第80話 負けられない戦い
俺は、シロマと分かれると、船の末端にあたる場所に向かった。
そこに行く理由は当然一つ。
あの日以来、カリーは誰とも話さず、いつもここで釣りをしていたからだ。
俺はカリーに近づくものの、中々声を掛けられないでいる。
あぁ……なんだろ……。
すげぇ緊張するな。
声を掛けるだけなのに、なんでこんなに俺は怖くなっているのだろうか。
たった、三日話していないだけなのに、声をかけるだけでも凄く緊張する俺。
無視されるかもしれない。
もしくは、いきなりキレられるかも……。
そう思うと、俺は中々声を掛けられずにいた。
そして、しばらくカリーが一人で釣りをしている姿を隠れて見ていると……。
「いるんだろ? なんかようか?」
ギクッ!!
突然俺は、カリーから声を掛けられてしまった。
カリーは声を掛けつつも、未だに俺に背を向けたままで、釣りをやめたりはしていない。
そう、俺がそこにいるのに気付いているにもかかわらず、全く俺に興味がないのだ。
その姿を見て、俺は更に言いたい事を言えなくなる。
「あ、あぁ……えっと……その、あれだ……。」
やばい、何を言えばいいのかわからなくなった。
どうした俺!
ちゃんと、話せよ!
「用がないなら、気が散るからどっかに行っててくれねぇか?」
俺がうまく話せないでいると、カリーはめんどくさいそうに答える。
どうやら、まだ怒っているらしい。
まぁ当たり前だな。
くそ! あぁ、言ってやる! 言ってやるよ!!
「カリー!! 俺と勝負しろ!!」
あちゃ~!
違うだろ!
なんだよ、それ!
俺はうまく話せず、突然大きな声で勝負を挑んでしまった。
「あぁ? 勝負だぁ? お前頭おかしくなったのか?」
カリーがやっと俺に振り向く。
その顔は、凄くめんどくさそうな顔だった。
だが、ここまで来たらもう後には引けない。
言ってやる!
「いいから黙って聞けよ! 今夜7時! 場所は娯楽室。俺とビリヤードで勝負だ! 必ず来いよ!」
俺はそれだけ言うと、逃げるように走り去る。
だぁぁぁぁ!
馬鹿か俺は!!
あれじゃ来るわけないだろ!
くそっ! でもしょうがないじゃないか。
あんな態度されたら……ってまぁ俺が悪いんだが。
まぁ仕方ない。
後は来るのを信じて待つしかないだろ。
ダメだったら、また明日考えるさ。
若干の後悔を胸に、俺は娯楽室に向かう。
それから俺は、昼飯も夜飯も食べずに、無心でビリヤードをし続けた。
色々考える事もあったのだが、どうにも何も考える気になれない俺。
そして、あっという間に時間が流れた。
トントントントン……。
約束の時間の十分前。
だれかが階段から降りてきた。
カリーか!?
来てくれたのか?
そう思って階段の方を見ると……現れたのはセイメイであった。
そう言えば、今日の午前中は船の整備って言ってたけど、午後も来なかったな。
まぁ、俺の付き合いより、船の方が大事だからそれでいいんだが。
「サクセス様。午後の練習に付き合えず申し訳ありませんでした。それで、よろしければ、これから午後の練習に付き合わせて頂きたく参じた次第でございます。」
セイメイは俺に深く謝罪すると、そう告げる。
律儀な奴だな。
別にこれは仕事じゃないのに。
「いや、今日は大丈夫だ。7時になったらカリーが来る……と思う。俺は今日、カリーと勝負する。」
俺がそう言うと、セイメイは目を大きく開けて驚いた。
「それは……本当ですか!? まだ無理です! サクセス様の上達振りには目を見張りますが、それでもまだカリー様には届きません!!」
「わかってるよ。当然まだカリーに勝てない事は分かってる。でも、やるんだ! やるしかないんだ。そして、俺は必ず勝つ!!」
俺がそう力強く言うと、セイメイはそれ以上何も言わなかった。
しかし……。
「わかりました。では、その試合……私が立ち会わせてもらいます! もちろん試合はフェアで、ズルはなしです。」
「わかってる。そうか、それは助かる。まぁ……と言ってもカリーが来るかどうかは……。」
俺がそこまで言うと、もう一人階段から降りてくる音が聞こえる。
すると、降りてきたのはカリーだった。
「来たぞ、サクセス。」
カリーは降りてくるなり、それだけ言った。
そしてそれに俺は答える。
「俺は負けないぞ。 必ず、お前に勝つ!」
俺の言葉に、カリーがニヤリと笑う。
「良い度胸だ。この機会にお前をコテンパンにしてやるよ。お前の思い上がりをここで叩きのめしてやる。」
「やれるもんならやってみろよ! 俺はカリーに勝つためだけに、今日まで練習してきたんだ。お前には絶対負けない!」
「ほぅ。大した自信だな。口だけじゃない、と期待したいところだが……。お前がいくら練習したって言っても、せいぜい一週間程度だろ? たったそれだけで何ができる? 思い上がるのも大概にしろよ?」
「思い上がりかどうかは、自分の目で確かめてみるんだな。お前が何と言おうと、俺はお前に勝つだけだ。」
「……そうか。じゃあ負けたらどうする気だ? そういえば聞いてなかったな。もちろん考えてあるんだろうな?」
「それは……えっと……。」
俺は、カリーの言葉に一瞬戸惑った。
だが問題ない。
もとより決めていた。
この戦いは、勝っても負けてもいい戦いだ。
ここで言うんだ、俺!
勝った方が言いたい事を言うって!
俺がそう言おうとした時、先にカリーが口を開いた。
「決まってないなら俺が決めてやる。負けた方は、この船を降りろ。」
え?
カリーの言葉に、俺は言葉を失う。
どういうことだ?
船を降りる?
それはつまり死ぬって事じゃないのか?
いや、カリーなら生き残ることができるかもしれない。
だが、俺は間違いなく死ぬぞ。
俺が戸惑っていると、カリーは更に続けた。
「なんだ? 怖いのか? ならこんな勝負やめるんだな。気合だけでどうにかなる事ばかりじゃない。お前はまだわかっていない。」
カリーの言葉が俺の胸に刺さる。
確かにそうだ。
俺は確かに行き当たりばったりで今まで来た。
そして今回だって、碌に考えずにシロマに言われたまま、勝負を挑んでしまった。
どうする?
やっぱりやめるか?
いや、ダメだ。
ここで逃げたら、俺は一生前に進めなくなる。
じゃあ勝てるか?
いや、厳しいだろう。
ぶっちゃけ、勝つ可能性は1%もない。
くそ、俺はどうしたら……。
「サクセス様は逃げません。サクセス様は必ずカリー殿に勝ちます!」
俺が迷っていると、セイメイが突然声をあげる。
その目は、俺の勝利をまるで疑っていない目だった。
セイメイ……お前……。
その声に俺は勇気をもらった。
俺は何を迷っているんだ。
負けた後のリスクに恐怖し、自分で言った事を曲げようとしている。
馬鹿か。
俺は本当にどうしようもないクズだ。
自分で言ったじゃないか。
勝つしかないって。
そうだ。
負けたら、潔く船を降りればいい。
降りた後、またサムスピジャポンを目指せばいい。
泳ぐなり、なんでもできるはずだ。
最初から負けたら、死ぬしかないなんて考える俺がダメなんだ。
簡単に諦めてんじゃねぇぞ、俺!!
到着は遅れるかもしれない。
だが、俺だって死ぬ気になれば、海のモンスターを仲間にしたり、なんだってできるはずだ。
楽な方に逃げるなよ俺!
腹を括れ!
そして俺は口を開く。
その目は決意に満ちていた。
「わかった。それでいい。負けた方が船を降りる。上等だ! やってやるよ!!」
俺の言葉にまたしてもカリーは笑った。
「ふん。腹を括ったか。だがな、約束は絶対だ。負けて泣いても俺は必ずお前を船から降ろす。どんな手を使ってもだ! だから必ず約束は守れよ。約束ってのはな……いつだって命掛けなんだよ!」
カリーも俺に負けず、力強い目で俺を正面から睨む。
どうやら、本気のようだ。
いいだろう、今更あまっちょろい事を言う気はない。
やってやろうじゃねぇか!
こうして、俺は遂にカリーと勝負することになった。
負けたら、船を降りる。
その絶望的な条件で……。
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