第8話 ウラギリ

「早く負傷者を救護所に運べ!」


「無理だ! もうあそこは一杯だぞ!」


「クソ! 国は何やってんだよ! 貧民街なんてどうでもいいってか?」



 メリッサ三番街貧民区画は、現在阿鼻叫喚の状況であった。


 突然のモンスターの襲撃

 逃げ遅れる住民

 燃え盛る民家


 子供を抱いて走る母と子

 魔物を食い止める冒険者

 民家の火を消して回る魔法使い

 負傷者を治癒し続ける僧侶


 あまりに突然の出来事に誰もが混乱した。

 そもそもこんな形で国内に魔物が侵入される事等ありえない。


 ……だが、現実にそれは起こっている。


 迷う事はない。

 戦える者は、魔物と戦い。

 戦えない者は、ひたすら逃げるだけ。


 今回襲撃を受けたのは三番街区。

 ここには裕福層が住む富裕区画と、平民が多く住む商業区画、そして貧しい者が暮らす貧民区画があった。


 魔物が最初に現れたのは富裕区画。

 しかし不思議な事に魔物達は富裕区画を破壊する事なく、商業区画を通り過ぎて貧民区画(以後貧民街)に真っ直ぐ向かっていった。


 最初に現れたのが商業区画であったならば、比較的早い段階で貧民街にも避難警報が伝わったはずである。

 しかし、不幸な事に最初に現れたのが裕福区画であった為、富裕層の住民達は自己の財産の保全を最優先として外部に状況を伝える者がいなかった。



 結果として、貧民街の住民は何も知らされる事なく窮地に陥ってしまったのである。

 


 そんな中、城から馬に乗って貧民街まで最短ルートで駆けるローズとラギル。

 二人の目には、ようやく赤い炎が映り始めた。



「姫。どうやら、魔物の中にフレイムマンがいるようです。貧民街は既に殆ど崩落しているでしょう。一度商業区画に向かうのがよろしいかと。」


「ダメです! まだ助けを待つ人がいるはずです! 一人でも多くの住民を守るには、そんな暇はありませんわ。急ぎますわよ!」


 

 ローズはラギルの進言を無視して馬に鞭を入れて加速すると、一直線に貧民街に向けて駆け抜けた。


 そして遂に到着する。

 ローズの目に映るは、燃え盛る民家と、通りに倒れ伏している貧民街の住人達。


 鎧を着た男。

 子を抱いたまま焼け焦げた母親。

 既に形もわからないほど炭になった死体。


 倒れている人の中にはローズの知っている人達もいた。

 あまりの惨状に言葉を失い、立ち尽くすローズ。



「だから言ったではないですか。これは姫が目にしていい景色ではない。」


「……景色? これをあなたは景色と呼ぶの? この酷い光景を!!」


「同じ事です。それよりどうするのですか? この火の海の中、避難誘導するつもりですか? 私は御免です。燃えたくはありませんから。」


「そう……。なら、あなたは帰って下さい。私はそれでも探します。」


「……はぁ。わかりました、ですが火の中へ無闇に突っ込まないで下さい。私の仕事はあなたの護衛。魔物から守るのはわかりますが、火に飛び込んだ姫を守るのは私の仕事ではありませんので。」


 

 ラギルはそう言うと、ローズの後ろを警戒しながら歩き始める。



「誰か、誰かいませんか!? 助けにきました! 誰か!!」



 ローズは炎を避けながらも、必死に叫びながら貧民街を歩いた。

 運がいいのか、まだ魔物達とは遭遇していない。

 だがしかし、その呼び掛けに応える者もまたいなかった。

 普段歩き慣れた貧民街とはいえ、あちこちが瓦礫に埋まっており正直方向もわからないでいる。


 養護施設に向かいたいローズだが、今はただ歩ける場所を歩きながら叫ぶことしかできなかった。


「ナァァ~!」


 すると、突然瓦礫の下から猫の声が聞こえる。

 ローズの声を聞いて外に出てきたのは、カリーが飼っていた猫のクロだった。

 ローズは、カリーがいなくなってからクロに餌をあげるのが日課になっており、クロはローズの匂いを感じて自分の居場所を教えたのである。



「クロちゃん!? 無事だったのね!」



 ローズはクロを抱き上げると力強く抱きしめる……が、クロはその腕の隙間から抜け出して地面に降りた。



「え? どこいくの? ねぇ、クロちゃん!」



 クロはローズの腕から降りると、スタスタと歩き始める。

 時折後ろを振り返ってはローズの位置を確認していることから、何処かに案内しようとしているのかもしれない。

 それを察したローズは黙ってクロの後ろを付いていくと、なんとクロは養護施設の前まで行って立ち止まる。

 

 辿り着いた養護施設は、まだ燃えてはいなかった。

 そして扉は閉まっているものの、なんとなく中に人の気配を感じる。



「クロちゃん、案内してくれてありがとう! 中には誰がいるの??」



 ローズは歓喜の声をあげるも、当然クロは答えない。

 そんな事は当然ローズもわかっていたので、早速養護施設の扉の前で声を上げた。



「すみません! 助けにきました! 誰か中にいますか!?」



 その声が聞こえたのか、しばらくすると中で足音が聞こえて扉が開いた。



「姫様!?」



 扉を開けたのは50代半ばの女性。

 マザーと呼ばれる施設長である。



「マザーさん! みんな無事ですか!?」


「はい。なんとか全員地下に避難しております。ですが、この状況でしたので移動する事ができなくて……あら! クロ! あんたどこ行ってたのよ?」


「クロちゃんがこの場所を教えてくれたのです。もう安心して下さい、子供達もみんな安全な場所まで案内します。まもなく商業区画に兵も集まっているはずですし、そこまで向かいましょう。」


「あらあら。クロや、あんたそんな無茶をして……わかりました。では子供達を連れてきますのでよろしくお願いします。」



 マザーはローズに頭を下げると、施設の中に入って行った。



「姫。それでは私は、向かう道に魔物がいないか先に索敵してきます。ですので、私が戻るまではこの施設の中にいて下さい。」


「わかりましたわ。よろしくお願いします。」



 ラギルはそう言うと、その場所から移動を始める。

 そしてローズは言われた通り施設の中に入って子供達の安全を確認した。



「姫ちゃまが助けに来てくれたの?」

「わーい! ローズねぇちゃんだぁ!」


 子供達はローズを見つけると一斉に飛びついてくる。それをしゃがんで受け止めるローズ。



「よかった……みんな無事で……。もう大丈夫よ、私がみんなを守ってあげるからね。」


「僕は守らなくても平気だい! カリー兄ちゃんと、みんなを守るって約束したんだ!」


「そうなの? 偉いわね、じゃあ私と一緒にみんなを守ってあげましょうね。」


「うん! 姫様も僕が守る!」


「うふふ。ありがとう、小さな騎士さん。」


 そしてしばらくすると、施設の扉が開かれ、外からラギルが入ってくる。


「姫様。安全なルートを発見しました。炎が大分迫ってますので、早急に移動が必要です。」


「わかりました! それでは皆さんついて来て下さい。最後尾を私が歩きますから、子供達は手を繋いで歩いて下さい。」


 ローズがそう言うと、全員養護施設を出てラギルの後ろを歩き始めた。

 外に出るとラギルが言う通り火の手が大分回っており、子供達にこの熱波はかなり厳しい……とはいえ、それでもここから逃げなければ死んでしまう。



「みんな、熱いかもしれないけど頑張って! どうしても無理だったらおんぶしてあげるから!」


「大丈夫! 僕たちは自分の足で歩けるもん!」



 ローズの声に子供達が声を大にして叫んだ。

 しかし子供達は気丈に我慢をする。

 本当は辛いはずなのに、強い子供達だ。


 そしてそのまま魔物と遭遇する事なく商業区画までたどり着くと、そこには多くの兵士達が集まっていた。

 もうここまで来れば安心である。



「ありがとう、姫ちゃま!」

「ローズ姫……あなたが来なければ私達は死んでいたかもしれません。本当にありがとうございます。」



 子供達やマザーは頭を下げてローズにお礼を言った。

 その様子を見て、ローズも少しは救われた気持ちになる



……がその時



「ねぇ、そう言えばボッチはどこ?」

「あれ? 一緒に出たと思うけど?」

「ボッチーー! おーーい! ボッチーー!」



 突然子供達は慌てたようにひとりの子供の名前を叫んだ。

 それを聞いた瞬間、ローズの頬に嫌な汗が流れる。



「ま、まさか! 取り残されたの!?」


「そんな……出る時人数の確認はしたはずなのに……。」



 ローズの言葉に、マザーは崩れ落ちながら弱弱しく呟いた。

 しかし、直ぐに頭を冷静にしたローズは安心させるように強く言葉を放つ。



「大丈夫! あそこならまだ間に合うはずですわ! ラギリ! 行くわよ!」


「ダメです! 姫。兵に任せた方がいい。あなたが行く必要はどこにもない。」



 ラギリが行っている事は正論だ。

 しかし兵士を信頼してないわけではないが、他の子供達を安心させるためにも自分が行くしかない。



「ボッチの顔を知ってるのも、養護施設の場所を知ってるのも私達だけですわ! それに……今は他の人に任す事などできません!」



 ローズは叫んだ。

 ボッチがいない事に気づいて泣き喚いている子供達を見て……。



「……わかりました。では、急ぎましょう。無理だったら無理矢理にでもあなたを連れ戻します。」



 ラギリはため息を一つつくと、ローズの剣幕に押されて渋々納得する。



「みんな、安心して! 必ずお姉ちゃんがボッチを連れて来るからね!!」


「うん! お姉ちゃん、ボッチを助けて!」


「わかったわ! 任せなさい!」



 ローズは胸をドンと叩くと、優しい笑みを子供達には向けた。



 再び養護施設に向かうローズ達。

 やはり火の勢いが増しており、何回か道を迂回しつつも漸く(ようやく)養護施設が見えてきた。



「まずいわ! 建物に火がまわってる! 急がないと!」


「私が先に入ります、姫は後ろについてきて下さい。」



 運がいい事にまだ扉は燃えていない。

 故にラギリが先に中へ入ると、ローズはそれに続く。



 そしてラギリは、ローズが養護施設に入ったのを確認すると



ーーー不敵な笑みを浮かべるのであった。



 一方、避難した子供達がいる商業区画の広場では、一人の子供が迷子になって泣いている。



「みんなぁ! どこぉ? 独りぼっちはいやだよぉ~! えぇーーん!」


「にゃ~。」


「あっ! クロだぁ! ねぇクロ、みんなどこか知らない?」



 その子供……ボッチがクロに尋ねると、遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。



「あっ! ボッチだ! マザー! ボッチがいるよ!」


「あら!? 本当!? 無事で良かったわ。でも……なんでこんなところに……。」



 ボッチが見つかって喜ぶマザーであったが、さっきまで全く見つからなかった理由が分からず首を傾げる。



「えっとね。ローズお姉ちゃんと一緒にいた男の人が、ここで隠れていたらお芋をくれるって言ったの。だから、ほら見て! 美味しそうなお芋もらったんだよ! でもね、なんか一人でいるのが段々怖くなって……。」



 ボッチは、手に持ったお芋を嬉しそうに見せびらかす。それを周りの子は羨ましそうに見ていた。



ーーしかし



「馬鹿野郎!! お前のせいで姫様が危険な目に合ってるんだぞ! お前を探しに戻っちまったじゃないか!」



 ボッチに厳しく怒る一人の少年。

 その少年はローズに小さな騎士と呼ばれた、養護施設でも最年長の少年キース。



「……え? 嘘? でも、僕……そんな事聞いてないよ。ただ、みんなにもお芋食べさせられると思って……。え、え~ん!!」


 

 キースに怒られたボッチは、泣き出してしまった。

 マザーはそれを見て、ボッチとキースの二人を抱きしめる。



「二人共、いいのよ。ボッチも悪気があったわけじゃなくて、みんなの為にやったことなのよね? キースもね、ボッチが嫌いで怒った訳じゃないのよ。ボッチを一番心配して探していたのはキースなんですから。二人共いい子ね。後は私に任せて。兵士さんには私から話してくるから。だから、二人はみんなのところに戻ってちょうだい。」


「ごめん……なさい。マザー。ごめん、キース。」


「あぁ、もういいよ。でも次からはみんなから離れるなよ。姫様は、俺が……」



 キースはそう言うと突然走り出そうとする……が、それをマザーが止めた。



「だめです! それだけはいけません。これ以上あの方に迷惑をかけてはなりません! お願いだから、みんなで避難所に戻りなさい。」



 普段優しく厳しい口調をしないマザーが、この時ばかりは声を張り上げて言った。

 すると、走り出そうとしていたキースが止まる。



「わ、わかったよ。でも……。」


「大丈夫。ここには強い兵士の方が沢山いますから。キース、あなたはみんなを避難所まで連れて行って頂戴。今度はあなたがみんなを守るのよ。」



 マザーにそう言われたキースは、一瞬歯を強く噛み締めると渋々それに従った。



「わかったよ! じゃあ行くぞ、ボッチ! 今度ははぐれるなよ! みんなもちゃんと手を繋いで歩くんだ。」



 キースがそう言うと、子供達は再度強く手を握り合いキースの後ろに続いて歩いていく。



 それを見て、一先ず胸を撫で下ろすマザー。



 しかし、マザーは何故か妙な胸騒ぎを感じていた。

 それはとても嫌な感じ……この先、とても恐ろしい事が起こるような。



 マザーはその場で膝をつくと、両手を胸に当てて祈り始める。



「どうか神様、ローズ姫をお守り下さい。」



 その場で神に祈りを捧げたマザーは、急ぎ兵士の下に駆けつけるのであった。



【養護施設前】



 轟々と炎が燃え広がる養護施設。

 現在その中には、ボッチを助けるべくローズとラギリが入っている。



「姫様、こちらの部屋から地下を探せます。顔を低くして来て下さい。」


「わかったわ。お願い……無事でい……て?」



 ローズはラギリが呼ぶ部屋に入ろうとしたところ、突然鈍い音と共に腹部に衝撃が走る。

 なんとローズの腹には、ラギリの拳がめり込んでいた。



「すみません、姫様。ボッチとかいう小僧は無事です。そして、あなたには人質になってもらいます。」


「ガハッ!?」



 突然の事に驚いたローズは、新鮮な空気を激しく吐き出しながらそのまま膝を折る。



「ラ、ラギリ……あなたは何を……」


 それでもローズはなんとか地面近くの空気を肺の中にいれると何とか言葉を口にするも、続く言葉は許されない。ローズが言葉を続けるより早く、ラギリはローズの頭部を殴打した。


 そしてローズはそのまま気絶する。



「これもみな、あなたが悪いのですよ。ローズ姫。」



 ラギリはそう呟くと、気絶したローズを抱きかかえ、そのまま外に出て消えるのであった。






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