第31話 切ないため息

話はビビアンに変わります。


「どうか! どうか一目だけでも! 勇者様に挨拶をさせてくださりませんか!」


 ビビアンが泊まる宿屋の周りは、各国の王族や大臣で溢れかえっていた。

 当然、部屋は全て埋まっている。

 宿屋内の王族達の説得は既に終えているが、外で待っている者達は、ビビアンと接触する機会が少ないため、非常にしつこかった。


 そんな連中を一挙に相手するのは、もちろんブライアン。


 ミーニャから、


「私……こんな沢山の人に見られるなんて恥ずかしいわ、お願い。追い払って欲しいの……あなたに……。」


 普段から、そんなエロい格好で周囲の視線を集めておいて、よくもそんな事が言えるものだと、普通なら思うのだが、ブライアンは違った。


「吾輩に任せるでゴザル! 誰にもミーニャ殿を見せないでござるよ!」


 当然、好きな女が他の男に見られるのは良く思っておらず、嫉妬心もあり、その言葉を素直に受け止める。


 そして今もなお、そのお願いを果たすために奮闘中だ。


「ええーい! いい加減立ち去らぬか! これ以上立ち去らぬならば、実力行使も厭わぬぞ!」


 毅然とした態度で、王族相手に一歩も退かないブライアン。


 正に不退転の覚悟であった。


 本来、王に仕えるその身であればこそ、他国とはいえ、このような態度を表す男ではない。


 だが、今だけは違う。

 想いが、忠誠心を超えた。


 ブライアン格好いい!!


 とは、誰も言ってくれないのが少々かわいそうではある。


「何を! 貴様如き兵士風情が無礼な! 朕を誰と心得る!」


 いつまでも帰らない王族達とのエンドレスバトルが繰り広げられていた。


 ……がしかし、それもやっと終わる。


「アンタ達! 邪魔よ! 中に入れないじゃないの!」


 誰もが、一目でその美しい女性に目を奪われると同時に、その者が勇者である事に気づいた。


「おぉ! なんと美しい! 是非とも我が十三人目の妻に!」


「いやいや、朕のママになって欲しいぞよ! オッパイ、チューぞよ!」


 各国の王は、勇者に会いにきたはずなのに、ビビアンを見た瞬間に女性として、ビビアンを欲する。

 

 その目は欲望に塗れた汚い目であった。


「ふざけないで! アンタ達みたいなエロジジイのものになんか、ならないわ! それより早く退きなさいよ!」


「そうおっしゃらず。ささ、豪華な料理を用意しております故、此度の戦の疲れを癒してくだされ。」


 大臣達も必死だ。


 ここでビビアンを連れて行くことができなければ、大目玉である。

 誰もが国の威信をかけて訪れていた。

 簡単に引き下がるわけにはいかない。

 

「いいわ……。わかったわ、行ってもいいわよ。その代わり……アタシは何があってもその国を助けたりはしないわ。そうなれば、まず狙われるのはその国よね? それでもいいなら連れて行きなさいよ。これは本気よ? 他人の気持ちを蔑ろにするのだから、されても文句はないわよね?」


 ビビアンの体から殺気が放たれる。


「ひ、ひぃぃぃ!」



 ちょろちょろちょろ……。



 その殺気に当てられた王や大臣達は尻もちをつき……おもらししてしまう始末。

 歳のせいなのか、どうやらお偉いさん達のアソコは大分緩くなっているようだ。


「どうしたの? アタシを連れて行くんでしょ? さっさとしなさいよ!」


「し、失礼します!!」


 ビビアンのその言葉を最後に、そこに集まっていた者達は一目散に逃げていった。


「流石ビビアンね。格好良かったわ!」


「ふん! どいつもこいつもイヤらしい目で気持ち悪いわ。なんで男ってああいうのが多いのかしら……。」


「でもサクセスさんならいいんですよね?」


「当たり前よ! むしろもっと見て欲しいわ! あ、そうだったわ! こんなところで時間を潰すなんで勿体無いわよ! 早く部屋でお風呂に入って作戦会議よ!」


 ビビアンは、先程の魔王のような殺気を放つ勇者から、サクセスの一言だけで恋する乙女に変わっていた。


 そんな中……一人申し訳なさそうに佇む男、ブライアン。


「かたじけないでござる……。」


 追い返すことの出来なかったブライアンは、ビビアンに申し訳が立たず、顔を伏せていた。

 だが、珍しい事にそれをビビアンは慰める。


「アンタは良くやったわ。助かったわよ! これからも頼りにさせてもらうわ!」


「そうね。ブライアンさんはとっても頑張ってくれたわ。今度ご褒美をあげるわ。」


 二人は、お礼の言葉を述べる。


「吾輩……吾輩! 一生ついて行きますぞ!」


 そしてその言葉に感極まったブライアンは、その場でむせび泣いてしまった。


「さ、流石に一生は……ねぇ。ビビアン。」


「あら、ミーニャ。いいじゃない、一生一緒にいてあげれば。」


「そうですわね。そろそろミーニャも落ち着くべきです。」


 既にガールズトークは始まっているのであった。




 その夜、先のビビアンの事が噂を呼んだお陰で、その日は、各国の偉い者達が現れる事は無かった。

 温泉にゆっくり浸かって、心身共に癒されたビビアン達は、いつものようにガールズトークに花を咲かせて深い眠りにつく。



 翌朝……



「じゃあ昨日話し合った通り、今日はサクセス君には会わないわよ。ここにいても面倒そうだから、街の外に出て川にでも行って水浴びするわよ!」


 起きて早々にミーニャはビビアンに告げる。

 その言葉に未だビビアンは、悔しそうな顔をしつつも納得した。


 昨日ミーニャから、押し続けるのはいいが、一度距離を開けた方がいいとアドバイスされたのだ。

 本当は、こんなに近くにいるのだから今すぐにでも会いに行きたい気持ちでいっぱいなビビアン。


 しかし、サクセスも町に来たばかりなのだから、少し時間を与える方が、印象が良くなると言われて渋々納得したのだ。


「わかったわ……今日は我慢するわ。でも明日はいいでしょ? 明日はサクセスと二人になりたいわ。それに、約束もしたし……。」


「そうね。それなら今夜にでも私が伝えに行ってあげるわ。今、ビビアンが直接行くと色々と拗れそうだしね。本当にいい娘になったわね、ビビアン。偉いわ。」


 そう言ってビビアンの頭を撫でるミーニャ。


 そして朝食の後、ブライアンは今日の予定を聞いて、ソワソワし始める。


「わ、吾輩も……その、いや……。」


「どうしたんですか? ブライアンさん。」


 何かを伝えようとするも、ハッキリ言わないブライアンにマネアが尋ねた。


「い、いや。その……女性の水浴び……吾輩……。」


 ブライアンはミーニャの水着姿を見たくて仕方ない。

 だが、それを伝えられるほど、この男は器用ではなかった。


「あー。何々? 私の水着が見たいんでしょ? ブライアンさんのエッチ!」


 そんなブライアンをミーニャがからかうと、顔を真っ赤にさせて否定する。


「そ、某は、そのような事はありませぬぞ! ただ、付近の警戒に当たるのが武士の勤めと思っただけにござる!」


「えぇ~本当かしら? じゃあ私の水着は見たくないって事かしらね?」


「そ、そんなことはありえぬ! でござる。見たいでござる! 見せて欲しいでござるよ!」


 だが、つい、つられて本音を漏らしてしまった。


 本人に自覚はないが……。


「うふふ。いいわよ。昨日頑張ってくれたご褒美ね。そんなに私のセクシーな水着がみたいのね。」


「せ、セクシーですと!?」



 プシューー!



 思わず鼻血が噴き出す。


「ちょ、大丈夫ですか!? もうミーニャ! からかいすぎですよ!」


「ごめんごめーん。だって面白いんだもん。じゃあ姉さんが回復させてあげてね。よし、じゃあ行くわよビビアン!」


 ミーニャはそう言うと、ビビアンを連れてそそくさと歩いて行ってしまった。


「もう! 本当に自分勝手なんだから! はい、これでお顔を拭いてください。」


「か、かたじけないでござるよ……それでは吾輩達も行きましょうぞ!」


 マネアから差し出されたハンカチを受け取ると、鼻を押さえながら言う。

 その目は期待と希望に満ち溢れており、キラキラしていた。


「はぁ……。私も……シャナクさん、早く会いたいです。」


 マネアは、その姿を見て思い出す。

 未だ会う事ができていない想い人を……。

 そして、その場に切ないため息を残すのであった。

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