第22話 派遣社員 イモコ



 ……………………。



 俺が小指一つで床に兵士を埋め込んだ瞬間、その場は、まるで時が止まったかのように静まり返った。

 さっきまでの野次や喧騒が嘘のようである。


 だが、その数瞬の後……



「うぉぉぉーー! まじかよ!? あいつ化け物か!?」


「ガッデーーム! 俺のなけなしの10ゴールドがぁぁ!」


「あんな強えぇ奴、見た事ねぇぞ! オラ、ワクワクすっぞぉ!」



 と、さっきとは違った喝采が再び沸き起こった。

 そして、夏の日の集中豪雨のような歓声がその場を覆いつくす。



 流石に床にのめり込んだ兵士を見て、これがヤラセではないとわかったらしい。



「ちょ、サクセス……おま、やりすぎだろ?」


「ふざけんな、お前がやらせたんだろが! つか、これでもかなり手加減したぞ。本気なら多分死んでる。文句あるなら、次はボッサン、お前とやるからな。」


「す、すまん。調子乗っちまった。やっぱ、サクセスはおっかねぇな。ここは奢るから許してくれ。」


「当たり前だ馬鹿!」



 事の主催者であるボッサンが、クレームをつけてきた。

 そもそも、やれといったのも、終わらせろといったのもボッサンである。

 いい加減、俺の腹が減り過ぎてイライラしてきたので、少しきつく言い返した。

 王に対して馬鹿と言ってしまったのは、まずいかもしれないが、かまうもんか。



 俺達二人がそんな事を言い合っていると、その隙に賭けで負けた連中がこっそりと、酒場から抜け出ようとする。ーーが、それを許さない男が酒場の出入口に立ちふさがった。



「不正は許さないでアール!」



 ギルドマスターのボクネンジンだ。



「いや、ちょっと……えっとトイレに……。」


「トイレはこっちでないでアール。君はまだ掛け金を払ってないでアール。」



 今回は突発イベントであったため、掛け金を出さずに賭けていた者もいたらしい。

 ボクネンジンはそれらを全て把握しており、全員から回収していた。



「それでは、これが今回の勝金でアール。」



 最後にはボッサンのところに訪れ、ボッサンに勝金を手渡した。



「おう、すまねぇな、ボクネン。助かったぜ。」


「いいのでアール。私も楽しんだでアール。ところで、そこの英雄を紹介してほしいでアール。」



 ボクネンジンは、テーブルにわんさか置かれている料理を貪り食っている俺を見て言った。



 だが、無視だ。

 もう、面倒ごとは嫌だし、ゆっくり飯を食いたい。

 どうしても話したいなら、俺が満腹になるまで待つんだな。



「すまんな、ボクネン。ちょっと無理だ。今のあいつは飢えた狼のようなオーラを放って飯を食ってる。あそこにちょっかいだすと……やられるぞ。」


「そのようでアール。それなら私も酒を飲んで待つでアール。」



 そういって二人は俺達の居るテーブルから離れ、カウンターに座って飲み始めた。



 しばらくすると、テーブルの上にあった料理は、俺とカリーとゲロゲロで全て平らげてしまう。

 お腹を大きくしたゲロゲロは、


「ゲロップ……」


 というゲップを出し、お腹を膨らませながら床でゴロゴロし始めた。

 そしてカリーは、飯と酒で眠くなったのか、そのままテーブルに肘をついて寝始める。


 かく言う俺も、腹が減っていたのもあってか、ここの料理がとても美味しく感じ、夢中で食べ続け、今は食後の余韻に浸っていた。

 


 運動後の食事は最高だな。

 やはり、空腹は最高のスパイスだ!



 俺がまったりし始めた様子を見て、カウンターにいるボッサン達は、俺の所に戻り始めようとする。


 その時だった。



 バン!!



 突然、酒場のドアが勢いよく開けられた。

 今度は一体何事かと、俺はドアの方に振り向くと、見覚えのあるチョンマゲが……。



「失礼申す!! こちらに件(くだん)の英雄はおられるか!?」



 突然現れた男は、店内に入って辺りを見回すと、俺と目が合った。



 やべっ! 見ちゃいけないモノを見てしまった気がする……



「そこにおられたか! 今参る!」



 俺に気付いたチョンマゲ男は、凄まじい勢いで近づいてくると……その場でいきなり土下座を始めたのだった。



「ちょっ! いきなり何なんだよ。食事中だぞ、まぁ終わったけど……。」



「いきなり不躾で申し訳ないでござる! だがしかし、誤解とは言え、国の英雄をガンダッダ一味と勘違いし、攻撃をしようとしてしまった事を詫びに参った次第でござる。」



 袴姿のその男は、顔をあげる事なく俺に謝罪した。

 そう言えば、デコピンで吹っ飛ばしたこの男の事をすっかり忘れていた。



「いや、もうそれはいいよ。あんな時間に町に入ろうとした俺も悪いから。というか、顔をあげてくれ。」



「ははっ! ありがたきお言葉。挨拶が遅れましたが、私の名は大野 芋弧と申す。遠方の島国であるサムスピジャポンからこの国に派遣された剣闘士でござる。」



 んん?

 サムスピジャポン?

 イモッコ?

 つか、話し方がさっきと大分違うんだが。



「オオノイモッコ? 珍しい名前だな。で、そのイモッコさんは、謝罪するためにわざわざ俺を探しにきたってわけ?」


「ははっ! それもあるのですが、あなたの強さに惚れました。どうか、私を弟子にしていただきたいござる。私の国は、多くの魔物に囲まれた島国である故、力を求められておるでござる。その為、海外にこうして私のような者が派遣され、力を得て戻るのが習わしでござるが、やっと師足り得る人物に巡り合えたでござる。」



 力説する芋男。

 だが、そこまで聞いていないぞ。

 つか、弟子ってなんだよ。



「いや、いきなりそんなこと言われても困るんだが。俺にはやらなければならない事があるし。というか、その喋り方はなんなの?」


「失礼申した。この地に来てから、できるだけ現地の話し方を真似ていたでござる。こっちが本来の話し方でござるよ。それよりも、私にできる事であればなんでも致す所存。弟子として付き従わせていただければ、自分の目で学びます故、英雄様の邪魔はしないでござる。」


「英雄様ってのは、やめてくれないか? 俺の名前はサクセスだ。というか、イモッコさんに見せたのはデコピンだけ。ステータスが高いからできただけで、学ぶ事は何もないと思うんだけど。」


「いいえ、あの時、私の鞘から剣を出す瞬間を狙ったあの技量。ステータスだけではござらん。それと、私の名前にさんはいらぬでござる。イモでもイモコでも好きに呼んでいただきとうございまする。」



 イモコねぇ……

 う~ん、やっぱ却下。

 弟子とかめんどいし、そういうのはいらない。



 俺がどう断ろうか悩んでいると、俺の代わりに、近づいて来たボッサンが答える。



「おう、おめぇがデコピンでやられた剣闘士か。サクセスはな、暇じゃねぇんだ。用がないなら帰れ。」



「あ、あなた様は……ボウサム王様。これは大変失礼でござった。しかし、私とて帰る訳には参りませぬ。既にこの町の防衛中隊の隊長の座は降りました故、帰る場所もないでござる。」



 防衛中隊?

 隊長?

 まぁ、確かになんか一人だけ風格が違ったから、偉いとは思っていたが。



「イモコは派遣されただけなんだろ? なんで防衛中隊?っていうやつの隊長をやってるんだ?」



「はっ! よくぞ聞いてくれたでござる。私はこれでもそれなりに腕が立つのでござる。この町に派遣された当初、道場破りを繰り返していたら、いつの間にかそんな役職を頂いた次第でござる。」 



 イモコは、俺が質問すると、キラキラした目で語り始めた。

 つまりは、荒くれ者で手に負えないから、厄介払い的に役職を与えたと……。

 なるほど、上手い事やるな、この町の為政者は。



「それとサクセスと何が関係あるんだ? 二度は言わないぞ、これから大事な話があるんだ。お前はどこかに行ってくれ。」



「嫌でござる。弟子にしていただけるまで、私はここから一歩も動かぬでござる!」



 イモコは強情だった。



 俺とボッサンは顔を合わせるとお互い「はぁ~」とため息をつき、そして、もういない者として無視することに決めるのであった。

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