第9話 取り乱す王子

【メリッサ城】



「何っ!? それは本当か? 貴様……間違った報告ならただじゃおかないぞ!!」


「申し訳ございません! しかし、現場からはそのように報告を受けている故……。」



 メリッサ城では、シルクの下に最悪な報告が伝えられていた。



 ローズ姫が子供を助ける為に、燃え盛る建物の中に連れの男と向かったまま帰らない。



 この報告を聞いたシルクは、今までにないほど取り乱す。



「……探せ! 全員だ! ロイヤルガードも含めて全部を捜索部隊にあてろ! 今すぐにだ!」



 そして自分の警護も全て取っ払ってローズの捜索にあてるように命令すると、傍にいたズーク大臣が異議を唱えた。



「お待ちくださいシルク王子。流石にロイヤルガードを派遣するのは危険でございます。探すのは必要最小限にする方がよろしいかと。」


「貴様……。お前がラギリなら安心だと言ったから私はやむなく許可をしたのだ。それをお前は理解しているのか? ズーク大臣。お前はもうここから出て行け。後は俺の指示で兵を動かす。」


「左様でございますか。わかりました、それでは私は別の方法でローズ姫を探すとしましょう。」



 ズークはシルクに出て行けと言われるや否や、呆気にとられる程簡単に引き下がってその場を後にする。



「何をしている? 早く行け! いや、ちょっと待て。やはりロイヤルガードは半分残しておけ。後は全ての兵士を使ってでも、ローズを見つけるんだ!! わかったか?」


「ははっ!!」



 シルクから命令を受けた兵士が部屋を出て行った事でシルクは一人になった。

 そして残されたシルクはその場で跪くと神に祈りを捧げる。



「……どうか。どうか、妹をお助け下さい。神様。」



 それからしばらくして、再度シルクの部屋に一人の兵士が慌てて入ってきた。



「報告します! 先ほど、城に書状が届きました。」


「書状だと? そんな物は後にしろ! 俺が欲しいのはそんな報告ではない!」


「し、しかし。……その、手紙の送り主が……。」


「なんだ? 言ってみろ? 隣国の王か? それともエルフの長か?」


「い、いえ。違います。手紙の送り主は……現在捜索中のラギリからであります。」


「なにっ!? よこせ!!」



 兵士から報告を受けたシルクは勢いよく手紙を奪い取ると、その封を破いて中身を確認する。



「……なんだと!? あの野郎……。ふざけやがって! おい! 直ぐにズーク大臣をここに呼び戻せ!」


 

 手紙を読んだシルクは顔を真っ赤にしながら、怒鳴り飛ばした。

 それを聞いた兵は、すぐさま踵を返してズーク大臣を探しに部屋から出て行く。


 その手紙に書いてあった内容は……



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 悪政を敷くシルク王子へ


 ご機嫌いかがでしょうか? あなたが今一番心配しているであろう、ローズ姫はこの私が預かっております。あなたと姫が行った貴族制度の廃止によって国が乱れているのはご存じでしょうか? そして私は、あなた方の施策によって大切な人は牢に入れられてしまっております。これを私は許すわけにはいきません。よって、取引を申し出る事にしました。まず一つ目は、貴族制度の復活。二つ目は、粛清により囚われた者達の解放。二つの条件が満たされた場合のみ姫を解放します。もしも、この二つの条件を飲まれない場合は……ローズ姫を殺す。



 ラギリ


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「お呼びですか? シルク王子。」


「……あぁ。呼んだよ。このクソ狸が!!」



 飄々(ひょうひょう)と現れたズーク大臣をシルクは唸り飛ばす。


 それも当然だった。


 シルクは一連の騒動の原因……いや、黒幕はズークだと考えている。

 そう考えるのが自然であり、正直、ズーク大臣はもう城から逃げたとさえ思っていた。

 だがそれにも関わらず至って自然に現れたズークを見て、シルクの頭の血管が切れそうになるほど血が上っている。


 しかし一方ズークの方はというと、わざとらしい位いつもと同じ感じだった。

 その様子を見て、シルクは悩む。

 もしもズークが黒幕ならば、いや、ズークが疑われるような状況になれば普通ならいないはず。


 しかし、こいつはいる。わからない。

 

 絶対自分の身が守られる算段があるのか……。

 それとも本当に関係がないのか……。



「一体どうされましたかな? 何かあったのであれば、是非、このクソ狸にお話しください。」



 心配そうな声を出しながらも、さっきシルクが放った悪口を嫌味にして返すズーク。

 ズークは余裕の笑みすら浮かべている。

 シルクは胸に沸き立つ怒りをグッと抑えつけながらも、手紙をズークに投げつけた。



「読んでみろ。弁明を聞いてやる。」



 ズークは床に落ちた手紙を拾うや、その内容を直ぐに読み上げる。



--そして



「これは誰かの悪戯ではないでしょうか? ラギリに限ってこんな事はありえませんぞ。それにラギリは盗賊出身故、貴族に知り合いがいるとも思えませぬ。いたとしても、ここまで大胆な行動をとるほど奴は馬鹿ではござらぬ。」


「……ほう。悪戯とな。その根拠はどこだ? ラギリでないならば一体これを書いて寄越したのは誰であるか? 一番疑わしいのはお前だ、ズーク。これまでの流れを見れば、お前が裏で糸を引いてるのは想像に容易いぞ!! 今すぐローズを解放しろ! でなければ、今この場でお前の首を落とす!!」



 シルクは怒り狂いながらも、頭を冷静にさせて質問する。

 直接本人に疑いをかければ、ズークが黒なのか白なのかわかると思ったからだ。

 正直、現時点ズークは真っ黒。

 であれば、命乞いをするか、言い逃れをするだろう。



ーーしかし、結果はシルクの想像と違った。



 なんと、ズークは自ら首を差し出したのである。

 これにはシルクも動揺した。



「誤解でございます。私の首を落としたいのならば、どうぞ落とし下さい。ですが、もしこれが本当にラギリであれば、ラギリが行きそうな所を知るのは私だけでございます。それでもよろしいので?」


「貴様っ!!! 」



 シルクはここにきて大きく迷う。



 もしも、こいつが黒ならば早めに殺さなければならない。

 言いたくはないが、ズークは頭が良い。

 根源は速めに断ち切るべきだ。


 しかし、本当に殺していいのか? 

 もし違えば、ローズの行方への情報が無くなる。

 なら拷問をするか? いや、そんな時間はない。

 そもそも大臣職の者をいきなり拷問するようでは、国としての体裁が悪すぎだ。


 

 心が怒り一色になろうとも、シルクの頭は冷静だった。

 それこそがシルクが特に優秀な王子と言われる所以でもあり、国政を任されていた要員でもあった。


 シルクは自然と手にした剣の柄を力強く握り締める。


 ズークの言っている事は正論だ。

 そもそもこの手紙が本当にラギリが送ったものである保証はない。

 そして、仮にこれが本当にラギリからの手紙であれば、ズークを殺すのは最悪手ともいえる。


 それがわかるが故に口から血が出る程に歯を食いしばりながらも、頭をフル回転させた。

 そしてその状況を見ていたズークは、落ち着いた様子で更にシルクに追い打ちをかける。



「それでいかがないさいますか? 手紙に書いてある事が事実であれば、ローズ姫はまだ生きているようでございます。それでも私が黒幕だと思うなら、迷わずこの首を斬り落とすがいいでしょう。」



 シルクはその言葉に握り締めていた剣から手を離した。



 正直、ズークは疑わしい。

 だが、もし手紙が事実であれば、ズークを殺すと全てが後手に回る。

 故に、ここは耐えることに決めた。

 耐えた上で、今打てる全ての手を考える。



「クソっ! もしも……もしもこの手紙を書いたのがラギリ本人であれば、お前は処刑だ。そうでなくとも、妹を……この国の姫を危険な目に遭わせたお前は極刑にする……だが、姫が無事であれば減刑を考えよう。さぁ、早く教えろ! ラギリの居場所を! 俺が行く!」


「賢明な判断です、シルク王子。私の減刑はともかくとして、本当に王子本人が向かわれるのですか? ……ふぅ。しかしこうなったら、何を言っても無駄でしょうな。わかりました、ラギリがいるかどうかはわかりませぬが、ラギリが盗賊であった頃に使っていたアジトに行ってみましょう。もしそこにいれば、私からもラギリを説得します故、私も同行することをお許し下さい。」



 シルクはズークを疑うのはやめない。

 故にローズの救出を自分以外の誰かを任せるわけにはいかなかった。

 普段ならズークは猛反対するが、今の状況から無理だと悟ったのだろう。

 しかし怪しい奴は近くに置いていた方がいいため、ズークの動向はシルクにとって悪い事ではなかった。



「わかった。では、今すぐ準備をしろ。」


「少しお待ちを。もしもそこに向かうならば、軍は連れて行かぬがよろしいかと具申します。もしもその手紙がラギリ本人が書いた物で間違いなければ、ラギリの性格上、交渉の余地なしと判断し即刻姫を殺すでしょう。ラギリもバカではございません。手紙だけで本当に願いが通るとは思っていないはずでございます。であれば、次の手として直接交渉や再度直接的な脅しを考えるはず。つまり、交渉の余地がある可能性を此方から断ち切るのは下策でしょうな。」



 ズークの言葉に、再びシルクは唇を噛みしめる。

 普段のシルクなら、当然その可能性にも気づき違う方法を取るだろう。

 いつのまにか考えが直情的になっている。

 


 悔しいが……ズークの言う通りにしたほうがいい。



「……くっ。わかった。それでは精鋭30名を……」


「多すぎです、王子。私達を入れて10人以下にするべきかと。30人では小さな軍と変わりませぬぞ。」



 シルクは何も言えなくなってしまった。

 もはや、この場は完全にズークにコントロールされている。

 シルクがそれに気付かない程に……。



「……わかった。では、国で最強の兵8名で編成せよ。直ぐに三番街区にいる隊長達を城に戻せ。そして、他の兵には捜索範囲を広域にすることと情報収集もやらせろ。わかったか!?」


「ははっ!!」



 こうしてシルク率いる精鋭部隊は、ラギリがいると思われる隠しアジトに向かうのであった。


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