第21話 因果応報

【ローズ視点】



「……ん、んん……。はっ!? ここはどこ? 岩? 洞窟?」



 ローズはダークマドウに攫われた後、魔法で眠らされてしまった。

 だがどうやらその効果が切れたようで目を覚ますと、そこに映るのは岩で囲まれた高い天井が見える。

 そして横に振り向く事で見えた岩の上には



――ズーク大臣が座っていた。



「おやおや、お目覚めになりましたかな? ローズ姫。」


「ズーク大臣! これは全てあなたが仕組んだ罠だったのね!?」


「今頃お気づきですか? 安心してください、あなたは私の大切な花嫁になるのですから傷つけたりはしませんよ。」



 興奮するローズをよそに、ズークは何でもない事のように答える。

 しかし、当然それに気づいたローズの怒りはおさまらない。



「……何を言っているのかわかっているのですか!? 直ぐに私を開放しなさい! それと、あなたのようなケダモノと結婚することなどありえないわ!」



 ズークの言葉に強い嫌悪感を覚えたローズは、そう叫ぶと同時に体を動かそうとする……が動かない。



(なんで? 理由はわからないけど、縄で縛られてないのに……。なぜ動かないの!)



「おやおや、無駄ですからおやめなさい、姫……いや、我が妻よ。」


「いいかげんにして! 何度でもいいまずが、私はあなたのような心も体も顔も醜い人と結婚等しません!」


「ふふふ、いいですねぇ~。その顔、その侮辱……。今のそのあなたが私の作った薬で肉奴隷になるのが、楽しみで仕方ありませんぞ……。ぐふふふふ。」



 ズークは気持ち悪い表情でローズを舐めまわすように見る。 

 その薄汚い性欲に塗れた(まみれた)ドロドロとした目で見られるだけで、ローズは寒気を通り越して吐きそうになった。


 すると、突然どこからかズークを呼ぶ声が聞こえてくる。



「随分と楽しそうじゃないか、ズークよ。」


 

 いつからそこにいたのかわからないが……ローズはその声に聞き覚えがある。

 そう、ローズたちの後ろから現れたのは、あの時……カリーが助けに来てくれた時に突然現れて、自分を攫っていった魔族だった。



 その声に気付いたズークは、一瞬で表情を戻すとその場で片膝をついて頭を下げる。



「ははっ!! お見苦しい所をお見せして誠に申し訳ありません。ダークマドウ様。」


「よい、面を上げよ。それよりも例の準備が整った。付いてくるがよい。」


「はっ! ありがたき幸せ! では、姫は私が担いで……。」


「その必要はない。闇の鎖を足の部分だけ解放しよう。これなら歩けるであろう? 娘よ。」



 ダークマドウがそう言うと、ローズの足にあった縛られている感覚が解け、何とか起き上がることができた。



「あなたは一体何なのですか? 何の目的があってこのような事をしているのですか!」


「威勢が良いではないか、小娘よ。私の考えなど、貴様に伝える必要等ない。」



 ダークマドウはそれだけ告げて手を捻ると、ローズは何かに強く引っ張られるようにダークマドウの前に引き寄せられる。


 そしてダークマドウはそつけていた仮面を外しその素顔をローズに見せた。

 


 その素顔を見たローズは恐怖する……。



 仮面の下に隠れていたのは、顔であって、顔ではない。

 目も無ければ、口も無く、そこにあったのは身の毛もよだつ程に悍ましい(おぞましい)無数の黒いウジ虫の集合体であった。


 魔族と言っても、亜人のように人と同じ顔した者や、喋る骸骨等がいるのは知っている。

 しかし、これは流石にこれは酷過ぎた。

 ローズは、人としての本能がその嫌悪感に圧迫され言葉を失うと、そのまま見えない鎖に引っ張られながら奥にある広場へと連れ出されてしまう。



 そして広場に辿り着いた瞬間、ズークが歓喜の声を上げた。



「これは……これは素晴らしい! 一体どのような魔法が込められているのかはわかりませぬが、このような巨大な魔法陣は初めてお目に掛かりました。」


「ふむ、そうであろう? これは私が作った最高傑作といってもいい。間もなく来るであろう勇者も、これがあれば間違いなく仕留められるだろう。ふははははははっ!!」


「流石はダークマドウ様。このズーク、いつまでも御身に仕えさせて頂きたく思います。それで、これは一体どういった魔法陣でございますか?」


「ふむ。これはズーク。お前に勇者に匹敵する力を与えるものよ。」


「なんと! これは私のような者の為に用意していただいた魔法でございますか!? 感謝の言葉が尽きませぬ。しかし……そうですか、私が勇者と同じ……。」



 ズークは知能こそ高いものの身体能力は、そこらへんの女性よりも劣っている。

 それはある種、唯一の劣等感とも呼べるものであり、その自分がまさか勇者と同じ力を与えられる事に全身が歓喜に包まれた。


 その力があればダークマドウすらも倒す事ができるかもしれない。

 そうすれば、国を救った英雄として堂々と王にもなれよう。

 そう考えると、ズークは心の中で笑いが止まらなかった。



(これでワシは全てを手に入れる。この魔族も直ぐに消し去ってくれるわ! この美しいローズも、そして最強の力も手に入れたワシは……この世の全てを手にするぞい!! ふふふふ、ふはははははは。)



 そんな妄想に浸ってフリーズしていたズークであるが、続くダークマドウの言葉で現実に戻る。



「ふむ、だがただ与えるのではない。その力で必ずや勇者を殺すのだ。その為に力である事を忘れるなよ。」


「ははっ! 当然でございます。必ずや御身に逆らう不届き者共を根絶やしにしましょうぞ。」


「よろしい。では、魔法陣の中央に立て。魔法を発動する。」


「はっ!!」



 ズークはダークマドウに言われるがまま、魔法陣の中央に立つと、ダークマドウは何やら呪文を唱え始めた。



ーーすると



「ぐ、びゃびゃびゃびゃびゃびゃ……あびば!!」



 突然、ズークが激しく苦しみ叫ぶ。

 それを見て、邪悪な笑みを浮かべるダークマドウ。



「ふむ、成功したようだな。これで、あれを呼び起こす事ができよう。大儀であった、ズークよ。」



 実は、この魔法陣はズークに力を与える魔法ではなかった。

 この魔法陣は、最後に生贄となる人の魂を捧げる事でとある生物を生み出すための物。


 ダークマドウはこの地に着いた時から、この場所に眠る存在、そしてそれを利用する事を計画としていた。

 しかし本来これはあくまで国を裏から掌握した後、切り札として用意したもの。

 ダークマドウ本人も、まさかこのタイミングで発動させるとは夢にも思わなかった……。


 そして一方、生贄にされたズークであるが、これはかなり悲惨である。


 魂を生身で吸われる事……それは人が感じる中でも最大の痛みが全身に走り、どんな拷問よりも苦しいものだった。


 もしも、同じ痛みを人が感じるならば1秒と持たずに気を失うであろう。

 しかし魂の吸い上げには結構な時間を必要とし、そもそも魂からの痛みであるが故、気絶で免れるという事はない。


 つまり、いつまで続くかわからない想像を絶する苦しみをズークは受け続けるのだった。



 ズークはこれまで多くの者を虐げ、苦しめ、そして殺してきた。

 その報いの全てが、今まさにズークに返ってきたという事。



 人、これを因果応報と呼ぶ。






 

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