第29話 ラビアンローズ(薔薇の人生)
カリーとシルクはダークマドウに向けて走りだした。
ダークマドウはそれに気づくも気にする様子はなく、なにやら呪文を唱えている。
すると突然エンシェントドラゴンゾンビの目が赤く輝くと、スケルトン軍団への攻撃が止まった。
「少し焦ったが、まぁ良い。これで問題ない。それとそこにいるウジムシ共。お前らの相手をするつもりはないぞ。」
呪文を唱え終わると、ダークマドウは落ち着いた様子で言い放つ。
だが作戦通りカリー達は挑発を開始した。
「俺に倒されるのがそんなに怖いのか? 勇者でない俺に。お前の腕は思っていたより柔らかかったな」
「ただの王子にビビるなんて、魔王軍幹部といっても大したことはないのだな。」
「ウジムシがよく吠える。まぁよい、そこにいい骨があるからお前らはそれと遊んでいろ。」
カリー達が挑発するも、まるで相手にしないダークマドウ。
それどころか、なにやら不穏な言葉を口にしていた。
そこに現れたのはエンシェントドラゴンゾンビとは比べ物にならない程小さなドラゴンゾンビ。
どうやら、フェイルがエンシェントドラゴンゾンビを攻撃した時に散らばった骨を再利用したようだ。
それは当然向こうにいる化け物と比べればかなり弱い魔物だが、それでもドラゴンゾンビである。
普通のスケルトンに比べれば、何十倍も強いアンデッドだ。
自分達を相手にするだけでなく、凶悪な魔物が召喚された事に焦るカリー。
「くそっ! 失敗か! だがまだ終わりじゃない! こいつを倒して、ダークマドウを攻撃するぞ。」
「わかった! 援護する。」
「ふむ、ついでにもう少し増やしておくか。【サモンアンデッド】」
続けてダークマドウはスケルトン軍団を召喚した。
ただでさえ厄介なドラゴンゾンビに加え、10数匹のスケルトン軍団。
流石にカリーとシルクには荷が重過ぎる。
一方、カリー達の援護に向かったフェイルとバンバーラは、再び襲い掛かって来たエンシェントドラゴンゾンビにそれを阻まれ、カリーの援護には向かえないでいる。
つまり、作戦は失敗した。
フェイルは、バンバーラから支援魔法を受けてステータスを更に上昇させると、再び襲い掛かってくるエンシェントドラゴンゾンビを迎え撃つ。
「サンキュー、バーラ! バーラは周りの雑魚を頼む。」
「わかったわ。無理しないでね、フェイル。」
再び始まる命がけの戦闘。
だが……結果は悲惨だった。
カリーはシルクと背中を合わせ、押し寄せるスケルトン軍団に苦戦しており、更に横から吐かれるドラゴンゾンビのブレスによって大ダメージを受けてしまう。
圧倒的物量の差。
作戦が失敗した今、この戦場は絶望しか残っていない。
そして戦闘が始まって10分も経たない内に、カリーとシルクは瀕死となっていた。
だが絶望的状況は、カリー達の所だけではない。
身体強化されたフェイルではあるが、エンシェントドラゴンゾンビの相手だけでも厳しく、加えて横からダークマドウの攻撃魔法が飛んでくるものだから、かなりの劣勢を強いられている。
バンバーラはそんなフェイルを援護しつつも、地面から現れ続けるスケルトン軍団の相手をしていたのだが、前衛がいないため敵に接近され、少なくないダメージを負っていた。
「シルク……まだいける……か?」
「あぁ……全然……元気だ。俺に任せて休んでもいいぞ。」
4人の内、やはりカリーとシルクのダメージが一番大きく、もはや後一撃でも攻撃を受ければ死ぬほどの状況だった。
しかし、二人の闘志は消えていない。
カリーは剣を杖代わりに地面に突き立てると、なんとか倒れずに迫りくる敵を迎え撃つ。
たがその光景を見続けているローズは、既に限界だった。
「もうやめてぇぇぇぇ!! 私はいいから、私は大丈夫だから!」
ダークマドウの脇で叫ぶローズ。
その声が二人を蘇らせる……といいたいところだが、二人はその声に応える事もできない状態だった。
(くそ……俺に、俺にもっと力があれば……頼む、何でもいい。俺に力をくれ!)
それでもカリーは、何とか迫って来たドラゴンゾンビに一太刀を浴びせて、遂に一匹倒してみせる。
だが、まだドラゴンゾンビは一匹残っており、その後ろにはスケルトン軍団が待ち構えていた。
そんな絶望的な状況の中、最後の力を振り絞って攻撃したカリーは意識を失いそうになり倒れかかるが、それをシルクが受け止める。
「しっかりしろ、カリー! 後少しだ! 後少しで奴を……。」
シルクが必死に声をかけるが、既にカリーの意識は朦朧だった。
連戦に次ぐ連戦、そしてここに来てシルクを庇いながらの戦闘。
相次ぐダメージにより、カリーの損傷は大きく出血も酷い。
このままでは放っておいても死ぬかもしれないと、誰の目にも明らかだった。
それを見たローズは遂に決心する。
「カリー!! あのね!」
突然ローズが叫んだ。
その声を聞いたカリーはなんとか意識が留める。
「私ね! 夢があるの! それってね、カリーがいないとダメな事で……。私ね、カリーと結婚して小さな家で二人で暮らしたかった! それが私の夢よ! でもね、もう一つ夢があるの!」
「いきなりなんだ! うるさいぞ!!」
叫ぶローズの腹を殴るダークマドウ。
しかし、ローズはその声を止めない。
「私のもう一つの夢はね、カリーが夢を叶える事なの! だから、あなたは生きて! あなたが生きていれば、私は死なない。私はカリーの夢と一緒に生き続けるわ!」
「黙れと言っているだろう!」
再び、ローズの髪を引っ張りつるし上げるダークマドウ。
それでもローズの声は止まらない。
「忘れないで! カリー! 私の想いを! あなたを愛してる私の気持ちを!!」
その時、急にローズの体が赤く発光した。
その必死な叫びを聞いたカリーは、霞がかかった目でローズを見つめる。
その瞬間、嫌な予感がカリーを襲った。
「や、やめ、やめろ、ローズ!!」
なんとか声を絞り出して叫ぶカリー……しかし、ローズには届かない。
「あなたに出会えて……幸せだったわ、カリー。さようなら……私の愛する人……【ミガッテ】」
ローズは最後にカリーの大好きだったその笑顔を見せると、破滅の呪文を唱えた。
その魔法は、自分の生命力を使って自爆する最低最強の極大魔法。
体外の精霊の力を行使する魔法と違い、これは自分の体内の生命力で発動する。
そしてこれだけが、魔法を封じられていたローズが唯一使える魔法だった。
「や、や、やめろ! い、いますぐ……。」
ダークマドウがそう言った瞬間、
ーーローズは、己の命と引き換えに大爆発した。
とてつもない轟音が辺りに響くと、ローズを中心に赤い薔薇の形をした煙が立ち上ると一瞬でダークマドウを消し去った。
そしてその魔法はそれだけにとどまらず、爆心地から赤い光が広がっていく。
すると、その光を浴びたアンデッド達は一瞬で溶けて消えていった。。
これはフェイルとリンクした事で、ローズに宿った勇者の光の力【慈愛の光】
その光は邪悪なるものを滅する力を有しており、爆発と共に広がった光は、その場にいる全てのアンデッドを消滅させた……エンシェントドラゴンゾンビを除いて。
その光を浴びたエンシェントドラゴンゾンビは、当然他のアンデッドと同じ様に体が溶けていったが、元の能力が高すぎて消し去るには至らない。
だが、フェイルはその隙を見逃さなかった。
何が起こったかは分かっている、だが、今はそれを考えている時間が惜しい。
ーー故に
「悲しみは……悲しみはいつまで続くんだぁぁぁぁ!!【ディバインチャージ】」
フェイルは勇者の光を発動させると、限界まで身体能力を向上させ、剣には青き光が灯る。
そしてそれをエンシェントドラゴンゾンビに放った!!
「ギュアァァオォォォォ!!」
断末魔と共にその体を塵に変えたドラゴンの王の成れの果て。
その叫びが消えた瞬間、辺りは静まり返る。
ーーそして……
「ローズ……ローズ!! なんでだよ! なんでなんだよ! やめろ! やめてくれ! こんなの嘘だ! ローーズウウウゥゥゥゥーー!!」
静まりかえった戦場に、カリーの悲しみに満ちた叫び声が響き渡った。
カリーの脳裏に浮かぶのは、ローズの最後の笑顔。
そして走馬灯のように、今までのローズとの日々が脳裏を巡る。
笑ったローズ、泣きまねをするローズ、悲しそうに笑うローズ……。
色んな表情はあるが、思い浮かぶのは全てローズの笑顔、そう、カリーが命を懸けて守りたかったものだ。
「カリー……大好きだよ」
「こっちだよ~だ! 悔しかったらここまでおいでぇ~。」
「カリー、ねぇカリーってば! 聞いてるの?」
「ねぇいつかさ……ん~ん、なんでもない。なんでもないってば!」
「あのさ……カリーはさぁ、将来の夢ってある?」
その思い出の一つ一つがカリーの心を深くえぐり続ける。
もうローズはこの世にいない。
一生守ると誓った。
ローズの為ならこの命なんて惜しくはなかった。
ずっとローズの笑顔を守りたかった!!
あまりの喪失感からカリーは膝をつくと、そのまま意識を手放した。
そして隣にいるシルクもまた放心状態になっている。
「ローズが……死んだ? 私のせいだ……全て私の判断がこの結果を……。夢なら覚めてくれ。頼む、夢なら覚めてくれよ……。」
焦点の合わない目でシルクは呟き続けている。
彼もまた、目の前で最愛の妹を失った事で自我を保てなくなっていた。
そして心に残るは自分への怒り……だが、それを発奮する気力も最早尽きている。
「フェイル……フェイルゥゥゥーーー!!」
エンシェントドラゴンゾンビを倒したフェイルの下にバンバーラが泣きながら抱き着いて来た。
フェイルはそれを黙って抱きしめる。
「俺は……また救えなかった。お前たちだけにはこんな思いはさせたくなかった!!」
後悔の念がフェイルの心を押しつぶす。
幾度となく経験してきた悲しみの渦。
二度とこんな悲しみがないように、今まで精一杯戦い続けてきた。
しかしそれでもまた同じ事が繰り返されてしまう。
一体自分は何なんだ?
勇者ってのは何なんだ?
自分が勇者で本当にいいのだろうか?
そんな疑問がフェイルの胸を覆いつくす……。
こうして戦いは終焉を迎えた。
ローズの命がけの想いが全てを終わらせた。
深い悲しみと静寂を残して……。
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