第22話 ローズの英雄

【カリー視点】



 カリーは龍の巣穴の中を進み続けていくと、遂にその目に人の姿をした者が倒れているのを視認する。

 とはいえまだかなり離れていることから、それがローズであるかどうかまでわからない。

 だが少なくとも岩盤に潰されたりしている様子は見受けられない事から、少しだけ安心した。



「この先の大広間……の中心? なぜこんなところにローズが放置……!?」



 大広間に入った瞬間、カリーは後方にジャンプして元の通路に後退する。

 なぜならば、その広間の地面には今まで見た事が無いほど巨大な魔法陣が敷かれていたからだ。

 それはどう考えても罠の類だと感じ後方に避けるも、足を付けたはずの魔法陣は何も反応を示さない。

 

ーーだが、それよりも残念な事が目に映る……



「くそっ! ローズじゃない!! それに何だよこの魔法陣は!」



 カリーは思わず叫んだ。



 なんと魔法陣の中央に倒れていたのは、最愛のローズではなく、ずんぐりむっくりしたオッサン。

 その男は外傷こそ見受けられないものの、激しい苦悶の表情のまま固まって動かない。


 当然カリーはそこで倒れている男が最低のクズ大臣であるズークと気付いたが、直ぐに魔法陣に飛び込んで助けようとはしない。



 ローズ救出が最優先の状況で、こいつをこの場から連れ出す必要はあるだろうか?

 ローズの事で何か聞ける可能性もあるが、正直生きているかどうかすら怪しい。

 魔法陣が反応しなかったのは、一瞬だけしか触れていないためかもしれないのでリスクが高い。



 カリーは数瞬の間、思考を巡らせると直ぐに決断した。



「こっちの反応がコイツなら、ローズは東に向かっている。こいつに構っている暇はない!」



ーーーそして。カリーはズークを見捨てる事を決めたその時だった……



 突然、ズークの体から黒いモヤが沸き上がってくると、今まで全く反応していなかった魔法陣が光り始める。

 それと同時に洞窟全体がゴゴゴッ……という地響きのような音を立てて揺れ始めた。



「まずい!! やはり罠だったか!」



 この魔法陣が一体なんのかはわからないが、カリーは今の自分がかなり危険な状況である事を察知する。

 そしてそれの感覚はやはり正しく、龍の巣穴は崩れ落ち始めた。


 現在地から東側の一番近い出入口まで、急いでも5分。

 間に合うか間に合わないかはわからないが、カリーは急ぎローズの反応がある東口に向かって駆けだすのであった。



【フェイル視点】



「どうやら始まったようだな。」


 

 遠くから鳴り響く爆発音を聞き、フェイルはカリー達が作戦を開始した事を知る。

 フェイルは二人に全幅の信頼を寄せていることから、そっちの心配はせずに自分のやるべきことに集中して周囲への警戒を強めていた。


 しかし、隣に立っているシルクは違う。

 その音を聞いた瞬間に、その顔色を青白く染め始めた。



「そ、そのようですね。……しかし、本当に大丈夫でしょうか?」


 

 シルクは不安だった。

 今の爆発音であれば山が崩落してもおかしくなく、当然ローズが生き埋めにされる可能性が高い。

 それを一瞬でも想像してしまったため、動揺が表に出てしまった。



「あぁ、心配ない。カリーとバーラなら間違いは犯さないだろう。それよりも、王子。お前の方こそ、しっかりしろ。魔族が現れた時、俺が必ず守れるとは断言できないからな。」



 フェイルは自信をもってそう言い放つと同時に、他人の事よりももっと自分の事を心配するべきだと告げた。



「それにつきましては、私が全力で王子をお守りしますので御安心ください。勇者様は、勇者様のすべき事に集中していただいて問題ありませぬ。」


「はい。私も今自分にできる事を精一杯やるつもりです。勇者様から見れば、私達はただの守るべき弱者としかみれないでしょう、しかし自分の身くらいは自分で守る術を得ております。」


「ならいいんだが……。まぁ、とりあえず油断だけはしないでくれよ。」


「はい。ご助言ありがとうございます。」



 その二人の言葉をフェイルは信用できなかった。

 それもそのはず。今まで本物の魔族や強敵と対してこなかった者達の基準では、何の担保にもならない。

 しかしそんな事を今更言っても仕方ないので、とりあえず警戒を強めるのであった。



 それからしばらくして、3人は自分達がいる東側の穴二つを警戒していると、今度はさっきまでとは違う地鳴りのような音が辺りに響き渡ってくる。



「どういう事だ? バーラが……いや、それはない。最後の爆発音から時間が経ち過ぎている。ということは……中で何かあったか……? 二人とも警戒してくれ、それと多分山から岩が崩れ落ちてくる。もう少し後方に距離を取ってくれ!」



 不測の事態ではあったが、フェイルの反応は速い。

 しかし場慣れしていないシルクは、今起きている状況よりも山は崩れないと言っていたのにそうならなかった事に怒りを表した。



「勇者様!! どういうことですか! 話が違うではありませんか!!」


「言ってる場合か!! それにこれはバーラの魔法の影響じゃない。断言する。そんな事よりも何か嫌な予感がするぞ。山の中から闇のオーラが漂って来やがった。ゼン! こいつを連れてもっと後方に下がれ。文句も拒否もなしだ! 早くしろ!」



 シルクはフェイルに噛みつこうとするが、相手にはされない……いやそんな事をしている場合ではなかったのだ。



(この感覚は……かつて邪龍と呼ばれる魔王軍幹部の一人と相対した時と似ている。)



 その様子を見たゼンは、まだ文句を言い足り無さそうなシルクを抱え込むと急ぎ後方に下がる。

 そしてフェイルの予想通り、その数秒後には山が内側から崩落していき、東側にある穴の一つも完全に潰れるのであった。



 ……その時、穴の中から二つの影が現れる。



「出てきやがったな、ダークマドウ! それと隣にいるのは……。」


「ローズ!! 無事だったか!! ローズぅぅぅぅ!!」



 フェイルがダークマドウを発見し臨戦態勢に入ると、少し後方に離れた先でシルクが叫んだ。

 その声に気づいたローズもまた、大きな声を張り上げて何かを伝えようとする。



「お兄様!! お願いです! 逃げて下さい! 早くしないと……早く逃げないと大変な事が!!」


「そんな事知るか! 今助けに行く、そこで待ってろ! おい! 貴様、今すぐ妹を解放しろ!」



 ローズの声にシルクが答えると、ダークマドウは高らかに笑った。



「ふはははは!! 来たか勇者。そして哀れな王子よ。今更現れても遅いわ。もはや勝敗は決しているぞ。」



 ダークマドウがそう宣言した瞬間、フェイルは剣を抜き、疾風の如く駆け出した。

 それと同時に剣に青い光が宿ると、剣全体がダークマドウを滅するべく眩しく光り輝く。



 フェイルは考えていた。

 もしもダークマドウと姫が穴から出てきた時、どうすれば一番いいか。

 それは奴を見た瞬間に接近し、姫に危害を加える前にダークマドウを消滅させること。

 時間を与えれば与えるだけ、人質を上手く使われる可能性がある。

 ならば、その時間を与える前に倒すだけ。


 

 予め想定していた場面であるがゆえ、フェイルの行動は早い。

 フェイルがこの時使おうとした技は「ディバインチャージ」と呼ばれる勇者固有の技。

 それは、己の力と知力を合わせた威力となるフェイル最強の必殺技だった。

 魔王軍の幹部とはいえ、フェイルの全力のディバインチャージをもってすれば、確実に一撃で仕留めることができる。



 それだけの威力がこれにはある。



ーーしかしその瞬間、思いもしない事態が起きた。



「キャっ! キャアアァァァァァ!!!」



 後少しでダークマドウに一撃を食らわせられる射程距離に入ろうとしたところで、突然、何もされていないはずのローズが激痛に悶えた声を上げたのである。


 それと同時にダークマドウが口を開いた。



「それを放った瞬間、こいつは死ぬぞ。それでもいいなら、やるがいい。」



 その言葉を耳にした瞬間、フェイルは技の発動を中断し後方に大きくジャンプする。



「貴様!! その子に何をした!?」


「ふふふ、それで正解だ勇者。私に攻撃しなくとも、その勇者の光を後2秒でも発動させていたら、この娘の心臓は爆発していただろう。」


「俺は何をしたかって聞いてるんだ!!」


「いいでしょう。教えてしんぜよう。この娘の心臓には私の呪いが宿っている。それは勇者の光を感知すると、心臓が破裂する呪いだ。つまり、この子を死なせたくなければ、あなたは勇者の力を使ってはいけないという事。お判りいただけたかな? ふはははははは!!」


 

 勝ち誇ったように高笑いを続けるダークマドウ。

 ダークマドウとしては、これを告げる事にこそ意味がある。


 もしも何も説明しなかったら、姫が死ぬとわからずにそのまま攻撃を続け、自分が消滅する未来もあった。

 だが、その秘密を暴露した今は違う。

 今代の勇者についてかなり調べたが、この勇者は心が優しすぎる。

 つまり、これこそがダークマドウにとって一番の秘策であった。



 一方フェイルは、予想外の事態にかなり焦っていた。

 勇者の力を使えない、それすなわち、勇者として得た攻撃手段全てが使えないという事。

 当然、素のステータスも非常に高いフェイルではあるが、勇者の力が使えると使えないでは、概ねその戦闘力は3分の1くらいまで下がると言っても過言ではない。


 そうなれば、とてもダークマドウを瞬殺するのは難しいだろう。 

 だがそれよりも、カリーに自分と同じ苦しみを味合わせる訳にはいかかった。

 大切な者を亡くす消失感は、とてつもなく辛い苦しみを与え続けてしまうのだ……自分がそうであるように。

 それだけは避けなければならない。

 故に考える時間を確保するために、一旦後方へ下がったのである。



 だがその瞬間、フェイルに注意がいっていたダークマドウの隙をついて、一つの影がその後方の穴から飛び出てきた。



 カリーだ!



 カリーは隠密スキルを使いながらダークマドウの後方から急接近すると、ローズを肩を掴んでそのまま距離を取って逃げる。

 一瞬の隙をついたカリーの行動は、ローズの救出を成功させた。



「何だとっ!?」



 突然、ローズが奪われた事に驚くダークマドウ。 

 ダークマドウは反射的に魔法を放ちそうになるも、それをギリギリで抑えた。


 なぜ魔法を放たなかったか……それは、既に距離が大分離れた為、誤射でローズを殺してしまう可能性があったからである。


 もしもローズが死んでしまえば、その心臓に埋めた呪いが解除される。

 そうなれば、間違いなく自分は勇者に殺される可能性が高い。

 その為、一度ここは敵の手にローズを渡す事に決めたのである。

 そもそも自分と離れたところで、その呪いはローズが生きている限り消えない。

 つまりは、未だに自分が優勢なのには変わりがないという事だった。



「待たせたな、ローズ。もう大丈夫だ、安心しろ。俺がお前を必ず守って見せる!」



 ローズの救出できたカリーは優しい笑みをローズに向けて声を掛ける。

 その声は喜びに満ちていた。



「カリー!? 来てくれたのね!! 信じていたわ。」



 ローズは英雄のように自分を救ってくれたカリーを見て、久方ぶりに胸をキュンとさせ顔を赤らめる。


 この三年間、ずっと会いたかった。

 ずっと寂しかった。

 ずっと……愛し続けていた!

 しかし、まだ感動の再開を喜ぶには早すぎる。


 カリーとローズは一瞬だけ見つめ合うと、そのままお姫様抱っこをしたまま崖を飛び降り、フェイル達の下に向かった。



「ナイスだ、カリー!」



 ローズを救出したカリーを見てフェイルは叫ぶ。

 そしてカリーもまたローズを抱っこしたままフェイルの下に走って向かうと、そこにシルクが近づいてきた。



「大丈夫か、ローズ!?」


「お兄様!! 私はこの通り大丈夫ですわ。でも、さっきの魔族は山の中で何か恐ろしい事をしていたの……だから、皆さん早く……早く逃げて下さい!!」


「君が見たのは、どんな……」



 ローズの鬼気迫る声を聞きフェイルが状況を聞こうとした瞬間、山が再び大きな音を立てて崩れ始める。


 それを見てカリーが叫んだ。



「フェイル、話は後だ! さっきの会話は聞いてた。とりあえず一度引こう!」


「そうだな。一度街に戻って、バーラと一緒に姫の呪いを解呪する方法を探すのが先決か……。」



 カリーは、ローズが呪いをかけられている今、フェイルがまともに戦えないのを聞いている。

 故に、この状態で戦うよりもまず逃げる事を提案した。

 当然フェイルとしても、ローズの身柄を確保した今、危険な賭けに出るつもりもない。


 

 だが、当然それをさせない奴がいる……。

 そう、ダークマドウだ。



「無駄! 無駄無駄無駄無駄! もう遅い! 貴様らはここで死ぬのだ。さぁ、今こそ顕現せよ、エンシェントドラゴンゾンビよ!!」



 ダークマドウがそう叫ぶと、崩れた山の中から巨大で悍ましい何かがその姿を現す。



 


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