第4話 二人だけの世界

 

 カリーは走った! 

 かつてここまで本気で走った事が無いくらい無我夢中で冒険者ギルドを目指して走った!


 胸に宿った熱い想い……

 それが爆発したが如く、周りに目もくれず一直線に駆け抜ける。

 そしてやがて見えて来る冒険者ギルド



 そこに行けばフェイルに会える。

 そこに行けばフェイルと共に旅に出れる。

 そこに行けば、俺はもっと強くなれる!


 

 カリーは勢いよくギルドの扉を開けると、周りを見渡す……が、目的の人物は見当たらない。

 ここにきて、初めて焦りの表情を浮かべるカリー。



「……いない。おっちゃん! ゆう……フェイルさんがどこにいるか知らないか!?」


 

 思わず勇者と言いそうになるカリー。

 しかしなんとかそれを押し込むと、誤魔化しながらもギルドマスターに尋ねた。

 ギルドマスターは、その鬼気迫る様子に驚きながらも落ち着いた様子で答える。



「おいおい、そんな焦ってどうしたんだよ? お前にしては珍しいな。フェイルさんなら、今しがたワシんところに別れの挨拶をして出て……」


「わかった! サンキュー!」



 ギルドマスターの言葉を最後まで聞く事なく、ギルドを飛び出すカリー。

 中途半端に話を断ち切られたギルドマスターは、なんともモヤモヤした気持ちでカリーの後ろ姿を見てつぶやいた。



「……なんだったんだ、あいつ。」



 カリーは街の出入口に向かって再び走り出す。


 そしてしばらくすると、街の門を出ようと歩くフェイルが目に入った。



「いたっ!!」


 

 更に加速するカリー。

 そしてフェイルに追いつくと、フェイルも振り返ってカリーに気づいた。



「はぁはぁはぁはぁ……。」


「おいおい、弟君じゃないか。どうしたんだよ、そんなに息を切らせて。」


「あ、あの。昨日はすみませんでした! あと、それと……。」



 カリーは激しい息遣いをなんとか抑え込みながら、フェイルに言葉を返す。

 しかし、いざフェイルを目の前にすると続く言葉が中々出てこない。


 フェイルは、カリーの様子を見て、カリーが何を言おうとしているか察した。

 そしてそれに対する答えを先に口にする。



「駄目だ。お前を連れて行く事はできない。」



 !?



 その言葉にカリーは驚くと同時に焦った。

 まだ何も口にしていないにも関わらず、自分の胸の内を見透かされた答え。

 だがそれで諦める事なんてできない。



「な、なんでだよ! 俺、何でもするから、頼む! いえ、お願いします! 俺を……俺に強さを教えてくれ……ください!」



 カリーの鬼気迫る勢いの願い出に、困った表情を浮かべるフェイル。



 本心から言えば、カリーの才能を引き出してあげたい気持ちもある。

 できるならばこの町でカリーをみっちり戦士として鍛え上げ、その上で仲間に出来るならば心強いとも思う。

 でも駄目だ。今の俺にそんな時間はない。

 この時間にも、魔族に襲われて悲しい思いをしている人が数多くいる。

 それに自分が進むは修羅の道。生きていられる保証はない。

 もしもカリーに何かあれば、バンバーラから大切な家族を奪うことになるだろう。

 そんな思いを優しい彼女にはさせたくない。そんな思いをするのは俺一人で十分だ。



 そう考えたフェイルは、厳しい言葉でカリーを突き放す事に決めた。



「無理だ。お前の力では直ぐに死ぬ。悪いが今のお前じゃ力不足なんだ。もう少し強くなったら俺を訪ねてくればいい。」


「嫌だ! 大体どこにいるか分からないだろ! それに足手纏いなら、一緒に旅をしながら強くなる! だからお願いします。」



 カリーは必死だった。

 今までこんな風に誰かに頭を下げた事などない。

 しかし、それでも……。



「いい加減にしろ! お前が守るべき相手は外の世界にはいない。お前が守るべき相手はこの国にいるじゃないか! お前がいなくなったらバンバーラはどうする? お前が死んだら、バンバーラはどう思う? それも分からないで簡単について来るなんて言うんじゃねぇ!!」


「俺は絶対死なねぇ! 絶対に何があっても生きる! そして強くなって、大切な者達を守れる自分になるんだ! その為には、あんたと一緒に旅をする必要がある! 今のままじゃあんたが言う通り、俺はいつか大切な者を失っちまうかもしれねぇ! だから頼む! いえ、お願いします! アニキ!!」



 フェイルの厳しい拒絶にも一歩として引くことがないカリー。

 流石にその気迫に押されたフェイルは、もう連れて行っちまおうかと心が揺れたが、それを直ぐに思い直す。

 やはり、バンバーラに悲しい思いをさせる訳にはいかなかった。



 そして再度断る事を決めたフェイルであったが、その言葉を出す前に意外な人物が二人の前に現れる。



「フェイルさん、弟がいきなり無理を言ってすいません!」


「バンバーラさん!? なぜあなたが?」


「ごめんなさい、多分こうなるだろうなと思って……それで弟の事なんですが……。」


「姉さん!!」


「あんたは黙ってて!」



 突然現れたバンバーラを見てカリーは焦った。

 姉に何も言わずに旅に出ようとした事がバレてしまったからである。

 別に黙っているつもりはなかった。

 正直成り行きというか、勢いというか……そこまで頭が回らなかっただけである。



「安心してくれ、バンバーラさん。弟君を連れて行くつもりはないよ。」



 怒りの表情を浮かべるバンバーラを見たフェイルは、安心させようと優しく微笑みながらどうするつもりかを伝えるのだが……



「いいえ、私からもお願いします。弟をどうか連れて行って下さい!」



 !?



 なんとバンバーラからも、カリーを旅に連れて行くようにお願いされてしまう。

 流石にこれは予想外すぎてフェイルも焦った。



「いやいや、だって俺について行けば、必ず死ぬぞ。駄目だろ、そんなの。君が俺の話を盗み聞いていたのは知ってる。それならば、聡明な君にはわかるはずだ。」


「いえ、大丈夫です。その時は、私が助けますから!」


「は??」



 バンバーラの言葉にフェイルの目は点になった。

 何を言っているのかよくわからない、というよりかは頭の整理が追いつかない。

 そして呆気にとられた顔をしているフェイルに構うことなく、バンバーラは言葉を続けた。



「ですから、カリーだけでなく私も連れて行って欲しいって事です。これでも私はそれなりに強い魔法が使えます。魔族幹部相手では足手纏いかもしれませんが、そこらへんの魔物には負けません!」



 その言葉に一番焦ったのはフェイルではなく、カリーだった。



 なぜ、姉さんが?

 姉さんがついて来る?

 嘘だろ!? 



「ちょっと姉さん! 待ってくれよ! 駄目だ、外は危険だって!」


「どの口が言うのよ、この馬鹿弟! あんたは私が守る、そしてそんなに危険ならあんたは私を守りなさい! これは姉命令よ! 大体その位出来なくて一国の姫様を守れると思ってるわけ?」


「ちょっ! 姉さん、ローズは関係ないだろ!?」


「誰が関係ないですって?」


「えっ!?」



 突然、割って入ってきたその声に驚きを隠せないカリー。

 びっくりしてその声の方に振り向くと……なんとそこにはローズが立っていたのだった。

 そしてローズは、冷たい怒りを宿した表情でカリーに詰め寄ってくる。



「カリー。私にも黙って国を出るつもりだったの?」


「あ、え、いや……えっと……。」


「酷いわ、カリー……。」



 すると突然ローズは顔を俯かせて(うつむかせて)泣くように呟いた。



「ち、違うんだ! これは、ちょっと……。ごめん、ローズ! でも俺は……。」



 なんと言い訳していいのか分からなくなるカリー。

 カリーにとって一番傷つけたくない相手、それはローズであった。


 貧民街育ちで、普段の素行から貴族や王族に目をつけられている自分。

 ローズと自分では立場が違いすぎる。

 それなのに彼女は、城を抜け出し、自分に会いに来て、いつも隣で笑ってくれた。そして貧民街でも、誰に差別する事なく、優しく接しているローズ。


 いつの頃からか、カリーの心はローズに奪われていた。釣りをしている時も、いつだって、ローズが会いに来てくれるのを期待していた。


 カリーにとってローズは初恋の相手であり、ようは完全に惚れていたのだ。


 だからこそ、何を言えばいいかわからない。

 カリーは完全にパニックに陥り、普段のカリーからは想像できないほどに慌てふためる。



 そんなカリーの姿を見て、胸が苦しくなるローズ。


 一秒だってカリーと長く一緒にいたい。会えなくなるなんて絶対に嫌だ。

 でも……カリーが自分の事をどう思ってるかわからない。

 もしかしたら自分の事なんて、なんとも思ってないかもしれない。

 だからこそ、自分に何も言わずに国を出ようとしたのかもしれない。

 そう考えると、カリーの気持ちを知るのが怖い。


 さっきまでは、そう思っていた。

 しかし今目の前にいるカリーは、今までに見た事が無いほど動揺しているのがわかる。


 そしてその姿を見て、自分の不安は間違っていたと知った。


 カリーは自分が思っているよりも自分の事を大切に思っている……そう気付いた。そして気付いてしまったからこそ、自分のわがままを大好きな相手に押し付ける訳にはいかない。



(泣いちゃだめ、笑顔で送りだしてあげなきゃ。)

 


 ローズはいつもの眩しい笑顔をカリーに向ける。



「なんちゃって! アタシ全然平気だよ。だって、それがカリーの夢を叶える近道なんでしょ? それならアタシも全力で応援するから! でも流石に、何も言わずにいなくなろうとするのは寂しいかったかな……。」



 目一杯強がって見せるローズ。

 しかしいつもローズを見続けてきたカリーには、それが強がりだとわかってしまった。



「ローズ……。」


「だからフェイルさん、アタシからもお願いします。どうかカリーを連れて行ってあげて下さい!」


「わかった。いいだろう、但し! 俺は二人を守れる程強くない。だから生きて帰れる保証はないぞ? 君は本当にそれでもいいのかい? もう会えなくなるかもしれないんだぞ?」



 遂には折れたフェイルであるが、これだけは確認しておかなければならない。

 そしてその言葉に一瞬だけ顔に迷いを見せたローズだが、カリーの事を一瞬見ると首を大きく縦に振る。



「はい! アタシはカリーを信じてます。だから……その……えっと……だ、だいじょ……うぶです。ごめんなさい……あの……これは、違うんです!」


 

 しかしここにきて、ローズは抑えてきた気持ちが爆発してしまった。

 我慢していた気持ちが溢れ出し、それが涙となってその瞳から流れ落ちる。


 ここに来る前、城に突然現れたバンバーラから大体の話は聞いていた。

 カリーの事を応援すると決めていたローズは、笑って見送るつもりだったのだがもはや限界である。

 寂しいという気持ちが表に出てしまった段階で、既に涙のダムは決壊してしまった。



 カリーは、そんなローズの両肩に優しく手をかけると……己の想いを強く告げる。



「ごめんな、ローズ。でも、お前に涙を流させるのはこれで最後にする! 俺はお前の笑顔が大好きだ! いつまでもローズの笑顔を守りたい! ……だから、待ってて欲しい。」



 その言葉にローズは顔を上げると、涙でクシャクシャになった顔で無理に笑顔を作った。



「……うん。待ってる。ずっと待ってる! だから絶対死なないで! それだけは約束して!」


「わかった! 俺は……生きてお前を……ローズを絶対に守る!」


「約束だよカリー! あっ! クロちゃんの事はちゃんと面倒見るから心配しないでね。」


「そう言えばそうだった! 姉さんまで来るんじゃ、クロの面倒を見る人がいないな。ありがとう、ローズ。」


「うん! 今日のカリーは、ちゃんとアタシの事ローズって呼んでくれるんだね。」


「……あ。いや、その。」


「もう! それでいいの! じゃあ旅立つ前に絶対生きて戻れるおまじないをかけてあげるね! 目を瞑って、カリー。」



 いつもの二人に戻ったカリー達。

 そして、カリーはローズに言われるがまま目を瞑った。



「お、おう。じゃあよろしく頼む!」


「プッ……。何よそれ。じゃあいくよ。どうか神さま、カリーを守って下さい。」



 ローズはそう言うと、カリーの唇に自分の唇を重ねた。


 その感触に驚いたカリーは目を見開く!

 すると目の前には、涙を流しながらも目をつぶって口づけをするローズが見えた。

 ローズの目から流れ落ちる涙が、その顔をつたってカリーの口に流れ込んでいく。


 その味をカリーは生涯忘れる事はない。

 少し塩っぽい切ない味。

 それがカリーにとって、一生忘れる事が出来ないファーストキスであった。



「はい。終わり! って、カリー! なんで目を開けてるのよ! ずるい!」


「いや……なんでって……。いきなりあんな事されたら、そりゃ目も開くだろ。でも……ありがとう。お陰で余計死にたく無くなった。」



 あまりの突然のキスに未だに現実に戻る事が出来ず、ぼ~っとしながら本心を洩らしてしまうカリー。

 その様子を見て、ローズも恥ずかしそうに頬を赤く染める。



「もう! 何よそれ! でも良かった。元気でいてよね、カリー。」


「あぁ、ロ……ローズもな……。」



 照れ臭く思いながらも、カリーはちゃんと意識してローズの名を呼んだ。

 いつの間にか出来あがった二人だけの世界。

 しかし残念な事にそこにいたのは二人だけでは無かった。



「おいおい、随分見せつけてくれるな? つか、お前ら完全に自分達の世界に入ってて、俺たちの存在忘れてるだろ? ったく、困った奴らだよ、本当に。これじゃ、マジでカリーを生きて返さないといけなくなったじゃねぇか……。まぁしかし、守りたい者がいれば人はいつまでも強くなれる。それを忘れんなよ、カリー。」



 突然のフェイルの言葉に、カリーとローズは二人して顔を真っ赤にさせる。

 しかし、同時にその言葉はカリーの胸の奥まで届いた。



「はい! アニキ!」



「誰がアニキだよ。これじゃ、俺がバンバーラさんと結婚しなくちゃならない雰囲気じゃねぇかよ。」


 

 カリーの吹っ切れた元気な返事に、フェイルは笑いながらツッコミを入れると……



「あら、それもいいわね。じゃあそうしましょうか? フェ・イ・ル。」



 なんとバンバーラがそれに乗っかってきて、色っぽい仕草でフェイルに身を寄せてくる。

 その妖艶な仕草に、フェイルは思わず唾を飲み込んだ。

 ぶっちゃけ、フェイルにとってバンバーラはモロタイプだった。

 しかしフェイルは誰かと恋仲になるつもりはない。

 なぜならば、必ず相手に辛い思いをさせるとわかっていたからだ。

 

 そんなフェイルだが、この時、ふと直感めいたものを感じる。



 もしかしたらこの人だったら……。



 そんな事を思うフェイルだったが、その反面、カリーは……嫉妬していた。

 故に今までの自分の行動を顧みずに叫ぶ。。



「ちょっと姉さん! 何言ってんだよ! 馬鹿な事いうなよ!」


「何よ! 散々見せつけておいて! あんたは少しは姉離れしなさい! だからシスコンとか言われるのよ!」



 バンバーラの言葉にぐうの音も出ないカリー。



ーーすると



「……ぷっ……あはははは……。」



 そのやり取りを見ていたローズが突然笑い出した。

 その笑い声を聞いたフェイル達もまた、それにつられて笑い始める。


 こうしてカリーの旅立ちは、笑顔に包まれて始まりを迎えるのであった。

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