第7話 急報!!

【翌日 メリッサ城】



「報告でございます!!」



 シルクのいる執務室の中に突然兵士が慌てた様子で入ってきた。

 普通なら無礼な行為であるが、これはシルクが全員に命令している事なので失礼には当たらない。

 緊急の報告がある場合は、その報告を最優先とするように厳しく伝えてあった。



「どうした!? 何があった?」


「はい。三番街区に……突然魔物の大群が出現しました! 現在冒険者ギルドの冒険者達が戦っておりますが、劣勢です。至急、兵の派遣を願います!」


「三番街区……町の人は……町の人の避難は終わっているのですか!?」



 三番街区という単語を聞いて、突然ローズが慌て始める。

 それもそのはず、三番街区とはカリーが住んでいた貧民街であり、ローズにとってその町は第二の故郷と呼んでも差し支えない程、町の者達と懇意にしていた。



「申し訳ございません! 確認はできておりませんが、住民への情報が遅れていたとのことで……おそらくは……。」


「お兄様!!」


「ダメだ! ローズ! お前を行かせるわけには行かぬ。至急部隊を現場に向かわせろ。部隊編成は後だ。まずは直接向かえる最大人員を派遣するのだ。その後は、隊長達の指揮に任せる!」


「はっ!!」



 シルクの命令に、報告をした兵士は素早く執務室から退出する。



「お兄様!! 私も行かせてください! あそこには……私が守らないといけない場所があるのです。そこだけは失う訳にはいかないのです!」


「ふん。あいつが育った養護施設の事か? 今、あいつはそこにはいないだろ? お前は大事な妹であり、姫だ。お前を危険に晒すわけにはいかない。」



 ローズの願い出をピシャリと断るシルク。

 実際王の代理としては当然の判断であり、その命令の速さや的確さは疑う余地もないだろう。

 だが一つだけ勘違いしていた。

 ローズの貧民街……いやカリーへの思いの大きさを……。



 その時、兵士と入れ替わるように執務室に一人の肥え太った中年が入ってくる。



「失礼します。シルク王……いえ、シルク王子様。」


「ズーク大臣……冗談を言っている暇はないぞ。貴様も知っての通りだ、何か用か?」



 シルクはズーク大臣の見え見えのお世辞を相手にする事なく冷たく尋ねる。

 ズーク大臣は現在貴族ではないものの優秀な人材であり、今までこの国と王を支え続けてきた男。

 だがシルクはこの男が嫌いであった。

 なぜならば妹を見る目が気持ち悪いからだ。

 優秀な事は認めるが大事な妹をそのような目で見る男など好きになれるはずもない。



「シルク王子は優秀であるが、人の心を理解できていないように思えまして……いえ、失礼しました。」


「何が言いたい? はっきり申せ。」



 現在王に変わって実権を持つシルクに対して随分な物言い。

 シルクが本当に馬鹿であれば、ズークはこのように失礼な言葉を放つことはないだろう。

 普通なら大臣と言えど処断されてもおかしくないからだ。


 しかし、ズークはシルクの事をシルク以上に理解している。

 故に、最も効率的に自分の言葉を聞き入れてもらえるようにあえて失礼な言葉を放ったのだ。



「それでは失礼を承知で言わせてもらいます……。シルク王子が厳しく縛り付ければ縛り付ける程、その反発は大きくなりまする。」


「俺ははっきり申せといったはずだ。何が言いたい?」


「これは申し訳ございません。では、はっきり申しましょう。ローズ様を行かせてあげる事を具申します。」


「何!?」



 ズークの言葉に初めて感情を表に出して叫ぶシルク。

 いつもなら冷静に様々な事を推察できるのだが、こうなると理性や論理より感情が優先されてしまう。

 つまりはこの瞬間ズークのペースになったということだ。



「無礼を承知で言わせていただいております。今やローズ姫はただの姫にあらず。ローズ様の提案する改革は正に叡智の改革。故に、ローズ様の気持ちを蔑ろ(ないがしろ)にすれば、必ず国が二つに割れます。それにいくら王子が引き留めても、あらゆる手段を用いてローズ様は城を抜けるでしょう。それならば、信頼できる兵をローズ様につけた上で行かせてあげるのが賢明かと……。」



 ズークの考えは当たっていた。


 現にローズの頭の中は今、どうやって城からの脱出して貧民街へ最速で迎えるかを考えていたところである。

 だがローズは逆にこの言葉を恐れた。

 なぜ、ズークにそれがわかってしまったのか……。

 しかしローズは迷わない。このチャンスを物にする。



「お兄様。ズーク大臣には全てお見通しの様です。私は……行きます!」


「くっ……! しかし! 誰がローズの命を守るというのだ? ズーク大臣!」


「万が一の事を考えれば、ロイヤルナイツは無理でしょう。これも失礼を承知で言葉にしますが、ローズ姫よりもシルク王子の命の方が重い。故に、王子の身の安全がこの国の最優先事項。」


「貴様!! 最優先は我が父……王でないと申すか!?」


「その通りでございます。現実的に考えて、現在この国の実権は王子にあります。であれば、いつ回復するかわからない王よりも王子が最優先と言わざるを得ませんでしょう。」


 

 ズークの言葉は全てが正論だった。

 故にシルクと言えど言葉に詰まってしまう。



「お兄様。私なら大丈夫。あてはありますわ! それに私の力を知らないわけではないでしょう?」



 ローズは小さい時から魔法の才能を有し、英才教育を施されてきた。

 それもあり、ローズの実力は国が保有する魔法騎士団に入っても隊長クラスの実力はあった。


 だがしかし……それでも万が一という事はある。

 妹を溺愛するシルクからすれば、ローズを一人で危険な場所へ行かせる事などできない。



「わかっている。しかし……。」


「安心してくだされ、シルク王子。姫には私が個人保有する最強の騎士をつけましょうぞ。私はロイヤルナイツがいる城におります故、安全は確保されております。それでいかがでしょう?」



 シルクもズークが保有する最強の騎士というのが誰かわかっていた。

 この国では珍しい上級職バトルロードの男ラギリだ。

 前衛にその男がいるのであれば、確かにローズの危険は格段に減る。



 数瞬の時、シルクは頭をフル回転させた後、渋々その案を了解することにした。



「……わかった。すまない、ズーク。妹を……姫をよろしく頼む。」


「ははっ! それではローズ姫。既にラギリを城の門に待機させております。そこで彼と合流してください。馬も用意してあります。」



 妙に手際が良すぎる行動に何故か不安を抱いたローズだが、これはまたとない幸運には違いない。

 今は一刻も早く、一人でも多くの人を助けたい。



「ありがとうございます! ズーク大臣! それでは、お兄様……行って参ります。」


「……あぁ。絶対無理はするなよ。戦いはギルドと兵士に任せろ。お前のする事は避難誘導だけだ!」


「わかってますわ、お兄様。それでは……ズーク大臣。兄を頼みます。」


「ご武運を……。」



 こうしてローズはカリーの大切な者達を守るべく、貧民街を目指して馬を走らせるのであった。

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