第32話 再び
「着いたわ、ここよビビアン。ここが、この森の中で一番の水浴びスポットよ!」
「いいところね! 流石ミーニャだわ! ここなら気持ちよく泳げそう!」
ビビアン達は、早速町の外に出かけると森の中まで行き、近くの山から水が流れ落ちてできた、小さな湖のような場所に辿り着いた。
その水は透明で透き通っており、沢山の魚が気持ちよく泳いでいる。
一応マネアの魔法で、水の中に魔物がいないかを感知してもらったが、どうやら魔物はいないようだった。
「じゃあブライアンさんは、少し離れててもらっていいかしら? これから町で買ったとっておきの水着に着替えるの。覗いちゃ……だ・め・よ。」
「と、当然でござるよ! 淑女の着替えるのを覗く等、男の風上にもおけませぬ! 吾輩、誓ってもそのような事はせんでござるよ!」
ミーニャの言葉に必死に答えるブライアン。
「大丈夫ですよ、ミーニャ。ブライアンさんは紳士ですから、きっとそのような事はなさりませんわ。」
「ま、マネア殿! 信じて頂き、このブライアン至極光栄でござる!」
「ということだから、早く遠くに行ってくれない? いつまでもそこにいられたら着替えられないわ。」
「こ、これは失礼したでござる! 吾輩、直ぐに消えるでござるよ!」
ビビアンの言葉に颯爽と消えゆくブライアン。
その顔は、武士というよりも、これから遊郭に遊びにいくようなだらしない顔であった。
早くミーニャの水着姿が見たくてたまらない。
その気持ちは、幼少の頃、初めて目にした春画を前にした時と似ていた。
だが、しかし……その夢は儚くも消え去る……
ドーーン!!
突如聞こえる爆発音。
その音は、湖の向こう側の森から聞こえた。
「何!? 今の音?」
「あれは、魔法の音ね。ビビアン、水浴びは後よ。誰かがまだ戦っているかもしれないわ!」
「もしかして……シャナクさん?」
マネアの一言に、三人は顔を見合わせる。
三人共、同じことを考えたのであった。
「大丈夫でござるかーー! 何があったでござるか!?」
そこに息を切らして全力疾走で走ってきたブライアンが到着する。
「わからない。でも森の中で誰かが戦っている可能性があるわ。急いで向かうわよ!」
ビビアンがそう告げると、全員は急いで爆発音が聞こえてきた方角に向かって走っていった。
そして……誰もいなくなった湖の木陰には……。
「んふぅ。うまくつれたわねぇん。しっかりやるのよぉん。邪竜王ちゃん。」
そんな不気味な言葉を呟く者がいるのであった……。
ビビアン達がしばらく駆けていくと、そこには遠目からでもわかる、禍々しいオーラを纏った巨大な龍がいた。
「あれはやばいわね。まだ侵攻を諦めてなかったのかしら!?」
「ミーニャ、あれが何かわかるの!?」
「わからないわ。でも、そこらへんのドラゴンとは格が違うわね。ビビアン、気を抜かないで。あれはドシーよりも強いかもしれないわ。」
ミーニャの額から汗が零れ落ちる。
しかし、それはミーニャだけではなかった。
マネアも、ブライアンも、そしてビビアンまでもが、これまで相対してきた相手とは全く別次元の相手だと感じ取っていたのだ。
「一度、サクセスさん達を呼びに行った方がいいのではないでしょうか? あれは私達だけでは手に負えそうもありません。」
「ダメよ!! あんな危ない奴をサクセスに近づけたくないわ! どうしても無理そうなら直ぐに撤退すればいいでしょ?」
マネアの進言は、即座に否定される。
マネアにとっても、そこにシャナクがいる可能性があることから、本当は撤退などしたくはなかった。
故に、それ以上何も言わない。
「見えて来たわよ……思った以上にでかいわね……。え? あれは……。」
!?
その時、そこにいた全員がある者を捉えた。
巨大な龍に相対する一人の男を……
「シャ……シャナク!? 生きてたのね!!」
真っ先に声をあげたのはビビアン。
そう、そこにいたのはずっと探していた男、賢者シャナクであった。
そして、まっさきに飛び出していったのは……やはりマネアである。
「シャナクさん! シャナクさん! シャナクさん!!」
彼女は大きな声で何度もシャナクに呼びかけながら、シャナクの下に駆け付ける。
「ダメですぞ!! 来ないでくだされ!」
そして、その言葉に反応したシャナクは、近づいて来るマネアを遠ざけようと叫んだ。
しかし、シャナクが見ている方向は目の前の巨大な龍。
シャナクの目にマネアは映っていなかった。
そんなシャナクの言葉を無視したマネアは、勢いよくシャナクに抱き着いた。
そこで、初めてシャナクはマネアを見る。
「あなたは……。早く逃げて下さい。勇者様を連れて! 早く!」
「嫌です! 例えこの身が滅びようと、もう決してあなたから離れません!」
するとマネアに遅れて、ビビアン達も到着する。
「シャナク……色々とごめんね。でも話は後よ。逃げるわよ!」
ビビアンは出会いしなにシャナクに謝罪すると、撤退を決意した。
その龍に近づいた時から、今のままでは勝てないと感じたのだ。
それは勇者の勘であったかもしれないが、正しい。
目の前の巨大な龍は、
邪竜王
と呼ばれる、八天魔王の頂点に立つ魔物。
他の魔王とは強さの桁が違う。
その力は、大魔王をもってしても、一筋縄ではいかない程の強者であった。
そして、遂にその口が開く。
「よくぞ来たな。勇者よ。まさかこやつで本当に勇者が釣れるとは思わなかったぞ。だが、もう遅い。ワシが来たからには、お前の死は既に決まっている。塵も残さず消えるがいい!」
邪竜王はそう告げると、徐にその巨大な口を開けた。
その口には黒い粒子がどんどんと集まっていく。
「みんな、直ぐに逃げて! ブライアン! その男を無理矢理にでも引っ張って逃げるのよ! マネア! あなたもよ!」
「わかり申した! それでは行くでござる!」
「ビビアンは!? ビビアンはどうするの!?」
「アタシはここで奴を引き付けるわ! お願い! 急いで! アタシにブレスは効かないから安心して!」
その言葉に、ビビアン以外全員が一斉に散開する。
ブライアンは、シャナクに引っ付いて離れないマネアごと剛腕で引き寄せると、ブレスの射線から外れるように引っ張っていった。」
ゴォォォォ!!
そして、その瞬間に邪竜王の口から黒くおぞましいブレスが放たれる。
ブレスは一直線にビビアンに向かっていった。
ビビアンはさっき、ブレスは効かないとミーニャに告げたが実は違う。
これも、ビビアンの勘であったが、このブレスは完全に無効化できないと感じていた。
その為、盾を前にして、必死に防御の体勢をとった。
ビビアンが戦闘において、盾を使うのは初めてである。
そして、それは正解であった。
「ぐぅぅぅ……ま、負けないわ!!」
盾で多少防げてはいるものの、ビビアンの体を漆黒の熱が覆う。
このブレスに関してはブレス無効の効果はやはりなく、貫通してきていたのだ。
だが、無効にはならずとも、それでもかなりのダメージをおさえてはくれていた。
本来ならば、一瞬で塵も残さず消し去るブレス。
闇と炎の属性のブレスは、他のドラゴンのブレスとは別次元のものだった。
ビビアンの体は、そのブレスに焼かれてはただれていき、そして、それはオートヒールによって回復する。
回復するといっても、その痛みは想像を絶するものであり、常人であれば2秒もすれば気絶するような痛みだ。
しかし、ビビアンは耐えた。
こんな痛み……サクセスに会えなかった辛さや、サクセスに嫌われたかもしれないと思った時の痛みに比べればなんということはない。
そして気力を振り絞って、なんとかその凶悪なブレスを気合で押し返した。
「まだ……まだまだよ!! アタシは……もう負けない!! 誰にも!」
そして遂にブレスが止まった。
ビビアンの体中からプスプスといった、体が焼ける音が聞こえてくる。
そして、ビビアンのダメージは当然かなり大きかった。
「ほほぉ。流石は勇者であるな。ワシのブレスを直撃して立っているとはな。だが、その体で戦えるのか? ふははははは!!」
邪竜王はビビアンのボロボロの姿を見て、高笑いをする。
「アタシはアンタなんかに負けないわ! それに、きっとまたアタシがピンチになったら、アタシの王子様が必ず来てくれる! 彼は……サクセスはあんたなんかに絶対負けないわ!」
「はっはっは。これは愉快。勇者ともあろうものが、他の者の力を期待するとはな。だが、遅い。遅すぎるのだ。
お前は間もなく死ぬ。ふはははは。その傷じゃすぐには動けまい。」
邪竜王の言葉は当たっていた。
ビビアンは、見た目通りかなり深手を負っている。
走る事はもとより、足の腱までが燃えていることから、立っていることすら奇跡であった。
しかし……
「させませぬぞ! ビビアン様! エクスヒール!!」
なんとシャナクが戻ってきて、ビビアンに回復魔法をかけたのだ。
「シャナク……あんた! なんで! 何で戻ってきたのよ!? 早く逃げなさい。みんなはどうしたの?」
「私の命は勇者様と共に……。安心してください。他の者達は私の魔法でマーダ神殿付近まで飛ばしました。新しく覚えた【トビッコ】という魔法でありますぞ。あまり遠くまでは飛ばせませぬが、町くらいまでならば可能であります。」
「流石シャナクね。じゃあアタシ達も逃げるわよ! その魔法を早く使って!」
「申し訳ございません。この魔法にはクールタイムと言って、一度使うと30分間は使えません。なんとか30分耐えてもらえないでしょうか?」
「30分ね……わかったわ。シャナクは後方で援護して。決して奴に近づいちゃだめよ!」
30分と聞いて、ビビアンは内心絶望した。
1分ならまだしも、目の前の邪竜王相手に30分は不可能だと思った。
しかし、ビビアンは諦めない。
自分の為にも、シャナクの為にも、そして、シャナクを待っているマネアの為にも、何としてでも時間を稼ごうと決意するのだった。
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