第19話 龍の巣穴
「この方角……奴ら、龍の巣穴に向かっているな。」
カリーは、馬で駆けながらも進行方向の先に何があるかを考える。
現在カリー達がいる森は、冒険者ギルドのクエストで何度も訪れた事がある森だ。
森にある貴重な素材の採取や増え過ぎた魔物の討伐等、この森で行うクエストは多い。
この森は多くの危険な魔物が生息していたり、自然のトラップがあったりもするため、難易度が高めのクエストになるのだが、当時冒険者ギルドで一番強かったカリーはこういった危険なクエストを請け負う事が多かった。
故に三年ぶりとはいえ、カリーにはここのマップが手に取るようにわかる。
この先にあるのは龍の巣穴……そしてその先は断崖絶壁の崖でその向こうには海しかない。
つまり、ズークやダークマドウが行き着く先は【龍の巣穴】以外考えられなかった。
「龍? ドラゴンがいるのか?」
「いや、そこにドラゴンはいない。昔、伝説の勇者がこの先にある山を住処としていたドラゴンを討伐したっていう伝承があってな。だが、あくまでそれは伝承に過ぎない。なぜなら、俺は何度もあの山に行った事があるが、一度も龍なんて見た事がないからな。」
フェイルは過去に何度かドラゴンと戦った事があるが、そのどれもが味方に甚大な被害を与えた。
とはいえ、今のフェイルの力ならそこまで苦戦することはないだろう。
だが偏に(ひとえに)ドラゴンといってもその種類は多く、強さもピンキリであるため油断はできない。
ましてや、今回はそこに魔王軍の幹部までいるのだ。
ドラゴンを相手にしている隙に何をされるか分かったものではない。
「なるほど、ドラゴンがいたなら厄介だったが、いないなら問題はないな。」
一瞬顔を強張らせたフェイルだが、少し安心した。
「あぁ、でもあそこには隠れられる穴が沢山あるから、直ぐにローズを見つけるのは難しいかもしれないな。ただ、俺の熱探知を使えば2分の1の確率でローズの場所がわかるだろう。ダークマドウは感知に引っかからないが、人間であるローズとクズ野郎は別だ。」
「そうだな。頼りにしているぞ、カリー。」
「いや、俺の方こそフェイル頼みだ。情けないが俺の力ではまだ魔王軍幹部の相手は難しい……。だが、それでもローズだけは、俺がこの手で助けてやりたい。」
カリーは昔と違って、自分の力を過信しなくなった。
若い頃は、自分なら何でもできると勝手に思い込んで無茶をしていたが、今は違う。
目の前に自分よりも遥かに強くて賢い人間(フェイル)がいるのだ、昔のように驕り(おごり)高ぶることはない。
フェイルは自分の目指す目標。
そして師であり、兄のように慕うフェイルと共に戦い続ける事で自分は成長できた。
今回の戦いでも、やはり魔族幹部とはフェイルが戦う事になるだろう。
だが、それ以外のところで自分は自分の役目を果たすつもりだ。
特に、ローズを救い出す事についてだけは他の者に任せるつもりはない。
(ローズだけは、この命を懸けてでも救ってみせる!!)
そうこう話している内に、森の木々の間からその先にある大きな禿山が見えてきた。
遠目からもわかるが、その山にはいくつかの大きな穴が開いている。
「見えたな……んで、どの穴が龍の巣穴なんだ?」
禿山に近づいたところで、フェイルが尋ねる。
「俺もよくわからないが、あの穴の全てを総称して龍の巣穴って言うらしい。ここからだとわかりづらいが、あそこに見える穴はどれも馬鹿でかいんだ。それこそ沢山の竜が住んでいそうな……巣穴というよりも龍の城って感じだけどな。」
「龍の城か、言い得て妙だな。それよりもカリー、そろそろ何か熱探知に引っかかってくるんじゃないか?」
「あぁ、さっきからやってるが今のところ人らしい熱は……あっ!? あった! 反応が見えたぞ! 二つある!」
「何っ!? それは本当か?」
「あぁ、マジだ。しかも二つとも反応が近い距離にいる……これは一緒にいると見ていいな。」
二つの熱源反応を感じたカリーは喜びが顔ににじみ出る。
もしかしたら別の場所に……それこそ違う大陸に魔法で飛ばれていたらお手上げだった。
これはフェイル達にとって、またとないチャンスである。
「なるほど。それは朗報だ。それなら二手に分かれずに済むな。それでどの穴の中にいるんだ?」
「すまねぇ。そこまではわからねぇ。だが前と変わっていなければ、あの穴は中で全て繋がっている。つまりどこから入っても同じなはずだ。それとこれも変わっていなければの話だが、大穴は全部で五カ所ある。」
カリーは何度かこの巣穴の探索を行った事があるのだが、入ってみると中はどこも穴と同じ広さの通路となっており、所々小さな脇道もあるが大きな通路を通って行けばどの穴からも出る事ができた。
その情報に少しだけフェイルは顔を顰める(しかめる)。
「そいつはある意味最悪だな。つまり、どこから入っても問題ないが、敵もどこからでも逃げられるって事か。参ったな、それだと挟撃は難しそうだ。」
「あぁ、それがここの厄介なところなんだ。本当に嫌な場所に逃げてくれたもんだぜ。穴を全部塞ぐ訳にはいかないしなぁ……。」
カリーがそうぼやくと、その呟きにフェイルは閃いた。
選択肢が多いなら減らせばいい!
「ん? ……いや、まてよ? それはアリかもしれないぞ。中に入って探すよりも、バーラの魔法で一つの穴以外全部潰すんだ。そうすれば敵の逃げ道を塞ぐことができる。」
穴の中で崩落の危険はあるが、それだけ広い穴なら逃げる事は難しくないだろう。
しかし、そのフェイルの発言にシルクが異議を唱えた。
「ちょ、ちょっと待ってください勇者様! 失礼を承知で言いますが、それですと中にいる我が妹も危険ではないでしょうか?」
シルクの言う事は最もであり、当然フェイルもわかっている。
ローズが危険に晒される可能性はゼロではないのだ。
いや、むしろ普通の神経で考えれば危険過ぎると言っても過言ではない。
だがこれには、バンバーラが自信をもって答えた。
「あら、そんなに心配しないで大丈夫よ。出入口を潰すだけだわ。山の穴を潰す事は以前もやった事がありますけど、中が大きく崩れた事はありません。」
過去、魔王軍との戦闘の中でバンバーラは何度か山を魔法で崩した事がある。
その経験が裏付けしているのもあるが、バンバーラ自身、自分の魔法制御能力には自信があった。
自分なら中を崩落させずに、穴をふさぐ事ができると……。
「あぁ……。ただ4つも穴を潰すとなると、絶対とは言い切れないがな。だが、そこは姉さんの魔法精度を信じるしかねぇ。それに敵はローズの命が目的じゃないはずだ。それならもしも危険になったらローズも一緒に連れ出して逃げるだろうよ。」
カリーもシルク同様にローズの身を一番に心配しているが、総合的に判断すればそれが一番いい方法だと考える。
できるならば少しだってローズに危険な思いはさせたくはないが、今ここでローズを助けることができなくなるほうがリスクが大きい。
だからこそ、カリーは仲間を信じるしかなかったのだ。
「そうだな。ちょっと賭けの要素は否めないが、現状それしか方法はない。それに4つ全ての穴を潰す前に奴らが外に出てくる可能性もある。シルク王子。心配なのはわかるが、理解してくれ。」
最後に勇者であるフェイルがそう言うと、シルクは納得はしてはいないが認めざるを得ないと諦める。
だがそれよりも、妹が想いを寄せているであろう男が妹が危険なのに反対しない事に少し腹が立った。
「カリー。お前は本当にそれでいいんだな? お前にとって妹は大事な存在ではないのか?」
「はぁ? お前何言ってんだ? 大事に決まってんだろ! ローズは俺の命より大事な女だ。だからもし山が崩れてヤバそうでも、どんな状況になっても……俺は必ずローズを救う。それに俺は姉さんやフェイルを信じているからな。」
ローズの前では決して恥ずかしくて言えないであろうセリフを、カリーはその兄の前で吐いた。
その位、今のカリーは必死だったのである。
そしてその気持ちが本気である事をシルクも感じ、少しだけカリーの事を認めるのだった。
「……わかった、それなら私も信じよう。だが勘違いするなよ? ローズを大事に思っているのはお前だけじゃない。俺もどんな状況になっても妹を助けてみせる。」
シルクのセリフにカリーは少しだけ笑みを零す。
正直、昔からいけ好かない野郎だとは思っていたが、同じ女を大事に思う気持ちになぜか嬉しくなったのだ。
兄弟だからといって、誰もがその相手を大切に思うとは限らない。
ましてや王族ともなれば、珍しいとも言える。
少しだけだが、カリーもまたシルクを認めた。
「決まったな。後、問題なのは奴らが出てくる可能性が高い穴だ。それを考えた上で、穴を潰す順番や待機する場所を選定しておかなければいけない。」
「あぁ、でも俺が見たのは三年前。あれだけ大きな穴が増える事はないとは思うが、人工的に小さな穴を作っててもおかしくねぇ。だから一応、攻撃する前にもう一度俺に山の状態を確認させてくれ。特に変な場所がなければ、できるだけ奴らがいる場所から遠い穴から潰して、逆に俺達は近い穴で待機するのがベストだろう。」
「そうだな。大分冷静になってきたじゃないかカリー。頼んだぞ!」
「任せとけ! 直ぐに確認して戻る。」
カリーはそう告げると、馬に鞭を入れて加速した。
穴の確認には山の周囲を一周する必要があるが、最短ルートをカリーは知っている。
幾ばくかの時間は必要とするだろうが、絶対に失敗できないからこそやれる事は全てやっておくべきだ。
「できるだけ早く……そして正確に……。」
カリーはそう自分に言い聞かせながら、山の穴の状況を確認するのであった。
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