第24話 激闘(フェイル)

【フェイル視点】



(くそっ! 遅かったか……だが、今はそっちに気を回している余裕はないな。)



 フェイルの目の前に聳え立つ(そびえたつ)は巨大なドラゴンゾンビ。

 そいつは威圧を込めた咆哮を吠えた以降、動きをみせてはいない。

 普通に考えればそれをチャンスと思うところだが、フェイルは違った。



(こいつ……記憶まで復活しているのか?)


 

 そいつは攻撃こそしてこないものの、先ほどから周囲を何度も見渡し、そして己の姿を見て固まっている。

 その行動から考えられる状況は、復活後の記憶の混濁、そして現状確認といったところか。

 それはつまり、この化け物は生前の記憶を有した状態で復活した可能性が高いという事。


 一応ダークマドウが命令しなければ攻撃してこない、と言った可能性も考えられるがそれはないだろう。

 それならば、ダークマドウが何も言わずこいつから離れる訳がなかったからだ。


 となればやはり最初の推察とおり、こいつは今、高速度で今の状況を把握している。

 とはいえ、どう考えても攻撃するならば今がチャンスなのも変わりなく、もしも勇者の力が使えるならばフェイルは迷わず攻撃しただろう。


 しかしその力を使えない今、攻撃を仕掛けるのは危険すぎる。

 中途半端な攻撃を仕掛ける事でその化け物を刺激し、無差別に暴れられたら目も当てられない。

 少なくとも、カリー達がこの場からもう少し離れるまでは攻撃を控えるべきである。



 そして時は来た。


 

 遂にエンシェントドラゴンゾンビが、その巨大な体を上げて動きだそうとする。

 このままこいつをカリー達の所に行かせるわけにはいかない。

 注意を引くなら未だ。



 そう判断したフェイルは。自分より100倍以上巨大な化け物に向かって駆けだす。

  

 

 俺にこいつがやれるか?

 いや、やれるかやれないかじゃない、やるんだ!

 ならばどうする? 決まっている。

 自分のステータスを信じて叩き斬るだけだ!!



「くらいやがれ!!!」



 不意を突いた渾身の一撃がドラゴンの右足に命中する!

 しかし、その攻撃は大きな衝撃音がその場に轟かせたものの、骨を砕くどころか傷一つついた様子はない。

 むしろ攻撃を放ったフェイルの方が強く弾き飛ばされてしまった。



「まじかよ……頑丈すぎだろ!? やれるか? いや、やる必要はない。注意が俺に向けばそれでいい。」



 フェイルは想像以上に自分の攻撃が通らなかった事に驚愕するものの、それに絶望することなく自分の役目を果たすと決める。


 正直、今の状態で自分がこの化け物を単独で倒せるとは思っていない。

 できる事があるとすれば、そいつに自分を敵と認識させて少しづつこの場から遠ざけることだけだ。

 

 だが問題は、逃がそうとしていたカリー達がダークマドウ達と相対している事。

 フェイルは、もし自分が二人いるならば……と一瞬どうしようもない考えが頭をよぎるが、直ぐに頭を横に振る。



「あいつらは俺を信じた。……なら、俺も信じるしかないだろぉぉ!!」



 今度は空高く飛び上がり、エンシェントドラゴンゾンビの頭部目掛けて攻撃を仕掛けるのだが、流石にさっきの一撃でフェイルを敵と認識したのか、目の前に迫るフェイル目掛けてその大きな口を開いた。



「まじかよ!? やばっ!!」



 まだ油断している隙があるならば後一撃くらいはいけると判断したフェイルだったが、直ぐにそれが誤りだと気付く。

 空中に飛んでしまったフェイルは逃げ場を失ったため、その場で攻撃をキャンセルして盾を前に構えた。



ーーその瞬間、化け物の口から、禍々しい暗黒の炎が放たれる!!



「ぐあぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



 咄嗟に体を半身にして盾を前に突き出すフェイル。

 なんとかそれで迫りくるブレスを反らそうとしたが失敗した。

 巨体から放たれるブレスは、威力、範囲共にが規格外すぎて完全に反らす事はできない。

 そして、その衝撃からフェイルは遠くまで吹き飛ばされてしまった。


 ダークブレスの威力は、普通なら簡単に盾を貫通し、その身を一瞬で塵に変えてしまう程の破壊力だった。

 それにもかかわらず吹き飛ばされただけで済んだのは奇跡に近い。

 しかし、これは奇跡なんかではない。

 この時フェイルが翳した(かざした)盾は普通の盾ではなかったからである。


 その盾こそ、神器と呼ばれる伝説の装備の一つ【水鏡の盾】

 その神器が持つ特殊効果は、魔法やブレスの威力を激減させるもの。


 それでもフェイルのダメージは大きい。

 神器の特殊効果でブレス直撃によるダメージこそ激減されたが、そもそもの威力が普通のブレスと違い過ぎて、それでも普通のブレス直撃位のダメージは残った。

 それに加えてブレスの余波で吹き飛ばされ、地面に激突したダメージもバカにできない。


 

 数カ所骨折と、全身が焦げたかのように感じる激痛



 たった一度のブレスで、フェイルは瀕死になってしまった。

 


 それは正に空の王者による渾身の一撃。

 アンデッドになった事で闇属性が加算されたブレスは、生前以上の威力があった。

 やはりシルクが危惧した通り、この化け物の力は生前と遜色ない……むしろ強化された状態といって過言ではない。



「ぐっ……【ハイヒー……】だめだ、これもまずいか。」



 フェイルは、体を直ぐに起こして回復魔法を唱えようとしたがやめる。

 唱えようとしたハイヒールは、勇者固有の魔法ではない。

 しかし聖なる魔法には違いないため、それが勇者の力に関係していないとは否定できなかった。

 安易にそれを唱えた結果、「ちょっと回復したら姫様が亡くなっていた」じゃ笑えない。



 代わりにフェイルは、用意していたハイポーションの一つを口に流し込む。



「プハッ!! はぁはぁ……なんとか痛みは引いたか。しかし、回復薬は後2本。まじでやべぇなこりゃ。一撃かするだけでこれかよ。って、そんな事を言っている場合じゃなさそうだ!」



 エンシェントドラゴンゾンビは今のブレスでフェイルを倒したと思ったようだ。

 視線をフェイルからカリー達がいる方へ移している。


 どうやら化け物は状況を大分把握したらしい……自分は一度死に、そして復活したと。


 その証拠に再びそいつは咆哮をあげるも、さっきとは違ってそれに威圧は込められていなかった。


 それは、再びこの世に戻れた事への歓喜の叫びなのか?

 それとも、アンデッドの姿で蘇ってしまった事に対する悲痛の叫びなのか?


 こればかりは誰にも分らない事だが、一つだけ分かる事がある。

 そこにいるのは、世界の三分の一を破壊したドラゴンという事。

 つまり、人類にとってこいつは避けられない脅威を意味する。

 言葉が通じるかはわからないが、どう考えても話し合いでどうにかなる可能性はない。


 

 だからこそ、フェイルはすぐに立ち上がる。

 目の前の化け物相手にどれだけ時間を稼げるかはわからないが、やらなければ全員死ぬだけだ。



 やるしかない!



「さて! 行くぜ! 第二ラウンド!」



 フェイルはエンシェントドラゴンゾンビの後方に素早く回り込むと、今度は足だけでなく、翼と胴体にも連撃を加える。


 当然相手もただ攻撃を受けるだけではなく、何度も爪で反撃してきた。

 しかしフェイルはそれを紙一重で躱し続ける。


 もし一度でも直撃すれば、大ダメージは免れないだろう。

 かつてないほどに全神経を集中するフェイル。


 一方、エンシェントドラゴンゾンビは、敵(フェイル)への認識を変えていた。

 目の前の小さき者は、さっきの一撃で確かに倒したはず。

 しかし、なぜか今こうして攻撃をし続けている。

 その一撃こそ大したダメージではないものの、何度もボコスカ攻撃されることに苛立ちは隠せない。


 生前ドラゴンの王であったその化け物もただ体を振り回しているわけではない。

 フェイントを攻撃に織り交ぜながら反撃をしていたのだ。


 だが、当たらない……。


 目の前の小さき敵(フェイル)は自分の攻撃全てを躱し続け、少しづつだがこの体にダメージを残してきている。



 その動きを見て、生前戦ったあの勇者を思い出した。

 あの時も、こんな感じだった。

 力は自分の方が圧倒的に上であるにもかかわらず、その攻撃が殆ど命中せず、逆に少しづつダメージを負った自分が最後には倒されてしまう。


 油断してはならない。

 こいつは、あの時に戦った勇者と同等の力を持っている。


 だがそう考えると同時に、エンシェントドラゴンゾンビは違和感も感じていた。


 昔戦った勇者は、魔法やスキルと呼ばれる技を要所要所で使っていた。

 だが、目の前の敵は今のところ全くそれを使わない。

 自分の隙を窺っているのか、それとも、ただ単純に使えないだけなのか?

 それがわからない内はブレス等の大技を放つのは危険だと判断した。



 一番警戒するべきは、一撃必殺のカウンター。



 それこそが自分が最後に敗れた時の技。

 勇者は自分ブレスを反射すると、青白い光の篭った斬撃を放ってきた。

 あれをもう一度食らえば、あの時の二の舞になってしまう。


 その警戒もあったが故に大技は飛んでくることがなく、フェイルはなんとか互角にやり合う事ができていた。

 それでもフェイルの攻撃がほとんど相手に効いていないのも事実であり、現在の状況は膠着状態と言っていいだろう。

 

 とはいえ、一撃でもまとも食らえば、そのまま即死する可能性もあるフェイルの方が劣勢ではある。


 まさにギリギリの戦いだった。

 既にフェイルは、カリー達の状況すら確認する余裕はない。

 だが今はそれでいい。

 

 このままこの状態をキープできさえすれば、カリー達がダークマドウを切り抜けて街に戻る事ができる……できると信じている。


 それであれば、このままこいつの注意を自分が引き続けるだけ。


 そう信じたフェイルは再び剣を強く握り締しめ、紙一重の戦いを挑み続けるのであった。

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