくはそっとしておこうと決めるのであった。
【カリー達の家】
「様子はどうだ? と言っても、言わなくてもバーラの顔を見ればわかるか。」
「えぇ……。一応、今日ローズちゃんのお葬式がある事は伝えたけど……全く目に精気が無くて……。ただただ椅子に座って窓の外を眺めていただけで聞いているのか聞いていないのかもわからなかったわ……。」
「そうか。仕方ない事だった……と割り切れる程、簡単じゃないよな。本当にカリーには申し訳ないと思ってる。」
カリーの様子を話し合う、フェイルとバンバーラ。
二人ともカリーの気持ちがわかる故に、どんな言葉をかけていいのか……いや、どんな言葉をもってしても今は意味がないとわかっている。
そんな状況にフェイルもまた、自分を責め続けていた。
今回の事でフェイルの中でハッキリしたことがある。
それは自分がただの勇者ではなく、
呪われた勇者
であるという事。
自分の周りで起こり続ける不幸、そしてそれに抗い続けるも、繰り返される悲劇。
故に、今回の事も自分と一緒にいた事が原因だと責任を感じていた。
しかし、フェイルの懺悔をバンバーラは否定する。
「なんであなたが謝るのよ! フェイルは精一杯やったわ! ううん、フェイルだけじゃない、カリーも私も王子だってやれる事全てを出し切ってみせたわ。だから……だからお願い……そんな事言わないで……。」
バンバーラは涙を流しながら必死に訴えるも、次にフェイルの口から出た言葉は、あまりに残酷な言葉であった。
「……すまない。俺は……明日この国を出るつもりだ。」
「……え? なんで? 嘘でしょ? 待って! まさか一人で行くつもりなの!?」
当然世界の光である勇者が、いつまでも魔王軍のいないこの国に居続けるなどできない事はわかっている。
しかし、今は状況が状況だ。
まさか今、この状況で直ぐに旅立つとはバンバーラは思いもしなかった。
「あぁ……。今カリーを一人にするわけにはいかないだろ。すまない、バーラ。約束は守れそうにない……いや、その約束を果たす資格すら、俺にはないんだ……。」
フェイルがバンバーラとした約束。
それは、今後世界を救うまで絶対にバンバーラを連れていくこと。
つまり、一人で無茶な旅だけはしないという事だった。
しかし、自分と一緒にいれば再び悲劇が起きるだろう。
そして、それを自分が止めることはできない。
だからこそ、自分はやはり仲間を持つべきではない、これ以上呪われた勇者である自分に、大切な者達を付き合わせたくはない。
これが口にはしないフェイルの想いだった。
しかしそれを感じ取ったバンバーラは、その瞬間、フェイルの頬を思いっきり叩く。
その目は涙で溢れていた。
「弱虫!! なんでいつもそうなの! なんでいつも一人で抱え込もうとするのよ! カリーの事は大事だわ! でもね、あなたも同じくらい私には大切な人なの! だから……だから……。」
その場で泣き崩れてしまうバンバーラ。
普段ならそれを優しく抱きしめるフェイルであったが、この時だけは違った。
「少し……外の風に当たってくるよ。……ありがとう、バーラ。」
それだけ言うと、フェイルは振り返らずに家の外に出て行く。
このまま彼を引き留めなければ、明日と言わず、今日にでも旅立ってしまう。
彼をこれ以上一人にしてはいけない。
しかしそれと同時に、2階にいるカリーの事が頭を過りると、フェイルを止める事ができなかった。
複雑な想いがバンバーラの胸を強く締め付ける。もう自分でもどうすればいいのかわからない。
フェイルが最後に言った言葉「ありがとう」が意味するのは何なのか?
「今までありがとう」という、別れの言葉なのか?
それとも「自分の事を心配してくれてありがとう」と言う言葉なのか?
いずれにしても、その「ありがとう」はバンバーラにとっていい意味ではない事だけはわかる。
「フェイルの……フェイルの馬鹿……。うわぁぁぁぁぁん!!」
ただ今のバンバーラには、その場で泣き崩れることしかできなった……。
それからしばらくその場で泣き続けていると、二階から誰かが降りてくる音が聞こえてくる。
この家にはフェイル含めて3人しか住んでいないのだから、誰が降りてきたのかバンバーラには直ぐにわかった。
そう、カリーだ。
【数分前に遡る】
カリーはこの三日間、食事に一切口をつけることなく、ベッドの中にいるか窓際の椅子に座って外を眺めているだけだった。
そんなカリーだが、ベッドの中で寝ていると、ふと、体の上に暖かい重みを感じる。
それは、今は亡きクロの温もり。
しかし、それもまた全て都合のいいカリーの幻に過ぎなかった。
クロは既に亡くなっており、いつものようにカリーの布団の上で寝ていることなんかありえない。
それでもカリーは、目が覚める度にその重みに手を伸ばし続ける……。
存在するはずがない温もりを求めて……。
この日カリーは、目が覚めてから窓際の椅子に座って外をぼーっと眺めていた。
目の前に映るのは、昔と違って瓦礫だらけの街並み。
カリーの住む家は、貧民街といっても商業区画に近かった事から、多少外壁が焦げる程度はあったものの、建物自体の損傷は少ない。
しかしながら、そこから見える景色は……あまりに殺風景なものだった。
生い茂っていた草は燃え尽き、聳え立っていた木は一部を残して消え果て、見える家々はほとんど瓦礫の山となっている。
だが不思議な事に、カリーの目には、昔住んでいた光景が映っていた。
カリーの記憶が現実の風景を改竄(かいざん)し、昔の風景を脳に伝えていたのである。
そこには、貧乏ながらも慎ましくも逞しく生きる人々が、毎日せっせと働き続けていた。
そして時折聞こえる子供達の遊び声に、自分も昔はそうやって遊んでいたなぁ等と思いを馳せる。
カリーはなぜこんな事を続けているのか?
それは待っているのだ。
いつものようにローズが訪れてくるのを。
しかし、三日経ってもローズは現れない。
もしかしたら城で何かあったのではないかと、心配すらし始めた。
そう思った時だった。
遂にカリーの想いが届いたのか、ローズが子供達と楽しそうに話ながら現れる。
その姿を見て、カリーはほっと胸を撫で下した。
よかった、何もなくて。いつものローズだ。
そう安心すると、もう少ししたら我が家に訪れると思い、その胸をドキドキさせる。
ーーだが、ローズが再びこの家に現れる事はなかった。
いくら待とうとも、ローズが来ることはない。なぜなら、ローズはもうこの世のどこにも存在しないから……。
それでもカリーは待ち続ける。
ローズがいつもと同じ笑顔で迎えにくると信じて……。
そう、カリーの心は完全に壊れていた。
現実と夢の区別もつかない、いや、それどころか全ての記憶が混同しており、何がなんだかわからなくなっている。
つまるところ、カリーの体は生命活動こそ止めないが、その中身は既に空っぽのままという事。
しばらくカリーはそのままローズを眺めて待っていると、突然誰かが自分の部屋に入ってきた。
姉のバンバーラだ。
いつも、ご飯を用意してくれているが、なぜかわからないが全く食べる気がしない。
それを何もいわず片付ける姉を見て、申し訳なくも思うのだがそれだけだ。
だが今日はなぜか、おかしなことを口にする。
「カリー。今日はローズちゃんのお葬式が行われる日よ。……ちゃんとお別れをしてきた方がいいわ。」
姉は悲しそうにそれだけ伝えると、それ以上は何も言わずに食事をテーブルに置いて下に行ってしまった。
ローズのお葬式?
姉さんは頭がおかしくなったのだろうか?
ローズが死ぬわけがないだろ、ほら、あそこでローズは子供達と遊んでいるじゃないか。
そしてカリーは姉がいなくなった扉を一瞥(いちべつ)した後、再び窓の外を見る。
すると、いつの間にか子供と遊んでいたローズがいなくなっていた。
すぐに自分が出ていかなかったから、いつもの場所にいると勘違いして行ってしまったのかもしれない。
いつもの場所とは、当然、カリーがローズを待つために行く釣り場だ。
そう思ったカリーはすぐに準備して行こうとするが、なぜかその足がうまく動かない。
まるで見えない重りが足につけられているようだ。
それでもなんとか足を引きずりながらも、部屋の隅に立てかけられている竿を手に取って部屋の扉を開けると、突然下の方から姉の泣き声が聞こえてきた。
またあの男と喧嘩をしたのか……。
いつの間にか我が家に住み着いた謎の男……よくわからないが、たまに自分の部屋に現れてはずっと黙ったまま自分の事を見ている。
なぜかその目が悲しそうにも見えたが、こっちからしたら気持ち悪いったらありゃしない。
声を掛けるのも嫌だったので、いつも放置しているが、気付くとそのまま部屋を出て行ってしまう。
なんとも訳の分からない男だが、姉さんはどうやらそいつに好意を抱いているようだ。
まぁ姉さんがそいつを選ぶのであれば何も言うつもりはないが、女を泣かせる男は最低だ。
今日という今日こそ、出て行ってもらおう。そしてもう二度と姉に付き纏わないと約束させてやる。
そう決意するカリーだが、どうやらその男は既に家を出てしまったっぽい。
下から男の声は聞こえない。
戻ってきたらバシッと言ってやるからな。
そう心に決めたカリーは、ゆっくりと下に降りていく。
そして下に降りて行ったカリーは、その目を疑った。
そこには四つん這いになって泣いている姉がいたからである。
カリーは姉のそんな姿を初めて見た。
しかし、それ以上に驚いたのはバンバーラの方である。
降りてくる足音を聞き、まさかと思って目を向けると、やはり降りてきたのがカリーだった。あれだけ何を言っても反応が無かったカリーが自分の意思で降りてきたのだ、驚くのも無理はない。
「カリー!! あんた……。」
突然バンバーラは立ち上がると、カリーを強く抱きしめた。
これにはカリーも驚く。
あんな風にショックを受けていた姉さんが、何故か自分に気付くと更に涙を目に溢れさせて抱き着いてきたのだ。
それほどまでに酷い事を言われたのだろうか?
そう疑問に思ったカリーは、いつものように優しく姉に声を掛けた。
「どうしたんだい、姉さん? なんかあいつに嫌な事でも言われたの?」
その優しい声を聞き、バンバーラは大きく目を開くと、胸のモヤモヤがすぅっと晴れていく。
(よかった!! よかったよぅぅ……。カリーが、カリーが元に戻った!!)
「ううん! なんでもないの! そんな事よりカリー、体はもう平気なの? ご飯食べてないでしょ?」
嬉しさを隠しきれないバンバーラは、直ぐに笑顔になってカリーの体調を心配した。
……しかし。
「いや、ごめん。なんか食欲がないんだ。帰ってきたら食べるよ。それより、さっきまでそこにローズがいたんだ。多分今頃俺を探していると思う。だからちょっと出てくるわ。帰りはローズも一緒かもしれないから、ローズの分も食事があると嬉しい。」
「え? ちょっ!? カリー? どういうこと? ねぇ、ちょっと!!」
その言葉に戸惑うバンバーラ。
カリーが何を言っているのかわからない。
そしてカリーは、バンバーラを離すとゆっくりと玄関に向かって歩いていく。
「姉さんさ、もうちょっと男を見る目を養った方がいいぜ。女を泣かせるような男とは一緒にいない方がいい。」
カリーはそれだけ言うと、家を出てしまった。
再び混乱するバンバーラ。
正気に戻ったと思ったカリーは、全く正気に戻っていなかった。
このまま外に出したらまずいのではないか?
いやむしろ、外に出て現実を目にした方がいいのかもしれない。
でも現実を見て更に頭がおかしくなったらどうしよう……。
しかし引き留めたところで、元の状態に戻るだけだし……。
その状況に頭を悩ませるバンバーラだが、もう既にキャパシティはオーバーしていた。
結局答えが見つからなくなった彼女は、再びその場で立ち尽くしてしまうのであった。
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