第23話 エンシェントドラゴンゾンビ

 その姿は、一言で言うと巨大な龍の骨だった。

 それは全身から黒いオーラを撒き散らしながら、同時に悍ましい叫び声をあげる。



「グゥアアオオオオオォォォン!」



 その瞬間、付近の大気全体が大きく揺れた!

 そしてそこにいる全員の肌に鳥肌が立つ。

 本能が恐怖しているのだ、この得体の知れない強大な何かに!



「……なんだよあれ! と、とにかく逃げるぞ!」


 

 その姿を見たカリーは全身が震え上がりそうになるのを何とか堪えつつ、ローズを連れて逃げようとする。

 しかし、シルクはその叫び声を聞いた瞬間、尻餅をついて恐怖に震えた顔で呟いた。

 


「あ、あ、あ、あれは……。まさか、伝承にあるエンシェントドラゴンのアンデッド? ゆ、勇者様! あれは危険です。あれは、この世界にいてはいけない存在……国が……世界が滅ぶ!」



 この国の歴史を深く知るシルクは知っていた。

 あの巨大なドラゴンが、世界の三分の一を焼き尽くした事を。

 そして、かつて最強と言われた勇者と互角に渡り合った果てに何とか消滅した事を。


 通常、ドラゴンゾンビとは本来の強さにこそ劣るものの、その力は元の強さに大きく影響され、場合によっては生前よりも強い場合がある。


 そして、今回が違うとは思えない。

 その位、その化け物から発せられる禍々しいオーラは圧倒的だった。


 フェイルもまたその肌で感じるオーラから、相手がとてつもない化け物であるとわかる。

 もしもこれがアンデッドでなければ今のフェイルでも倒すのは難しいかもしれない。



ーーしかし、アンデッドだ!



 聖属性の勇者の力ならば、いくら元が強かったとはいえ、アンデッドに成り果てたドラゴンを倒す事はそれ程難しくはない。

 それこそさっき放とうとした全力のディバインチャージならば、一撃と言わずともかなりの大ダメージを与えることが可能



……なのだが、今はまずい。



 その力を解放すれば、ローズは死ぬ。



 それがわかるが故にフェイルは悩んだ。

 あの大きさであれば、逃げ切るのは無理。

 それであれば、自分が囮になっている間にローズ達を逃す事が最善だ。


 どの位距離が離れればローズの呪いが反応しなくなるかはわからない。

 しかしかなり離れたならば、もしかしたら勇者の力を使えるかもしれない。


 そこまで思考を巡らせたフェイルであるが、その思考を読み取ったが如くダークマドウが最悪な事を口にした。



「くくく……。だから無駄だといったであろう。勇者とその娘は既にリンクしている。どれだけ離れていようと、貴方が勇者の力を使った瞬間にその娘は死ぬであろう。つまり、これからお前はずっと勇者の力を封印されたまま戦わなければならぬ。と言っても、この先はもうないが。」



 その言葉の意味を理解したフェイルは、初めて顔を青く染めた。

 それが事実ならば、正に絶対絶命な状況である。



ーーしかし!



「ブラフだ! フェイル! そんな話を聞く必要も無ければ、信じるのも無駄だ。それにそれが事実であっても、先に呪いを解呪すれば良い。それにもう直ぐ姉さんも来る。……俺が囮になるから、ローズとそこの王子を連れて逃げてくれ!」



 ダークマドウの言葉を聞いてカリーは叫ぶ。

 そして、その時ちょうどバンバーラも合流した。



「フェイル……行って! ここはあたしとカリーが引き受けるわ!」



 突然戻ってきた姉の言葉にカリーは焦る。

 正直、ここに残ると言う事は死ぬ事を意味した。

 当然カリーはそれを理解しているし、覚悟もある。


 だが姉さんが自分と共に死ぬことだけは許容できない。

 姉さんは、平和になった世界でフェイルと幸せに生きるべきだ!



「姉さん! 姉さんはダメだ! フェイルと一緒にローズを守ってくれ!」


「何言ってるのよ! あんたみたいな愚弟を置いて行ける訳ないでしょ!」



 しかしバンバーラもまた、カリー1人に化け物を押し付けて逃げる事などできない。

 まさに二人の言葉は平行線だった。



「なぁ、お前ら。あんまり俺を舐めるなよ? 勇者の力が無くても、お前達が逃げる時間くらい俺は稼げる。いや、俺じゃないとあいつの相手は無理だ。それにカリー。お前の役目はなんだ? 魔王軍幹部を倒すことか? あの化け物を倒す事か? 違うだろ、お前が今回やるべき事はただ一つ。姫様を守る事だ。だから……行け!! 行くんだよ! 何をしている! 早くしろ! バーラもだ!」



 それだけ言われてもカリーはまだ悩んでいる。

 しかし、バンバーラは違った。

 フェイルの言葉と決意を信じる事にした。

 それであれば足手まといにならない為にも、この愚弟を連れて直ぐに離脱しなければならない。



「……行くわよ、カリー。一秒でも時間を無駄に出来ないわ!」


「だけどっ!!」


「いいから走りなさい! ローズちゃんを死なせたくないでしょ! それに私達が逃げなければ、フェイルの足枷になるわ!」


「くそっ!! わかったよ、だけどローズを安全な所に連れて行ったら必ず俺は戻るからな!」


「その時は私も一緒よ。」



 バンバーラはこんな時にも関わらず、悪戯な笑みを浮かべた。

 そしてカリーもまた、冷やせをかきながらもフッと笑い、再びローズを抱えて走ろうとする。



ーーだか……



「これだから人は愚か。見るに堪えない。だから……死ね!」



 突然カリーの目の前に黒い炎が飛んできた!



「危なっ!! ローズ!! 大丈夫か!?」


「私は平気よ、カリー。……それよりも。」



 咄嗟の攻撃をギリギリでかわすカリー。

 しかし問題はそこでは無かった。

 なんと、いつの間にかダークマドウはカリーの行先に立ち塞がっていたのである。



 後方にエンシェントドラゴンゾンビ。

 前方にダークマドウ。



 いつの間にかカリー達は、二つの脅威に挟まれていた。



「くそっ! 悪りぃ! 俺の判断が遅いばっかりに!!」


「くくくくくっ……さぁ、パーティの始まりです。サモンアンデッド!!」



 その声と共に、今度はダークマドウの周りに



 スケルトンソルジャー 

 スケルトンメイジ

 スケルトンガーディアン

 ヘルスケルトン



 等の魔物達が突然地中から大量に現れた。



 それを見て、再びカリーの額から冷たい汗が流れ落ちる。



「王子! 悪いがローズを頼む! 俺が道を開くから、ローズを連れて逃げてくれ!」



 本来ならば一時でもローズを離したくは無かったが、この状況でそんな事は言っていられない。

 今、この場をどうにかするには自分が突破口を開くしか無かった。

 そしてカリーの決意を感じたシルクもそれに応える。



「……わかった。ローズは必ず私が守ると誓ってみせよう! この命を懸けてな! ローズ歩けるか?」


「腕は動かせないけど歩けるわ。……でも、カリーが……。」



 不安のこもった目でカリーを見つめるローズ。

 そこにいる最愛の人が、自分の為に命を捨てようとしている事に気付いていた。



 しかし、それをシルクは切り捨てる。


 否っ!

 

 同じ相手を大切に思う気持ちを信じた。


「あいつは今、お前の為に命を懸けようとしている。それはお前が何よりも大切だからだ! そして私もまた、お前を救う為ならこの命など惜しくはない! 俺たちの決意を無駄にしないでくれ! だから……行くぞ! ゼン! 周囲の敵はお前に任せる! 私はローズを守りながら進む!」



 そのシルクの気迫に押され、ローズは涙を流しながらも頷く。

 そしてゼンは全身から迸る(ほとばしる)ほどの熱量で声を上げた。



「仰せのままに! 行くぞ、アンデッド共!」



 その掛け声と共に、ゼンはシルクの前の敵に攻撃し始め、カリーもまた、ダークマドウに向けて突撃する


……といっても、他の魔物が邪魔をしてダークマドウには辿り着くのは難しかった。



 その時、カリーを囲むスケルトン達が燃え上がる。



「ゴンベギラ!!」



 バンバーラが魔法を放ったのだ。

 そう、ここには最強の賢者がいる。


 とはいえバンバーラもまた、この状況がどれだけヤバいかを理解していた。

 最悪カリーと共に死ぬかもしれない。



(ただでは死なないわ! 少なくともフェイルよりも先に死ぬわけにはいかない! もう二度と……あの人に失う悲しみを与えたくない!)



 心の中でそう叫ぶバンバーラ。

 しかし、そんな様子も見せずに強気な態度をカリーに示した。



「カリー、援護は任せて! まずは目の前の敵を一匹づつ倒すのよ! それとシルク王子は敵が少ないところを進んでいって! 道は私達が作るわ!」


「恩にきる!」



 それが簡単な事ではない事をシルクもわかっている。

 しかし、自分と同じく命懸けで戦う彼女に言える言葉はそれだけだ。



 そんな状況の中、守られる事しか出来ないローズは、深い悲しみと無力感がその心を覆い尽くすと崩れ落ちそうになる。



「お姉様……それにカリー……ごめんなさい。」


「泣き言は後にしろローズ! みんなの意思を無駄にするな! お前は俺が絶対守る。行くぞ!」


「……はい!! お兄様!」



 それでもこれ以上足手纏いにはなりたくない為、ローズは流れ落ちる涙を拭って立ち上がった。


 こうして戦いは最終局面に突入する。


 カリー&バンバーラ vs ダークマドウ

 フェイル vs エンシェントドラゴンゾンビ


 どちらも絶望的な戦いであるが、まだ誰の心も挫けてはいない。

 それぞれの想いを胸に、ここに負けられない戦いの火蓋が切って落とされるのであった。

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