第43話 自業自得

 カランカラン……という鈴の音を鳴らして、二人の美女が酒場の中へ入っていく。


 そこは普段なら精々二、三組も入っていればいい方の大衆酒場ではあるが、今日に限っては店内が人でごった返していた。


 多くの冒険者が一つの町に集まったのだから、それは当然であり、ビビアン達もまた、それが狙いでここに来ている。


 ちなみにビビアン達は、一度宿に戻って装備を外しており、今は普通の街娘といった格好だ。


 それでもミーニャだけは、普段と同じ様に胸が強調された下着のような服に身を包んでいるので、旅をしている時と殆ど違いは無かったが……。


 とはいえビビアンが勇者装備を身につけていれば、間違いなく騒動になる為、ミーニャの助言の通り着替えてきたのは正解ではある。



 そんな二人であるが、店内に入ると早速ビビアンが大声で呼びかけた。



「ちょっとみんないいかしら! この中でシャナクという賢者について知ってる人いない? いたら手を上げて!」



 その綺麗で透き通る大きな声を聞き、誰もが会話を中断すると、店の入り口に立つ二人の美女に目を向ける。


 そこにいるのは見た目麗しい美少女、そして色気ムンムンのセクシーな女の二人組。


 男達の目が、一瞬で二人に釘づけになるのは必然だった。



 しかし残念な事にビビアンの呼び掛けに答える者はいない。


 何故ならば、そこにいる者達は二人に目を奪われてしまい、声を発する事も含めて、思考が停止してしまったのだ。


 

 その状況を見て勘違いするビビアン。



 ビビアンは、自分の質問に答える者がいないという事は、シャナクを知る者がいないと考えた。


 それであればこの場所にいる理由はない為、踵を返そうとしたのだが、その時だった。



ーー奥の方から手が上がる。

 


「よう、ねぇちゃん。今の話だが、シャナクという名前の男なら知ってるぜ。だけど立ち話も何だからちょっとこっちで話そうや。」



 その言葉を聞いて、ビビアンは目を輝かせた。



 するとビビアンは、ズカズカと周りの客をかき分けて、手が上がったテーブルの前まで行くと、頬を緩ませながらその席に座る。



 一方、その後ろを優雅に歩いたミーニャは、表情こそ笑みを絶やさずにいるが、内心は全く違った。


 どう考えても、そんな簡単に情報が手に入る訳も無いし、何よりさっきのチャラい返事を聞けば、期待等できるはずも無い。


 とはいえ、こればかりは話を聞いてみない事には分からないので、とりあえずビビアンの隣の席に座った。



ーー嫌な予感を感じながら……。



「それでシャナクは今どこにいるの?」



 ビビアンは席について早々、目の前の男達にシャナクの事を尋ねると、そこに座っている三人組の男達は、



「まぁそんなに慌てなさんな。まずは俺たちと君たちとの出会いに乾杯しようぜ。」



 と言いながら、イヤらしい笑みを浮かべている。



「たしかに喉が渇いたわね。じゃあそれをいただくわ。」



 ビビアンはそう答えるや、テーブルに置かれていた瓶ビールを空のコップに勢いよく注ぎ、それを一気に飲み干した。


 

 その姿に男達はニヤリと笑う。



「おいおい、せっかちだなぁ。まぁその方がはえぇか。じゃあカンパーイ!」



 男達は、一気飲みしたビビアンを見てお互いの顔を見合わせると、ジョッキを高らかに掲げて乾杯を始めた。



「それで早く教えてもらってもいいかしら。あまり時間はないのよ。」

 

「いやぁ、それよりもまずは名前くらいは聞かせてくれよ。それが普通だろ? 俺はベケス、こっちはムッツリーニ、そしてこのイケメンはスケコマだ。そっちは?」



 男達が質問をはぐらかすと、ビビアンは少しだけイラッとするが、シャナクの事を深く反省していた為、それをグッと抑えて質問に答える。



「アタシはビビアンでこっちはミーニャよ。」



「ほぉ、可愛い名前だぜ。いゃあ、俺らも今日来たばかりなのに、いきなりこんな可愛い子達と飲めるなんて最高だな。」


 

 ベケスは酒で顔を赤ながらそう言うや、徐にミーニャの手の甲を滑らす様にサワサワし始めた。



 内心吐き気を催したミーニャであるが、相手に不快感を与えない様に手を引っ込めると、笑顔を崩さず微笑む。



 一瞬ベケスを殴り飛ばしそうになったビビアンだが、その時ミーニャのアイコンタクトに気付き、その拳を収めると、代わりに再度本題に入った。



「じゃあもういいわね? 早く教えてちょうだい。」


「どうすっかなぁ~。なぁ、みんなあいつの事聞きたいってよ? どうする? 口止めされてんだったよなぁ。」


 

 そう答えて、仲間に目配せをするベケス。


 ミーニャはそれを見て確信した。



 間違いなく、この男達はシャナクを知らないと……。



 だが、あえて何も言わない。


 何故ならば、これもまたビビアンにとって社会勉強になるからである。


 聞き込みはここで終わりでは無いので、せっかくだから今後のために、こう言った輩とのやり取りを経験させようと考えた。



 当然そんな思惑に気づかない男達は、調子に乗って嘘っぽい話を続ける。



「そうだな。あまり簡単にあいつの事を売るのは良くないな。俺たちも世話になったからな。」



 今度は、べケス話に乗ったスケコマがそう話すと、そんな二人のやり取りを見てビビアンは期待してしまった。


 

 面倒見が良く、注意深いシャナク。


 

 今の話にあるように、シャナクならば誰かを助けもするだろうし、自分の事は秘密にする可能性が高い。


 そう考えれば、男達の話の信憑性は高く感じられるので、ビビアンが信じてしまうのは無理もなかった。



「シャナクはアタシ達の仲間よ。安心していいわ。それでどこにいるの?」


「そう言われても、俺たちは君の事をまだ何も知らないし、簡単には教えられねぇぜ? だってそうだろ? いきなり信用しろって言われても無理があるわな。みんなもそう思うだろ?」



 ベケスの言葉に、他の二人も当然と言う様にうんうん言いながら首を縦に振る。



「じゃあどうしたら信用してくれるのよ?」



 それを聞いて、ビビアンは少し語気を強める。


 とはいえ、威圧まではしない。


 あくまでどうすればいいかわからなくなって、声が強くなってしまっただけだ。



「そうだなぁ、やっぱりお互い色々話し合って、一夜をともすくらいの関係にならないと信用までは出来ねぇなぁ。」


「ベケスの言う通りだな、なんなら今から宿に来てもらうか?」



 ビビアンの質問に、まるで下心を隠さず欲望を口にする二人の冒険者。


 ミーニャはそれを見て、小さくため息をつく。


 そのため息はこの男達の未来を想像し、憐れみから出たものだと、この時は誰も気づかなかった。


 しかし何を勘違いしたのか、そんなミーニャの肩に手を伸ばすスケコマは、



「な? 君もいいだろ? 俺ってさ、こう見えて結構有名な冒険者なんだよね。女の子にもモテるんだぜ?」



 とミーニャを口説き始めてしまう。


 実際スケコマは、その整った容姿から多くの女性にモテてきたのも事実で、こうやって騙された女性は多い。


 特に都会に行った事がない、背伸びしたがりな街娘などはいいカモであった。



 クールな雰囲気ながらも、行動は大胆。


 このギャップに落ちない女などいないとスケコマは信じて疑わない。



 しかしスケコマの予想に反して、ミーニャはその手をそっと振り払う。



「ごめんなさい、急に要を思い出したわ。お酒ご馳走様。それじゃあビビアン帰りましょ。」



 にこやかな笑みを浮かべて席を立つミーニャ。


 それに戸惑ったのは、ビビアンだ。


 折角これからシャナクの話が聞けるはずなのに……と。



「ちょ、ちょっとミーニャ!?」



 ビビアンがそう言うと、スケコマは怒りの表情をミーニャに向ける。



「おい、俺からの誘いを断るなんてどう言うことだよ? 話が聞きたいんだろ? 座れよ!」



 スケコマのクールな仮面が剥がれ落ちた。


 対してミーニャは、冷たい視線を送りながら口を開く。



「私達は情報が聞きたいだけ。身体目的の人達と話す時間はないわ。」



 そうピシャっと告げるミーニャに対し、焦ったベケスが弁解をした。



「おいおい、そりゃあないぜ。勘違いだよ、まぁスケコマはちょっと手癖が悪いけど、気の良い奴なんだ。スケコマなりのジョークと受け取ってくれよ。」


 

 そう言ってベケスは笑顔を向けるも、ミーニャの表情は冷ややかである。


 だがそれとは逆に、ビビアンはその言葉を信じて疑わない。



「そうよミーニャ、もう少しだけ話を聞こうよ?」



 そう言ってミーニャを引き止めようとするビビアン。



ーーだがその時だった……。



 ふと誰かの手が、自分の腰下を触っている事に気づいた。


 そしてその手は、ずっと黙っていたムッツリーニの手である。


 あろうことかそいつは、ビビアンが立った拍子に、さりげなく後ろからビビアンの尻を触ったのだ。


 普通の人なら何か当たった位で気づかないだろうが、ビビアンは普通ではない。


 全身の感覚は、常に研ぎ澄まされている。



「アンタ……今アタシに何したのよ?」



 それに気づいたビビアンは、怒りの表情を表すも、ムッツリーニは表情を変えず一言だけボソッと口にした。



「たまたまだ。」



 その瞬間、一気にビビアンの怒りが沸き立つ!



 それを見たミーニャは、時既に遅しといった感じで額を片手で抑えた。



「アタシに触れていいのはサクセスだけよ! それを……アンタなんかに……ぶっ飛ばしてやるわ!」



 叫ぶと同時に顔面を殴られたムッツリーニは、吹き飛ばされて全身が壁にめり込む。



 ムッツリーニ版 

 人間モダンアート


 完成!!



「ひぃぃぃ!」



 その様子を見たベケスが悲鳴を上げた。



「で? 次にぶっ飛ばされたいのは誰? 最初からこうしてれば良かったわ。早くシャナクについて話しなさいよ!」


「す、すまない。本当はシャナクなんて男は知らないんだ……。」



 ベケスは正直に話したが、今のビビアンには逆効果。全身から魔王のオーラを解き放つビビアン。



「なぁぁんですってぇぇ!?」



 すると、今度はベケスが殴り飛ばされた。


 そしてその隙に、スケコマはそっと逃げようとするが、あっさりミーニャに捕まる。



「あら? まだ話は終わってないわよ? 一緒に宿屋に行くんでしょ? イイわよ。」



 ミーニャは悪戯な目を向けた。



「い、いや。すまない、用事を思い出したんだ。じゃ、じゃあそう言うことで!」



 そう言って逃げようとするスケコマ。


 だがそうは問屋はおろさなかった。



「そう、じゃあお別れね。気をつけて行くのよ【バーン】」



 ミーニャは立ち去ろうとするスケコマの後ろから火魔法を放つ。


 以前魔法使いであったミーニャは、簡単な攻撃魔法は使えたのだ。


 そしてケツに火がついたスケコマは、その場に飛び跳ねた後、地面にケツを擦り付けて必死に鎮火を試みる。



 だがしかし、ケツについた炎は簡単には消えない。



「あちちちち! だ、誰か! 誰か水をかけてくれ!」



 自分では中々消せないと悟ったスケコマは、周囲に助けを求めるが、あまりに一瞬の出来事故、それに反応して答える者はいなかった……一人を除いて。



【フリズン】



 その魔法を唱えたのはミーニャだった。



 彼女はこれ以上炎が大きくなるのも困るため、今度は無言でスケコマの下腹部目掛けて氷魔法を放つ。



 するとスケコマの息子が凍りついた。



「ぎゃーー!」



 息子に感じる激痛に叫んだスケコマは、そのまま意識を失う。



 だが、火は消えた。

 死ぬことはない。

 息子以外は……。



「これに懲りたら、もうオイタはしない事ね。じゃあビビアン、他の酒場にも行きましょうか。」



 それを見たビビアンは、目を見開いて驚いた。



 正直、あれだけマネアに言われていたのに、またやってしまったと自分の短慮な行動を反省していたのだが、考えを改める。



「そうね、今回の事でわかったわ。こう言う時は怒ってもいいのね。次は直ぐにぶっ飛ばすわ。」



 そして二人の会話に周りはやっと気づくのだった。



そこにいるのが



 プッツン勇者である事に……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る