第3話 カリーとフェイル

 ローズ姫がカリーの家に泊まった日の翌朝


「じゃあ気を付けて帰れよ。こんな狭い家だけど、城が嫌になったらいつでも泊まりに来ていいぜ。お前一人くらいの面倒なら見れるからな。」


「えぇ? それってプロポーズ??」


「ば、ばか! んな事は言ってねぇよ!」


「そうよ。こんな愚弟にローズ姫は勿体ないわ。」


「もう、おねぇ様! 姫はやめてください。ローズでいいです。でもいいなぁ……昨日は本当に楽しかったです。また来てもいいですか?」


「もちろんよ。ローズ姫……ローズちゃんなら大歓迎よ。これからも弟をよろしくね。」


「はい! もちろんです。それではありがとうございました! クロちゃんもまたね!」


「にゃ~。」



 ローズはカリー達に挨拶すると、その足で城の正門に向かう。帰る時はいつも抜け道ではなく正々堂々と帰るらしいが……それって意味あるのか? とカリーは思う。



「さて、俺もギルドに行ってくっかな。いい討伐クエストがあるといいんだけど。」


「あら、今日は私もギルドに行く予定があるのよ。じゃあ久しぶりにおねぇちゃんと一緒に行く?」


「やだよ! 姉さんと一緒に行くと面倒だし!」


「んもう! 生意気な弟にはこうしてやるんだから!」


「ちょ! まじでやめて、まじで痛いから、それ!」



 バンバーラはカリーを抱き寄せると、頭を拳でぐりぐりした。



「わかったわかったって。行くよ、一緒に行くからやめてくれよ。」


「よろしい! じゃあやめてあげるわ。あ、そうだ。討伐クエスト行くなら、フェイルさんと一緒に行きなさいよ。ここら辺の地理案内位にはあんたも役に立つはずだわ。」


「はぁぁぁ? 姉さん俺を舐めすぎだろ? 冒険者ギルドの中で、もう俺より強い奴なんていないんだぜ。フェイルって奴にだって負けねぇよ。」


「カリーが強くなってるのは知ってるわ。それでもあの人は別格よ。よし、決めた! ギルド行ったらお願いしてくるわ!」


「ちょ! ふざけんな、俺は絶対あいつと一緒にクエストなんかいかねぇからな!」


「何よ!? 姉さんの命の恩人なのよ? 失礼な事を言ったら、ただじゃおかないからね。」


「だったら紹介すんなよ!」



 そうカリーは文句を言いながらも、二人で冒険者ギルドに向かう。

 そしてカリーにとって運が悪い事に、冒険者ギルドの扉の前にフェイルはいた。



「おはようございますフェイルさん。」


 

 フェイルを見つけたバンバーラは早速声を掛ける。しかし、その横にいるカリーはしかめっ面で挨拶はしない。



「おはよう、バンバーラさん。弟君もおはよう。」


「…………。」


「ほら! ちゃんと挨拶しなさい!!」



 フェイルに挨拶をされてもカリーは返さなかった。

 それを見て、直ぐにバンバーラは叱り、なんとかカリーは頭だけの会釈する。



「カリー!!」


「いやいや、そのくらいの時はそんなもんだよ。それより、バンバーラさんは今日は何を?」


「今日はちょっとギルドマスターに話しがあるのです。フェイルさんは?」


「あぁ。俺はちょっとこの付近の魔物で異変がないか調査するつもりだよ。俺に何か用があるのかい?」


「えぇ。もしよければ、その調査にカリーを連れて行ってあげてください。この子はここらへんの地理に詳しいですから。」


「はぁ?? なんで、俺があいつと……。」


「それは助かる。弟君、お願いできるかな?」


「……わかったよ。」



 カリーの悪い態度にも、決して態度を変えないフェイル。

 そしてフェイルの澄んだ瞳で見つめられると、なぜかカリーは断る事ができなかった。



【東の草原】


 現在フェイルとカリーは街の外にある草原地帯を並んで歩いている。

 フェイルの顔は社交的な笑顔を向けながら楽しそうにしているが、カリーは違った。

 


 一言で言うなら、「何で俺がこいつと……」


 そんな気持ちが表情から余裕で見て取れるほどカリーは不機嫌である。

 フェイルの事が嫌いというわけではないが、何となく姉に付きまとっている悪い虫のように感じてしまい気に入らないのだ。

 

 要は、シスコンって事である。


 しかし、そんなカリーの態度にも関わらず、フェイルは普通に笑顔で話しかけている。その姿はとても好青年風であり、スマートだ。



「弟君の名前はカリーだったね? 俺の故郷にカリーライスってご飯があってね、それが俺は好きなんだ。だからかな、俺は君の事をなぜか気に入ってるんだ。」


「はぁ? 俺はお前が嫌いだ。大体、人の名前で飯の話するなんてむかつくぜ。つうか、お前本当に強いのかよ?」


「強いよ。君よりかはね。だが、まだ俺は弱い。」


「意味わかんねぇし。それになんで弱いお前が、俺より強いってわかるんだよ。」


「だって、君……。いや、カリー。今魔物3匹に狙われているのにすら気付いていないだろ? それにすら気付かないようじゃ、俺よりは弱いかな。」



 フェイルに言われてカリーは周囲に目を配るも、付近に魔物の姿は見当たらない。



「くだらねぇ嘘ついてんじゃ……うぉ!?」



 突然地中から大王ミミズが這い出て来てカリーを襲った……が、既に剣を抜いていたフェイルが一瞬でその魔物達を斬り捨てる。



「ほらな。油断しすぎ。」


「ば、馬鹿! あんなの俺だって直ぐ倒せるし! つうか、余計な事すんなよ!」


「もし、それで君の仲間が死んでも、同じことを言うのかい?」


「死んでねぇし、そんなありもしない事を考えてもしょうがないだろ。まぁ、アンタがそれなりに強いのはわかった。でも、自分で自分を弱いなんていう奴の助言なんて聞く気はねぇからな。」


「あはは。いやぁ、本当にツンツンしてんなぁ。まじで、バンバーラちゃんとは大分違うね。」



 突然、礼儀正しかったフェイルの様子が変わる。

 その話し方にカリーは目が点になった。



「お、おまえ……猫被ってたのか?」


「いやいや、あれはあれで俺。外面ってやつだよ。でも、お前見てたらなんか馬鹿らしく思えてな。少なくとも今くらいは素でいさせてもらうよ。」


「難しい事はわかんねぇけど、なんかむかつく。」


「まぁ仲良くしようぜ。なんなら、今稽古つけてやろうか? お前は少し血を抜いたほうが良さそうだしな。」


「んだと? 稽古じゃなくて、俺がお前をボコボコにしてやるよ。」


「おぉ~おぉ~。いいねぇ。じゃあかかってこいや、クソガキ。」



【30分後】



「はぁ……はぁ……。ま、まだだ。まだ終わってねぇ!!」



 ふらふらになりながらも立ち上がるカリー。

 それを更に素手でぶん殴るフェイル。


 既にカリーの顔面はボコボコで体もあざだらけ。

 最初は剣で勝負していたが、途中からフェイルは剣すら使うのをやめた。

 二人の間にはそのくらいの実力差があったのだ。



「見上げた根性じゃん。でも、まだまだ全然だな。お前は無駄が多すぎる。気配も読めていない。そんなんじゃ戦場で直ぐ死ぬぞ。いいのか? 大切な者を守れなくても? いいのか、自分の祖国が滅んでも?」


「い……いいわけ……ねぇだろぉぉぉぉ!!」



 なんとか再び立ち上がったカリーは、剣を握り締めて袈裟斬りをする



ーーがしかし



 簡単によけられてしまい、そのまま転倒すると気を失った。

 その姿をジッと見つめるフェイル。

 その顔はどこか嬉しそうに見えた。



「いや、本当にスゲェ根性だなコイツ。センスもいいし鍛えればかなり使えそうだ。今はまだ我流で粗削りだけど、磨けば光るな。」



 フェイルは倒れたカリーに回復魔法を使う。


 勇者であるフェイルは回復魔法も攻撃魔法も使えた。

 するとカリーの体にできた痣はみるみる回復するのだが、精神力を使い切っていたらしく目は開かない。

 フェイルは木の下にカリーを横たわらせると、しばらく休憩させた後、カリーの自宅に送り届けるのであった。



【カリーの自宅】



「……ん、んん? あれ……ここは……俺のベッド?」



 カリーは目が覚めると、いつの間にか自分が家のベッドに寝ている事に気付く。

 最後の記憶はフェイルに勝負を挑んでボコボコにされたところ……。

 そして自分の体を見ると、怪我が一つもない。


 そこで全てを理解した。



「……そうか。あいつが運んでくれたのか……。くそ!!」



 カリーは今まで自分よりも強い人間に出会った事がなかった。

 冒険者ギルドにいる戦士十人を相手にしても勝てる自信はある。

 しかし今回、フェイルには全く歯が立たないどころか、相手に武器すら使わせることができなかった。

 完敗どころか、戦いにもなっていない状況。


 カリーはあの時を思い出して悔しくてたまらなくなると同時に、自分が強いと思っていた事に恥ずかしさすら覚えた。そしてその行き場のない怒りは、その拳を布団に叩きつけても消えやしない。

 

 だが、思い出す。

 フェイルが最後に言っていた言葉を……



 【大切な者を守れなくてもいいのか?】



「いいわけないだろ!! クソ! 何が最強の戦士だ! 何が弱い奴を守るだ! 俺が弱ければ意味ないだろが!」



 言葉に現わせない感情の代わりに、怒りの感情を吐き出しながら枕を扉に投げつけるカリー。



「ちょっと!! カリー?? どうしたの? 起きたの!?」



 その音を聞いたバンバーラは慌てて部屋に入ってくる。

 そして、その後ろにはあいつ



……フェイルがいた。



 その様子を見たフェイルは、バンバーラの前に出るとカリーに近づく。



「なんだ? 八つ当たりか? お前……だせぇな。お前は本当に弱すぎる。」


「うるせぇ!! 弱くて悪いかよ!!」


「あぁ、悪くはないね。ただ、弱いなら弱い風に振舞えよ? それにな、俺が弱いって言ってるのは、お前の力じゃない。お前の心だ。そんな心じゃ、力があったとしてもお前は大切なものを何一つ守れやしない。」



 鋭い眼光を向けて言葉を放つフェイル。

 しかし、まだ精神的にも幼かったカリーはそれに反抗した。



「はっ! お前に俺の何がわかるっつうんだよ! どうせお前みたいな強い奴は、弱い者の気持ちなんかわからないだろ! 偉そうな事言ってんじゃねぇよ。」


「……そうだな。俺はお前と違って弱いままではいられない。だから、その気持ちは決してわかり合えないだろうな。だがこれだけは言わせてもらうぜ? 失う辛さはお前の何倍もわかっている。」



 フェイルはそう言いながらカリーの目を正面から見つめると、カリーもまた、睨み返すようにフェイルを見る。

 一触即発になりそうな雰囲気を感じ取ったバンバーラは、すかさず二人の間に割って入った。



「もうやめなさいカリー!! 失礼よ! 大体ね、カリーが……」


「姉さんは黙っててくれ! お前らもう出てけよ!!」



 その言葉にフェイルとバンバーラは顔を見合わせると、そのまま何も言わずに部屋を出ていった。

 そして一人になったカリーは、今の自分がフェイルが言ったように凄くダサいと思い、自己嫌悪に陥る。


 こんな気持ちになったのは初めてだ。

 いつでも自分に自信があったし、それに伴う実力だってあると信じていた。


 しかし違った。


 それは、自分が知る小さな世界でだけの話で、現実の世界はもっと果てしなく広い。



 初めて負けた……それも完膚なきまで……。



 そのショックはカリーにとって、想像以上に大きかった。



 翌朝、カリーは昨日の事もあり、なんとなく姉と顔を合わせるのが気まずく思う。しかし、どう考えてもあれは八つ当たりであり、自分が悪いとわかっていた為、素直に謝ろうと一階に降りていった。

 

 下に降りると、姉はいつもと同じように、キッチンで朝食の準備をしている。


 しかし、いざ姉の近くに行くとなんて言葉をかければいいかわからない。

 その場でモジモジしながら、料理をしているバンバーラをただ見つめることしかできなかった。


 その姿はさながら、悪い事をした小さい子供が素直にごめんなさいを言えずにマゴマゴしている状況に似ている。


 しかしその時、たまたま振り返ったバンバーラは、カリーが後ろにいる事に気付いてしまった。



「あら、起きたのね。もう少し待ってね、あとちょっとで朝ごはんできるから。」



 まるで昨日の事が無かったかのように、いつもと変わらない調子の姉。

 しかも、ちゃんと謝ろうと思っていたにも関わらず、先に声を掛けられてしまい、謝るタイミングを逸する。

 だが、姉の態度に後ろめたさを強めてしまったカリーは、必死に声を絞り出して謝罪した。



「あ、あぁ。えっと……姉さんごめん。」


「ん? なんか言った? もうちょっとだから待ってね。ほら、先に椅子座ってて。」



 どうにか出す事ができた謝罪の言葉も、料理の音にかき消されてしまう。

 なんともバツが悪いカリーであるが、とりあえず言われた通りテーブルの前の椅子に黙って座る事にした。

 そしてしばらくすると、バンバーラは朝食が盛られた皿を持って椅子に座る。



「はいできた! ハムエッグとパン。サラダもあるわよ!」


「あ、ありがとう……。それと昨日はごめん。」


「なによぉ。らしくないじゃない。別にあたしは気にしてないわよ? むしろ、いつも大人ぶって可愛げのない弟が子供らしい癇癪(かんしゃく)起こして安心したくらいだわ。でもね、もし謝るならフェイルさんに謝りなさい。あの人がカリーをここまで運んでくれたんだからね。」



 少し落ち着いた事で、再度カリーは謝罪を口にするも、どうやら姉のバンバーラはその事を全く気にしていなかったようだ。

 むしろ、そういった子供のような反応に目を細めて嬉しそうにすらしている。



「わかってるよ……。ただ、あの時は、悔しくて……恥ずかしくて……。」


「いいじゃない、悔しくても、恥ずかしくても。普通はそういう思いを沢山して人は成長して強くなっていくのよ。あんたはね、少しませ過ぎなのよ。」



 そういって、カリーの頭を撫でるバンバーラ。

 普段ならその手を弾くところだが、図星過ぎて何も言えずそのままでいた。



「……あいつ。なんであんな強いのに、自分で弱いとか言ってるんだろ……。」



 ふと、フェイルが言っていた事を思い出す。

 普通に考えれば嫌味にしか聞こえないセリフだが、あの時のフェイルの声には何か決意を感じた。

 そう、まだまだ強くならなければならないという強い決意が。



「あぁ……。まぁいっか。あのね、絶対本人には言っちゃだめだよ?」



 すると、バンバーラは一瞬何かを悩んだ素振りを見せながらも話し始める。



「ん?」


「あの人はね、実は勇者なの。そして初陣で仲間や家族全員を殺されて、国そのものが滅ぼされてしまったのよ、魔族にね。」


「……え!? じゃあなんであいつは……生きてるんだ?」


「それはね、国があの人に人類の未来を託して他の国に魔法で送ったからよ。あの人は今でもその時に力が無かったこと……そして国も家族も守れなかった事を悔やんでいたわ。」


「…………。」


「だからね、あの人は二度と大切なものを失わない為、色んな国を渡り歩いて、それこそ死ぬ思いで魔族と戦い続けて今に至るのよ。」



 カリーは、フェイルの過去を聞いて絶句する。

 そしてあの時、大切なものを守れないという言葉は本人の経験だったと気付いた。

 軽く聞いただけでも、それがどれだけ壮絶な状況であるかカリーは理解する。



「でも他国に送られたのは、勇者だけじゃないだろ? 仲間も当然いるんだよな?」


「ん~ん。いないわ。フェイルさんの国で生き残ったのは彼一人。そしてその後の旅で、一応何人も仲間は出来たらしいけど、その仲間達も激しい戦いの中で全員死んでしまったらしいわ。だから……彼……仲間はもう連れないらしいの。仲間を守る力がないのに、仲間を作る気はないんだって。」



 その言葉に耳を疑うカリー。

 いくら勇者が強いと言っても、魔王軍相手に単独でどうにかできるわけがない。



「馬鹿な! いくら勇者でもそんなの無謀過ぎるだろ! ていうか、なんで姉さんはそんな事知ってるんだよ?」


「ん~、そりゃあ姉さんは情報通だからね! って嘘、本人がギルドマスターに色々報告しているのを盗み聞きしただけ。てへ。だって気になるじゃなぁい。まぁそんな訳でギルドマスターも根気強く仲間を斡旋しようとしていたけど、断られていたわ。」



 おどけるように盗み聞きをしていた事を話すバンバーラ。

 しかし、カリーはただただ一点のみを見つめて考えていた。

 そして理解する。



「そっか……。そう言う事かよ。だからあいつは……。」


「こら!! あいつとか言ったら失礼でしょ!! そんな事よりも、ご飯食べたらさっさとフェイルさんに謝りに行きなさい。昨日の話だと、彼、もうすぐこの国を出て行くわよ。」


「……え?? まじかよ!! わかった、じゃあダッシュで飯食う! ありがとう、姉さん!」


「うんうん、素直でよろしい。じゃあご飯食べたら直ぐに行ってらっしゃい!」



 カリーはフェイルに合わせる顔がないのを承知で、朝食の後、直ぐに家を飛び出した。



 カリーは決めた。

 なんとしてでもフェイルと一緒に旅に出ようと。


 自分が大切な者を守れるほど強くなるには、フェイルしかいない。

 本当の意味で強くなる為に彼の下で沢山の事を学ばなければならない。



 それは、カリーの中に初めて生まれた強い感情……



 人、それを向上心と言う。






 

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