第15話 悲しみの広場

 町の外の魔獣を撃退した俺達は、全員が合流して小江戸皮肥の城下町に入ると、直ぐに負傷者が運ばれている救護所に向かった。


 シロマは普通なら助からないような重傷者の回復。

 俺は次に状態が最悪な者にライトヒールを。

 そして、他のメンバーには持ち合わせていた回復薬を使用してまわる。


 ただ、セイメイだけは町に入った時に声を掛けてきたこの町の軍の責任者と話し合いをし、その後、城主に先んじて会って報告することになったため、この場にはいない。



 【リバースヒール】



 シロマは、もう助からないと思われるような者達に回復魔法を唱える。すると、死ぬ寸前だった者達は時が復元されるかの如く、体が再生されて蘇った。



「こ……ここは? 俺は死んだはずじゃ……。」



「もう大丈夫です。回復したら救護室を出て頂けると助かります。まだまだ沢山人が運ばれてきますので。」



 シロマに助けられた者の混乱は大きかったが、シロマの言葉と姿を見て、直ぐに状況を察した。


 そして……



「あなたは……女神様? あ、ありがとうございます! それでは私は他にできる事を探しに出ます。本当にありがとうございます。」



 それだけ言葉にすると、救護室を走って出て行く。

 そしてシロマは次の重傷者を回復させていくのだった。


 かく言う俺も、流れ出てしまった血液は戻せないが、かなり強力な回復魔法【ライトヒール】が使えることから、シロマよりも多くの者を回復させていく……のだが、やはりシロマの【リバースヒール】や【エクスヒーリング】と違い、回復させた後に直ぐに動ける者は少ない。


 そしてそういう者達は、重兵衛や小五郎、そして元気な兵士達の手を借りて他の場所に移される。全員を助ける事はできなかったが、シロマや俺の魔法で多くの兵士達が助かることになった。



「サクセス……さん。ごめんなさい……。もうリバースヒールは使えそうにありません。」


「シ、シロマ!! 大丈夫か! 無理するな、そうだ! お嬢様聖水を飲んで休んでくれ!」



 多くの者を助け続けたシロマにも、どうやら限界が来たらしい。普段から色白の顔であるが、それが今では真っ青になっている。どうやら、かなり無理をしたようだ。



「すいません……もうセイメイさんから渡された分は全て飲み切ってしまってありません。な、なので……。」



 バタ……!!



 シロマはそれだけ言うと、そのまま倒れてしまった……のだが、俺が一瞬でシロマに近づいて、床に倒れる前に抱き留めた。どうやら、あの魔法はかなり精神力を消費するようだ。もっと早くわかっていれば、ここまで無理をさせなかったのに……。



「ごめん、シロマ。それとありがとう。ゆっくり休んでくれ。」



 自分の事で一杯になっていて、シロマの様子を見れなかった自分に腹が立つ。だが、同時に倒れるまで魔法を使い続けてくれたシロマに感謝した。そしてシロマを抱きかかえながら救護所から出る。なぜならば、既に回復させられる兵士の回復は終わっている。そう、シロマは最後までやり遂げたのだ。



「重兵衛、シロマをどこかでゆっくり休ませたい。どこかいいところはないか?」


「ははっ!! それでは直ぐ近くに宿がある為、そちらに案内するでござる!!」



 とりあえず町に詳しそうな重兵衛に声を掛けると、なぜか仰々しく答える重兵衛。さっきまでとはえらい違いだ。だけど、今はそんなことはどうでもいい。早くこの無茶しがちな少女(シロマ)をゆっくり休ませてあげたい。



 そして俺達は、重兵衛の後に続いて宿屋に向かう。その道中、町の広場を通っていくと、そこには目を覆いたくなるような凄惨な状況があった。



「あんた……ねぇ、あんたぁぁぁぁぁ!!」

「パパ!! ねぇ、パパ起きてよ! 絶対帰ってくるって約束したよね!? 嘘……こんなの嘘! あぁぁぁん!」

「昨日……私を幸せにするって言ったじゃん……。 嘘つき! 私の返事を聞かないで先に逝かないでよ!!」

「わしより……先に死ぬなんて……お前は親不孝者じゃ!! 神様! なぜワシじゃなくて息子の命を奪ったのじゃ! ワシの命をくれてやるから息子を生き返らせてくれ!」



 その大きな広場には、今回の戦いで死んでしまった者が多数並べられており、その傍らには家族や恋人、友人等が泣き崩れている。すすり泣く声、大声で泣き叫ぶ声、そんな悲痛な声がその場には溢れていた。



「間に合わなくて……ごめん……。」



 俺はその凄惨な状況に思わず声が漏れてしまった。眼前に並ぶは、酷い状態の死体の数々。死体といっても、綺麗な死体なんて一つもない。腕がない足がないなら、まだマシな方。体の半分を食い破られた者や顔の殆どが残っていない者等も沢山並べられている。


 普通の神経をしていれば、思わず嘔吐してしまう程の状態。そして、辺りに溢れかえる生々しい血の臭いを嗅ぐだけでも、かなりきついはずだ。ここにいるだけで気絶してもおかしくはない。


 しかし、家族たちはそんな血だらけの遺体を抱きしめて泣いている。体中、愛する者の血を浴びながらも必死で抱きしめている。大切な者を亡くしてしまった消失感に比べれば、そんな臭いや状態等全く気にならないのであろう。その位、ここは深い悲しみに満ちていた。



 その光景が、更に俺の胸を強く締め付ける……。



 自分達がもう少し早ければとは思わない。間違いなく今回最速でここに向かい、そして脅威を払ったのも自分達だ。しかし、それでもやはり、この悲惨な状況を目にすれば、なぜか心が咎められた気持ちになる。そして俺は、そのまま足が止まったまま、動けなくなった。


 この光景を前に、見て見ぬふりをして歩けるほど、俺の神経は図太くはない。



 ーーポンっ



 そんな俺の肩に、誰かが手をかけた。



「師匠。師匠は最善を尽くしたでござる。むしろ、師匠がこれほど早く救援に向かわなければ、この町も下尾と同じ状況だったでござるよ。だから胸を張るでござる。」


「胸を……張る? この状況でか!?」



 俺はなぜか八つ当たり気味にイモコに言い放った。

 こんなものを目にして、胸を張る事なんかできるわけないだろ!


 しかし、イモコはそれでも毅然とした様子で言葉を続けた。



「そうでござる! 胸を張るでござる! 死んだ者達は家族を守る為に命を懸けて戦ったでござるよ! その結果、師匠の救援が間に合って町を救ったでござる。ここにいる全ての者は、泣かれるためにいるわけではないでござる! 泣いていいのも、悲しんでいいのも家族だけ、某らがこの者達に思う気持ちは同情や後悔ではなく、尊敬して讃えてあげる事だけでござる!」



 その言葉に俺は、ハッと気づかされた。

 そして思い出す。


 俺が全てを救う事ができるなんて言う事自体が、俺の思い上がりだったという事を。

 そして、死んでしまった者達の事を軽く見ていた事に気付く。


 俺なら救えた。

 俺がもっと速ければ、死なずにすんだ。


 馬鹿か、俺は!

 そうじゃないだろ!

 

 ここに倒れている者達のお蔭で今があるんだ。つまり、その行為は尊い行為であり、決して無駄ではない! 



「そうか……そうだな。また俺は思い違いをするところだった。」


「そうでござる。某も戦って散っていった仲間を誇りに思うでござる。散っていった者達の分も、某は背負って戦い続けると誓うでござるよ。」


「あぁ。俺はやれるだけの事をする。そしてもっと努力して多くの者を救ってみせる。」


「なんだ。イモコに全部言われちまったな。そうだぜ、サクセス。俺達はもっと沢山の人を救わなければいけない。これからも気を引き締めて頑張ろうぜ。じゃあ、さっさとシロマの嬢ちゃんを休ませてやろうや。」



 そう言ってカリーが締めると、俺達は重兵衛の案内する宿屋に向けて、再び歩を進めるのであった。

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