閑話2 楽園

【魔石の空間】


 T坊とゲロゲロが融合を果たした後、ムッツゴクロウはゲロゲロの中にある魔石の空間にいた。


 そこは、昔、ムッツが仲間達と共に静かに暮らしていた森を再現したような樹海。

 季節によって彩(いろ)を変えていく山があり、気持ちよさそうに魚たちが遊泳する広い川があり、辺りには、みずみずしい果実を宿した木が生い茂る。


 鳥は木々になる果実を啄み(ついばみ)、虫は蜜を求めて、鮮やかでいい香りを放つ花の間を飛び交う。


 正に自然の楽園だった。



 その森の中で、一人、昔を懐かしく思いながらその光景を見回す一人の男ーームッツ。



「懐かしいのぅ。ここじゃ、ここじゃよ。ワシがみんなと暮らした楽園は……。」



 決して戻る事のない過去。

 決して戻る事のない仲間。

 そして、決して色あせず、消える事のない優しい思い出達。


 その光景を目にしたムッツは、様々な思いと記憶が蘇る。

 ムッツは、溢れ出てくる涙を人知れずぬぐった……。



「キュイキュイキュイ!!(ムッツ爺! ムッツ爺! ムッツ爺ぃぃぃぃ!)」


 

 そんなムッツの腹に、何かが嬉しそうに叫びながら体当たりしてくる。

 

 それは、ずっとムッツに会いたくて会いたくて……

 長い年月を一人孤独に過ごしてきたドラゴンーーT坊だ。



「おぉ! T坊! どうしたんじゃ、そんなに小さくなりおって。」



 魔石の空間の中で、ムッツとT坊は念願の再会を果たす。

 しかし、T坊の姿は、さっきまでの巨大かつ凶悪な姿ではなく、生まれたばかりの頃の幼生体。



「キュイキュイ!(この大きさなら、もうムッツ爺を間違えて食べない!)」


「そんな事気にせんでいいんじゃ。それよりも寂しくさせて悪かったのぅ。どれ、よしよし。昔みたいにたくさん撫でてやるぞい。」


「キュイ!!」



 T坊はあの頃の様に、目を瞑り、嬉しそうに鳴いた。

 そんなT坊を、我が子のように愛おしく撫でるムッツ。

 ムッツにとって、一緒に旅してきた魔物達が兄弟であるならば、T坊は可愛い息子同然であった。



 しばらく、二人の間で穏やかな時間が過ぎていく。

 二人は言葉を交わさない。

 空白の時間を埋めるかのように、ムッツはT坊を抱きしめ、そして優しく撫で続ける。

 そしてT坊もまた、気持ちよく眠るかの如く、静かに瞼(まぶた)を閉じた。



 それから幾時間か過ぎたころ、森の奥から、何か沢山のものが近づいて来る気配を感じた。

 次第にその歩みの音は激しくなる。

 やがて、木々の隙間からその姿が見え始めると、そいつらは叫びながらムッツに向かって駆け出してきた。



「グオォォン!」

「ガルゥゥゥ!」

「オォォォウ!」



「おまえたち……なんで……いや、そんな事はどうでもいいわい! ピエーリ! ブリブリ! ダニーラ! おぉ! 他にも……全員おるんか? 全員おるんじゃな!!」


 

 なんとそこに現れたのは、ムッツが一緒に旅をしてきた魔物達。

 その数、100を優に超える。

 次々に現れるモンスター達を目にして、ムッツは叫んだ!



「お……おぉぉぉ……おおおおおおぉぉぉぉ!!」



 ムッツの目に、さっきよりも激しい涙が溢れ出てくる。

 しかしそれは、あの時流した、絶望と悲しみの涙ではない。

 決して言い表せないような喜びの涙だった。



「すまなかった! 本当にすまなかった! 助けてやれんくて、本当にすまなかった!!」


 だが、ムッツから出てくる言葉は謝罪の言葉。

 決して許されることのない事をしてしまったが故だ……。

 ムッツは、その場で崩れ落ちた。



 しかしそれを、あの時と同じように、ムッツの顔を優しくペロペロと舐めるものがいる。



「キュイキュイ!(泣かないで! ムッツ爺!)



 T坊は、ムッツの目から滝の様に流れる涙を、その舌で拭った。

 そして大好きな爺を泣かせた魔物達を睨んで、威嚇する。



「キュイ!!(ムッツ爺を泣かしたら許さないぞ!)


 

 今にもモンスターの大群に飛びかかろうとするT坊。

 それに気づいたムッツは強くT坊を抱きしめ、抑えながら伝える。



「いいんじゃT坊。違うんじゃ……。心配かけてすまんのう。どうも、年を取ると涙脆くてのぅ……。また会えるとは思わなかったぞい……本当に、本当に……。」



「グォォン!(俺もだぜムッツ! あの時の事は気にすんな! おめぇは悪くねぇ!)」

「プルプルプルプル!(そうだよ! 俺、頑張って大分撃退したんだよ! 褒めて褒めて!)」

「グァッゴグァッゴ!(そんな事よりもまた会えて嬉しいなり!)」



 モンスター達はムッツの謝罪に対して気にするなと慰める。

 そんな事よりも、また会えたことが嬉しいと……。

 だが、その優しさが、更にムッツの胸の奥を抉った(えぐった)。



「いや、きっとお前たちは優しいから……ワシの言葉を守ったんじゃろ? ワシが人を殺してはならんと言ったばかりに……。ワシのせいじゃ……。ワシのせいなんじゃ……。」



 当時、ムッツがいなくなった樹海に大群を引き連れた人間軍。

 正直、戦闘力という面では、モンスター達の方が圧倒的に強かった。

 しかし、ムッツは王のところに行く時、仲間達に言ってしまったのだ。



「いいか、ワシが必ずここに人間が来ないようにお願いしてくるけぇ、それまで絶対に人を襲わないで待っとくれ。人は過ちを犯す、しかしのぅ、悪い者ばかりでもないんじゃ。だから、できるだけ傷つけないで欲しいんじゃ。」



 仲間達は、全員ムッツの言葉に従い、そしてムッツを信じた。

 それゆえ、人間達の猛攻に対しても、できるだけ傷をつけないように、威嚇等を使って戦う。


 がしかし、やはりどれだけ実力差があっても、殺す気でいる者と殺さないようにする者では、大きな差が出てしまったのだ。


 

 一匹……二匹……と少しづつ減っていく仲間達。

 それでも、モンスターは人間を殺そうとしなかった。

 ムッツを最後まで信じたからだ。



 退却を余儀なくされたモンスター達は、樹海の中で逃げ惑うが、人間の数は次々と増えていく。

 結果、全てのモンスター達は無念の内に、塵へと変わってしまった。


 だがしかし、消え行くモンスターの心の中には、恨みや怒りはない。

 ただ、穏やかにムッツと過ごせたことへの感謝と幸せ……そしてムッツの無事だけを祈り、死んでいったのだ。



 城から帰って来たムッツは、荒れ果てた樹海と我が家を見て、直ぐに気づいた。

 自分のぬるい考えと甘えから、仲間達を死なせてしまったと。

 つまりは、仲間達が死んだ原因は、自分にあると思っていた。



 その自責の念は、長い年月を経ても決して消える事はない。

 再会を果たした今であっても、嬉しい気持ちと申し訳ない気持ちで仲間達の顔を見ることができなかった。



 ドスン! ドスン! ドスン! バン!



 そんなムッツに重い音を鳴らしながら近づき、ムッツの肩を力強く叩くゴーレム。



「ゴゴゴゴ!(俺達は幸せだった! だからもう気にしないでくれ。それとまた一緒に暮らせるじゃないか! 泣くなムッツ!)」



 そのゴーレムは、幼い頃より、ムッツを弟のように可愛がってくれたゴーレム。

 力強く、責任感があり、正に尊敬できる男の中の男、そしてムッツにとっては頼れる兄貴分であった。



「ゴレムン! いや、兄貴! こんなワシを許してくれるのか?」



「ゴゴゴゴ! ゴゴ!(当たり前だろ馬鹿野郎! いつまでも泣いてるんじゃねぇ! みんなの顔をちゃんと見ろ! 恨んでる奴なんか、一人もいやしねぇよ! ほら、顔をあげてよく見てみろ!)」



 ムッツを取り囲むモンスター達。


 普通の人ならばモンスターの表情はわからないが、ムッツにはわかる。


 全員、嬉しそうで、穏やかな澄んだ目をしてムッツを見つめている。

 その目に恨みや怒りといった感情はこれっぽっちもない。

 それどころか、嬉しくて、幸せで一杯という表情だった。



「キュイキュイ!(みんなムッツ爺の友達?)」



「あぁ……そうじゃ……いや違うのぅ。お前と同じで、みんな、ワシのかけがえのない家族じゃ。」



「ガルゥゥ!(おかえりムッツ!)」

「プルプル!(遅かったねムッツ! お帰り!)」

「ボェェェ!(待ってたよムッツ!)」

「ピヨピヨ!(早くみんなでご飯食べよう! あ、あと、おかえり!)」



 モンスター達は、次々にムッツに声をかける。

 誰もが、ムッツの帰還を心待ちにしており、帰還の挨拶を声にする。



「あぁ……遅くなってすまなかった。今帰ったぞい! ワシは帰ってきたぞい!! ただいまじゃ!!」



 その言葉と共に、モンスター達が一斉にムッツに駆け寄った。

 モンスター達にもみくちゃにされながらも、ムッツは嬉しくて涙が止まらない。

 


 やっと、帰ってこれた。

 やっと、見つけた。

 ここがワシの楽園じゃ。



 こうして、ムッツはこの魔石の空間の中で、これよりまた、更に長い年月を幸せに過ごす事になるのであった。

 あの時にはいなかった、もう一人の家族(T坊)を迎えて……。



 おしまい。









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