第10話 帰郷

【カリー視点】



「後少しだな、カリー。っつか、何お前緊張してんだよ!」


「し、してねぇから! 別に緊張なんかしてねぇから!」


「あれか? 久しぶりに大好きなお姫様に会えると思って、興奮してるのか?」


「ち、ち、違うから! そんな……ことねぇから!」


「照れんな、照れんなって。でもまぁ、なんつうか懐かしいな。俺にとっても、メリッサはお前たちと出会った思い出の場所だからな。」


「…………。」



 現在、フェイルとカリーは船の甲板で、その目線の先にある大地を見ながら話している。

 目の前に映るは、3年前に旅立ったカリーの故郷メリッサ。

 ちなみになぜフェイル達がメリッサに向かっているか、話を少しだけ戻そう。

 あれは、今から3ヵ月前の事だった……。



 3ヵ月前、フェイル達は滞在していた国にいた魔王軍幹部を打倒し、その国を魔族から解放した。

 その為、再びフェイル達は次の国に移動する事を決めたのだがここで予定を大きく変更せざるを得なくなる。


 理由は酒場で耳にした、とある噂だ。


 その噂とは、メリッサでは王子主導の政治に変わり、その王子が貴族制度を撤廃した事で各地で内戦が勃発しているといったもの。


 それを耳にしたカリーは激しく動揺した。


 自分がいない間に、もしかしたら内戦でローズが死ぬかもしれない。


 そう思ったカリーは、いてもたってもいられない程に不安になった。

 だがしかし、フェイルにメリッサに向かってくれとは言うわけにはいかない。


……なぜならば


 現在、自分は世界を救う勇者パーティの一員。

 故に、救いを待っている国に向かう事を放棄する事はできない。

 だからこそ自分のわがままでそんな事を言えるはずもないのである。


 

 しかし、その想いは直ぐにフェイルに見透かされた。



「よし、次に行く国はメリッサだ。準備したらすぐに向かうぞ。」



 フェイルは詳しい事は告げずに有無を言わさずメリッサに向かうと言ったのだ。

 しかし、カリーは反対した……その心とは裏腹に。



「ダメだ。俺達の救いを待っている国がまだ残っているだろ? それに内戦って事は相手は魔物ではないし、王族ならそうそう殺されることはない。俺に気を遣わないでくれ。」


「あぁ? 馬鹿かお前? お前が一番守りたい者、それを守れないようならお前は勇者の仲間として失格だ。大事な人に少しでも危険があるなら助けろ。それができなきゃ勇者パーティの一員とは認めねぇ。魔物は関係ないかもしれない? それがどうした? そんなの大切なもんの前じゃ関係ねぇだろ。」


「そうよ。大体ね、あんた顔に出過ぎ。というか私だってローズちゃん心配だし! あんたの為だけに向かうなんて図々しい事思わないでよね。ねぇフェイル。」


「あぁ、その通りだよバーラ。まぁ俺が一番守りたいのはお前だけどね。」


「もうっ! フェイルったら!」



 カリーの反対を真っ向から無視……というか否定するフェイルとバンバーラ。

 それどころか、心配するカリーの前でいちゃつく二人である。

 この3年の間で、二人はいつの間にか付き合う事になっていた。


 正直、目の前で姉が他の男とラブラブしているのを目にするのは、ひじょ~に複雑な気持ちであるが、その相手が自分の一番尊敬する男だからこそ目を瞑っている。



「……ありがとう。」



 そんな二人のやり取りを見て、カリーは小さくお礼を言った。

 二人が自分に気を遣わせないために、馬鹿なコントをしているのがわかっている。

 カリーもこの3年の間で色んな国を旅をして、人間としても大分大人に成長した。

 当然、個人的な戦闘力もだが……それ以上に心の成長の方が大きい。



「っつうわけでよ。急いでお前のハニーの無事を確認してこようぜ。なんなら、ついでに結婚してもいいぞ? あの時に誓いのキスをした子だろ? 俺達が盛大に祝ってやんぜ!」


「そうね! ローズちゃんと結婚しちゃいなさいよ。あっ! フェイル! だったらついでに私達もそこで式挙げちゃわない?」


「おっ! いいねぇ~。まぁ式なんか挙げなくても、俺は生涯バーラとずっと一緒だけどな。」


「もうっ! 嬉しい事言うんだからぁ! このこのぉ~。」



 再びイチャラブし始めるフェイルとバンバーラ。

 思わず目を背けるカリー。

 流石にやり過ぎだ、見てられない。



 つうか、結婚ってなんだよ!

 自分達がしたいだけじゃん!

 そもそも俺はまだ付き合ってすらいねぇよ!



 カリーはそんな二人をよそに心の中でツッコミを入れる。



「まじでもうやめてくれ! もういいって! これ以上は俺の精神が死ぬ!」


「おう、じゃあ直ぐに発つぞ。あぁ、それとカリー。もう下らねぇ事は考えるなよ? 俺達は仲間であり、家族だ。お前たちの為なら俺は命を捨てても構わないと思ってる。だから……まぁなんつうか、遠慮すんなよ?」


「……お、おう。兄貴……じゃなかった、フェイル。」


「よろしい! んじゃ出発だ!」



 ちなみにだが、カリーがフェイルを兄貴と呼ばないようにしているのには理由がある。


 フェイルがカリーを一人前と認めた時、兄貴と呼ばせないようにしたのだ。

 つまりは、対等の存在として扱うという事。

 それでも、まだカリーはいつもの癖で兄貴と言ってしまうが……。

 


「無事でいてくれよ……。ローズ……。」

 


【メリッサ 近港】


 あれからメリッサまで船で向かったフェイル達であるが、メリッサ港が近づくにつれて不穏な光景が目に映り始める。


 空に立ちのぼるは、不吉な予感を感じさせる禍々しき黒煙。


 その煙は、普通に考えて煙突から立ち上る煙というレベルではない。

 間違いなく、メリッサで何か良くない事が起こっている。



「カリー、あの煙がどこから上がっているかわかるか?」



 フェイルは目を細めて煙の発生場所を注視しながらカリーに尋ねると、カリーは顔を真っ青にさせて叫んだ。

 


「あの場所は……俺の……俺と姉貴が暮らしていた貧民街だ!」


「嘘!? なんで? どうして貧民街だけが燃えているのよ!」



 冷静なフェイルと違って、カリーとバンバーラは一目でわかるくらいに激しく動揺している。



「二人共落ち着け!! とりあえず状況は分からないが、陸に着いたら急いであそこに向かうぞ。港からどうやって行くのが一番早い?」


「そ、そうね。こんな時程冷静にならないと! えっと、港からだと商業区を抜けるのが一番早いわ。丁度いいから、そこで馬を借りて行きましょう。」



 フェイルの声を聞き、少しは落ち着きを取り戻したバンバーラ。

 しかし鬼気迫る状況で馬を借りる必要があるのか、フェイルには疑問だった。



「馬を? あそこまでは走って行くと遠いのか?」


「そこまで遠くはないけど港に厩舎があるの。それなら馬に乗った方が速いわね。」



 フェイルとバンバーラは、既に港についてからの行動について話し始めていた。

 しかしカリーだけは未だに放心状態であり、煙が立ち上っている貧民街を見つめている。

 どうやらカリーにとって故郷が燃えている状況は、想像以上に精神的ダメージが大きかったようだ。

 未だに頭が現実に追いついていない。


 そんなカリーに気付いたフェイルは、カリーに近づくと平手打ちをした。



「おいっ! カリー、しっかりしろ。お前が守るんだろ? 目を覚ませ!」



 すると、その痛みでカリーは我に返る。

 といいたいところだが、やはり未だにショックは消えていないようだ。



「あ……あぁ。そうだ……俺が……俺が守らないといけねぇ!!」



 カリーの目には憎悪の炎を灯っており、今度は今度で前が見えていない感じになっている。

 


「一人で気負う必要はない。大丈夫だ、俺もバーラもいる。バーラがいれば火は抑えられるはずだ。それよりも、何が起きているかの確認をしたい。港に着いたらお前は状況を確認してくれ。その間に俺とバーラで馬を借りてくる。できるか?」



 そんな状況のカリーをフェイルは責めない。

 軽く肩に触れて落ち着かせようとするだけだ。

 しかし、今のカリーにはほとんどフェイルの言葉は耳に入っていない。

 胸の中で膨らむ憎悪がカリーの平静を完全に奪っていた。



「あぁ……。当然だ。俺の故郷をめちゃくちゃにした奴をタダじゃおかねぇ!!」



 理由は分からないが大切な故郷が燃えている。

 大切なものが壊される悲しみはフェイルは何度も味わった。

 そのためカリーの気持ちは痛い程よくわかる。

 しかし、だからこそ今は冷静にならなければならない。

 自分と同じ過ちをカリーにさせるわけにはいかない。



 落ち着かせようと優しく声を掛けていたが、今はそんな状況ではない。

 そう判断したフェイルは、今度は手拳でカリーの顔面を殴打した。



「がはっ!!」



 突然の激しい痛みに、腹の中から思いきり空気を吐き出すカリー。

 そしてフェイルは床に倒れ込んだカリーの胸倉を掴み上げんで怒鳴る。



「そうじゃねぇだろ! まだわからねぇのか?!? こういう時程冷静になれっていつも言ってんだろ! 大切なもん守りたかったらなぁ、自分を見失うんじゃねぇ!」



 その形相を見てカリーは次第に頭が冷静になっていった。

 そして唇から滲む血を腕で拭い取ると、今までの旅でフェイルに言われ続けていた言葉を思い出す。



 常に心は熱く、そして頭は冷めたく。



 この言葉はフェイルのモットーであり、そしてカリーにとっても、幾度となく心に刻んできた言葉だ。

 この言葉が意味する事は、これまでの厳しい戦いの中で痛い程痛感している。

 それだけ冷静さを失わないという事がどれだけ大切かをカリーも理解していた。



「いきなり殴ってすまない、カリー。それで、俺はお前に情報収集を任せていいのか? お前がまだショックから立ち直れないなら……」


「できる! すまねぇ、兄貴。悪かった、少し熱が頭に回っちまったみたいだ。でももう大丈夫。とりあえず状況の確認は俺に任せてくれ。」



 どうやら、一応はフェイルの話は聞こえていたらしい。

 フェイルが最後まで言う前にカリーは自分がやれる事を伝える。

 それをみて、フェイルは黙って首を縦に振る。

 任せてもいいと判断したようだ。



「わかった。頼んだぞカリー。俺とバーラは港に着いたら馬を借りに行く。お前は出来る限り早く、そして多くの情報を集め終わったら厩舎にきてくれ。それでいいか? バーラ。」


「えぇ、問題ないわ。とにかく船がついたら急ぎましょう。いつも通り時間勝負ね。」



 こうしてカリー達は、船が港につくと別々に分かれて役目を果たす。

 そして港についたフェイルとバーラは厩舎に向かって走りだすと、カリーもまた別方向に向けて全力で走るのだった。 



 カリーが向かったのは、昔から世話になっていた冒険者ギルド。

 当然、情報を集めるならそこしかない。

 そしてあっという間に冒険者ギルドまで辿り着いたカリーは勢いよくその扉を開く。


 するとカリーの予想とは違い、冒険者ギルドの中には冒険者や情報屋等が見当たらない。

 そこにいたのは、小さな子供や貧相な服を着た一般人達だった。


 その中で、一人の女性がカリーと目が合う。

 目が合ったその女性は、カリーに気付くと驚いた顔で声を掛けてきた。



「カリー!? 無事だったのですね!」


「ババァ! それにガキども!」



 そこにいたのは、カリーが育った養護施設のマザーと子供達。

 マザーの声でカリーがいる事に気付いた子供達は、一斉にカリーに向かって走って抱き着いてくる。



「わーい! カリーお兄ちゃんだ!」

「遅いよ! お兄ちゃん!」

「おかえり! お兄ちゃん!!」


 

 カリーは子供達を一度ギュッと抱きしめると、その瞬間、胸の中にあった不安の大部分が解消された。

 黒煙を見た時に一番気にしていたのは養護施設の子供達やマザーだったからである。


 カリーの頭の中では、燃え盛る炎に包まれて泣き叫ぶ子供達を想像してしまっていたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。

 全員の無事を確認できたカリーはうっすらその瞳に涙が浮かぶ程安堵する。



「あぁ、わりぃ。遅くなっちまった。それでこれはどういう状況なんだ?」



 一番の不安が解消したカリーは、今の状況について落ち着いてマザーに確認した。



「それがね、私たちにもよく分からないのです。突然町に炎の魔物が現れて襲ってきたみたい。だけど、私たちはローズ姫のお陰で……はっ!! カリー大変!!」



 カリーに事の状況を説明し始めたのマザーであるが、ローズの名前を出した瞬間、重要な事を思い出す。



「ローズだと……!? おい、どういう事だ!?」



 突然のローズの名前。

 そして焦るように叫んだマザーを見て、カリーは嫌な予感が胸に過った(よぎった)



「い、痛いわ。カリー。」



 気が付けば、カリーはマザーの肩を掴んでいた。



「わ、悪ぃ。すまない、動揺しちまった。それでローズがどうしたんだ? 詳しく教えてくれ!」


「私の方こそごめんなさいね。内容も言わないでいきなり、ローズ姫が大変だなんて言って……。実は、ローズ姫はボッチが養護施設に取り残されたと思い、助けに行ってしまったまま帰ってこないのです。私達はボッチがいる事に気付いて直ぐに兵士様達に伝えたんですけど、まだ……。」



 どうやらローズはあの炎に包まれた中にいるらしい。

 それを聞いたカリーは今すぐにでも飛び出していきたくなる気持ちと抑え、更に詳しい状況を確認する。



「そういうことか……。わかった、ローズは必ず俺が助ける。それでローズは一人で向かったのか?」


「いえ、黒い鎧を着た強そうな兵と二人でしたわ。」


「黒衣の戦士……ローズを任される位の奴ならあいつしかいないか……。会った事は無いが有名な奴だ。確か……ラギリとかいう元盗賊のバトルロードだな。」



 一通りの話を聞いたカリーは、とりあえず現状を把握した。

 そして、それは率直に言って最悪な状況。


 船の上からみたところ煙が上がっていたのは貧民街のみ。

 故に城で暮らしているローズは大丈夫だと思っていたのだが、どうやら違ったようだ。


 正直、カリーの内心は全く穏やかではない。

 しかし、マザーや子供達を安心させるためにも必死に平静を装っている。

 それを見透かしてなのか、マザーはカリーに近づくと抱きしめた。



「ローズ姫をお願いします。ですが、あなたも決して無理はしないでください。あなたも私の可愛い息子なのですから。」



 その光景を目にしていた子供達もまた、カリーに抱き着くとその足にしがみ付く。

 再び自分の前から大好きなカリーがいなくなると思い、不安になったのだ。



「ヤダヤダ! まだ行かないでよ!」

「お兄ちゃん、どこいくの? 一緒にいてよ!」


「馬鹿! 兄貴は姫様を助けに行くんだよ! 兄貴の邪魔をするんじゃねぇ!」

「そうよ。カリーお兄ちゃんはね、お姫様を助けに行ってくれるの。だから、みんなもお兄ちゃんを応援してあげて。」



 駄々をこねる子供達を、年長の子とマザーが窘める(たしなめる)。

 すると、やっとカリーの足にしがみついていた子供達が離れていった。



「……うっぐ……。うっぐ。でも……おにいちゃん……帰ってくるよね? また会えるよね?」


「あぁ、元気一杯のローズと一緒に戻ってきてやるよ。そしたら、ローズの奢りで腹一杯美味い飯食おうな。」



「絶対だよ! 絶対帰ってきてね、お兄ちゃん。」

「兄貴……姫様を頼みます!」



「あぁ、任せておけ! お前もババァと弟達をよろしくな。」



 それからすぐにカリーは冒険者ギルドを出て行き、フェイル達のいる厩舎に向かって全力で駆け抜けていくのであった。

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