第11話 気高きクロ
「フェイル!! 姉さん!!」
カリーは厩舎に到着するやいなや、馬に跨る二人を発見して大声で呼んだ。
その焦った様子のカリーを見て、フェイル達は自分達の知らない緊急事態が発生している事を察する。
とはいえ、フェイル達もまた厩舎付近で現状について確認はしていた。
突然、魔物が襲撃してきた事。
貧民街だけが被害に遭っている事。
既に魔物は討伐されて、兵士達による消火活動が行われている事。
この三つを聞いていたため正直焦った様子はなかったのだが、カリーの様子を見て考えを改めた。
「カリー。急ぎなんだろ? とりあえず馬に乗れ。お前の馬に俺達は付いていく。だから、何があったか走りながら説明してくれ。」
「助かる。まずは貧民街の方に向かうからついて来てくれ。」
カリーはそう言うと、馬に飛び乗ると直ぐに走らせる。
そして、貧民街に向かう途中で二人にローズ姫の事を話した。
「そういうことか……。しかし、ローズ姫ってのはすげぇお転婆なんだな。……だが、民の為に身を投げられる王族はほとんどいない。そんな素晴らしい姫じゃ、絶対助けないとなカリー。」
「あぁ……。あいつは昔から無茶しすぎなんだよ。自分の立場なんか考えねぇで、人の事ばかり心配して……。」
「だからあんたは、そんなローズちゃんを守りたくて強くなろうとしたんでしょ? ほら、顔を上げなさい。絶対助けるわよ。」
そんな会話をしている内にやがて貧民街が見えてくる。
だがしかし、そこは慣れ親しんだ町の面影は何一つ無かった。
炎こそ消えているものの、歩けるような道は瓦礫のせいでほとんどなく、周りの物全てが焼けこげている。
「姉さん、もしも途中で生きている人がいたら俺に構わず回復してあげてくれ。俺はこのまま養護施設の方まで一気に進んで行く。」
「わかったわ。でもねぇ……あちこちに兵士がいるから多分平気だと思うわ。」
バンバーラがいうように、現在貧民街には多くの兵士達が何かを血眼になって探している。
既に魔物は討伐されており、火も消えていることから生存者を探しているのだろうか?
しかし、貧民街の生き残りの捜索にそこまで兵士が躍起になるだろうか?
そんな疑問を一瞬抱くも、直ぐに彼らが何を探しているのか思い当たった。
ローズの捜索だ。
マザーから既に兵士が話を聞いているのが、考えて見ればそれは当然の事である。
しかしそこでカリーは再び考える。
現在これだけの人数で捜索しているにも関わらずローズが見つかっていない。
それが意味するのは、ローズの死体がここにはないという事。
つまりは、ローズは生きている可能性が高い。
それならどこに?
悪い方で考えれば、魔物につれ攫われた。
良い方で考えれば、取り逃がした魔物を追っている。
そんな事を頭の中で考えていると、瓦礫の下の方から何かの声が聞こえた。
小さすぎてうまく聞き取れなかったが、カリーはその声を知っている。
「どうした? カリー。ここが目的の場所か?」
急に馬を止めたカリーに、フェイルが不思議そうに尋ねた。
目的の場所にしては、ここは瓦礫しか見当たらない場所だったからだ。
「いや、違う。ちょっと待ってくれ。」
カリーはそれだけ言うと馬から降りて、近くの瓦礫を持ち上げる。
するとそこには真っ黒な色をした猫が、体中を焼けこげさせて瀕死の状態で倒れていたのだった。
「クロ!! 姉さん! 早く治癒の魔法をかけてくれ!」
カリーがそう叫ぶと、クロはふらつきながらも立ち上がり、カリーから逃げるように歩き始める。
「待て! クロ! 俺だよ! カリーだよ!!」
カリーはクロが自分の事を忘れて、恐怖から逃げようとしていると思った。
しかしクロはカリーの声に応えることなく、地面に落ちていた何かを口に咥えると、そのまま振り向かずに走っていってしまう。
どう考えてもクロは重傷だ。
歩く事も難しいはず。
どういう訳か、さっきまで瀕死だってクロが突然走り出している。
それに焦るカリー。
このままだとクロがヤバイ。
強引にでも捕まえて……そう思った矢先だった。
カリーはクロが口に咥えているものが何か気付いた。
それは、昔カリーがローズにプレゼントした薔薇の髪留め。
何かがカリーの頭に過る。
もしかしたら、クロはローズの場所を自分達に伝えようとしているのではないのか?
そう思った瞬間、クロは突然倒れてしまった。
「クロ!! 姉さん! 早く! 早く回復魔法を!!」
「わかったわ!! ハイヒーリング!」
「クロ! クロ! クロ!! 目を開けてくれよ!!」
カリーは倒れたクロを抱きかかえると、バンバーラが回復魔法を唱えた……が傷が癒えることはなかった。
クロの命は既にこときれていたのである。
「クロぉぉぉーー!!」
クロは出会った頃から不思議な猫だった。
カリーはクロが森の中で魔物に襲われていたところを助け、それ以降一緒に過ごす事になった。
一緒に暮らし始めると、クロはどこに居てもカリーの近くにきて一緒にいる。
そして、たまにカリーが何かを話しかけると、クロは相槌を打つかのように「ニャ―」と鳴いて答えていた。
それはまるで、話せないけど自分の言葉がわかるのではないかとカリーが疑う程、どこか人間臭さを感じる。
カリーが旅立ってからは、ローズがクロの面倒を見ていた。
ローズは、毎日同じ時間にクロへご飯をやりに貧民街に訪れる。
カリーがいなくなって寂しい者同士だからか、クロはいつもローズの愚痴を聞いては「そうだね。」といっているかのように「ニャ―」と相槌を打っては、ローズの話を聞いていた。
クロにとってカリーは親のような存在で、ローズは姉妹のような存在だったのかもしれない。
そして今回、ローズが炎の舞う貧民街に戻っていったのを見て、クロはそれを追いかけた。
その結果、ローズが連れていかれるのを目撃し、その後ろを追っている途中で倒れた瓦礫の下敷きになってしまったのである。
もうすぐ自分は死ぬ……
そうクロが悟った瞬間、何故か体にかかる重さが消えていき、視界に光が戻った。
すると、そこにはずっと会いたかった人(カリー)の顔が映る。
クロは嬉しくて抱き着きたく思うも、体が上手く動かない。
それと同時につれ攫われたローズの事を思い出す。
クロは視線を移すと、ローズが落とした髪留めを見つけた。
それを見て、クロは考える。
自分は人の言葉を話すことはできない。でも、あれがあれば伝えられるかもしれない。
そう思った瞬間、クロの体に力がみなぎった。
すると動かないはずの手足が動き始める。
クロに起きた奇跡。
それは、大切な者を助ける為に命を燃やして得た最後の力だった。
届いて、僕の想い……
そう思うやクロは走りだし、髪留めを咥えるとローズが攫われた方角へ向かって走っていく。
自分の命の灯が消えるまで……クロは走り続けた。
しかしその力は長くは続かず、その途中で糸が切れた人形のように倒れてしまう。
だが、その想いは不思議とカリーには伝わっていた。
カリーは亡くなったクロを抱きしめていると、何故かクロの想いが胸の中を駆け抜けていくのを感じる。
「クロ……そうか……お前……。ありがとう。クロ。そして助けられなくてごめん。」
カリーの目から大粒の涙が一粒一粒零れ落ちていった。
だが、この場でいつまでも悲しんではいられない。
クロの思いを無駄にしない為にも、ローズを助けに行かなければいけない。
泣いて悲しむのは後だ、今はローズを助ける。
亡くなったクロを抱きしめながらカリーは決意すると、隣にいたバンバーラもまた、亡くなったクロ見て涙を流していた。
「ごめんなさい、クロちゃん……本当にごめんね。」
「違うよ姉さん。クロは……クロは戦ってくれたんだ。頭がおかしくなったとは思わないで欲しい。今、俺の中にクロの記憶の一部が入ってきたんだ。どうやら、ローズはラギルにつれ攫われたらしい。そしてその方角は……クロが走った方、つまりあっちだ。」
いきなり突拍子もない事を話し始めるカリー。
普通なら正気を疑うような事だが、フェイルもバンバーラも無言で頷くとそれを信じた。
「そうか……。わかった。じゃあカリー、早く助けに行こうか……といいたいところだけど、せめてその子を簡易的にでも弔ってからにしよう。」
「そうね……。クロちゃん、ありがとう。フェイルが言う通り、せめてそれだけはしてあげよ。」
「あぁ、そうだな。ローズのいる方角は覚えた。クロは……この先にある俺の家の下に埋めるよ。戻ってきたら、もっとちゃんと弔ってやるからな……今まで……ありがとう……クロ……。」
カリーはあふれ出る涙をのみ込みながらもクロを抱きしめ、一緒に暮らした我が家の方へと向かった。
そして、悲しみと一緒に大切な家族であるクロを土に埋めるのであった。
※参考 3年の間で職業が変わってます。
フェイル 勇者
バンバーラ 魔法使い → 賢者
カリー 戦士 → バトルロード
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