第36話 完全体

「おのれ! おのれ! おのれぇぇぇ! どこだぁぁ! どこにいる! こぞおおぉぉ!」



 リヴァイアサンは、ガンダッダの頭部を海上に出しながら叫び続けていた。

 海上に浮かぶガンダッダの顔は、さっきまでと変わって、もはや人間の原型をとどめていない。

 ノロを食べた事で、リヴァイアサンは完全体へと成長していた。


 云わば、カリーが相手をしていたリヴァイアサンは幼生体に過ぎない。

 完全体になるには、核となるノロの顔を捕食する必要があったのだ。



 ガンダッダにしてみれば、単に怒りに任せた行動だったのだが、それよって本来の姿へ進化した。



 禍々しい暗黒の角を生やしたガンダッダの頭部。

 目だけは人間の面影があるが、それ以外は完全に龍になっている。

 全身の外皮は、さっきまでの鮮やかな青色から、ドス黒い青色に変わり、胴体には、ガンダッダ本体の顔以外に、龍の首が6つ生えていた。


 赤、黄、緑、紫、黒、白ーーそしてガンダッダの青。


 完全体のリヴァイアサンには、合計7色になる龍の頭が生えている。

 その首一つ一つに違う属性を内包しており、戦闘力については、今まではと比べ物にならない程強くなった。



 完全体リヴァイアサン 爆誕!



「許さん! 許さんぞぉ! あいつも……俺を見下したこの世界も……全て俺が破壊してやる! この世界は俺だけのものだぁぁぁぁ!」



 ガンダッダは幼少の頃、売春婦の母によってこの世に産み落とされる。

 そして、生まれてすぐに母の愛を受ける事なく、山に捨てられた。


 そんな彼を拾ったのは【盗賊】だった。


 そこでガンダッダは、生きる為に必要な力を得る為に必死で生きていく。

 当然一番下っ端であるガンダッダは、周りからはバカにされ、奴隷の如く扱われてきた。

 しかし、それでも彼は生き続ける。

 たとえ、泥水を啜ってでも、ガンダッダは生にしがみ付いたのだ。


 その根源は、この世界に対する憎しみ。

 いつかこの腐った世界を、己の力で全てぶち壊す事のみを考えて生きるようになる。

 誰からも愛されることなく成長したガンダッダの精神は、酷く歪んでいた。



「ふはははは! ざまぁみろ! これが力だ! これが世界だ! 強者は繁栄し、弱者は虐げられる。つまり、今は俺が強者でお前は弱者だ。がっはっは! これでこの盗賊団の俺の物だ。そして、いつかはこの世界全てがだ!」



 辺り一面が血の海となったアジトの中で、ガンダッダは高らかに笑った。

 体が成長し、力を付けたガンダッダが最初に殺したのは、自分の育ての親である盗賊団の団長。

 傍から見れば命の恩人を殺したように思えるが、そうではない。


 元々、団長は奴隷として育てる為に、つまりは利用するためにガンダッダを拾ったに過ぎない。

 まともな教育などなく、ただ重労働や危険な事だけを率先してやらせてきた。

 ようは使い捨ての鉄砲玉である。


 そこでも、ガンダッダが愛に触れる事は無かったのだ。



「感謝してるぜ、団長。お前のお蔭で俺は生き残れた。そして復讐を果たせる。この世界にな。今日からここはガンダッダ一味だ。逆らう奴は、直ぐに殺す。使えない奴も殺す。逃げる奴も殺す。わかったか? これがガンダッダ一味の方針だ。」



 ガンダッダは生き残った盗賊団達にそう命令すると同時に、見せしめに更に半分の盗賊を殺した。

 恐怖による絶対的支配。

 これが、ガンダッダ一味の誕生であった。



「おい、お前はリヴァイアサン……ガンダッダであってるよな? 探しているのは俺か? 少し見ない内に随分と変わったじゃねぇか。」



 俺は目の前の化け物(リヴァイアサン)に声を掛けた。

 正直、こんだけ禍々しい奴が2匹もいるはずがないので、こいつがリヴァイアサンに間違いないだろう。

 だが、あまりにも姿、形、そして放っているプレッシャーが違いすぎて、さっきまでの奴と同じに思えなかったのだ。



「みづげたぞぉぉお! こぞおおお!!」



 俺の存在に気付いたガンダッダは、俺の質問に答えることなく、直ぐにブレスを吐いた。



「うわっっと! おい、不意打ちなんて汚ねぇ野郎だな。あぁ、そういえばお前はそういう奴だったな。」



 突然放たれた水砲であったが、咄嗟に回避する。


 

ーーが、さっきとは違って、今度は結構ギリギリであった。



 ガンダッダの戦闘力が格段に上がっている。

 水泡の大きさこそ、さっきと変わらないが、その発射速度が桁違いに速かったのだ。

 それでも俺が避け切れたのは、知覚速度と反応速度が俺も格段に上がっていたからである。



「あぁん? もう面倒なんだよ。お前も、この世界も! 早く消えてなくなれ!」



 今度は、7つの口から光が溢れ出した。



 全てを燃やし尽くす、赤き炎。

 辺りを一瞬で凍らす、白き吹雪。

 あらゆるものを斬り刻む、緑の刃。

 音を置き去りにする速さで貫く、黄色き光。

 触れるもの全てを蝕む、紫のガス。

 物質を原子レベルまで分解する、腐食の闇。

 そして全てを飲み込む、青の波。



 それら全ての脅威が、俺に向けて一斉に放たれる。



「ちょっ!! まじかよ! そんなんありかよ!」



 流石にあれをどれか一つでもくらうと俺でもヤバイ。

 リヴァイアサンをちょっとなめていた。



 俺の速度があれば逃げ切れるか?

 いや、なんとなくだが無理な気がする……。



 実はこの時、俺の勘は当たっていた。


 リヴァイアサンから放たれるブレスは、それぞれ属性も効果もスピードも違う。

 時間差で襲い掛かってくるブレス全て捌くのは容易ではないし、いくつかのブレスは線状のブレスではなく、範囲攻撃になっていたのだった。



 どうする……。

 意気揚々と出たものの、いきなりデッドエンドは流石にな……。



 ほんの一瞬の間であったが、俺の脳内は、かつてないほど凄い速度で回転している。

 そして、導き出した答え……それは……。



【ドラゴニックブラスター】



 龍化のスキルである。

 ゲロゲロと一体化したことで、使えるスキルがいくつか増えていた。

 ドラゴニックブラスターもその一つである。


 それは、一時的に自分の速度を爆上げするスキルであり、クールタイムもあるが、その向上倍率は3倍。

 つまり、もともと異常な速度で動ける俺が、一瞬とは言え、更にその3倍の速度で移動できるのだ。

 いうならば、縮地とよばれる瞬間移動に近いスキル。



 ヒュインッ!!



 スキルを発動した俺は、一瞬でその場から数キロ先に退避する。

 そして、その直後……



 ドーーーン!!



 激しい轟音が辺り一面に響き渡った。 



 俺がスキルを発動し、その場から回避した後、俺が浮かんでいた下の海は跡形もなく消失した。

 小さな町一つ分くらいの規模で……。



 あっぶねぇ……なんだよあれ。

 あんなの反則だろ。

 つか、なんかあそこ、紫のもやが広がってるな。

 毒か?

 いや、それよりも海にできた穴に、海が流れ込んでこない。

 海という存在そのものを、あの付近だけ変えやがったのか……。



 リヴァイアサンのブレスは正に規格外であった。

 カリー達がイフリートに勝てなかった理由がわかる。

 あれは、魔王なんかよりもよっぽど危険だ。



 だが幸運なことに、奴は俺の動きが見えなかったようだ。

 今もなお、じっと自分のブレスの跡を見つめていて動かない。



 チャンスだな。

 もう油断はしないし、ナメプはしない。

 最初から全力だ!



 とりあえず、全ての首を斬り落とす!!



 俺はリヴァイアサンが油断している隙をみて、全力でリヴァイアサンの下へ飛んで行った。




【ドラゴニックブレード】




 ズバババババ……!


 ぼろ…………。



 リヴァイアサンに接近した俺は、赤と黄色の首を同時に二つ切り落とした。



「ぐあぁぁぁ! くそ! やっぱり生きてやがったか! だが、甘い!!」



 二つの首を落とされたリヴァイアサンは、今度は素早い動きで俺を捕食しようと噛みつこうとする……5本の首が同時に。



「あたらなければどうということはない!!!」



 ブォン! ブォン! ブォン!



 それを俺は空中で回避し続けた。

 まるでファン〇ル攻撃をかわすニュータイプの如く……次々に襲い掛かってくる破壊の波を避け続ける。


 リヴァイアサンの首の動きは俺が思っていたよりも早い。

 それが、波状攻撃のように5つ連続で迫ってくるのだ、普通ならよけきれないだろう。

 普通ならね。



 ビュウン!

 ガバッ! 

 シュッ!



 何度も押し寄せる首を俺は避け続け、そして……



 スパン!!



 今度は、カウンターで白い首を落とした。



「甘いぜ、ガンダッダ!!」


「甘いのはお前だ! ごぞおおおおぉぉぉ!」


「何?? まじかよ!!」



 全て避けきって、最後の首を斬り落とした俺は、やはり少しだけ油断してしまった。

 残り4つの首は、俺から少し離れている。

 攻撃はないと思っていたのだった。


 だが……違った。

 さっき倒した赤と黄色の首がいつの間にか復活していて、俺の死角をついて襲い掛かって来たのだ。



 避けきれない!



 赤の首は、俺目掛けて突撃してきている。

 黄の首は、口からブレスを放とうとしている。



「それならっ!!」



 避けきれないと悟った俺は、盾を構えて赤の首に突撃した。



 バゴッ!!



「がはッ!!!」



 俺の盾と赤の首が衝突すると、俺はまるでバッドで打たれたボールの如く、遠くに弾き飛ばされる。

 しかし、そのお蔭で黄のブレスは外れ、そして、リヴァイアサンと距離を取ることにも成功した。



「ぐ、いってぇぇぇぇぇ!!」



 圧倒的なステータスを誇る俺でも、盾を構えたとはいえ、あの化け物の突撃のダメージは大きい。

 といっても、HPという数値があるならば、10%程度削れたに過ぎない。

 それだけのダメージで済んだのであれば、御の字だ。



「くっそ、まじで手ごわいな。つうか、再生能力高すぎだろ……。どうやって倒すんだよ、あの化け物……。」


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