第17話 激闘(カリー)
【カリー視点】
「テメェ! 待ちやがれコラっ!!」
「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる? 安心したまえ。お前の相手は用意してある。」
ローズを抱えて逃げゆくダークマドウ。
ローズは黒色の靄(もや)がかかった紐で縛り付けられており、身動きが取れないでいる。
カリーはそれを必死で追った。
しかし敵の逃走速度は早く、一向に距離が縮まらずカリーは焦り始めたその時……
突然、カリーの横から剣戟が飛んできた!
カリーはダークマドウを追うのに必死で、周りが見えていなかった。
それでも咄嗟に反応して、不意打ちを剣で受け止めたのは流石と言わざるを得ない。
カリーはその剣を受け止めた先を見ると、そこにいたのはローズを攫った張本人のラギリだった。
少しづつ距離を詰めていたカリーにとって、これは大きな足止めとなる。
「どうした? 大分焦っているようだな。あの方の邪魔はさせんよ。」
「貴様っ!! ラギリか! 邪魔すんじゃねぇ、お前に構っている時間は無いんだよ!」
「ほう、それはいい事を聞いた。それではこのままお前の邪魔をさせてもらおう。」
焦るカリーに対して、余裕の笑みを浮かべるラギリ。
そしてカリーの追跡が止まった事で、ダークマドウは柵を飛び越えて隠れアジトから出て行ってしまう。
それを目で追ったカリーは、ラギリを無視して追おうとするが行手を阻まれる。
「どけっ!! 邪魔するなら殺すぞ!」
激しい殺気と共に言い放つカリーだが、ラギリはそれを見て愉快そうに笑う。
「いいぞ! お前いいな。その殺気……お前は俺と同類だ。どうだ、勇者なんかと一緒にいないで俺とこの世界を楽しもうじゃないか。この世界を混沌に陥れて新たな世界を創造するのだ! どうだ? ワクワクしてこないか?」
「ウルセェ! 狂人と話している暇はないって言ってんだよ!!」
【乱れ斬り】
カリーは叫びながらラギリに必殺技を放つと、ラギリもまた同じ技を放った。
二人の剣が両者の中央でぶつかり合うと、お互いを弾き飛ばす。
二人は共にバトルロードという戦士の上級職。
カリーは勇者と共に死線を乗り越え、通常では手に入らない程の力を得ていた。
しかしラギリもまた、長い人生でその身を戦場に置いており、培った能力は先に倒した盗賊団幹部等とは一線を画している。
その力は王国最強のゼンよりも強いと噂されていた。
つまり……二人の力量は、ほぼ互角。
「お前の力はそんなものか? もっと見せろ! もっと出してみろ! お前の欲を……お前の力を……お前の全てを吐き出してみろぉぉ!」
挑発しながらも剣の手を緩めないラギリ。
一方カリーはどうしてもダークマドウの行方……否、ローズの身を案じていつもの調子が出ない。
二人の力はほぼ互角であるが、ステータス上であれば本来カリーの方が上をいっている。
しかし、対人戦の経験が多いラギリは、ステータスの差をその経験で埋めていた。
そして二人の剣が高速で何度も混じり合う。
一見するとカリーが押しているようにも見えるが実際には違う。
熱くなったカリーは無駄な動きが多くて体力を消耗しているが、ラギリは最小限の動きで体力を温存していた。
長期戦になれば完全にカリーが不利である。
「クソっ! こんな奴に構っている暇はないのに! いい加減くたばりやがれ! オラぁぁーー!!」
カリーの渾身の一撃がラギリを弾き飛ばした。
ラギリが体勢を崩したのをを見て、追撃すると同時に大振りでトドメを刺そうとする。
ーーしかし、その一撃はラギリではなく空を斬った。
弾き飛ばされたように見えたラギリは、実は自分で後方に飛んでいたのである。
時間が無い事に焦っていたカリーはその罠に食いついてしまった。
そして大振りをしてしまい、がら空きになった腹部を強烈な蹴りが襲い掛かる。
「がはぁっ!!」
「甘い甘い。まだまだ貴様は甘ちゃんだ。そんな事ではお姫様は助けられないぞ。」
「う、うるせぇ! お前なんかさっさと倒して……俺はローズを助ける!」
その後も冷静を欠いたカリーは、ラギリに翻弄されながらも攻撃を続ける。
しかしさっきとは打って変わって、今度はカリーが一方的に押されていった。
さっきの蹴りでカリーの内臓はダメージを負い、ジワジワとカリーの体力を奪っていく。
そしてそれを見逃す程、ラギリは甘くない。
ラギリは隙ができた場所を容赦なく斬りつけると、徐々にカリーの体に切り傷が増えていった。
(クソっ! 早くしないと……早くしないとローズが!!)
ジワジワと失われていく血液。
内臓のダメージも大分蓄積している。
そして、焦れば焦る程カリーの動きは散漫になっていった。
その様子を見て、さっきまで楽しそうにしていたラギリの顔が何故か曇っていく。
その目はまるで、壊れたおもちゃを見るような目であった。
「とんだ期待ハズレだ。もういい。お前はつまらん。死ね!!」
そして遂に膝をついてしまったカリーに向かって、ラギリの剣が襲いかかる。
(クソっ! ここまでかよ! ローズぅぅぅ!!)
目の前の状況にカリーは死を覚悟した。
しかし、その瞬間どこからともなく声が聞こえてくる。
「カリーー!!」
その声と共に、ラギリによるトドメの一撃が青色の閃光に弾き返された。
「な、なんだとぉーー!」
予想だにしない事態に驚愕を口にしたラギリは、そのまま弾き飛ばされて壁に体を打ち付ける。
「すまない! 遅くなったカリー!」
「兄貴!?」
またしてもピンチに現れたのは、勇者フェイルだった。
カリーを見つけたフェイルは、一瞬で距離を詰めるとラギリの攻撃を剣で弾き返したのである。
圧倒的速度
圧倒的攻撃力
これぞまさしく魔王軍が恐れる勇者の力。
普通の人類では到達できない遥かなる高み。
フェイルは度重なる死闘の経験により、人の限界を大きく超えたところにその身を置いていた。
一方、ラギリは壁に打ち付けられた体を何とか起こすと、懐から何かを取り出す。
「邪魔が入ったな。だが私の目的は果たした。故に、ここは退かせて貰う。」
ラギリは地面に煙玉を投げつけると、そのままその場から逃走した。
ーーだが
「遅いんだよ!!」
既に距離を詰めていたフェイルは、剣を横になぎ払う!
【風神】
フェイルが放った真空斬りは、全てを斬り裂く最強の刃。
煙玉を投げた事で油断したラギリは、その背後を晒してしまい……その上半身が宙に舞った。
そして煙が晴れた先には、驚愕の表情を浮かべたまま絶命したラギリの死体が地面に転がっている。
これが悪人の末路。
己の欲のみで生きてきたラギリは、その最後を無惨な姿を晒して終える事となった。
だがそんな状況よりもカリーには伝えなければならない事がある。
そしてカリーは、無様に倒れながらも叫んだ。
「ローズが……ローズが連れて行かれた!」
「なんだとっ!!」
その言葉に真っ先に反応したのは遅れて駆け付けてきたシルクだった。
カリーはシルクに一瞬だけ目を向けると、申し訳なさそうに目を伏せながら詳しい状況を伝える。
「悪い……突然現れたダークマドウがローズを攫ってアジトから逃げちまった。すまない。」
それを聞いたシルクは激怒し、倒れているカリーの胸倉を掴み上げた。
「貴様は何をしてたんだ! お前がいてローズを救えなかったのか!」
ローズがいる。
ローズを助ける事が出来る。
そう思っていたシルクにとって、その現実を受け止めるにはショックが大きすぎた。
当然自分も何も出来ていないのに、カリーを責めるのはおかしいとシルク本人もわかっている。
しかしその若さ故に、行き場のない激しい怒りをカリーにぶつけてしまったのだ。
カリーもまた、今回自分のせいでローズを助けられなかったと後悔している。
その為、激怒するシルクに返す言葉もない。
自分はフェイルが瞬殺したラギリに手こずるどころか、冷静さを欠いて殺されるところだったのだ。
何のために強くなろうとしたのか……。
今までの日々は何だったのか……。
自分の未熟さが許せない。
だがそのやり取りを見ていたフェイルが二人の間に入った。
「やめろ! 今はそんな事をやってる場合じゃないだろ。それに今回ミスったのは俺だ。悪かったカリー。奴を取り逃したのは俺なんだ。そのせいで姫様が攫われてしまった。だけど今はそんな事を言ってる場合じゃない、直ぐに助けに行くぞ。奴はどっちに向かったんだ?」
カリーはその言葉に弱弱しくもダークマドウが逃げた方角を指し示した。
「あっちだ、フェイル。情けねぇ……やっぱり俺は昔とちっとも変わっちゃいねぇ! 成長してねぇ!! 冷静にならなければいけなかったのに……俺は……俺はぁぁぁぁぁぁ!!」
あまりの悔しさから、カリーは地面に両手を打ち付ける。
その姿を見てシルクの頭も冷えていった。
そして自分の事を棚に上げて、その怒りをカリーにぶつけてしまった自分を恥じる。
「さっきは悪かった。何も出来なかったのは俺も同じだ。いや、同じじゃない……俺の方が……」
「そこまでだ、二人とも。後悔も反省も後にしろ。今は姫様を助けに行くのが先だ。それでも……まだそうやって女々しくやってるなら好きにすればいい。そんな奴は置いていく。」
フェイルからの厳しい言葉に、二人とも顔を上げるて叫んだ。
「行く! 行くに決まってんだろ! 今度こそ、必ずローズは俺が助ける!」
「私もだ! 何も出来ないままでなんていられるか!」
「よし、わかった。ならさっさと行くぞ。バーラ、走りながらカリーを回復できるか? というか、カリーは走れるのか?」
カリーの損傷は激しい。
普通に見れば歩くこともできない状況だった。
しかしカリーは気合で体を起こすと、直ぐに走り出そうとする。
「走れる……走れるに決まってるだろ! こんな怪我痛くもなんともねぇ!」
そんな状態で走れるはずがない。
誰の目にもそれが強がりであることがわかる。
それを見たバンバーラは回復魔法を唱えた。
「【ハイヒーリング】そういう痩せ我慢が後で仲間の足を引っ張るのよ。こんな魔法、走りながらかけるまでもないわ。」
賢者になったバンバーラの詠唱速度は早かった。
バンバーラが勇者の加護で得た力は
【高速詠唱、高速発動】
バンバーラのレベルであれば、最上位の回復魔法であるエクスヒーリングでもなければ直ぐに魔法を発動できる。
それによりカリーの顔色が土気色から赤みを帯びていった。
完全回復とは言わないが、走れるくらいには回復する。
「流石だ、バーラ。よし、急ぐぞ! 今度こそ、姫様を俺たちが助けるんだ!」
こうしてカリー達は再びダークマドウを追うため、隠しアジトを後にするのであった。
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