第2話 カリーとローズ

【メリッサ城】



「なぁ、ローズ。いい加減、あの野蛮な男と会うのはやめてくれないか? 城を黙って抜け出すまでは目を瞑ろう。毎日城にいるだけじゃ息がつまるのは俺にもわかる。だけど、あいつと会うのはもうやめろ。確かにあいつの姉は優秀な魔法使いらしいが、あいつは違う。あれはただの乱暴者のろくでなしだ。」



 ローズと呼ばれた少女はサラサラの金髪に大きな瞳の美少女であった。


 そう、その少女こそこの国一美しいと噂の姫である。

 一方、その姫に忠告している男もまた、金髪碧眼のイケメンであり、この国の王子シルクだった。


 二人は双子なこともあり、普段はとても仲の良い兄妹。

 しかしこの時、その兄の言葉にローズは顔を真っ赤にさせながら怒っていた。



「兄様の馬鹿!! カリーは悪くないわ! カリーの事を何も知らないくせに、酷い事言わないで! そんな事を言う兄さまなんて大嫌いだわ!」


「嫌いでも構わない! 俺はお前が大事なんだ、ローズ。少しは自分の立場を考えてくれ。俺は王子でお前は姫だ。平民と一緒にいるだけでも、貴族達に何を言われるか……。しかも、一緒にいる平民が、町一番の乱暴者となれば、お前の品位だけでなく父の品位すら疑われるんだぞ!」


「何よ! 言いたい奴らには言わせておけばいいじゃない! カリーはね、いつか必ずこの国を救う英雄になるわ。それにね、カリーが乱暴者って言うけど、悪いのは平民をいじめている貴族達なのよ!」


「それがどうした? 今は国で内輪揉めしている場合ではないだろ。いつ魔王軍に襲われるかわからない現状だぞ、それがわからないお前ではないはずだ? いい加減わかってくれ、ローズ。」


「そんなのわからないわ! 平民ばかりを戦場に立たせて、ふんぞり返ってる貴族なんてみんな死ねばいいのよ!」


「ローズ!!」



 シルクはローズの頬を平手打ちすると、ローズはキッとした目でシルクを睨みつける。



「兄さまの……兄さまの馬鹿!!!」


「待て! 話が終わってないぞ!」



 そしてローズは、普段から使っている城の抜け道を通って城から抜け出した。

 その目には大粒の涙が溜まっている。

 叩かれたのが痛いからではない。


 ローズにとって、兄であるシルクも、ひそかに恋心を抱いているカリーも大切な人だった。

 故に、大切な人が大切な人の悪口を言う事に耐えられなかったのだ。



「もういや! 馬鹿な貴族もカリーを悪く言う兄もみんな大っ嫌い!!」



 ローズは一人城を出ると、その足でカリーが住んでいる貧民街に向かった。

 

 そして貧民街に辿り着くと、一軒のみすぼらしい民家から出てきた中年の女性に声を掛けられる。



「あらあらローズちゃん、泣いているの? このリンゴを食べて元気をだしなさいな。美人が台無しよ。」



 その女性は持っていた赤いリンゴをローズに差し出した。



 貧民街に住んでいる者達は、王族や貴族が大嫌いであったがローズだけは違う。

 王族であるにもかかわらず、平民を見下すことなく、いつも素敵な笑顔で声をかけてくれるローズをみんなが好きだった。


 そしてローズもまた、姫であるにも関わらず一人の人間として優しく接してくれる貧民街の住人が好きだった。

 普段は人形のように扱われ、その美しさしか見てもらえないローズであったが、ここでは自分の心を見てもらえる。それがローズには何よりも嬉しかった。


 だが、それと同時に申し訳なさで心が一杯になる。

 貧民街での暮らしはとても酷いものであり、少しばかりの食べ物でみんなが質素に暮らしていた。

 今渡されたリンゴだって、ここでは貴重な高級品である。



「ありがとう……ございます。でも、これは受け取れません。」


「あらやだわ。気にしなくていいのよ、今日はカリーが山で沢山リンゴが獲れたからって、みんなに渡してくれたのよ。あなたがいつもカリーを庇ってくれているのをみんなが知っているわ。だから、これは感謝の気持ち。ほら、これからカリーに会いに行くんでしょ? だったら、これを食べて笑顔になりなさいな。」



 暖かい……。

 本当にこの街の人の優しさはいつも私の荒んだ心を解きほぐしてくれる……。

 いつか必ず……



「……はい。わかりました。ありがとうございます。私……頑張ってみんなが平等に暮らせる国にしますから!」


「あはは……そんな若い内から難しい事を考えなくていいのよ。若い内は沢山遊んで、沢山笑顔になるのが仕事よ。」



 さっきまでは、城を出てしまおうかとも思っていたローズであったが、声を掛けてくれたおばさんの言葉に考え方を改めた。

 自分しかこの国を変える事はできない。ならば、みんなが笑って暮らせる国にするために、自分にできる事をやらなければならない。



 この暖かい人達を私が守らなくちゃ!


 ローズは自分の顔を両手で叩いて気合を入れると、リンゴにかじりつき、満面の笑みを浮かべる。



「おいしーー! ありがとうございます! お蔭で元気になりました。」


「そうよぉ、その顔よ。ローズちゃんには、いつだって笑っていて欲しいわ。その笑顔を見るだけで、あたしも幸せになれるもの。あ、それとカリーはいつものところにいるわ。その笑顔でカリーをメロメロにさせてあげなさいな。」


「はい! 今日も川で釣りをしているんですね。それでは行ってきますね。リンゴ、御馳走様でした。」


「気を付けていくんだよ。転ばないようにね。」


「もう! そこまでドジじゃありませんよーだ。 うふふ。」



 こうして、優しい言葉に心が温まったローズは満面の笑みを浮かべて、カリーがいるであろう川に向かうのであった。



【貧民街 河川敷】


「ふぁぁ~あ……今日は全く釣れねぇなぁ、クロ。」


「ナァァ~。」



 河川敷の岩に座りながらカリーは大きな欠伸をする。

 そのカリーの膝の上にはクロと呼ばれた真っ黒な色をした猫が丸くなりながらも、カリーの声に反応して鳴いていた。


 カリーは現在15歳。幼い頃に両親を魔物との戦争で亡くし、以来、3つ年上の姉バンバーラと共に孤児院に引き取られる。そしてバンバーラが16歳になると一緒に孤児院を出て、小さな家を借りて二人で住んでいた。


 姉のバンバーラは、12歳の時に魔法使いの才能が開花し、その頃から小さいながらも冒険者登録をしてお金を稼ぎ、女手一つでカリーを養う。


 この世界にある冒険者ギルドには年齢制限がない。


 なぜならば、今は魔物の数が多すぎて猫の手も借りたい状態だからだ。

 故に、年齢よりもその強さが重要視されている。



 そして16歳になる頃には、国でもトップレベルの魔法使いとなっており、貧民街であれば家を借りて住むくらい問題ない位の稼ぎを手にしていた。

 実際には平民街でも余裕で暮らす事はできるが、使う支出は最低限にし、余ったお金は全て自分達を育ててくれた孤児院に寄付している。


 才色兼備で人望も厚く、美しい姉。


 逆にカリーはまだ幼さ故もあり、度々貴族からの仕打ち等に腹を立てては、暴力で対抗する悪ガキと評価されていた。貴族に逆らえば、子供と言えど処断されてもおかしくは無かったのだが、替えのきかない人材であるバンバーラ、そして王に許しを嘆願する王女のお蔭で、大きな罪とはされずに現在に至る。


 だが、そんな状況にカリーは苛立ちを覚えた。


 自分は正しい事をしているはずなのに、この国では間違いとされ、更には関係のない姉や何故か慕ってくる姫にまで迷惑をかけている。


 それが納得いかない。


 それでも、やはり目の前で悲惨な事を目にすれば、体が勝手に動いてしまう。このままではいけないとは思いつつも、何をどうすればいいのかわからず、今日もまたモヤモヤしながら日課の釣りをしているのであった。



「お、おぉ!? かかった!!」



 一瞬の反応を見逃すことなく、竿を上手に操るカリー。


 カリーの身体能力は元々非常に高く、かつ、あらゆるセンスがずば抜けている。

 故にカリーもまた、12歳の頃から冒険者に登録をして魔物と戦っており、その戦闘能力は既に戦士としてこの国のトップクラスだった。


 そして朝一の魔物狩りと昼過ぎの釣りはカリーの日課である。



「ぐぐ……。こいつは大物だな。クロ、今晩の飯は期待していいぞ!」


「ニャぁ。ナァァァ~。」


「ちょ!? おい、クロ!? どこいくんだよ! ったく!」



 カリーが必死に竿を引いていると、クロはそのままどこかへ行ってしまう。

 実はこの時、後ろには忍び足で近づいて来たローズが来ており、それに気づいたクロはローズに近づくと右足に頭をこすり付けていた。



「し~。」



 ローズはクロに人差し指をたてながらも、そぉっとカリーに近づいて行く。



「オッシャーーー!! こいつは過去一番のマスだぞ!!」


「すっごぉぉぉーーい! おっきぃぃーー!」



 カリーが魚を釣り上げて喜ぶと、驚かせようと近づいたローズもまた、その大きな魚を目にして歓声を上げてしまった。



「うぉあ!! なんでお前がいんだよ!! おっととと……。」



 突然ローズがいる事に気付いて驚いたカリーは、思わず捕まえた魚を川に落としそうになった。



「えっへへーー。きちゃった。」


「きちゃったじゃねぇよ、馬鹿。危うく、晩飯落とすとこだったじゃねぇかよ。ったく! 来るなら普通に声掛けろや、つか、また王宮抜け出してきたのかよ。」


「ぶぅ~。馬鹿っていったぁぁ。酷いカリー。あたし……あたし……。」


「ちょ……ちょちょ……。ごめんごめん、今のはなしだ。つい、勢いで言っちまっただけで……んと、その、あれだ。ほらこの魚、後で分けてやるから泣かないでくれ。」



 突然、泣きそうになったローズを見て、慌てるカリー。



 だが……。



「やったーー! ご馳走様、カリー。」


「あぁぁ!! てめぇぇ騙しやがったなぁ?」


「うえぇぇーん。カリー怖いよぉぉ。」


「もう騙されないからな。」


「てへ。バレたかぁ~。ねぇねぇ、今日その魚、あたしが料理してあげようか?」


「今日って……。いやいや、流石にお前は帰らないとダメだろ。つか、俺のところきてもいいのかよ? 今度見つかったら流石にヤバイんじゃないか?」


「いいのいいの。あんな馬鹿ばっかりの城になんて帰ってやらないんだから! お父様も少しは心配すればいいのよ!! ていうか、カリー。いい加減アタシの事お前って言うのやめてよ。ちゃんとローズって呼んで!」


「ば、ばか! そんな……の言えねぇよ!」


「えぇ~? なんでぇ~? なんで顔赤いの? ねぇなんでぇぇ?」



 真っ赤にした顔を背けるカリーであったが、ローズが回り込んでその顔を覗きながら悪戯な笑みで問い詰める。


 すると目が合ったカリーは、更に顔を真っ赤にした。


 うぶなカリーは、ローズの顔が可愛すぎて真面に顔を見れない。


 そしてピンチに陥ったカリーは話題を変えた。



「そ、そういえばよぉ。昨日、姉さんが知らない男を家に呼んだんだよなぁ。あの野郎、姉さんにちょっかいだしたらただじゃおかねぇ。まさかとは思うけど、今日も来るんじゃねぇだろうなぁ……。」


「えぇ~!! やったじゃん! おねぇさん彼氏できたの? みたいみたぁぁーーい!」


「馬鹿! あんなの彼氏な訳ねぇよ!!」


「もう、馬鹿って口癖直してよね! あたしはいいけど、知らない人が聞いたら怒っちゃうよ? それよりも何で彼氏じゃないって思うの? 悪そうな人なの?」


「いや、まぁ、そうだな。馬鹿ってのは、良くないわな。わりぃ。それと昨日来た男はなんか……良い奴で……かっこよかった……。悪そうではないな。」


「うそ!? 珍しい!! カリーが人を褒めるなんて! でも、それならいいじゃない? 素敵な人なんでしょ? 会ってみたいわ。お名前はなんて言うの?」


「確か……フェイルとか言ってたな。外で魔物の大群に襲われた姉がそいつに助けられたらしい。それで飯を奢る為に家に連れてきたんだと。だから彼氏じゃねぇよ。」



 俯きながら言いづらそうに言うカリーを見て、ローズはまた悪戯な笑みを浮かべた。



「はは~ん。わかった! ようはカリーは、大好きなお姉さんがその人に取られるのが怖いんでしょ? カリーのシスコン!!」


「んだとぉ、てめぇ! ふざけんな! 誰がシスコンだ!」


「カリーの事だよぉ~。」


「ちょ、待てこら!!!」


「えっへへーー。カリーのずぼしーー。ここまでおいでぇぇ。キャっ!!」



 カリーをからかったローズは走って逃げると、川の小石に躓いて倒れそうになった。

 しかしそれを、直ぐに走って近づいたカリーが受け止める。



「馬鹿! ケガでもしたらどうすんだよ!!」


「もう……。また馬鹿っていったぁぁ。でも、ごめん。ありがと、カリー。大好きだよ。」


「ちょ……おま……。こんな時に変な事言うんじゃねぇよ。ほら、今度は転ぶなよ。」



 ローズの言葉にまたも顔を真っ赤にさせたカリーは、直ぐにローズを立たせて背を向ける。



「……冗談じゃないよ。」


「ん? なんか言ったか?」


「なんでもないですーーだ。カリーのばぁぁーか。鈍感! シスコン!」


「このやろおおぉぉ。まだ言うか! もう許さん!」


「うわぁぁぁーー。クロちゃん、逃げるよぉ!」


「まてこらぁぁぁ!!」



 それからしばらく二人は川でふざけ合っていたのだが、暗くなってきた事からそろそろ帰る事に決める。



「なぁ、本当に今日は帰らないのか? 別にうちに来るのはいいんだけどよ、姉さんもいるし。」


「うん。今日はいいの。多分、兄様は分かってると思うから大丈夫。明日には帰るよ。」


「あぁ、お前の兄は頭良さそうだしな、性格は悪そうだけど。俺とは絶対ウマが合わねぇな。」


「性格が悪いわけじゃなくて、色々考えすぎなのよ兄様は。」


「ふ~ん。まぁ兄妹が仲良いのはいい事だな。」



 そんな事を話しながら、二人は歩いて姉のいる家に歩いている。



「ねぇ、カリー。カリーは夢ってある?」


「あぁ? いきなりなんだよ。夢か……。そうだな、いつか世界最強の戦士になって、弱い奴が笑って暮らせるようにそいつらを守りてぇ。だからとりあえずは、もう少ししたら俺は冒険者として外の世界に行くつもりだ。」



 カリーの答えを聞いて、少し悲し気な表情のローズ。

 だがしかし、直ぐにいつもの可憐な笑みを浮かべる。



「そっか! やっぱりカリーは優しいね! じゃあ、アタシもね、そんな国を作れるようにする!」


「いや、お前王女だろ? 無理だろ。つか、それは俺の夢であって、お前の夢じゃないじゃん!」


「ぶぅーー。……だって、私の夢は絶対叶わないから……。だからいいの。じゃあやっぱりあたしの夢は、カリーの夢が叶う事にする! そのためにいい国にするんだから!」



 ローズにとって本当の夢は、カリーと結婚をし、二人で質素な暮らしをしながら笑い合って生きる事。


 しかし、王女という立場がそれを許さないし、何よりも旅立つ事を口にしたカリーの夢の足かせに、自分がなる訳にはいかない。


 故に、それを飲み込んだ。



「んだよ。ずりぃぃな。まぁいいや、でもな、俺だってお前が夢を持つなら全力で応援するんだからな。困ったら、絶対俺を頼れよ。絶対に俺がなんとかしてやる。……っておい、なんで泣くんだよ!」



 カリーの言葉を聞いて、つい隠している気持ちが表に出そうになり涙がこぼれるローズ。



……だが。



「なんちゃってぇぇ。嘘泣きでしたぁぁ。」



 ローズは無理に作り笑いを浮かべた。



「ったく。もうふざけんなよ。もうすぐ家に着くってのに……。姉さんに見られたら……。」


「カリー―!! 何を見られたらですって?」


「ね、ねぇさん!? ち、ちがうんだ。これは違うんだって! ほら、ローズからも言ってくれ。」


「おねぇさまーーー! カリーが……カリーが……。」


「あんた何したのよ! この子はこの国の王女様なのよ?」



 涙を隠しきれなかったローズは、この場を利用して残った涙をローズに抱き着きながら吐き出す。


 そして、気付く。


 カリーが自分の事を初めてローズと呼んだ事に。



「おねぇさま。カリーが……。あたしの事をローズって呼んでくれたんです!!」



 今度は満面の笑みをバンバーラに向けて、喜ぶローズ。

 バンバーラはもう何がなんだかわからない。

 そしてカリーもまた、何が何だかさっぱりだった。



「と、とりあえず、二人とも中に入りなさい。こんな時間に王女様がここにいる事についてゆっくり聞かせてもらうからね。」



 バンバーラは、またカリーが何か問題を起こしたのだと予想しながらも人目につくのを避けるため、直ぐに二人を家に入れるのであった。



 






  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る