第20話 作戦開始!

 フェイル達が龍の巣穴付近にある草木に身を隠しながら周囲を警戒して、約一時間。

 理由は分からないが、その間に魔物に襲われる事もなければ山の方にも動きは見られない。 


 当然山を挟んだ向こう側の状況はわからない訳で、確実に動きがないかと断言できる事ではないが、少なくとも勇者の感がそう告げている為にフェイルは落ち着いていた。



 だが、シルクだけは違う。


 

 直ぐそこに妹がいるのに、何も出来ない自分。



 作戦を成功させる為にカリーが斥候として向かった事に納得はしているが、それでも時間がかかり過ぎている。

 当然この山は大きいので普通に外周を回るだけでも相当な時間はかかるし、ましてや抜け道のある無しを確認するともなればいつまでかかるのかがわからない。


 その状況に不安を募らせるシルクの表情は、とても冷静と呼べるものでは無かった。



「焦るなよ、王子。大丈夫だ、カリーなら直ぐ戻ってくる。少なくとも、アンタの予想よりかは早く戻って来るはずだーーほらな。」



 するとタイミング良く、近くの草葉が小さく揺れる。

 

 普通なら魔物の襲撃と勘違いしてもおかしくはないのだが、フェイルは長年の経験から、それが魔物ではなくカリーの帰還だと確信した。

 

 そしてそれは間違っていない。


 なんとカリーは30分もたたずに戻ってきたのである。

 これはフェイルの見立てよりも数段早かった。

 


「悪りぃ、待たせちまった。だが安心してくれ、どうやら隠し通路っぽいところはなかった。山は以前と変わっていない。そして中の熱反応にも動きはない。ローズはまだそこにいる。」



 戻ってくるなり、矢継ぎ早に欲しい情報を報告するカリー。

 それを聞いたシルクは、表情にこそ表さないもののかなり安堵した。



「いや、思ったりよりも大分早かったぞ。んで、どうするんだ?」


「そうだな。一番ベストなのはまずチームを二つに分ける。そして東には左右に二つの穴があるから、その中間点にフェイル、王子、ゼンを配置。俺と姉さんは北から反時計回りに穴を潰していく。」


「なるほどな、でもそれだと俺のいる場所に来るのが最後って事になるな。かなりリスキーじゃないか?」


「あぁ、リスクは承知だ。しかし、北と西の穴については、姉さんの射程なら同じ場所から一気に潰す事が可能なんだ。当然それでも南だけはカバー出来ないが、そこは俺がなんとかする。熱反応の場所から見ても出るまでに少なくとも十五分はかかるはずだから、俺だけなら間に合うはずだ。」



 カリーが冷静に作戦を提案すると、そこで初めて黙って聞いていたシルクが口を開いた。



「ちょっと待ってくれ。例え間に合っても貴様だけでローズを守れるのか? いや、この場合は救出か。」



 シルクの疑問は当然だった。

 勇者の強さについては今更疑う余地はないが、ラギリ相手に不覚を取り、更にはローズを助けられなかったカリーについては信用できない。

 当然それは、言葉にも態度にも表れていた。

 だが、カリーはそんなシルクの言葉にも冷静に答える。



「まぁ無理だろうな。だが、時間を稼ぐだけならやりようはある。その間にフェイルが来てくれるだろう。大丈夫だ。」



 簡単に無理だと言い放つカリー。

 それを聞いたシルクは怒りすらも覚える。



「ふん。結局は勇者様頼みか。だが、もしも私を含め勇者様が気づかなかったらどうする?」



 シルクはその言葉を鼻で嗤い、全く納得をしていなかった。

 そんな一か八かの作戦にローズの命を賭ける訳にはいかない。


 本来シルクは、こういった客観的な判断を口にする者を信用する方である。

 しかしながら、今の精神状態ではそれも難しかった。

 ローズを救出できないとハッキリ口にしたその言葉が許せない。


 しかしそんな失礼なシルクの言葉にも、カリーは怒る事無く冷静に説明を続けた。



「安心しろ。俺たちには俺たちの合図がある。フェイルなら間違いなく気づく。とは言え、あくまでこれは俺の最適と思える提案だ。俺の考えが絶対に正しいかなんてわからない。だから、他に最善の方法があるなら別にそれでいい。俺はローズさえ救えるならなんだって構わないからな。」



 カリーの頭の中は、いかにしてローズを確実に救うかしか頭にない。

 ローズを救えるなら誰のどんな作戦でも構わなかった。

 今必要なのは、1%でも高い確率でローズを救う方法だ。



 それでもシルクは納得していないが、この説明を聞きフェイルはそれを最適解だと判断する。



「いや、カリー。お前の作戦が現状ベストなのは間違いない。それで行こう。シルク王子もそれでいいな? 何かあるなら、先に言ってくれ。時間が惜しい。」



 フェイルはそれまでの説明を聞き、有無を言わさずその作戦で行くことを決定した。


 

「えっ!? いえ、はい。それでかまいません。」


 シルクはフェイルの半ば強引な決断を聞き、一瞬だけ驚きの表情を表すが直ぐにそれに従う。

 まさかそれだけの話し合いで重要な作戦を決めてしまうとは思わなかった。

 しかし勇者であるフェイルが決めた事を、王子とはいえ、シルクが反論する事はできない。

 シルクにとって勇者とは自分よりも格上の存在であり、更には今回のローズ救出に勇者の力が必要なのは明白。

 故に自分が思い浮かんだ代案を飲み込み、それを了承した。



 シルクの考えは、自分とゼンが勇者と分かれて南の穴に待機する事。

 正直ゼンがいるならば、カリーの力がどの程度か正確に分からないが、それと同等の力があると信じている。

 そのカリーが時間を稼げると言うならば、自分達にもそれが可能な筈だ。


 だが同時に、敵の狙いが自分である可能性が高いのも事実。

 

 自分としては、ローズが救えるならばいくらでも身代わりになっても構わないとは思うが、それを勇者パーティが良しとしないのは理解している。

 であれば、自分が勇者と離れる訳にいかないのも納得せざるを得ない。


 ただそれでも理解とは別に、戦力どころかお荷物として扱われているに、シルクの胸は情けなさと悔しさで一杯だった。



ーーだが、



「言いたい事があるなら言え! 中途半端な気持ちで一緒にいられる事が一番危険なんだよ。」



 何と、突然フェイルがシルクの胸倉を掴み上げた。

 


「ちょっと! フェイル、相手はこの国の王子様よ。言葉には……」


「今そんなくだらない事を気にする時か、バーラ? それなら……。」



 納得がいかない者がいる中、作戦を決行すれば後で必ず大きな歪みが生まれる。

 そして、それが最悪の結末のトリガーになり得る事をフェイルは何度も経験してきた。

 それならば時間は掛かったとしても、一度シルクを安全な場所まで戻し、3人で作戦を実行した方が何倍もマシである。


 そう考えたフェイルは続く言葉でそれを告げようとするが、その前にシルクが口を開いた。



「大変失礼しました。私は、自分とゼンで南側の穴を警戒する方が良い策であると思ったのですが、それは安易な考えであるとわかっております。敵の狙いが自分である可能性が高い為に勇者様と離れる訳には行かない事も理解しているつもりです。……ただ、それでも不甲斐ない自分が悔しくて……。申し訳ありませんでした。」



 自分がこのパーティから外されると悟ったシルクは、ありのまま胸にあった物を吐露する。

 そしてフェイルは、その本心と思える言葉を聞いて掴んだ胸倉から手を離した。



「わかってるならいい。それと、悪いがお前達二人よりもカリーの方が断然強いし、信頼している。あまり勘違いするなよ? それがわかったなら急ぐぞ。奴らがいつまでもあそこにいるとは限らないからな。」


「はい!」



 シルクがその言葉に力強く返事をすると、直ぐに全員が動き始めるのであった。



 カリーとバンバーラは北西へ。

 フェイル達は、東側にある2箇所の穴の中間点へ。

 距離的にはフェイル達の方が近い為、カリー達が目的地に到着するのはフェイル達が配置した数十分後だった。

 そして目的の場所に着いた瞬間、バンバーラが魔法を放つ。



【ギガナゾン】

【アースウォール】



 バンバーラは爆裂魔法を放って出入口を崩すと、間髪入れず土の壁を作って隙間を埋めた。

 最初は穴の周囲が激しく崩れ落ちるものの、それ以上に崩落する事は無く、綺麗なまでに穴が塞がった状態のみで留める。


 その結果、目に見えて岩盤崩れ等が発生している様子はない。

 正にバンバーラにしか出来ない職人技だった。



「流石だ、姉さん! 次はあっちを頼む。俺は先に移動するぜ。」

 

「わかったわ。こっちは任せて! 終わったら直ぐに追いかけるわ。」


「あぁ、任せた。」



 カリーはそれだけ告げると最大速度で南側に向かって駆け抜け、それと同時に熱探知を展開する。

 


「動いた!?」



 すると今まで動かなかった反応の内、明らかに一つの反応が動き始めたのを確認出来た。

 依然としてもう片方の反応に動きがない為、動いたのはまず間違いなくズークであろう。

 これによって、ローズの位置をカリーは正確に捉えたのだった。



「……南か! いや、止まった。どっちだ、どうくる? 迷うな。まずは南側に最速で向かうんだ!」



 ズークと思われる熱反応はさっきからウロチョロし続けており、最終的には南側に向かって移動しているのが判明する。

 だがそれとは逆に、もう一つの反応……ローズと思われる熱反応だけは未だに微動だにしていなかった。



「どういう事だ? ……まさか、ローズを捨てる気なのか?」



 崩落の危険性は比較的少ないとは言え、それは絶対ではない。

 そしてズークの行動から見て、外から見るよりも中は想像以上に崩れ落ちている可能性がある。

 つまり最悪なシナリオとしては、ローズが既に崩落に巻き込まれており、それを放置したズーク達が移動をしているという状況。


 もしそうならば、敵が出てくるのを待つ前に南側の出入口からローズの救出に向かうべきだ。

 数瞬の迷いを経て、カリーは決断する。



「すまねぇ、フェイル。俺は……ローズの命が最優先だ!」



 そこにはいないフェイルに対して謝罪を口にしたカリーは、南側の穴に到着した段階で穴の中に入っていった。

 幸運と言って良いのかはわからないが、その少し前のタイミングでズークと思われる反応は東寄りに動いたので、カリーと鉢合わせになる可能性は低く、また東側に出ればフェイルがいる。


 ダークマドウとズークはフェイル達に任せれば良い。

 自分がやるべき事は、ダークマドウを討つ事でもズークを捕らえる事でもない。

 ただ、ローズを助ける事。

 それこそが己の使命、生きている意味。


 カリーは加速した。


 穴の中はやはり若干崩落が起きており、所々道は塞がっているが何という事はない。

 しかし道がないなら作ればいい。

 道を塞ぐような岩があろうとも、それら全てを叩き壊してカリーは進む。



「ローズ、待っててくれ! 今助ける!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る