第25話 英雄、再び

【カリー&シルク視点】


 

 フェイルがエンシェントドラゴンゾンビと死闘を繰り広げる中、カリー達もまた多勢に無勢の状況の中で死に物狂いで戦い続けている。



「姉さん、俺の方はいい! 王子の逃げる道を作ってくれ!」


「やってるわよ! でも……でも全然減らないのよ! これじゃきりがないわ!」



 未だにカリーは、敵の総大将であるダークマドウに近づくことすらできないでいた。

 だが近づけたところでカリーにダークマドウを単独で倒せる程の力はない。

 それでも増え続けるアンデッドをどうにかするには、ダークマドウを抑えるしかなかった。


 いくら倒してもその数が一向に減らないスケルトン軍団。

 もう少し殲滅速度が上がれば敵の数も減ってくれるのだろうが、それは不可能だった。

 なぜなら、今回現れたスケルトン達がただの雑魚ではないからである。


 職業的役割をもったスケルトンは、普通のスケルトンより断然強い。

 更に厄介な事に、その中に上位種であるヘルスケルトンも混じっていたのである。

 そいつは6本の腕に剣を持ち、人間では不可能な手数で攻撃し、接近戦で倒すのは容易ではない。


 その為バンバーラは、先ほどからこの一番厄介なヘルスケルトンを狙い撃ちしている。

 それに加えてシルク達の援護も同時に行っているのだから、このメンバーの中で一番神経をすり減らしているのはバンバーラだろう。


 カリーへの援護が遅れればカリーがダメージを負い、一気に戦線が崩壊する。

 シルク達への援護が遅れれば、まともに行動できないローズがやられてしまう。


 正に八方塞りな状況。


 しかしそれでも今のところは、バンバーラの奮闘によって何とか戦線は崩れずにいる。

 それによってカリーが敵を大量の引き付ける事が成功し、シルクは敵の少ない方向に進めていた。

 


 絶望的な状況にありながらも、その実は作戦自体は成功している。

 少なくともシルク達は徐々にだが戦場から離れ始めていた。



「……ぐっ!!」


「お兄様!? 大丈夫ですか!!」


「あぁ、心配ない。かすり傷だ。それよりも急ぐぞ、勇者様達も長くはもたない。」



 シルクはローズを庇いながらも、少しづつ前に進んでいく。

 ゼンがシルクの周りの敵を倒しているお蔭で、シルクまで敵の刃が届くことは少ない……がゼロではなかった。


 前衛のゼン一人で目の前の大群を捌き切るのは不可能であるため、抜けてきた敵はシルクが相手にする。

 ローズを守りながら戦うのは厳しいが、それでも一、二匹程度のスケルトンなら造作なく倒した。


 ゼン程ではないが、シルクの戦闘力は他の隊長クラスの戦士と比べれても遜色はない。

 それに加えバンバーラの援護によって強敵が近づいて来ないのも大きい。


 そんな中、唯一何もできないでいるローズ。


 本来なら使えるはずの魔法が一切使えなかった。

 腕が動かせなくとも呪文さえ唱えれば魔法は発動するが、いくら呪文を唱えても魔法は発動しない。

 これもまた、ダークマドウがローズの体内に仕込んだ呪いが影響によるものであった。



 その為ローズができる唯一の事は、敵の位置や逃走経路を見つけてる事。

 ゼンもシルクも戦う事に必死で最適な逃走経路を探している余裕はない。

 常に戦場を広く観察したローズは、最も最適な逃走経路をシルクに伝える。



「お兄様、あちらの敵が薄くなっています。今なら強行突破できるかもしれません!」


「本当か!? よし、ゼン。すまないが俺は一時剣を収める。そしてローズを抱えて一気にかけるぞ。」


「はっ!! それでは私は王子の前で盾となりましょうぞ。なぁに、少しくらい攻撃されようとも、このゼンは倒れはしませぬ!」


「あぁ、信頼している。……よし、今だ!!」



 その声と共に、シルクは一気に駆け出した。


 向かう先は、自分達が馬を止めていた場所。

 そこまで行けば、この魔物達を振り切れるだろう。


 とはいえ、それでも目の前には10匹以上の魔物が待ち構えている。

 ローズを抱えたシルクが突撃したならば、一気に集中攻撃を受けて死んでしまうだろう。


 しかしそうはならない。


 なぜなら、ゼンが破竹の勢いで目の前の敵を蹴散らしていったからだ。



 ゼンは直線上にいる敵を【強化タックル】で蹴散らすと、その手に持つ巨大なバスタードソードを薙ぎ払って回転する。



 ゼンの奥義

 【真空回転斬り】



 それにより一瞬で周囲の敵を蹴散らすと、シルクは全力で走り出した。

 決死の逃走から数十分、遂にシルク達は魔物の包囲網を抜け、馬が木に繋がれている場所までたどり着いた。

 そこに着いた瞬間、シルクは抱えていたローズを地面に降ろす。



「抜けた!! 抜けたぞ! ローズ。」


「はい。直ぐに戻って応援を呼びましょう。カリー達が心配です。」


「そうだな、まぁ勇者様達も今頃撤退をし始めているはずだ。まぁなんにせよ、ここまでくれば一安心だな。」



 絶体絶命の危機を脱したシルクは、ここに来て初めてホッとした。

 まだ後方に敵は沸いているだろうが、ここまでくれば馬に乗って逃げ切れる可能性が高い。



「王子、まだ油断は禁物です。直ぐに馬の縄を切ります故、先にお乗りください。」


「あぁ、そうだな。よし、じゃあ先にローズを……。いないっ! ローズがいないぞ!? そんな馬鹿な!」



 シルクは馬にローズを乗せようと振り返ると、ほんの数秒前までいたはずのローズがいない。


 何が起こったかわからず困惑するが、直ぐに何が起きたかわかった



ーーその声で……。



「お兄様っ!! 逃げて下さい!」


「くくく……ふはははははは! シルク王子、探しているのはこれの事かな?」



 なんとそこにいたのは、振り切ったはずのダークマドウだった。

 そしてその手に抱えられている【これ】と呼ばれのは……最愛の妹ローズ。

 


 ダークマドウはシルク達が逃げ出している状況を見てこの場所まで先回りすると、シルクがローズを離した瞬間に呪いの鎖で引き付けたのだ。

 


(クソっ!! なんてざまだ。後少しで……。)



 その状況にシルクは動揺していたが、ゼンは違った。

 ダークマドウが声を発した瞬間には、駆け出して斬りかかる。



「もらったぁぁぁ!!」


「ふん。お前はいらぬな。」



 両者の声がシルクの耳に届いたその直後、大きな爆裂音が響き渡った。



ーーそして、ゼンがシルクに向かって吹き飛んでくる。



「ぐあぁぁはぁぁぁっ!」



 目の前で仰向けに倒れるゼン。

 その前方には片手を前に突き出しているダークマドウがいた。


 どうやらゼンの攻撃が届く前に、ダークマドウが強烈な魔法を放ったらしい。

 ゼンの体は黒く焼け焦げており、大ダメージを受けているのは明らかだった。

 


「ゼン!! しっかりしろ! きっさまぁぁぁぁぁぁ!」


「ふむ、脆弱。やはり特別なのは勇者だけであるな。さて、これも取り返した事だ、次は……。」


「待て!! 貴様が欲しいのは俺の命だろ! 俺を殺すのはいい、だが妹は離してくれ!」



 ゼンが一瞬で倒れたのを見て、シルクは一時怒りを抑えて嘆願する。

 この状況で斬りかかっても一瞬で殺されるのは火を見るより明らかだった。

 ならば自分の命を代償に交渉するしかない。



ーーしかし



「く……ふはははははははは! 愚かなり。無様なり。いやいや、笑わせてくれる。お前の命など勇者が現れた今、全く価値などない。必要なのはこれ一つで十分よ!」



 ダークマドウはそう言うと、ローズの髪を掴み上げて持ち上げる。



「お兄様、逃げて!」


「きさまぁぁぁぁ! ローズを離せ!!」



 シルクはそれを見て激怒し、剣を強く握り締めると斬りかかった。

 だがその剣はダークマドウの片手で掴まれてしまい、動かすことができない。



「ぐぐぐぐ……ローズを、ローズを助けるんだ!!」



 力一杯に剣を押し込もうとするシルク。

 しかし、悲しい事にダークマドウとシルクでは戦闘力が違い過ぎた。

 シルクの剣は、ダークマドウに掴まれたまま一向に動く気配はない。



「弱い……弱すぎる。お前如き魔法を使うまでもない。死ぬがよい。」



 ダークマドウの蹴りがシルクの腹部に直撃する。

 その勢いでゼンと同じように吹き飛ばされたシルクは、ゼンに覆い重なるように倒れた。



「もうやめてぇぇ! 私、死ぬわ!! お兄様を殺したら死んでやる!」



 ダークマドウはトドメを刺すべく、シルクから奪い取った剣を心臓目掛けて放とうとするも、その叫び声を聞いて中断した。



「物の分際で……いや、まぁいいだろう。そんな状況でどうやって死ねるかはわからないがな。」


「死ぬためにできる事なんていくらでもあるわ。例えば、このまま呼吸を止めれば……。」



 そういって、目を瞑って息を止めるローズ。



「馬鹿な事を! そんな事で死ねるわけなかろう。 何!? グッ……。」



 ダークマドウはローズの口を片手でこじ開けようとした瞬間、片足に鋭い痛みを感じた。

 視線を足に向けると、その足には一本の短剣が刺さっている。



「待たせたな、ローズ! お前は死なせない!」



 突然聞こえたその声にローズは目を開く。

 この窮地に現れたのは、全身傷だらけのカリーであった。 



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