第21話 これ……腕相撲なの?

 俺達がボッサンに案内された宿屋は、至って普通の宿屋だった。


 普通といっても、風呂もあるし、個室にはベッドもちゃんと設置されていることから、決して悪い宿屋ではない。



 だがしかし、ボッサンは一国の王である。



 王様が泊まるにしては、かなりレベルが低いと言えよう。

 そしてここも当然のように、一階は酒場になっており、夜というのもあって、店内は至る所で罵詈雑言やら何やら飛び交っており、非常に賑やかだ。


 

 しかしそれよりも、ちょっとだけ気になることが……。


 立派な甲冑を着こんだ動く石像みたいな兵士が、ドアの前に二名、俺達のテーブルというか、ボッサンの脇に二名立っていた。


 この光景の中で、かなり浮いている。



「おう、サクセス。ここの飯はうめぇんだわ。冒険者の頃から、ここは俺のお気に入りでよう。ふむ、ちょっとお前ら邪魔だから他のところに行っててくれねぇか?」



 ボッサンはテーブルに着くなり、普段通りの汚い笑顔を浮かべて……おっと失言だったな、まるで久しぶりに旧友にあったかのような、笑顔を浮かべて話し出した。


 ちなみに、久しぶりといっても、最後に会ってからそんなに経ってはいない。



 二ヵ月ぶりくらいかな?

 よく日にちは覚えていないが……。

 


 それよりも、やはり王という立場なんだから護衛位はいるとは思ったが、あからさますぎだろ。


 逆に目立ってよくない気もするんだが……。

 多分、大臣の差し金だな。


 だって、さっきからボッサンは、うざそうにしてるっというより、ダイレクトにどこか行けとか言ってるな。



 可哀想な兵士さん。



「いえ、そう言うわけには行きませぬ。王の命を守るのが我らの使命。それだけは譲れませぬ。」



 動く石像……もとい、動く甲冑戦士は、王に対して一歩も引かなかった。


 凄い使命感である。

 さっきのノロに見習わせたいもんだな。



「ふむ、わかった。だがな、俺の前にいるのは人類最強の男だぞ? お前らが1万人いても敵わない強さだ。それでもお前らは必要か?」



 だが、ボッサンも引かなかった。


 まぁ確かに、俺とカリーとゲロゲロがいれば、魔王が出てきても倒せる気がする。


 もしも、ボッサンに何かあってもライトヒールがあれば一発で回復するしな。



 確かに正論だーーそれを知っている相手にならば……。


 

「ふっ……。」



 俺の予想通り、ボッサンのボディガードの兵士は俺を見ながら、小さく笑った。



「お戯れを……。そのような者がどこにいるというのですか? 王の警護は譲れませぬ。」



 カッチーーン!!

 


 確かにさ、俺は弱そうかもしれないよ?

 でも、笑うのはちょっと……。

 お前あれだな……少しぶっ飛ばすぞ?



 兵士の態度に若干ピクついた俺だが、なんとか抑え込んだ。



 別に俺は、そんなに短気ではないんだからね!

 それに弱そうに見えるなら、それはそれでいいし!



 と思った俺だったが、ボッサンが少し語気を強めて、更に兵士に言う。



「ほう、言ってもわからねぇか? 王が嘘をつくとでも? まぁいい、なぁサクセス。ちょっといいか? こいつと腕相撲してやってくれねぇか? ちなみにサクセスは小指しか使っちゃダメだぞ。これでもこいつらは大事な兵なんでな。壊されちゃかなわん。」



 えぇ?

 小指だけかよ!!

 つか、大事ならやらせんなや!



 って、まぁいいだろう。


 あまり自分の強さを自慢したいわけじゃないが、笑われたままなのも嫌だからやってやろうじゃないか!



「はぁ……。小指だけですか……。いいでしょう、それで王の機嫌が戻るならば構いませぬ。なら、さっさと始めて終わらせましょう。」



 その兵士は馬鹿々々しいと言った感じでため息を漏らす。



「俺も構わないよ。なんなら、兵士様は両手でもいいですよ?」



「がっはっは! だってよ。おい、じゃあお言葉に甘えて両手使えや!」



 ボッサンがそう言うと、少しだけ兵士の顔がピクついたように見えた。

 俺の煽りもあってか、少し舐められすぎてムカついてるっぽい。


 でもな、むかついてるのも、面倒くさいのも俺も同じだからな!


 正直ね……、俺はさっきから、めっちゃ腹減ってんねん!!


 こういうイベントいらんから、飯寄越せ!



 だが、そのやり取りを聞いていた周りの冒険者連中は、何事かといった感じで集まってくる。



 こういうの大好きだからね、冒険者達は。



「おお! なんか面白そうだな!!」


「ん? 兵士が両手で、そこのひょろいあんちゃんが小指だと!?」


「おぉーい! 賭けしようぜ! 賭け! 俺はあんちゃんに50ゴールドだ!」



 集まりだした冒険者連中が突如行われる面白そうなイベントに騒ぎだす。



 ちなみに、カリーとゲロゲロはいつの間にか隣のテーブルに置かれたうまそうな飯を食い始めていた。


 まるで興味がないらしい。


 カリーはわかるけどさ……ちょっとゲロゲロちゃん? 


 俺より飯か!!



 と、若干恨めしい目をカリーとゲロゲロに送った後、目線を目の前のごつい兵士に戻す。



  ガチッ!!



 目の前の兵士は、俺の事を睨みながらも、俺の右手の小指を潰そうとするが如く、両手で握ってきた。



 おい、こいつまじで両手で来やがった!

 プライドはないのか?

 いいだろう、手加減なしだ!

 やったんぜ、おらぁ!



 俺と兵士の間で、見えない火花が飛び散る。



 それを見て、周りは大はしゃぎだ……そう、あいつもな。



「おっし、じゃあおめぇらいいか? 賭けの準備はできたか? 俺はこのサクセスに1000ゴールドだすぞ!」



 ボッサンがそう叫ぶ、場は更に盛り上がる。


 賭け金が高い故だ。

 そして、自分で言うのもあれだが、弱そうな俺に賭けたんだからな。


 周りからすれば、「今日は奢ってやるぜ」と言われているも同じに感じているっぽい。



「うおぉーー太っ腹! なら俺は兵士に50だ!」


「じゃあ俺も兵士に100!」


「今日はただ飯だぜ! ヒャッホー! 兵士に50っとね!」



 おい、こらボッサン!!



 なんでお前まで楽しそうに、冒険者連中に混じって賭けしてんだよ。



 しかも、くそ楽しそうな顔しやがって! 

 腑に落ちねぇ……。



 と、いってもあれか、城に戻るとこういう祭りもなくて暇なのかもな。



 いいだろう、乗ってやるよ!

 だけど、その買った金で今日の飯は奢ってもらうからな!!





「それでは私が今回のレフリーを務めまーす。はい、皆さまご存知の通り、私こそ! この町のギルドマスター、ボクネンジンでアーール!!」



「うおおおおお!! マスターーー!」

「待ってました! ボクネンジンさぁぁん!」

「公平にたのみまっせぇ!!」



 突如現れたタキシード姿の謎紳士。

 自称ギルドマスターであるが、酷い名前だ。


 周りの雰囲気から、間違いなくこいつがギルドマスターなんだろうけど、名前もそうだが、なんでこんなところにギルドマスターがいるんだよ……。



 パチン!



 俺がそんな疑問を浮かべていると、そのマスターは俺に目配せをしてくる。



 どういう意味か全くわからない。

 まぁいい、さっさとやってくれ!

 俺は、早く飯が食いたいんだ!




「それではお二人とも準備はイイデスカー!? いきますよぉーー! レディーーごおおおーーー!」


 

 ボクネンジンがGOの合図をする前に、兵士は両手に力を入れる。

 まるで、俺の小枝のような小指をへし折るが如くだ。



 いやさ、本当にプライドないんかね。

 フライングですぞ?



「ぐぬぬぬぬぬぬぬ……。」



 兵士は顔を真っ赤にさせながら、全体重(装備の重みも含めて)を俺の小指を倒すほうに乗せて頑張っている。



 一方、俺の方は、やはり予想どおりというか、まったく押されている感じがしない。


 なんだろね、例えるならば、小指に息を吹きかけられているような……そんな感じ。



「おい! なに遊んでるんだよ! やらせかぁ?」


「ふざけんなよ、ちゃんとやれよ、くそ兵士!」


「小指を倒せないとか、ギャグですか? ぷーくすくす。」



 冒険者のヤジが一斉に兵士に飛んだ。



 その野次と茹タコのように顔を赤くしている兵士の顔がおかしくて、俺はまだ倒さない。

 ちょこっと押されている振りをしてみたりして、少しだけ遊んでいるのだ。



「おう、サクセス! 飯が冷めるからさっさとやってくれや!」



 俺に対する唯一のヤジはボッサンだった。


 お前……マジで覚えてろよ!

 くそ、んじゃ、やっちまうか。



「ったく! じゃあ潰すぞ……おらぁぁぁ!!」



 バァァァン!



 その瞬間、兵士の両手をテーブルに押し倒すと、勢い余ってテーブルを突き破り、兵士の体が床に穴をあけて、床にはまってしまった。



 …………。



 さっきまでやかましかった場が、一気に静まり返る。

 というか、全員氷魔法でも直撃したかのように固まってらぁ。



 でもそれより、兵士の格好だ。


 顔面床フルダイブ!


 ちょっとその姿、面白いね。







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