第43話 交差する運命

「う……あぁぁ……がぁぁ……出ていけ! アタシから出ていけ!!」


 ビビアムはさっきから誰かに向かって叫びながら苦しんでいる。

 これは、イーゼが刺した毒針によって引き起こされた現象。

 オリハルコンの髪飾りを外したビビアムは、状態異常無効のスキルがない。

 つまり、生まれて初めての毒による状態異常だった。


 毒と魔王の血が戦った結果、ビビアムの中にある魔王の血が弱まっている。

 その隙にビビアムの中にあった【もう一つの魂】が今、魔王の血と戦っていたのだ。


「どうしたの!? ねぇ! 何したのよ!?」


 ビビアムの異変に気付いたミーニャが、二人のところに駆けてくる。


「わかりません。しかし、チャンスですわ。このまま、一度撤退しましょう。」


「何言ってるのよ!? ビビアンをこのままになんてできないでしょう!!」


 苦しむビビアンの前で意見が食い違うイーゼとミーニャ。

 しかし、その二人に新たな声が聞こえてきた。


「その通りです。早く……早く逃げてください。今のままではどうすることもできません。このチャンスに私が魔王の魂を抑え込みます。だから……早く逃げて!!」


 その声はビビアムからだった。

 しかし、その喋り方はビビアムでもなければ、ビビアンでもない……。


「ビビアン!? 正気に戻ったの!? 一緒に戻りましょう!」


 勘違いしたミーニャはビビアムに近づいた!



 ドン!!



 そしてビビアムに突き飛ばされる。


「キャっ!! ビビアン! どうしたのよ!?」


「おのれぇーー! 消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ! みんな消えろ! 死ね死ね死ね死ね!! アタシを苦しめるものなんか……みんな死んじゃえぇぇぇぇぇぇ!!」


 今度はまたビビアムが呪いの言葉を叫ぶ。

 それは、正にこの世に対する憎悪の塊だった。


 戸惑うミーニャ。

 しかし、イーゼは違う。


「あなたは、勇者様を信じられないのですの? わたくしならば、サクセス様の言葉は全て信じます。そして、従いますわ! 戻りますよ!!」


「でも……。」


「ミーニャ! 逃げますよ! 一旦撤退です!」


 すると、リーチュンとシロマの回復を終えたマネアがミーニャに叫ぶ。

 マネアは一刻も早く女神の下に行くことを決めていた。

 ビビアンには悪いが、今は何もできない。

 それがわかっていたのだ。


「姉さんまで!! わかったたわよ! じゃあみんなは先に行って! 私はここに残るわ!」


 マネアに言われてもミーニャは動かない。

 自分にとって、ビビアンは可愛い妹分。

 ほっておくことなんて、彼女にはできなかった。


「……お願いします。ビビアンを助ける為に戻って……。……もう時間がありません。このまま、一気に魔王の血と共に、ビビアンを……封印します。私は女神の残滓。詳しい事は、きっと神殿の私に言えば気付くはずです! だから! 早く逃げて!!」


 なんと、ビビアンを抑え込んでいたのは、女神像……いや、女神ターニャの残滓だった。

 ビビアンが生まれた時、ターニャを自らの力の多くを込めて、勇者とんずらの魂と資格をビビアンに送っていた。

 しかし、大魔王もまた、ターニャが送った相手に魔王の血を込めた魂をビビアンに送っていたのである。

 二つの魂が、ビビアンに入り込む前にぶつかりあい、勇者の魂は弾かれてしまった。

 そして、ビビアンの中には魔王の魂と勇者の資格……そして、それを送った女神ターニャの残滓が宿ったのである。


 行き場の無くなった勇者の魂は、当時生後一ヵ月であった近くに住むサクセスに宿る。

 ビビアンが光と闇を持つ勇者であった理由はこれだった。


「め……女神様……。わかりました! 女神様! どうかビビアンをお願いします! 必ず……必ず助けるわ!!」


 ミーニャが撤退を決意したその時、突然ビビアンの体が暗黒の球体に包まれて、宙に浮かぶ。

 そして、そこに現れたのは……


「こここここ……こんにちわ、みなさん。これはこれは驚く事になりましたわねぇん。ちょっと予定外ですわぁん。」


「誰!?」


 ミーニャはその声に振り返る。

 そこには、気持ち悪い言葉を発するおかま魔王……ゲルマニウムが立っていた。


「んふっぅん。初めまして? ではないですわねぇん。」


「あの時の……魔王!?」


「んふふ~ん。ちょっと話している時間はないわねぇん。この子、抑えるの大変なのよぉん。デスバトラーちゃん、ちょっとこっちにきてぇん。」


「は! 直ぐに!! 申し訳ございません! このデスバトラー、魔王ビビアム様の力に屈して動けませんでした!」


 シャナクは、直ぐに魔王ゲルマの隣に立つと、頭を下げた。


「んんんー。いいのよぉん。あなたは十分によくやったわぁん。ちょっと予想外にこの子が強すぎただけよぉん。」


「は! ありがたきお言葉!! このデスバトラー、命尽きるまで御身の為に働く所存でございます!」


「良~い心掛けねぇん。じゃあ、早速お願いしようかしらねぇん。ちょっと一緒にこの子を支えて欲しいのよぉん。余計な魂がさっきから邪魔するのよぉ~。ゲルちゃんこまっちゃうわぁん。さっさと、大魔王様のところに連れて行って再調整するわよぉん。」


「はは!! 直ぐに!!」



 魔王ゲルマはデスバトラーを連れて、ビビアンを連れ去るつもりだ。

 しかし、それを見過ごすミーニャではなかった。


「待ちなさい! ビビアンは渡さないわ!」


「んふふん。馬鹿な子ねぇん。見逃してあげるっていってるのよぉん。あなた達位なら、私の可愛いデスバトラーちゃんが倒してくれるわぁん。そうよねぇん? デスバトラーちゃん。」


「ははっ! もちろんでございます。直ぐに殺して、大魔王様のところに向かえますぞ!」


 即答するシャナク。

 しかし、どうにかマネアは逃がしたいと魂が叫んでいた。

 故に一瞬だけ、マネアに目を向ける。

 すると、マネアはそれに直ぐ気付いた。


「申し訳ございません。私達は直ぐに消えます。ビビアン様をどうか、大切にお願いします。」


 なんとマネアがビビアンを連れ去ろうとする、魔王に頭を下げる。

 そして、それをみてミーニャは大声をあげた。


「何言ってるのよ、姉さん! 気でも狂ったの!?」


「狂っているのはミーニャです! イーゼさんお願いします。」


 イーゼにアイコンタクトを送るマネア。

 そして……


【ラリパッパ】


 イーゼはミーニャを魔法で眠らせた。


「んふふーん。良い心掛けね。よかったわぁん。あまり時間は無かったのよぉん。じゃあ行くわよぉん、デスバトラーちゃん。勇者さえ手に入れば、この子達は後でいいわよぉん。」



「御意!!」


 シャナクは安堵していた。

 そしてその気持ちを不思議に思う。


「なぜ……私は……?」


 人なんて、どうでもいいはずだった。

 しかし、ビビアムに殴り飛ばされてから、自分の中で何かが変わっている。 

 人であった頃の魂が、強くなった気がした。

 だが、それがなんであるのか、本人は気づいていない。



 バサバサっ!



 ゲルマに返事をしたシャナクは、羽を羽ばたかせると、球体に包まれたビビアンを抱いて、空に消えていく……。



 パカッ! パカッ!! パカッ!!



 そこに馬が駆ける音が聞こえた。


「ミーニャどのーー! マネアどのーー!!」


 ブライアンだった。


「ブライアンさん?」


 マネアは振り向く。


「大丈夫でござるか!? 敵は……敵はどこでござる!?」


 ブライアンは動ける凄腕の兵士を100人連れて加勢しにきた。

 だが、既にそこに敵と思われる者はいない……。

 だが、気付く。


 そこに勇者がいない事……そして、最強だと思っていたサクセスが倒れている事に。

 倒れているサクセスの周りにはサクセスの仲間が囲んでおり、回復魔法をかけている。


「ど……どういうことでござるか?」


「ブライアンさん、話は後です。みんなを連れて一度神殿に戻ります。ミーニャを乗せてくださいますか?」


 ふとブライアンはミーニャに目を向ける。

 そこにはいつも素敵な笑顔を見せてくれているミーニャが、目を真っ赤に腫らして、倒れ込んでいる。


「ミ、ミーニャ殿……。大丈夫でござるか! ミーニャ殿!!」


「大丈夫です。魔法で眠らせているだけです。それよりも、早く神殿に戻りましょう。」


 眠っているだけ……

 その言葉にブライアンは安堵した。

 そして、すぐにミーニャを抱きかかえると、馬に乗せる。


「わかったでござる。すぐに町に戻るでござるよ! 皆の者! 戦闘は終わった! 撤収でござる!!」


 マネアも他の兵士の馬に乗ると、サクセス達を置いて町に戻っていく。

 普段ならそんな事はしないのだが、今、頭の中は女神に会う事で一杯である。


「早く……早く女神様に……。」


 その光景に目を一瞬だけ向けるイーゼ。

 自分達を置いて全員が町に戻っていた。

 それに対して、特に思うことはない。

 今はそんな事よりも目の前の事が重要であった。



 サクセスが目覚めない……



 シロマがいくら回復魔法をかけても……目が覚めないのだ。

 体の傷はない。

 しかし、それでもサクセスは目覚めなかった。


「ど、どうしましょう……イーゼさん。目が覚めません!!」


 シロマは涙目になってイーゼに助けを求める。


「アタイが……アタイが不甲斐ないから……サクセスは……。」



 ドン!!



 リーチュンは悔しさから地面を思いきり叩いた。


 だが、イーゼだけは冷静だった。


「サクセス様なら大丈夫ですわ。信じましょう。心臓は動いています。こんな所ではなく、一度宿屋に戻って、ベッドに寝かせてあげましょう。」


 イーゼも当然、不安ではある。

 あの魔王の一撃は、暗黒の力に包まれているものと感じていたからだ。

 もしかしたら、このまま目が覚めないかも……


 だが、そんな思いに首を振る。

 それでもサクセスを信じる事にした。

 だから今できる事をする。


「サクセス様を馬車に運びますわよ……。」


 イーゼの言葉に二人は何も言わずに首を縦に振った。

 その言葉は冷徹にも思えるが、二人にはイーゼの事がわかっていた。

 イーゼもまた、自分と同じで大きな不安を感じていると。

 だから、以前のように、突っかかる様な事はしない。


 そして、三人はサクセスを持ち上げると、何かがサクセスの鎧の中から落ちてきた。



 ころん……。


 

 それは白く輝く魔石。


「これは……ゲロちゃんの……。」


 そう、それはゲロゲロが死んだ時に落ちた魔石だった。

 その魔石を見て、三人の目から大粒の涙が零れ落ちる。

 必死に抑えてきた感情のタガが外れてしまったのだ。


「悔しい!! 悔しいわ!! なんで……! なんでゲロちゃんが!!」


「これは、わたくしのせいですわ……。わたくしを責めてくださってかまいませんわよ。」


 その言葉とは裏腹に、目に涙を浮かべながらリーチュンを見つめるイーゼ。

 しかし、リーチュンはイーゼを責めない。


「違うわ!! アンタだけのせいじゃないわよ! そうやって自分だけ罰を受けて、楽になろうとするのは許さないわ! 卑怯よ!」


 図星を突かれたイーゼは何も言えなかった。

 そのとおりだった。

 サクセスが攫われた時と同じ……。

 そこにいる三人は何もできなかったのだ。


「そうですわね。これは、わたくし達三人のせいですわ。だから……わたくしは決めましたわ。」


「そうです。イーゼさん。この悲しみは、私達が全員が背負わないといけません。逃げるのは……もうやめます。私も決めました。」


「アタイは……アタイも決めたわよ!」


 三人は何も言わなくとも、同時に同じ事を決意した。

 そう、サクセスと別れること……


ーーそして、強くなる事を。



「でも、とりあえずサクセス様の無事を確認してからですわ。」

「はい、急ぎましょう。」

「アタイが馬車を運転するわ。飛ばすわよ!!」



 こうして、勇者を巡る魔王との争いは一時終わりを迎えた。

 消えぬ悲しみと……新たなる決意を残して……。



 

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