第6話 メリッサ改革
【メリッサ城】
「ふぅ……こうもやる事が多いと、流石に私も手が回らないな。」
「仕方ないですわ。お父様は病に伏しているのですもの。今、私達が頑張らないで誰が国を引っ張っていくんですの?」
現在城の執務室の椅子に座り、無数の書類を前にするはこの国の第一王子シルク。
そしてその傍らに立って、書類を流し読みしながら王子に声を掛けるのは、18歳となったローズ姫である。
1年前に、二人の父親である王が不治の病にかかり、床に伏してしまった。
故に、国の政治は主に第一王子であるシルクが仕切り、そしてその妹であるローズが補佐をしている。
今まで通り父と同じ政務をしていればそこまで忙しくなかったのであるが、ローズの提案により、これを機に国の一斉改革を行ったのだ。
これにより、二人は莫大な量の政務をこなさなければならなくなる。
それは過酷なイバラの道であったが、シルクとローズはお互いを支え合ってそれを一つづつこなしていた。
「そんな事は百も承知だ。だが、お前だからこそ、私は弱音を吐いているだけだ。これでも私も一人の人間だからな。たまには愚痴も言いたくなるさ。」
「お兄様にしては珍しいですわね。でも私は正直楽しくて仕方ないですわ。だって、あの改革が成功したんですもの。」
「あぁ、だがあれは諸刃の剣だ。貴族制度の撤廃なんて、父に知られたら大変だぞ。父が話せる位に体調が戻れば、全て元に戻される可能性もある。故にそうなる前に急ぎ全ての地盤を固めなければ……。父の事は心配だし、父に悪いと思わなくもないが、これは必要な事だと私も理解している。」
二人が話している改革とは、身分関係なく優秀な人材を積極的に登用し、かつ、貴族という特権階級を撤廃したことである。
改革当時貴族の大反発が起こると、あわや国が転覆しかけたものであるが、ローズが懇意にしていた冒険者ギルドの全面的な協力を得て各地で起こるクーデターを阻止した。
本来ギルドは国の方針に従う義務は無いのだが、今回は国ではなくローズ個人に協力したという形である。
冒険者ギルドは基本的に貧民街出身や平民出身が多い。
故に貧民街や平民街の為に尽力してきたローズを助けるべく、命をかけて戦ってくれたのだ。
半年に渡った改革であったが、クーデターに加担していた貴族の処断が行われた事でようやく国は落ち着きを取り戻し始めた。
しかし本当に大変なのは、これからである。
悪政とはいえ、統治する者がいなくなった街を纏めるのは容易ではない。
当然、全ての貴族がクーデターに加担したわけではなく、特に能力の高い貴族達は貴族という地位こそないが、領主として今まで通り街を治めている。
それがなかったら、きっとシルクは過労死していただろう。
それに思ったよりも平民で優秀な人材が多く埋もれていたのがわかった事も大きい。
そういった人材はローズが担当し、各地に仕事を与えて執務を行ってもらっていた。
頑張って成果を出せば、誰でもその恩恵を得る事ができるシステム。
ローズが指示したのはそれだけだ。
ローズが細かい指示を出すよりも、平民出身の領主達には自分が責任者であるという自覚を与えた。
それが功を成し、貴族がいなくなった街も少しづつ安定を取り戻すと、各街は独自に発展していく事になる。
それはシルクが想像するよりも、圧倒的に大きな成果だった。
「あら。お父様だって、元気になった時に国が豊かになっていれば安心なさってくださいますわ。お兄様は心配しすぎです。それに、優秀な人材を登用するのは当然の事ですわ。今までがおかしかったんですのよ。その成果もあって、国は豊かになり、人が増えているじゃありませんか。」
「確かに効率を考えれば、間違いなくお前の言っている事は正しい。だからこそ、俺はそれを許可して実行したんだ。しかし、これで奴らが諦めたとはどうにも信じがたい。今回の事で、お前は元貴族からかなり目をつけられている。全ての悪い貴族を処分できたわけでもなければ、人の怨みはお前が考えるよりも相当根深い。警備を増やしたとはいえ、油断ができない状況には変わらないぞ。」
「わかってますわ。でも私はこれでも優秀な魔法使いですわ。そこらへんの貴族になんか負けませんことよ。」
「その傲りが俺は危険だと言っているのだが……。はぁ……。まぁいい。お前は俺が必ず守る。俺の大事なたった一人の妹だからな。」
「お兄様大好き! 私もお兄様を支えていきますわ!」
ローズはカリーと離れ離れになった後、誓った。
いつかカリーが戻ってきた時に、カリーが生きやすい国に変える事を。
だからこそ、必死にこれまで頑張ってこれた。
その努力によって国は活気づき、急激な繁栄をもたらすことになる……が、この時はまだ気づかなかった。
この国の闇が、水面下で大きく膨らんでいた事に……。
【とある元貴族の館】
「くそっ!! 忌々しい奴らめ……どこまでワシの計画を邪魔すれば気がすむんじゃ!」
バスローブに身を包んだ男は、手にしているワイングラスを床に投げつけた。
「ふん。まぁよい。ワシにはあの方がおる。あの方の言う事さえ聞いてれば……ワシが……このワシが国を牛耳ることになろうぞ。遂にワシが王になる時がくるのだ!! わっはっは。」
男が高笑いをしていると、突然部屋の扉が開く。
その時に気付いた男は、気持ちよくなっている所を邪魔された事で怒りをあらわにしながら誰何した。
「何者か!?」
「ほう。随分上機嫌じゃないか? 怒ったり喜んだり、人族とは忙しいものよ。」
その部屋に現れたのは、漆黒のローブに身を包んだ一見して不審な男。
普通に考えれば刺客等を疑うものであるが、この部屋にいる貴族はその声を聞いた瞬間に安堵する。
なぜならば、先ほど独り言で呟いていた相手こそがその怪しげな男であったからだ。
「こ、これはお見苦しい所をお見せしてしまいました。」
元貴族の男はこの国で王族を抜かせば一番の権力者であり、王族以外に頭を下げる事はない。
しかし今彼は、王相手以上に深々と頭を下げている。
それだけ、目の前の怪しげな男に忠誠を誓っていたからだ。
「よい。それよりも……例の準備は滞りないか?」
「ははっ! 抜かりはございません。既にルートの確保とスケジュール調整……万事うまくいっております。」
「ふむ。ならよい。それと勇者の動向は掴めたか?」
元貴族の男はその質問を前に初めて固まる。
勇者の動向を探ることは最優先事項と言われているにもかかわらず、いまだにその足取りが不明だからだ。
いくつか情報自体は上がってはいるが、どれも信憑性が高くない。
そんな中途半端な情報を提供し、もしも間違っていた場合には自分がどうなるかわかったものではない……故に黙る事しかできなかった。
「……沈黙か。いいだろう、お前が精力的に調べて回っているのは知っておる。故に許す。些細な情報でもよい。間違っていても構わぬ。話せ。その情報は私の方で精査しよう。」
その言葉に歓喜の表情を浮かべて、頭を上げる元貴族。
「ありがたき御言葉! それではいくつか届いている情報についてお話させていただきます。」
「ふむ。」
………………。
「そうか。どれも可能性としては低そうだが、一応我がシモベ達に確認させよう。それでは明日お前が成功することを期待する。」
「ははっ!! 全力でやり遂げさせて頂きます!」
その言葉を聞いた瞬間、謎の男はその場から姿を消すのであった。
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